πの話
☆ 9月18日(土曜日) 旧八月十一日 辛未 赤口: この前のブログ(9月13日付け)で、遺産相続にまつわるクイズの謎解きのことを書いたら、再び・Hさんからコメントを戴いた。何だか・Hさんに見込まれてしまったようで、くすぐったい。今度のコメントは以下のようなものだった(一部省略)。『・・・ついでだ、円周率が3.14から3へ、そしてまた3と少しに、と変化した事例についてもいつか何処かで是非お願いします。 ・H』あぁそう、円周率。そういえば、いつのことだったか文科省が、小学校では円周率を「3」だか「3.1」だったか、数字は忘れてしまったが、とにかくいい加減に端折った値で教えるんだと聞いてのけ反ったことを覚えている。教育指導要領だかにそう書いてあって、学校の先生たちはそれに従わざるを得ないのだと。小学校では小数を教える事に対して何らかの制限があって、それと整合性をとる為には、円周率の値も上のように「簡略化」すべきなのだと、確かそんな理由付けだったような気がする。二流官庁の小役人が、偉そうに円周率などというものまで支配するなど、不遜極まりない。円周率の値がどんな円についても同じで、その値が3より「少し大きい」という事実は古代エジプトの時代からすでに知られていたのだ。そして彼らは、その値を少しでも精密に求めようと努力をした。これは単に学問上の興味からでは無い。円周率は私たちの生活の様々なところで出てくる。これを出来るだけ精密に知っておかないと、暦や占いのための観測、土地の測量、そしてピラミッドの建設などで色々不都合が生じてくる。だから、彼らは、「3より少し大きい」というだけでは満足できず、一生懸命その精密化に努力していたのだ。今からもう数千年も昔の事だ。それを現代に生きる小学生たちに、「円周率は3(3.1?)だ」と決めて教えようというのだから、その不遜さがどれほどの大べらぼうか分かるだろう。数千年以上も歴史を朔行してしまうのもさることながら、自然に存在する数値を役所の権威によって指定するというのだから、あきれ返る。アメリカでは1897年に、インディアナ州議会が円周率の値を州法で定めようとする動きがあったそうだ。どういう値に定めようとしたのかは、今でははっきりしない。しかしその時の提案理由が「インディアナ州に新たな数学的真理を独占的に使用する権利を与える」だったそうだ。そして、この法案の提出は全会一致で可決されたのだそうだ。法案自体は幸いに可決されなかったそうだが、否決ではなく「無期限先送り」だったから、法案自体は今でも生きている!「インディアナ州議会下院法案第246号」だそうだ。政治家とか役人のやることは、洋の東西を問わず、時に夜郎自大も甚だしく、大いに危険である。円周率の(子供にでも分かる)定義は、「直径1の円の、円周の長さ(ここでは単位は付けない)」である。これをもう少し一般化すれば、「長さLの円周と、その円の直径Dの比」である。実に単純明快な定義だが(数学の言葉での定義は積分などが出てくるので、ここでは書かないが、本質は同じである。)、その値を求めるのは難しい。私たちが「数」と言っている全体は、その性質によって幾つかの種類に分類できる。今の話に関係するところを述べると、先ず「有理数」のグループがある。これは数(整数だけでなく小数も含む)の中で、整数同士の分数比で書けるという性質を持っている数のグループだ。有理数に対峙するグループが「無理数」である。無理数は従って分数では表せない数のことを言うのだ。√2=1.41421356・・・・(一夜一夜に人見ごろ)、√3=1.7320508・・・・(人並みに奢れや=そうだそうだ!ケチ!)、√5=2.4360679・・・・(富士山ろくオーム鳴く)と覚えたのも無理数である。無理数は小数点以下ずっと続く。ここで、円周率は無理数である。これは18世紀にヨハン・ランベルトという数学者が最初に証明した。つまり、円周率の値は分数では正確には表せない。さて、無理数の中には更に「超越数」というグループがある。これは「有理数を使った(有限次の)代数方程式では表せない」という性質を持つ数のことだ。円周率が無理数の中でも超越数であることは、1882年にフェルディナンド・リンデマンという数学者が、微積分を使って最初に証明した。こうなると、超越数である円周率は、「分数でも数式でも一発では求められない値」となるわけだ。※ ところで、円周率はギリシァ文字の小文字π(パイ)で表す。この「π」は万国共通かというとそうでもないようで、円周率のことを「アルキメデス数」とか「ルドルフ数」と呼んでいる国もあるようだ。