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テーマ:フィギュアスケート(3637)
カテゴリ:Figure Skating
ヨーロッパ選手権に対抗する意味で作られた4大陸選手権。ただ、世界選手権を1ヵ月後に控えての大会ということで、これまではほとんど盛り上がらずにきた。日本選手も、かつては絶頂期の本田武史のようなトップ選手が参戦して優勝した(4大陸男子シングルの初代チャンピオンは本田選手だ)こともあったが、だんだんに「世界選手権に出ない選手のための国際大会」になってしまっていた。
だが、今年はなにやら様子が違う。高橋選手、浅田選手、安藤選手がそろって出場。フジテレビ系で放映もされるから、ニュースのスポーツコーナーでもとりあげていた。「ど~しちゃったの?」という盛り上がりだ。新聞報道によると、トップ選手の派遣はISUからの要請もあったという。日本は今、空前のフィギュア人気だから、トップ選手を出して、地上波で放送すれば、視聴率も稼げるだろう。そのあたりで、日本スケート連盟、ISU、スポンサーの思惑が一致したのではないかと思う。 選手にとっては、世界選手権に向けて、様子見の調整という意味合いが強いだろう。高橋選手ならばフリーで4回転を2度入れる、安藤選手はフリーで4回転サルコウを試してみたい。浅田選手にとってはジャンプをミスなく跳べるようになりたい。 だが、やはり、ここのところの日本選手のスケジュールは少しキツすぎるのではないかと思う。ただでさえ、日本のトップ選手はシーズン中にもショーがある。今年は全日本選手権後の「メダリスト・オン・アイス」の後にも2回もショーのテレビ放送を見た。しかも、みな手を抜かずに頑張る。メダリスト・オン・アイスでは安藤選手は3回転ルッツ+2回転ループの連続ジャンプを見せていた(試合のあとの疲れた状態で、普通だったらそこまでサービスする必要はない)し、その後のショーでは、浅田選手は3回転フリップ+3回転ループを不完全ながら跳んでいた。女子選手でショーで3回転+3回転をやるなんて人はめったにいない。照明が暗く、しばしば客席との距離が狭いショーの会場で3回転+3回転なんて、ふつう怖くてできない。それに怪我でもしたら大変だ。 「ショーの演技は、試合ほどはよくない」という人がいるかもしれない。そういう心ないファンには、「当然でしょう」と言ってあげたい。選手はいつもいつも、ジャンプをすべてきれいに決められるワケではない。試合に向けて調整し、集中したうえで、能力ギリギリのところで演技しているのだ。ショーで同じようにやっていたら、体がいくつあっても足りない。だから、シーズン中の現役選手のショーは、できるだけ回数は減らすべきだし、やったとしてももっと軽く楽しむ程度でいいはずだのだ。浅田選手の3回転+3回転(しかも高難度のフリップ+ループ。トリプルアクセルからの連続ジャンプを跳ぶ女子選手がいない現在では、この浅田選手の3回転+3回転は安藤選手のもつ3回転ルッツ+3回転ループにつぐ難度なのだ)を見ると、「真央ちゃん、ショーでそこまでサービスしなくても。怪我でもしたら、どーするの?」と思ってしまう。 さて、その過酷なスケジュールをこなしながらも、高橋選手がとんでもない金字塔を打ち立ててしまった。なんと、4大陸選手権を「歴代最高得点」で制したのだ。 現実には、ルールや採点基準は年によって違うし、開催される大会によっても、何やら高かったり低かったりしていて、よくわからない。絶対評価というタテマエはもう崩れてしまっているのだが、それにしてもプルシェンコ選手のもつ得点記録を抜いたというのはスゴイ。なぜなら、絶頂期のプルシェンコは4回転+3回転という大技があったからだ。フリーでは4回転+3回転+2回転(ときに最後のジャンプはもう一度3回転にすることもあった)を決めている。対して、高橋選手はショートでは4回転を入れていない。そのかわり、全日本と今回の4大陸で4回転を2度入れて成功させた。 今回の4大陸の演技構成を見たが、つくづく「モロゾフって、うまく構成するな~」と感心する。今回の高橋選手のショートの得点は88.57(プルシェンコの記録は90.66)。4回転を入れていないプログラムとしては、空前絶後だ。詳しいプロトコルを見ると、とにかく、高橋選手は(韓国のキム・ヨナ選手同様)加点(GOE)で点を稼いでいるのがわかる。 ショートでは、ジャンプ、スピン、ステップ、すべての要素で万遍なく加点をもらっている。ジャンプの加点が3点なんて、とんでもないのもある(日本人ジャッジだろうけど)。たとえば、トリプルアクセル。3Aの基礎点は7.5点だが、高橋選手のショートでの3AのGOE後の点数は9.93点と、4回転トゥループの基礎点(9点)より高くなっている! そんなバカな、とランビエールなら言うだろう。個人的にも、やはりこのような加点はちょっと過剰だと思う。だが、日本人選手に対するものなら、ありがたい(笑)。3Aで4T以上の点を稼ぎ出すということは、3Aを苦手にしているランビエール選手にとっては非常に脅威だろう。今年に入ってランビエールはまたジャンプの調子を落とし、ヨーロッパ選手権では、「ほとんどジャンプしかない」チェコのトマシュ・ベルネル選手に敗れている。 今年は特に、ジャンプの加点・減点があまりに極端すぎる。着氷がピタリと決まれば、2点ぐらい加点される。逆にちょっとでも乱れると1点減点、特に両足着氷に妙に厳しく、肉眼で見えないようなちょっとかすっただけのツーフットでも減点されることもある。 だから、高橋選手の演技が、2位のバトル選手と30点以上も差が出るという極端な結果になるのだ。そこまで差が出てしまうと、(日本人としては嬉しいが)観客もビックリしてしまうのではないか。 