関東の海岸線と河川の変遷 2023.1
関東の穀倉地帯の礎は近世の河川工事によるところが大きいようだ。 太古から河川が大地を削り、土砂を堆積させて海岸線が沖に拡がり、内海は消えていき、下流域では河川の氾濫・洪水が発生しやすくなるまでになったらしい。 江戸時代には広域に亘る河川工事により治水と土地の改良に取り組み、遂には現在の礎ができたわけか。後世への恩恵は計り知れない。13万年前2万年前6千年前千年前近代堰の普請は、江戸時代の重要な事業であったわけで、図をみると小貝川の改修も事業のひとつであったようだ。間宮林蔵は、その小貝川の河畔の百姓の子で、壊れた堰の改修の普請をみていて土嚢の積み上げに難儀している様子から知っていた竹材の使用を話したことで、普請役の武士の目に留まり、江戸に連れていかれて地理測量探査の世界に入ったと読んだ。 林蔵の生家は記念館の一角に残され、登用されるきっかけとなった小貝川の岡堰も近代的な形に姿を変えて機能している。 五年前の写真。右手に林蔵の像があった。