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カテゴリ:心理学
民法の「懲戒権」削除 臨床心理士 村中 直人
子のしつけに苦痛は不要 親の「懲戒権」を削除する形成民法が10日に成立した。懲戒権とは「親権を行うものは、監護および教育に必要な範囲内でその子を懲戒することができる」とする規定であり、具体的には「なぐる」「しばる」「押し入れに入れる」「叱る」などの行為がそれに相当されるとされている。 改正法では懲戒権に関する記述が削除され、親権者に「子どもの人格を尊重するとともに、その年齢及び発達の程度に配慮しなければならず、かつ、体罰その他の子の心身の健全な発達に有害な影響を及ぼす言動をしてはならない」と求める条文が追加された。 これらの変更の背景には、深刻化する児童虐待の問題があり、懲戒権の存在が体罰をはじめとした児童虐待を「しつけ」として正当化する論拠とされてしまう懸念が存在している。その意味で遅ればせながら、懲戒権の削除には大きな意義がある。 しかしながら児童虐待の防止という本来的な目的から考えると、今回の改正はあくまでも必要条件の一つにすぎず、より本質的な社会認識の変化と取り組みが求められる。ここからはアップデート(更新)されるべき、子育てや教育の認識について述べる。 まず懲戒権が親権者の権利として認められた背景には、「苦痛を与えることで相手の学びや成長が促進される」「痛い思いをしないと理解しない」などと言った、〈苦痛神話〉とでも呼ぶべき誤った認識が存在していることを指摘したい。この認識は根深く、懲戒権削除を「甘やかし」「しつけの放棄」などを批判する前提となっている。 しかしながら、近年の脳・神経科学の知見は苦痛神話が誤りであることを示唆している。苦痛を感じたとき、人の脳では、へんとう体を 中心とするメカニズム(仕組み)が活性化し「闘争・逃走反応」が起こる。また、同時に人の知的な神経活動を押し下げることが分かってきている。つまり、苦痛が与えられると人はその場しのぎの行動はするが、ものごとを理解し学ぶ力は奪われてしまうのだ。 一方、規律違反を犯した人に罰を与える側は、それによって脳の報酬系回路の主要部位が活性化することも確かめられている。報酬系回路は「欲しい」「やりたい」などの欲求や、それに伴う快体験の中枢であることが知られている。つまり「(悪いことをした)人に苦痛を与えること」は人間にとって快感なのだ。 このことは親が「子どものため」と認識しながら、実際は自分自身の欲求を満たすために懲戒を繰り返すことが起こり得ることを意味している。私はこれを〈叱る依存〉と呼んでいる。〈叱る依存〉に限らず依存の問題は、依存する側が慢性的に抱える苦痛が促進要因であると考えられている。児童虐待の問題の解決を目指すためには、苦痛神話から脱却し、虐待してしまう(もしくはその予備軍の)親権者への支援の眼差しと仕組みが不可欠である。
【潮流2022】2022.12.11 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
March 24, 2024 05:28:01 AM
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