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テーマ:フィギュアスケート(3637)
カテゴリ:Figure Skating
四大陸選手権で優勝した浅田真央選手の最大の収穫はなんといっても、今シーズンなかなか決められなかったトリプルアクセルを見事に決めたことだ。着氷で浮き足が氷をこすってツーフットを取られることもなく、この1つのジャンプで基礎点7.5に対してGOEでの加点をもらって9.36という高得点を稼ぎ出している。
また、目立たないことだが、スピンやスパイラルでの取りこぼしがなかった。実は浅田選手はスピンやスパイラルでときどき規定の「ポジションに入ってから3回回る」「脚を3秒以上あげる」という条件を満たすことができず、何度かレベルを落とされてきた。それは浅田選手のプログラムがあまりにいろいろな要素を詰め込みすぎていたことが原因だった。シーズン後半に入って、プログラムの密度や1つ1つのポーズを短く、軽くするなどして、プログラムに余裕をつくり、こうした取りこぼしを修正してきた。その分、プログラム全体の重さというか、見ごたえは後退してしまったと思う。だが、現状のルールでは仕方ないのだ。 さて、浅田選手の最大のライバルは、やはり韓国のキム・ヨナ選手ということになるが、四大陸選手権での出来で、キム選手に勝てるか、というと、正直「勝てない」ということになる。これはある意味信じられないことだ。浅田選手にはキム選手が絶対に跳べないトリプルアクセルと2つ目のトリプルループがある。キム選手の武器は高さと幅のある大きなトリプルルッツ、それに2度目に跳ぶことのできるトリプルトゥループの確率の高さ。だが、いずれも、アクセルや2度目のループに比べると難度はぐっと落ちる。 浅田選手はトリプルアクセルに加え、トリプルフリップ+トリプルトゥループ、トリプルフリップ+トリプルループの連続技ももっている。トリプルフリップ+トリプルトゥループはシーズン途中から入れてきたものだ。こんなことができる人は浅田選手以外には考えられない。 にもかかわらず、なぜキム選手に勝てないかといえば、それは、キム選手の3回転ジャンプに与えられる過剰な加点、スピンに対する(よくわらかないのだが)高評価に原因がある。ジャンプとスピン以外の要素、ステップとスパイラルに関しては、明らかに浅田選手のほうが上だ。浅田選手のような華麗で動的なステップはキム選手にはないし、スパイラルの脚の上がり方も、特に後ろに脚をもってきたときの浅田選手のやわらかな美しさはキム選手の比ではない。 ところが、ステップとスパイラルに関しては、この2人の得点に見た目ほど大きな差はでないのだ。差がついてたとしても、せいぜいショートでそれぞれ0.2点程度。なんでこれっぽっちの差にしかならないのかわからない、などというのは身びいきだろうか? 何にせよ、これは、万が一浅田選手はステップでちょっとつまずいたり、脚上げの時間が短かったりすると簡単にひっくり返ってしまう点数だ。 一方でスピンは見た目以上の差がついている。特に大きいのはレイバックスピンの評価。グランプリファイナルのショートではキム選手はレベル4に加点ももらって(しかも、「2」という加点をつけているジャッジが多かった。スピンはそのまま2点が加点されるわけではないが、ジャン選手のパールスピンに近い加点が与えられているということになる)、3.5点、このときの浅田選手のレイバックスピンはレベル3にちょっと加点がついて2.8点。ちなみにあの驚異的なパールスピンのジャン選手ですら、4点だ。そういわれてキム選手のレイバックスピンを見てみると確かにポジションやエッジの使い方が巧みかもしれない。ビールマンは相当「やっとこさ」であるにもかかわらず、なぜかレベル取りに成功し、かつ加点も多くもらっているのだ。このあたりの評価はよくわからないが、とにかくこれだけで0.7の差がつく。