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カテゴリ:Figure Skating
今日は、総合順位は7位だったものの、個人的に大・大・大好きな太田由希奈選手について書きたいと思う。太田選手はもともと安藤選手の1年先輩で、安藤選手以上に将来を嘱望されていた逸材だった。なんといっても、伝統的に日本女子には欠けているとされている「表現力」が抜群だった。太田選手が4大陸選手権で優勝したとき、アメリカのテレビ解説者が「ジャンプに入るときのスピード、正確なポジション、美しいスケーティング、エレガントな腕の動き… 彼女は世界チャンピオンになるためのものをすべてもっている」と、感嘆をこめてコメントしていたのが今でも耳に残っている。
そう、太田選手は世界チャンピオンになれるハズの選手だったのだ。怪我さえなければ… トリノで期待されていたのは金メダルをとった荒川選手ではなく、安藤選手と太田選手だった。太田選手を襲った完治しない怪我は、彼女から3回転ジャンプをほぼすべて奪ってしまった。今なんとか跳べる3回転はトゥループとサルコーだけ。それさえも試合で全部は決めていない。トリプルループも、トリプルフリップも、トリプルルッツもない。それでも今回全日本で総合7位まできた。2シーズンぶりに復帰した去年は10位に入れなかったから、たいした進歩だ。 だが、太田選手のフリーのプロトコルには1つ非常にわかりにくい判定によるキックアウト(点にならないこと)がある。それは「入れた連続ジャンプの回数」の判定。女子のフリーはジャンプを全部で「7箇所」で入れることができ、連続ジャンプは「3箇所」で入れることができる。 今回の全日本の太田選手は3Tで転倒したが、プロトコルを見ると、そこがSEQ(シーケンス)となっている。つまり、3Tで起き上がった後に何かジャンプを入れてしまったという判定だ。そのことによって連続ジャンプを入れる箇所が1つ余計にカウントされ、最後に入れた2Lz+2T+2Loは4つ目の連続ジャンプということになり、キックアウトで0点になってしまった。2Lz+2T+2Loはきれいに決まっていただけに非常に残念。これさえなければ、もう少し得点が出た。 だが、実は太田選手は転倒ジャンプのあとには何も入れていない。シーケンスでジャンプを実際に跳んだわけでもない。にもかかわらずシーケンスにされてしまった。これには複雑なルールが絡んでいる。実は3回転ジャンプは1つのプログラムに2回まで入れていい(ただしそれも2種類まで)のだが、そのうちの少なくとも1つは連続ジャンプもしくはシーケンスにしなければならない。ところが、太田選手は最初にすでに単独の3Tをプログラム前半で跳んでいた。そして、ここに「連続ジャンプは3箇所まで入れていい」というルールも絡んでくる。 転倒した3Tは単独のままで、連続ジャンプにできなかった。すると2回の単独3Tを入れてしまったというルール違反になる。そこでここには「連続ジャンプ箇所」とみなされるのだ。したがってプロトコルに「シーケンス」と書かれ、ここは跳んでもいない連続ジャンプの箇所とみなされる。太田選手は最初に3S+2T、転倒3Tのあとにもう1度3S+2Tを入れていた(2度目の3S+2Tを単独の3Sにしておけばよかったのだ)。だからこれで連続ジャンプ3箇所となり、これ以上の連続ジャンプは入れられない。したがって、最後の2Lz+2T+2Loはキックアウトで0点となってしまったということらしい。しかし、わかりにくいなあ、まったく! 太田選手のように3回転ジャンプのバリエーションの少ない選手は、どうしても跳べる3回転ジャンプを限度2回まで入れたくなる。そうするとどちらかは連続ジャンプにしなければならない。ところが転倒してしまって連続ジャンプが入らないと、単独ジャンプを2回跳んだという減点に加えて、跳んでもいない幻のシーケンスジャンプということで連続ジャンプの箇所も1つ余計にカウントされてしまうのだ。現ルールのミスに対する減点の過酷さがわかる。織田選手は何度かこの同じジャンプの回数制限と連続ジャンプの回数制限に引っかかってキックアウトで痛い目にあっているし、荒川選手も「試合の途中で何をどうリカバリーしたらよいのか忘れてしまってあせってしまった」と言っていた。ファイナルでの高橋選手も「どっかで連続ジャンプにしなきゃとあせった」と言っていた。このルールの複雑さでは、1度ジャンプを失敗すると非常に神経を使うだろう。 しかもこの太田選手の転倒3Tは、ジャンプを行ったことによって点がマイナスになるという、例のおかしな現象を引き起こしている。基礎点1.14点からGEOの減点で、この3T+SEQの点数が0.14点。これがジャンプのスコアだが、別枠で最後に「転倒によるマイナス1点」がくる。0.14からマイナス1を引いたらどうなるだろう? 小学生の算数だ。跳んだけど転倒したので、0点になった、というならわかる。だが、跳んで転倒したため、点数がマイナスになる、というのは一体どういう理屈でそうなるのか。さっぱり理解できない。基礎点をダウングレードし、GEOで引き、さらに転倒のマイナス1点を別々に順番に引いていくからこんな変なことになるのだ。