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丁寧な暮らし

丁寧な暮らし

2019.09.10
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カテゴリ:おしん
奉公先を飛び出して吹雪の中をひたすらあるき続けていたことまでは、
おしんに記憶があった。

気が付いたときはこの小屋で寝ていた。

どうやら途中で、
行き倒れていたところをこの小屋の主に助けられ、危うく凍死を免れたらしかった。
が、おしんは、そのひげづらの青年がどうゆう男なのか、さっぱり見当もつかなかった。

小屋の中に雑誌があった。おしんは、その雑誌を開いてみていた。
すると、小屋の主、ひげづらの俊作あんちゃんがやってきた。
おしんは、人のものを黙って触ったから気まづかったのか、すぐに
開いた雑誌を閉じた。

俊作あんちゃんは、囲炉裏に鍋をのせ、そこに雪をいはじめた。
あんちゃんから渡された毛皮を着たおしん。
囲炉裏のほうによっていき、俊作あんちゃんに話しかけた。

「おれも手伝う。何したらいいんだべ。
 掃除でもするべとおもったけども。
 おれ、なんでもするから。飯だってたける。」

「めしなんてものは、ないんだ。この鍋にくえるものはなんでもぶち込んで煮るだけだ。
 今夜はな、ウサギの肉に、大根に栗と、、。ウサギの肉はうまいぞお。」

俊作が雪をどんどん入れているのをみて

「水は、雪ば、溶かすのか?」

「ああ、雪のない季節は川まで水をくみに行くが、、」俊作が答える。

「あんちゃんは、ずっとここさいるのか?夏も冬も。あのじんちゃんも?」

「ああ、あの松じいは、その炭焼き小屋で一年中炭を焼いている。」

俊作が立ち上がって鍋にふたをした

「あんちゃんも炭焼きか?」

俊作が、今度はまないたで大根をきりはじめる。

「おれがきる。」

おしんが、立ち上がって俊作のほうにこようとする。

「おまえ、そだくべてくれ。」俊作が振り返っておしんにいった。

おしんは、鍋の火の前に来るとしゃがんで俊作が指した枝をくべた。

「あんちゃんは、なしてこだなとこ一人でいるんだ?父ちゃんや母ちゃんはいねえのが?」

おしんの質問にはこたえず、俊作が今度はおしんに聞いた。
「おまえ、いくつだ?」

「ななつ」
おしんが、下を向いて答える。

俊作が大根を切る手を止めて、顔を上げた。

「そんな年で奉公にやられたのか、、。」
そういいながら、また、大根を切る俊作。

「病気のばっちゃんや、ちっちゃい弟や妹がいるから。おれがいたら、ばっちゃんや、
 母ちゃんのくうものがねえんだ。
 おれが奉公さ出たら、米一俵ももらえたんだぞ。」
俊作の手が止まった。
「母ちゃんのはらのおぼこも死なせねえですむんだ。安心してうめるからな。」
おしんが薪をくべながら話す。
俊作がおしんの方を向いた。
「つらかったのか?逃げ出したいほどつらかったのか?」
おしんが、きっと目を向いた。
「つらいから、逃げたんじゃねえ。とってもいねえぜに、とったっていわれて。
 んでも、盗人って怒鳴られたからとびだしたんでねえ。
 おれが奉公さ出るとき、ばっちゃんが50銭銀貨くれたんだ。
 ばっちゃんが大事に大事にこさえた銭だ。おれ、うんと腹減ったとき、何べんその銭で
 くいてえものかうべとおもったか、わかんね。でも、ばっちゃんだってくいてえものくわずに
 おれにくれた銭だ、おれ、我慢して使わなかった。
 それが、おれが盗んだ銭だってとりあげられたんだ。おれ、それでも辛抱しなんねって我慢したんだ
 米一俵で奉公さ来てる、うちさば、帰れね。んでも、冷たい川でおしめさ洗ってたら、うちさ
 帰りたくなってしまって、、。」
俊作はおしんの話をずっと厳しい顔で聞いていた。
しかし、おしんの話す境遇にもう、こらえきれなくなり、
「もう、いい!」俊作は、おしんの話を遮った。

おしんは、
「なしてこだなことしてしまったんだべ、おれ。年季あけるまで、
春さくるまで我慢さんねんだったのに。」小さい声で言った。

おしんは、じっと囲炉裏の火を見つめていた。

火がめらめらと燃えている。

「何て名だ?」

「おしん」

「おしんぼうか、、。いい名だ、、。
 おしんのしんは、「信じる」のしん、「信念」のしん、「心」もしんと読む。
 一番大事な芯棒のしんでもあるし、物の真ん中を芯というのはそのしんでもある。
 新しいもしんだし、真実のしんでもあるし、辛抱のしん、そうだ、神様だってしんだ。
 おまえ、こんな素晴らしい名前をつけてもらってるんじゃないか。
 くよくよしてたら、名前が泣くぞ!」

「名前なんてなんぼよくても、、
 もう、おれ、どこさも帰れねえんだ」

「ああ、どうせ、雪のあるうちはだめだ。何考えたってどうにもならん、
 春になれば、、どうにかなる。」   
俊作がいった。
おしんは、ただ、じっとめらめらと動く、囲炉裏の火を見ていた。