他のスピンでも多少キム選手のほうが点を稼ぐので、現状のままなら、ショートでは、スピンで1点近く差をつけられるということになる。ジャン選手にしてみれば、「誰もできないパールスピン」がキム選手のレイバックとたった0.5点の差しかないとは、落胆ものだろう。見てるほうとしても、信じられないことだ。 もっとも痛いのが、トリプルルッツ。キム選手はいつのまにやら「ルッツのお手本」にされているようで、成功すれば2点ぐらいの加点がつく。確かにキム選手のルッツは大きさのある素晴らしいジャンプだ。ジャンプは高さに加えて距離が出る、つまり放物線を描く流れのあるジャンプが理想とされる。キム選手のルッツは、女子選手の中でも傑出して大きさがある。だが、着氷したときの「流れ」があまりないことが多い。大きな放物線を描いたあと、着氷して「すうっ~」と流れているようなジャンプが理想なのだが、キム選手のルッツは着氷があまり流れない。跳ぶ直前に「だけ」外側のエッジにのるというルッツジャンプのスタイルに原因があるような気がするのだが、どちらというと、着氷のときに氷の削りかすが飛ぶような降りかたも多い。だが、なぜかそれはいつの間にやら、ジャッジはあまり気にしなくなったらしい(苦笑)。 これはキム選手だけではなく、われらが高橋大輔選手にも言えることだ。着氷のスムーズさだったら、トリプルアクセル以外はすべて織田選手のほうがずっときれいに、やわらかく降りる。織田選手はアクセルは苦手だが、そのほかのトリプルジャンプでは、着氷のときにほとんど氷の削りかすが飛ぶことはない。非常に流れのある美しい着氷のできる選手だ。高橋選手はキム選手同様、大きさと高さのあるジャンプを跳ぶが、着氷は「ガタッ」となることも多い。ところが、今回の四大陸のプロトコルを見ると、高橋選手も着氷がそんなに流れなくてもジャンプで加点をもらっている。つまり、ジャンプの加点はその大きさ、つまりは高さと飛距離に重点が置かれているということだろう。 これは、ジャンプに飛距離のない浅田選手にとっては非常に不利な状況だ。浅田選手はコーエン選手と似たジャンプで、どちらかというと回転の速さで跳ぶ選手だ。その細い回転軸は非常に玄人好みで、以前佐野稔氏も、こうした軸の細いジャンプの美しさについて褒めていた。だが、軸の細いジャンプを跳ぶ選手は飛距離はないことが多い。また飛距離がない分、ジャンプに高さがでないと、すぐに転倒したり、回転不足で降りてきてしまうことになる。コーエン選手がついに世界女王になれなかったのは、ジャンプが常に不安定で、肝心のところで転倒してきたためだ。回転という動作は、当然、非常に不安定だ。だから、速い回転で回るジャンプを跳ぶ選手は、体が細く軽い時代はジャンプが得意だが、成長するにしたがって精度が落ちている。 トリプルルッツに関しては、今年からエッジの間違いが厳しく減点されることになったため、浅田選手はどうしても点がのびないでいる。ショートで浅田選手、キム選手ともにルッツを跳ぶが、成功した場合、キム選手は、基礎点6に対して、7.8点などというとんでもない点をもらう。この7.8点というのは、トリプルアクセルの基礎点7.5点よりも高いのだ。一体なんで、そんなバカな点がつくのかまったくわからない。ルッツはどこまでいったってルッツだ。ほとんどの女子のトップ選手は誰でもルッツを跳ぶ。だが、トリプルアクセルを跳べる選手はほとんどいない。歴史的にみても、ほんの数人の女子選手しか成功していないのだ。それほど難しい技をやっているのに、高く大きくトリプルルッツを跳べば、トリプルアクセルよりも高い点がもらえるなんて、「ありえない」話だ。 一方、浅田選手はエッジの間違いで必ずルッツでは減点される。減点はその試合によって(なぜか)違うが、きれいに跳んだ場合でも4.5点ぐらいにしかならない。今回の四大陸のように、着氷がうまくいかないと、3点ぐらいになってしまう。