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カテゴリ:書評
偏屈卿と呼ばれた男の回想記 作家 村上 政彦 マシャード・ジ・アシス「ドン・カズムッホ」 本を手にして想像の旅に出よう。用意するのは一枚の世界地図。そして今日は、マシャード・ジ・アシスの『ドン・カムズッホ』です。 著者のマシャードは、ブラジルのリオデジャネイロ出身。黒人奴隷の血を引く父と、白人の母を持つムラート(混血)でした。家は貧しく、それでも親が文字を読み書きすることができたので、マシャードは書店に就職します。これが転機となって、彼は文学の世界へ入っていく。 詩人、ジャーナリストから始まり、小説を書くようになるが、収入が安定しないので官庁へ。そこで働く傍ら文学に打ち込んだ。 『ドン・カズムッホ』は晩年の長編小説ですが、彼の代表作であり、ブラジル文学の偉大な遺産です。 本作は、語り手の「わたし」=ベント・サンチアーゴが50代になり、障害の回想記を欠くという設定になっています。ある日、ベントは子ども時代を過ごした屋敷の再現を思い立つ。2階建てで、正面には三つの窓。奥にテラス、寝室、今も同じ。客間の対以上と壁も同じ。小さな庭、井戸、洗濯場もある。食器や家具も古い。外見は、往時を過ごしたホームができた。 だが、「人生の両端を結び合わせ、老境に青春をよみがえらせる」目的は果たせなかった。はっきり言えば、住んでいる人間が違うのです。ベントは家族もいない一人暮らし。父母はとうに亡くなり、妻子もある理由から遠く離れている。(この理由が本作の肝です)。 そこで、回想記を書いて記憶の力で生き直すことにした。 まず語られるのは、近所の少女カピトゥとの思い出(これが、せつないほど秀逸!)。当時、2人は14,15歳で、互いに好意を抱いていた。彼の母グロリアは死産を経験し、次に身ごもった子は神父にするので、元気に出産させてほしいと祈り、ベントを生んだ。神との約束を破るわけにはいかない。彼女は息子を神学校へ入れることにします。 ペントは嫌がるけど、カピトゥの仲が深まり、それぞれ結婚の意思を固めたことで、神学校へ入る。そこで親友のエスコパールと出会う。 やがてベントとエスコパールは神学校を出て、弁護士と商売人になり、家庭をもつ。子どもができないことが悩みだったベントは、ついに男の子に恵まれた。ただ、その子は成長するにつれて親友に似てくる——。 物語は、人間の奇怪さ、複雑さを感じさせる展開になります。愛妻が信じられなくなり、孤独に陥り、やがてカズムッホ(偏屈)になっていくベントの心の動きを、作家マシャードは極めて巧みに、かつ自然に描く、本作がブラジル文学の遺産たるゆえんです。 [参考文献] 『ドン・カムズッホ』 武田千香訳 光文社古典新訳文庫
【ぶら~り文学の旅㉝海外編】聖教新聞社2023.9.13 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
October 23, 2024 05:22:23 AM
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