深い溜息
「昨日は申し訳ありませんでした」出勤した私は、スタッフルームにいた白雅さんに頭を下げて謝罪する。「体調崩していたんだったらしょうがないだろ、もう平気なのか?」私を一瞥し、すぐに持っている書類に視線を落とす。プレジデントチェアーに身体を預けながら、朝一番にFAXや郵便物の書類に目を通すのが、彼の日課だった。「はい、大丈夫です。昨日の商談はいかがでしたか?」彼に尋ねると少し肩を竦めて、あまりいい結果じゃなかったと無言の動作。「そうでしたか。あちらは100万切った金額ではOKしなかったんですね。予想の範疇とはいえ、装飾を多く使ううちの作品には、欠かせないものだけに痛いですね、予算オーバーした分は、他から補いましょう」「それが無理なら積み立てていたままの、前年度の繰越金を切り崩す事も、視野に入れなければなりません。新しく、最新設備の縫製工場立てるのが一番の理想ですが、倒産した工場を丸ごと買い取るっていう手段だってあります」「前以ってそういうこともあろうかと、ネットと商業情報誌で、先行きが危なそうな同業者をピックアップしておきました。届いた書類に目を通されたら、こちらにも目を通して下さいね」持っていた情報誌を机に置く。流石だね、こいつ俺が指示する前に、先に情報を集めておいたんだ。頼もしい腹心だと心で呟く。彼女が机に置いた分厚い商業情報誌に、沢山の付箋がついていて、丁寧な字で企業名も書いてある。俺のやろうとしている事を先読みし、一から細かく言わなくても、何を必要としているのか察する染姫。従業員であり腹心でありそして、秘書のような存在なんだ。「失礼します」再び頭を下げて、部屋を後にしようとする彼女の背中に声を掛ける。「無理はするなよ、今日仕事終わったら、飯でも食いに行かないか?お前の体調が良かったらだけど。後でメールする」「はい」背中を向けたまま返事をする。彼からの誘いの言葉に、素直に嬉しいって思いながらスタッフルームを後にした。同じ職場の私達の関係が、皆にばれてしまわぬよう、デートするのは彼の部屋か、人が少ない郊外の夜景の綺麗な場所が多い。彼と連絡を取り合うのは、送り主が白雅だと判らないように、名前を変えて登録してある携帯メール。「染姫さん、体調よくなったんですね!ほっとしましたよ!」声を掛けると口元で優しく微笑む。「ごめんね迷惑掛けちゃって。デザイン画進んだ?それから昨日、私宛に電話とかなかった?」パソコンにつけられた、付箋を見ながら彼に尋ねると「そうだ、昨日アクター・サン・プロモートの、大羽様という方から電話がありましたよ!次のドラマの撮影で、klavierの服を使わせてくれないかとの内容でした!何でも翠嵐さんっていう人の話を聞いたそうで。代表と、アポイント取りたいっていうお電話でした」「その話、白雅さんには報告した?」「しましたよ!昨日残業していたら白雅さん帰ってきたんで、すぐに報告しました」「迅速で宜しい!((藁´∀`)) 仕事慣れてきたみたいだね、紅緒君。ブローチのデザイン画今日中に完成させて!午後は七宝電気炉 使って七宝焼きの作り方教えるから、午前中に用事は済ませてね」「染姫さん、うちって何でも一回は試作するんですね。ヮ(゚д゚)ォ!やっぱここで働く人達は職人ですね!」(´∀`*))ァ'`,、 「そうよ!私達は若きcreator集団なんだから!人それぞれ得意不得意はあるけれど、皆で短所を補い合いながら、作品を作り上げていくの」「丹花は縫製が上手だし、鳳梨は手先が器用で小物を作るのが得意。私は染色担当が主な役割だけど、一通りいろんな事が出来る様に、白雅さんから教わったわ!紅緒君はエアブラシ得意よね!あんなに難しいものを扱って、イラストを描いていく技術、凄いって思ったよ!」「俺の場合、趣味が高じてなんですけどね!プラモが趣味ですから!。゚(゚ノ∀`゚)゚。ァヒャヒャ家に未完成のプラモが沢山転がってますよ!Mrカラー安いもんだから、いつの間にか増えちゃって!」'`,、'`,、 '`,、'`,、('∀`) '`,、'`,、 '`,、'`,、「今度私の携帯電話にイラスト描いて貰える?」「お安い御用っす!(´∀`*))ァ'`,、 可愛いの描きますよ!」何事も無かった様に振舞う私と紅緒君。彼の気遣い。自然な態度で、接してくれるのがありがたかった。でも近いうちに事実を打ち明けなくちゃ、想いを抱かせたままでは残酷過ぎる。でもどうやって打ち明ければいいの?紅緒君に気づかれぬよう、深い溜息をついていた。紳士なんだから・・・へ