そとでおじいさん(松じい)が、炭を焼いている。
そこへ俊作がきた。
「松じい、鍋が煮えたぞ。」
松じいは、前を向いたままである。

「どしてもおめえは、あのわらしのめんどうみるってだか?」
俊作が黙っている。
「今だば、まだ間に合うんだぞ。おまえのこと人さしゃべらねえように口止めさして。」
俊作はその場を立ち去ろうとする。
「食うものだって、おめとおれの分しかねえんだ。
おれがなんぼ炭やいたって、おめえがうさぎやしかうって毛皮さはいだって、
春までは里さ、おりられね。村に行って物さ、代えることはできねんだ。炭や
毛皮がなんぼあったって、炭や毛皮はくわえねんだぞ」と松じい。

俊作は松じいの言葉を黙って聞いていたが、何も言わずに行ってしまった。

小屋の中で俊作、松じい、おしんの3人が椀をもって何か食べている。

「あーうまかった。」椀を飲み干して、おしんが言った。
「ああ、遠慮しねで好きなだけくえ!」と俊作。
「こだい、なんばいもくったの、おれ初めてだ。
 奉公してるときは、大根飯一杯、おつけ一杯だけでよ、具なんてなんにも入っていなくて
 つめたくなってしまっていてよ、あついおつけなんてのんだことなかった。」

俊作がお替りの椀を渡した。おしんは、それをじっとみて
「うちさ、いるときだって、、、。」と言って急に涙ぐんだ
「ばっちゃんや、母ちゃんにくわしてやりてえな。」

おしんの話をじっと聞いていた松じいが口を開いた。
「んだか、、おめんとこも小作で苦労してるんだな、、。おれもよ、五反百姓の三男坊で、
 このわらしぐらいのとき、地主のとこに、奉公さだされて、年季があけても耕す畑がねえもんだからよめっこも、もらえねえで、それで炭焼きになったんだ、、。」
おしんが松じいをじっとみた。
「あっちの山、こっちの山と、炭焼いて歩いてよ、そのうち、よめっこのきてもあって、こどももできたっていうのによ、大きくなったら、兵隊さとられてしまって。」

「松じい、、、」

「だども、炭焼きのせがれでは、兵隊さでもいかねば、食っていけねんだものな。あいにく、せがれ二人とも殺されてしまったんだ。」

「誰に殺されたんだ?」おしんがきく。

「戦争だよ!二百三高地だ!だども、炭焼きには一生こげな暮らしでおしめえだ。 
 それがやんだって、自分から兵隊になってしまって、」松じいは声がつまってしまった。

「松じい、、毎日同じことこぼしたって、息子さん帰ってくるわけじゃないんだから」俊作が言った。

「おれはな、おめのために言ってるんだぞ。死んでしまったらおしめえだ、
だからどげなおもいをしても、生きるんだ!」

「ああ、松じいからもらった命だ、粗末になんかしやしないよ」俊作がいった。

おしんは二人のやり取りをじっと聞いていた。


そとで松じいが炭を焼いている
その横でおしんが座っている

「おれの父ちゃんも、
 冬は、炭焼きに行くんだ。でもおれ、炭を焼くのはみたことがなかった。
 じっちゃんは、ずっとここで炭焼いてるのか?」

「でねぇ、焼く木がなくなったら、また、他の山さ、いくだ」

「なら、あんちゃんも?」

「んだ、ああ、ここもそろそろおしめえだ。春になったら、また、他さうつらねばなんねえべ。」

「今度は、どこさいくの?」

「ほなことはわからねえだ!」松じいの語気があらい。

「あんちゃんはうちがねえのか?」

「ここがうちだ!」松じいが、怖い顔をして、おしんに怒鳴った。

パーンと、銃の音がした。
「あんちゃんだ!」おしんが立ち上がって音のしたほうに走っていった。
走ってゆくおしんの後ろすがたをみて松じいは、不安になった。
「あのわらし、あのわらしとこむらさけえしたら、すぐ山さうつらねえと、
 村でしゃべられたらおしめえだ。」

おしんが雪の中を走っている。
俊作がいるところをめざしていた。
雪の中に血のついた獲物がおいてある。
「あんちゃんがしとめたのか?」
俊作は黙って獲物の雪をはらっている、

「あんちゃんは、鉄砲うちの名人だな、、」とおしんが言った。

俊作は急に複雑な表情になり黙ってしまった。そしてまた、獲物を追ってはしるのである。

走ってあんちゃんにおいつくおしん。
おしんが、あんちゃんにつかまると、あんちゃんは、
それを振り切るかのようにまた、走って行ってしまう。
それでも、おしんは、あんちゃんの後を追って走るのである。

おしんには全く未知の暮らしであった。
何もかもが新鮮で驚くことばかりに、おしんはただ心を奪われていた。
そんな毎日が家のことも奉公先のことも遠い世界のように忘れさせていた。