モロゾフのしたたかな戦略はスピンの構成を変えたことにも表れている。実は、今年はエッジの間違いと同時に、「シットスピンの姿勢が高いようだと減点する」という通達がISUからあった。これは、実際には高橋選手に対する警告だったのだ。You Tubeで「Daisuke Takahashi 2006 Japanese National LP 」と入力して検索すると、去年の高橋選手の演技が見られる。去年までは、確かにシットスピンのポジションが高い、つまり「しっかり座っていない」ことがわかると思う。 これを受けて、モロゾフは高橋選手のシットポジションを低くさせた。それだけではなく、ほとんどお尻が氷につきそうになるくらい低くしゃがんだポジションを取らせた。もともと膝がそれほど柔らかくなかった選手にとっては、非常に過酷な挑戦だったと思う。あのガーンと沈むポジションはモロゾフの前妻のシャーリー・ボーンが(スピンでではないが)見せていた技からヒントを得たものだろうと思う。限界まで座るスピンは、明らかに、審査員の警告に対するモロゾフの回答だ。ほんっとに、負けず嫌いな人だ。 だが、このスピンは膝に負担がかかる(つまり体力を消耗する)うえに、ポジションに入ってからしっかり規定の3回回れなくなるかもしれない(難しいから)というリスクがあった。そこで、モロゾフはシーズン途中の今回の4大陸から、このギリギリまで低く座るポジションをやめた。つまり、シーズン最初には「高橋選手はこのくらいしっかり座って回れる選手ですよ」ということを見せたうえで、ほぼ通常どおりのシットポジションに戻したのだ。プロトコルを見ると、これでもちゃんとスピンはレベル4をもらっている。おまけに加点もついている。基準を満たしたうえで、ミスなく回れば加点はついてくる。そう読んでのスピン構成の変更だろうと思う。点数を見ると、この作戦は成功している。 フリーの「ロミ&ジュリ」では、まず出だしで2回、4回転を跳んでしまう。2度目の連続ジャンプは3回転ではなく2回転。これも、現在の高橋選手の力を考えたうえでの構成だと思う。高橋選手はランビエールやライザチェックのような4回転+3回転はない。だがそのかわり、2度目のジャンプが2回転であることで、4+3よりは体力の消耗がはるかに少なくてすむ。ベルネルはジャンプはすぐれているが、高橋選手やランビエール選手に比べれば、まだまだ「走って跳ぶ、走って跳ぶ」だけのプログラムだ。ライザチェックもジャンプ以外の密度は高橋やランビエールには及ばない。 ランビエールのフリーのように後半に2度目の4回転をもってくるのは、理想に近いが、体力的・精神的に非常に負担が多い。だから、モロゾフは「ロミ&ジュリ」出だしでは、ほとんど振りを入れずにジャンプを2回連続させてしまう。こうすれば、選手はジャンプに集中できる。複雑な振りやステップを最初から最後まで入れてジャンプのミスが多いランビエールの「ポエタ(フラメンコ)」と対照的だ。このあえて対照的な構成で、ランビエールに、そして「ジャンプしかない」ベルネルにも勝つつもりなのだ。極限まで座るシットスピンをやめたのも体力温存作戦の一環だろう。 問題はランビエールだ。ヨーロッパ選手権でベルネルに負け、4大陸選手権での高橋の「銀河点」を見た彼は、相当あせっているはずだ。これまでどおり、理想の芸術作品「ポエタ(フラメンコ)」を妥協せずにやるか、少し振りを省いてジャンプの精度を高めてくるか。どちらにしろ、ヨーロッパ選手権よりは調整してくるはずだから、対戦を楽しみにまとう。 だが、逆にこれで高橋選手も4回転2回はMUSTに近くなった。世界選手権での緊張は4大陸での比ではないから、精神力がもつかどうかがポイントになってくるだろうと思う。 皆は、この高橋選手のとんでもない「銀河点」は、彼の卓越したステップがあってこそだと思っているかもしれない。だが、プロトコルを見ると、今回の高橋選手はスピンでは、1つをのぞいて全部レベル4をそろえたが、ステップではショートのサーキュラーステップしかレベル4がなく、あと3つは全部レベル3に留まっている。 高得点はやはりジャンプとその加点にかかっているのだ。もちろん、高橋選手はスケートの技術でも8点、8.29点という高得点をもらっている。あの伸びやかなスケーティングとディープエッジの魅力は世界一と言っていいから、当然といえば当然だが、それでもこうした演技・構成点というのは、試合ごとに差がでるといってもせいざいやっと1点ぐらいなのだ。ところが、ジャンプに関しては、ピタリと決まるととたんに、1点、2点の加点がつく。3回転以上になればジャンプ自体の基礎点が他の要素より高いから、やはり高得点のカギは、大技をなんとか決めるかどうかより、1つ1つのジャンプをキチンキチンと決めていくことだということがますますハッキリした。 それを裏付けるように、今シーズンの全米女子チャンピオンは、キミー・マイズナーでもキャロライン・ジャンでもなく、ジャンプを一番きれいに決めた長洲未来だった。おまけにアメリカの上位選手が年齢制限で世界選手権に出られないというブラックジョークみたいな結果になった。ジャンプを重視した採点なのだから当然そうなる。着氷が決まったといってガンガン加点し、回転が不足しているといってジャンジャン減点していたら、見た目の印象以上の差が出るのは当たり前なのだ。「ジャンプ大会にしない」ための採点システムだったはずのに、結果はほとんど「ジャンプがすべて」の採点システムになってしまった。今年の状態はやはり異常といわざるをえない。 <続く> お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2008.03.03 15:45:19
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