それならばいっそ、「転倒ジャンプは0点」それでいいと思う。 だが、それにしても3回転はトゥループとサルコーしかない選手が、このハイレベルの全日本女子で7位まで来るのは大変なことだ。しかもフリーでは後半3Tの1回の転倒で「単独3回転ジャンプの規定数オーバー」「ジャンプの挿入箇所数のオーバー」「ジャンプそのものに対するGEOによる減点と転倒の1点減点」と2重3重に減点されているのに、だ。それだけ彼女のジャンプ以外の要素が評価されているという証でもある。特筆すべきはスパイラルシーケンスの高得点。スパイラルは浅田選手も安藤選手も得意で、安定してレベル4を出す。特に浅田選手は柔軟性といい、すらりとした細く長い脚の美しさといい、おろらく現在世界でも最も美しいスパイラルをもった選手だ。その浅田選手より太田選手のスパイラルのほうが得点が高かった。3人ともレベル4だが、加点で差がついたのだ。フリーでは浅田4.8、安藤4.6、太田5.4。太田選手は脚を上げて、トップバランスにもっていくまでのスピードがはやく、グラリともせずにエッジにのって滑っていく。浅田選手は脚自体は太田選手より上がるのだが、その柔軟性が逆に災いして、トップバランスで安定させるまでの時間がちょっとかかったり、途中で軸足のエッジが揺れたりする。 太田選手は基本的に旧採点システムで育ってきた選手だから、スピンなどのレベル取りで若干損をしているかもしれない。あの超美しいレイバックスピン(レベル3)も加点がついてもショートで3.3、フリーで3.4程度。これはダブルアクセルの基礎点より低い。これでも浅田選手(3.2)や安藤選手(2.1)より高いのだが、差がついてもそんな程度なのだ。それでもやはり、太田選手は美しい。レイバックスピンに関しては点差以上の違いがあるように思う。ただ、太田選手のそのほかのフリーのスピンは全部レベル4だった。 滑走中の顔の表情を見てるだけで、太田選手には「萌え」てしまう(スケートなのに・笑)。顎から首、肩から腕にかけてのラインと動かし方にも、なんともいえない上品さが漂う。「ゆきなちゃん、なんであなたはそこまで美しいの」と言いたくなる。最初から最後まで音楽にのせて優雅に滑る姿には視線が完全に釘付け。指先の表現も、腕の振りも、上体の使い方も、情感表現すべてが別次元の美しさ。「フィギュアってスポーツじゃなくて芸術だな」と心底思わせてくれる稀有な選手だ。ショートのマダム・バタフライでもフリーのアランフェスでも、圧巻の叙情性を発揮していた。ただ、競技者としては多少オーバーウエイト気味なのは否めない。もう少しウエイトを落とせばジャンプにもキレが戻るかもしれない。試合で点を競うなら、全体的にスピードも足りない。プログラムの後半になってくると3回転がまったく入らないのは、助走のスピードが足りないからだ。 実は中野選手は太田選手が怪我をしたことから代役で国際舞台にデビューし、ここまで来た選手だ。中野選手に太田選手のような滑りのエレガンスがあれば、国際試合の「演技・構成点」であそこまで低く評価されることもないだろうにと思うことがある。今回中野選手のトリプルアクセルはダウングレード判定されて、基礎点がトリプルアクセルの7.5点ではなくダブルアクセルの3.5点になり、そこからGOE減点されて、結果たったの1.9点にしかならなかった。1.9点である! 浅田選手のスッポ抜けのシングルアクセルでさえ0.8点になっているというのに! 見てる一般のファンはほとんど「中野選手はステップアウトしたけど、一応トリプルアクセルを降りた」と思った人もいるかもしれない。ところが、実際には着氷に失敗したダブルアクセルと同等の扱いになっているのだ。やはり、これは変だと思う。何度も繰り返すが、回転不足でのダウングレードはやめ、GOEでの減点だけに留めるべきだ。GOEでの減点を最大の3と決めてもいいだろう。回転不足かどうかは素人には非常にわかりにくいから、そうしたほうが見ている一般のファンの印象とも齟齬が少なくなるはずだ。フリーでの浅田選手のセカンドジャンプのトリプルトゥループも回転不足気味だったが、あちらはダウングレードは免れている。どうもこうした不公平感もぬぐえない気がする。 だが、今回の中野選手のフリーはトリプルアクセルで点を稼げなかったにもかかわらず、今季最高となる120点を越えた。全体的に点が甘いともいえるが、本来中野選手はこのぐらい点がもらえてしかるべき選手なのだ。今回は「演技・構成点」でほぼすべてのジャッジが7点代を並べた。点数もわりあいバラツキがない。ところが国際試合では、中野選手に対して8点代を出すジャッジもいれば6点代とひどく低い点をつけるジャッジもいる。非常にバラツキがあるのだ。このデタラメな点のつけかたも国際試合のジャッジングの不可解な点だ。 <明日に続く> お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2007.12.31 08:07:48
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