中川材木店の土間。

つねがたけぼうをおんぶした奥さま
と一緒に座っている。

「とんでもねえおぼこ、よこしてくれたな!」つねが口入れやに嫌味を言っている。
「七つば、九つだなんてだまくらかして。ろくに役にも立たねで逃げられてしまって、踏んだり蹴ったりでねえか。口入れ屋のおめえば、信用してたのに。ひでえめにあったぞ。」

「悪かったなす」と頭を下げる口利きや。

「おしんのうちからもなんにもいってこねえから、無事うちさ帰ったかどうか、それもわからなくて。
 出て行ってから二十日もたつから心配でなあ。」と奥様

「帰ってるっす」とつね。

「もし、途中でなにがあったら、ここさ、しらせがあるはずでっす」つねが続けていった。

「とにかく、おれがおしんのうちさ、いってくるっす。」

「帰ってたって連れ戻すことねえからな。一度逃げたおぼこなどたくさんだ。
 人が仕込んでやるべとめかけてやったのに、恩ば、仇でかえすようなことされて。
 それより、前渡しした米一俵、ちゃんと返してもらいてえからな。」
「おつねさん」と奥様。
「んだべす。こだなことがあったときには返すっていう口入やとの約束なんだから。」

口入れやが「へえ」とうなづいた。

「その米で、今度は間違いのないおぼこよこしてけろ。竹ぼっちゃまの子守が
 いねえから、奥様困っておられんだ。これもげえさん、お前の責任だぞ
 早いとこ頼むからな。」
「へえ」と、また、うなづく口入や。

「そうだ、もし、おしんにあったら、これ、わたしてやってけろ。」
つねが、小さい包み紙を口入やの前に出した。
「50銭銀貨が入ってるから。」

「きっとわたしてけろね」奥様が言った。

「50銭もなんで、、」と口入や。

「渡せばおしんにはわかる」と、つね。
「おれらのほうの勘違いだった、悪かったなって、いってけろ。」と奥様が言うと
それをさえぎって、
「余計なことはいわねえでええ。奉公しててあげなこと辛抱できねえほうが悪いんだから。
 気になさることはねっす。」と、つね。
奥様は、ばつのわるそうな顔をして黙っている。
口入やは、なんともわからないかおをして、銀貨を受け取った。

雪山の中
俊作が小屋で銃を磨いている。
「あんちゃんは、猟師なのか?」
おしんがあんちゃんに聞いた。

「ん、獣を取って、肉を食って、 毛皮を松じいが、里へ行って、いろいろなものと
交換してきてくれる。やっぱ猟師だな、、ふっ」俊作が笑った。

「猟師ってのは、おれたちと違う言葉使うのか?
 あんちゃんは、おれたちがしゃべるのと違う。」

「そうか?」と俊作。

「字も読めるのか?あの本もってるから」
おしんは、雑誌をみた。
「おれ、カタカナなら読めるんだぞ、んでも、あの本の字は、おれが習ったのと違う字が書いてあるんだな。おれも、ああいう字読めるようになりてえな。学校さいけたら、どだな本でも読めるように
なるのにな。」
銃を磨きながら俊作が聞いた。
「おまえ、本が好きか?」
「読んだことねえけんど」
銃身をたてて、上を見る俊作
「あんちゃんは、学校さ、いったのか?」
「もう、寝ろ!」
「おれ、カタカナだったら、かけるんだぞ。母ちゃんも手紙かいたことあるんだ。
ここでは、手紙も出せねえんだな、おれは達者で猟師のあんちゃんと、炭焼きのじっちゃんに
めんごがってもらってるから、心配いらねって知らせてやりてえな。おれ、ずっとあんちゃんとこの
おぼこになりてえって。」
俊作が、いつになく厳しい顔をしておしんをみていた。それに気づいたおしん、
「おれ、寝る」そういって、寝床の藁に入った。

しばらく銃身をなでていた俊作が、不意に銃をかまえて
うつふうをする。その顔には、妙な殺気が感じられた。

おしんの家の前

ふじが水場で洗い物をしている。
そこに口入やのげんすけがやってくる。
「げんすけさんでねえか。雪ン中わざわざ?はるか、みつになにかあったのか?」

「おしんが逃げて帰ってきたんだってな」と、よたもののような口調ではなすげんすけ。

「おしんが?」

「とんだおぼこつれてきたって、えれえこごといわれたぞ。
よくもおれのかおつぶしてくれたな。」

「おしんが逃げてって、、うちには帰ってきてね。」

「ほだなごまかしはとおらねえべ。二十日前に奉公さきさ、でたんだっていうんだ。
 うちさ帰らねえで、どこさいくんだってんだ」

「はつかもめえ。、、」

「つれもどすことはねえ、あだなおぼこは、もういらねえってことわられたんだ
でも、このしまつだけは、せいさんしてもらわねとな。」
ふじに、脅しをかけるげんすけ。

「ほんてん、かえってきてねっす、ほんとだ。」
げんすけに言い返すふじ、

「おしんに何かあったのか、、家にも帰ってきてねってのに、」
ふじの顔はたちまち暗くなった。






 




 














 
 


 











おしんのしんは、辛抱のしん、





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最終更新日  2019.09.11 11:56:45
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