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カテゴリ:書評
水不足・対立の解決を図る青年 作家 村上 政彦
ルーマン「朝露の主たち」 本を手にして想像の旅に出よう。用意するのは一枚の世界地図。そして今日は、ジャック・ルーマンの『朝露の主たち』です。 ルーマンはカリブ海に浮かぶ島にあるハイチの出身です。この国は、かつてフランスの植民地で、独立国となるのですが、北部のハイチ王国と南部のハイチ共和国の分裂。その後、ハイチ王国が崩壊し、ハイチ共和国として統一されました。しかし、今度はアメリカの支配下に置かれ、長く白人たちによる暴政に悩まされました。 本作には、このような国際政治の状況は記されていません。ハイチの首都付近にある町ラ・クロワデブケと隣のドミニカ共和国のはざまにある農村を舞台とした、農民たちの物語です。 冒頭、主人公の母デリラの歎きで始まります。 「わたしたちはみんなおしまいよ…・」「砂埃がデリラの指の間から流れ落ちる。荒れたアワの畑や緑青にむしばまれたサボテンの垣根や木々、バヤオンド(原註:サボテンの一種)に降りかかるのと同じ、乾いた風のため息が吹き付ける砂埃だ」 村は深刻な水不足に苦しんでいる。雨がまったく降らない。そのせいで、畑の作物を育てることができない。炭や家畜を町の市場で売って、わずかな金を得る。誰もが食うや食わずの暮らしです。 そこにキューバへ出稼ぎに行っていたデリラの息子マニュエルが15年ぶりに帰ってきた。彼は村の荒れ果てた様子を見て、なんとか立て直さねばと努める。村は、ある殺人事件をきっかけに分断されている。水を見つけ、村人を一つにすること――それがマニュエルの考えだった。 彼の父のグループが敵と目している一段の、美しい娘アナイズと恋に落ちる。2人は人目を忍んで密会を続け、マニュエルはついに水脈を見つけた。彼は危険を冒して敵方の集まりに出向いていき、村人が結束しないと、この村に水を引くことはできないと説得するが――。 作者ルーマンは裕福なムラード(白人と黒人の混血)の出身で、ヨーロッパで教育を受け、帰国してからは、政治活動に取り組んで閣外追放になりました。しかし、彼が書いたのは、あくまでも、一寒村で生きる人々の暮らしです。 荒れ果てた村から少し離れたところには、美しい景色が広がり、みずみずしい木の下から水がわきでていた。自分は土だというマニュエルにとって、涸れていた村のいのちを蘇らせることができる魔法の泉です。 水は、いのちの象徴です。土もそうです。作者は、農という人間の本源的な営みにとって欠かせない、水を、土を、そして農に生きる人間を書くことに徹しました。だから、本作はハイチ文学の傑作として誕生したのです。 政治を語らず、政治の真髄を欠く。これはジャック・ルーマンの慧眼でした。 [参考文献] 『朝露の主たち』 松井裕史訳 作品社
【ぶら~り文学の旅⓰海外編】聖教新聞2022.12.28 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
April 7, 2024 07:59:11 PM
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