昔の人(古代エジプトから、バビロニア、インド、ギリシャ、日本に至るまで・・・)は、このπの値を何とか正確に求めようとして、先ず分数を使った。「正確ではないけれど・・・」と承知した上でのことだ。そのために使える一番簡単な分数は、「22/7」。22/7=3.1428・・・で、πの値の小数点以下第2位までしか正しくない。電卓で計算できて、日常では充分な精度のπの値は、「355/113」で計算できる。355/113=3.1415929・・・だから小数点以下第6位までは正しい値になる。こう書いてくると、「それじゃぁπの値なんていい加減なものか」というとそうではない。中学(高校だったか?)で教わる三角関数には、円周率がπとして「確定した数」として出てくる。三角関数にはArctan(アークタンジェント)というのが出てくるが、これを使ってパイの値を計算することが出来る。Arctanを使ってπを計算する式は、今までに294個発見されている。もう一つテイラー展開というやり方でπを表し、計算する方法がある。ここで、その数式を掲げてみよう。簡単で綺麗な式だ。 高校の数学を思い出してもらえれば分かると思うが、これは無限級数といわれる。n=0から無限大(∞)まで右側の分数式の値を求め、それを足し算していくのだから、計算は終わることは無い。この、「計算が無限に続く」というのは、Arctanを使った場合も同じである。つまり円周率(π)は、「ちゃんとした定義は出来るが、その値を求めるには無限に計算していく必要がある。」と、そういう数なのだ。πの値は、上のようなやり方で、新しいスーパーコンピュータが開発される都度計算される。現在では小数点以下2兆桁まで計算されているようだが、もちろんそれで終わりではないのだ。さて、ここで・Hさんのコメントに戻ることにする。私たちの実生活上では、π=3でも、π=3.1でも構わないと思う。しかし、それを教えるときにはπという数が、上に述べたような性質を持っているのだということを、必ず同時に教えるべきだろう。πとはそういう神秘性を持った数なのだという事を知っているのと知らないのでは、大違いなのだ。【余談1】πは決して我々の現実と無関係ではない数だ。茶筒に新しいラベルを貼ろうとして、紙を切るときには大まかなπの値を(3でも、3.1でも)知っていると便利だ。他にもこういう例は沢山ある。例えば「ビュッフォンの針」という例をご存知の人もいらっしゃるだろう。【余談2】私は(暗記が大の苦手だといっているくせに)πの値を39桁まで言える。3.14159265s589793238462643383279502884197・・・ね!?これは「産医師異国に向こう、産後厄無く、産婦み社に虫散々闇に鳴く。ご礼には早よ行くな。」と覚える。これを、黒板か紙を前にして、「今から暗算でπを計算していくから」と宣言して、頭の中で上の呪文を唱えながら(声に出してはいけません)、時々考え込むふりをしながら書いていくと、書き終わって10秒間くらいは尊敬を勝ち得ることが出来る(保証はしません)。英語では、日本語のような語呂合わせは出来ないから、大抵の学生は“Yes, I have a number.”と覚えている。単語の字数が数字に対応するわけだ。もう少し詳しくは、“How I want a drink, alcoholic of course, after the heavy lectures involving quantum mechanics!”と覚える(コンマや感嘆符は数えない)。「量子力学の大変な講義を受けた後では、どうにも一杯やりたいよ!」という意味ですな。・・・だからそんなことを覚えて、それでどうしたって?・・・別にどうもしません。それだけのことです。役には立ちません。【余談3】ついでだからお慰みにパズルを一つプレゼント。古典的なパズルだから多くの人がご存知だろう。『川岸にワニとウサギとニンジンの束がある。農夫はこれらを船で向こう岸に運ばなければならない。船には、一度に農夫の他にはワニかウサギかニンジンの束の何れか一つしか載せられない。』これが問題。勿論ワニとウサギを一緒にして、農夫が居ないままにしておけば、ウサギはワニに食べられてしまう。ニンジンもウサギの大好物だ。この問題を、ここに掲げた立方体のカゴのイメージを利用して、「スマートに」解いて欲しい。【余談4】πもそうだが、数学に出てくる定数や数式には、自然に存在して我々がよく目にする光景(物)に関係しているものが多い。ここに「フィボナッチ数列」の例を掲げて、どうしてそうなんだろうと考えを巡らして見るのも秋の連休のつれづれには良いかもしれない。