テーマ:試写会で観た映画の感想(680)
カテゴリ:観た映画のこと
試写会で『LIFE!』を観てきた。
毎日同じことの繰り返し。世間一般の人は、冒険家ではないから、まぁ普通はそうだろう。変化のない日常は、知らず知らずのうちに、チャレンジ精神を萎えさせてしまう。惰性で生活がまわり、鈍感に落ち込んでいくことに対して鈍感になってゆく。 夢見ることに疲れ、バーチャルな刺激で気持ちをごまかす。エンターティメントのなかにだけ自分を解放する安らぎをみつけて虜になる。でもそれは代用でしかない。商業的に仕組まれた紛い物。錯覚による解放感にすぎない。 生気の失われた日々に埋没する人々。 都会の働き盛りの良識ある人々。 現代の実に多くの人々。…… 世間一般の人は、冒険家ではないから、仕方ないのだろうか。 いや、マスコミを騒がせるビッグなことだけが、輝かしいチャレンジの成果なのではない。日常のなかにも自分を都度つくり変えていく機会があり、さらには、激しく活動して安泰を壊さずとも、静かに護ることで打ち克つチャレンジもあるのだと、この映画は教えてくれる。 どこにでもいそうな冴えない男が、なんのかんのとあって、終わりでは心のなかの錆やら垢やら埃やら何もかもさっぱり落とした感じでそこにいて、爽快な日常の一場面を見せつけて映画は終わる。その変身のロードムービーだ。実際に地球狭しとあちこち移動するが、始点と終点の差は心のなかにこそ測りたい距離。心のなかの話なら、一念発起さえすれば、瞬時に変身できる。それでは観客を説得できない。変身のロードへ、観客の心をも引き連れてゆこうと、4段階を踏ませているとも見れるだろう。 日常のなかでの、うだつのあがらない男。 非日常に投げ出された、うだつのあがらない男。 非日常のなかで、生まれ変わっていく男。 日常のなかに戻ってきた、生まれ変わった男。 『バックトゥーザフューチャー』でマーティの父・ジョージが、映画の始めと最後で変身していたのを思い出した。不良のビフに頭の上がらなかったジョージが、逆に仕切っていた。あの爽快感に似ている。ジョージの場合は、過去を変えたからという突飛もないもので、経過が描かれていない。 しかし、この映画はそこが眼目だから、経過が丁寧に描かれてある。突然の職場でピンチに置かれること。僻地で選択の余地のない状況に置かれること。これらの助けを借りて男は生まれ変わる。経過がリアルで説得力ある。まぁ、リアルといっても、そこは八分目に。無為に日を過ごしていた男が、いきなり標高5500mのヒマラヤを歩けるかとか、そんなことはイッテQのイモトを見ていなくても首をかしげたくなるけど。 ともあれ意識したいことは、この映画をもごまかしの解放感のひとつにすませてしまわないことだ。4日間で数十万かかる研修セミナーがあることを思うと、本作の観賞は2時間で千幾ら。これで自己改革が叶ったら、元を採れたどころではない。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2014.02.19 00:51:41
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