Lake Moraine ～Book Cafe~

毎年、九月末になると「白河庭園」で行われる、虫聞きの会。もう二十年近くも続いているという、そんな風流な催しに、僕が行く気になったのは、一にも二にもクドウさんのためだった。毎年家族で訪れているというクドウさんと偶然を装って会うはずだった。それなのに…。―殺されたのはクドウさんの従姉だった。事件は思いがけない方向に進んでいき無責任な噂があとを絶たない。僕は親友の島崎と真相究明にのりだした。大好きな彼女は僕が守る。


　44冊目

前作「今夜は眠れない」で母親への謎の遺産相続や家庭の危機といったトラブルに翻弄されながら親友の島崎と真相を解明した中学生,緒方雅男の再登場です。　
語り口が中学生の主人公雅男の一人称で語られるのでやさしい文体と中学生らしい語り口にジュブナイル小説を読んでいるような気分になりますが今回巻き込まれた殺人事件の背景
には中学生相手には相当ショッキングな内容で　そういえば宮部作品は　
こういう(現実感をぶつけてくる)作風だった！　と思い出しました。

　多数とは決して言えませんが宮部作品を読んでいるのに　毎回ほんわかした気分にして
くれそうな予感で手に取り　読んでいる最中は「現実ってこうだよねとかシビアだな」
と沈みがちになりますが、読後感がいいからでしょうか　すっかりそのこと忘れて　
またうきうきして次作を手に取る　この繰り返しです。
ここが宮部作品の魅力の一旦かもしれないなあとも思います。

　夏休みの大騒動(前作)も親友の島崎と行動をともにしなんとか乗り切った雅男、
秋真っ盛りの今、食欲・読書ではなく”恋”の秋　にするべく　
最近気になるクラスメートで可愛いクドウさんと距離を近づけるべく、
自分でも柄にもないと思いながら、公園で開かれている”虫聞きの会”に赴きますが、
そこで殺人事件に遭遇！　被害者は？？？　クドウさん！　とショックのあまり目を回して
倒れてしまいます。

実際はそのクドウさんの年上の従姉妹が被害にあったのですが、
この事件の背景に売春組織がかかわっていることがわかり、
被害者の親戚であるクドウさんの廻りにも無責任な噂がたちはじめます。

　犯人や背景は分かっていくのですが、なぜクドウさんの従姉妹亜紀子が
売春組織にかかわっていったのか、どうして殺されなければならなかったのか、
新聞記事やゴシップの向こう側にある事件に至るまでの経過をみさだめてクドウさんを
精神面からも守ってあげたいと、雅男は例のごとく島崎とともに真相究明をしようと行動を
起こします。

現実でも戦慄な事件が新聞をにぎわさない日はない昨今、
特に未成年者が起こしてしまう犯罪に関しては”なぜ”犯罪を犯したのか、
そこに至るものが不透明で週刊誌の煽り文句ぐらいしか目にできないなかで雅男の考えに
思わず「うん、うん、」とうなづいてしまいます。

　クドウさんの友人にも協力を頼み、できうる限りの自分たちなりの捜査をすすめるなか
被害者亜紀子の不幸な生い立ちも明らかになっていき、”自分の居場所”を求め、
その求めた先に素人が立ち上げた売春組織の一員となっていったことが分かります。

　雅男は考えます。
家庭が自分の居場所ではなかった亜紀子の想いはどんなものだったかと、
一方でそのやり場のない気持ちの矛先を家庭に恵まれ心暖かい居場所を持つ自身の
従姉妹クドウさんへと向けて牙をむこうとしていたことも知り怒りも当然持ちます。

ただ、そこで怒りを憎しみに変えるのではなく自分なりの結論をみつけるために
亜紀子という存在を公平に理解していこうと雅男の調査は犯人と手配され行方不明に
なっている亜紀子の恋人へと進みます。

恵まれない家庭環境ゆえに自分の居場所のない哀しさ悔しさ、
ただどれほどの鬱屈があろうと関係のない他者を貶めることは許されるべきことではなく、
またその哀しくやるせない気持ちに対して侮蔑の目をむけられる筋合いもない、
　人が生きていく中での落とし穴に入ってしまった時、ある者はそこから抜け出そうとし、
ある者はそこの泥にどっぷりとつかりこんで居場所としてしまう。

話の内容にはそれほどハードな描写はないのですが、雅男の目を通して語られる
この事件の背景の中にささいなことがまさしく”夢にも思わない”ような波紋を広げていって
しまった切なさやるせなさがあふれてきます。