つまり、ルッツ1つでキム選手と3点以上、ときに5点近く差がついてしまうということだ(本当に信じられない点差だ。だが現行ルールではそうなってしまう)。 だから、スピンとジャンプ1つだけで、ショートでは4点から6点の差をつけられるということだ。ステップとスパイラルで盛り返せるのはせいぜい0.5点。となれば、最初の2回連続ジャンプは絶対に失敗できない。キム選手がこの2連続ジャンプを成功させれば、それだけで11点などという点がつく。浅田選手もきれいに成功させれば、同程度かそれ以上の点が期待できないでもないのだが、今回の四大陸のように、回転不足を取られては、さらに7点ぐらいの差をキム選手につけられてしまうことになる。しかも今シーズン、最初の2連続のジャンプの成功率は周知のとおり、とても低い。 繰り返すが、ジャンプの質を評価するGOE自体は否定しない。1つ1つのジャンプの質はきちんと評価すべきだ。だが、3回転に与えられるGOEはそのほかの要素と比べて明らかに過剰だ。成功ジャンプとなるとほとんど自動的に1点とか2点とか加点され、ちょっと着氷のときに浮き足がこすったといって、マイナス1にしたり、回転不足だとダウングレードしたうえに、マイナス1とかマイナス2とかやっているから、見た目の印象と全然違う点になるのだ。 キム選手が高さと幅のバランスの取れたジャンプを跳ぶことから、回転不足がほとんどないのに比べ、浅田選手の回転不足(気味)の多さは、大きな欠点だ。回転力で跳ぶジャンプである以上は、どうしてもついてまわる弱さでもある。特に2度目に跳ぶトリプルトゥループとトリプルループが回転不足になることが非常に多い。 四大陸ではフリーの2連続ジャンプのトリプルトゥループで回転不足を取られた。だが、グランプリファイナルだって全日本だって回転不足気味だったのだ。フリー後半で跳ぶ2A+2L+2Lもどこかで回転不足になったり、着氷が乱れたりしがちだ。今回の四大陸でも2Aのあと足先で氷をこすっていたようだったが、プロトコルを見るとGOEで減点してるジャッジはおらず、とりあえずホッとしたのだが、意地悪なジャッジなら減点するかもしれない。しかし、今回のこの3連続に入る前の片足での軌道は見事だった。以前よりさらに深いエッジを使い、片足のままきれいに弧を描いて、そのままダブルアクセル。瞬発力の強さがなければできない技だ。本当に凄い選手だと思う。 意地悪といえば、フリーの後半に決めた3F+3LのGOE。ほとんどのジャッジがプラス1からプラス2の加点をしているのに、中にはマイナス1とかマイナス2(!)の減点をしているジャッジもいた。なぜあのきれいに決めた連続ジャンプに「マイナス2」などという点をつけるのかわからない。だが、それは何とでもいえるのだ。「ほんの少し回転不足に見えた(ダウングレードされるほどではなくても)」「ツーフットに見えた」「幅がなかった」「高さがなかった」などなど。GOEはジャッジが勝手につけていい点だ。こうした不明瞭な加点や減点が多いことも、新採点システムの欠点だ。 浅田選手に回転不足(気味)のジャンプが多く、しかもその減点が過剰な現行のルールでは、やはり世界選手権ではキム選手がよほど調子が悪くない限り、浅田選手の優勝は難しいということになる。とはいっても、文句なくジャンプをすべてきちんと回って降りてくれば、当然浅田選手に勝てる選手は世界中どこにもいない。トリプルアクセル、トリプルフリップ+トリプルトゥループ、トリプルフリップ+トリプルループ。こんなに難度の高い、多彩なジャンプを跳べる選手はいないからだ。だが、逆にその多彩さと難度が、浅田選手を「常に完璧に滑れない選手」にしているのも確かだ。ハッキリ言って、あれだけの難しいジャンプを全部、ほんの少しのミスもなく降りるなんてのは、人間技を超えてくる話だ。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2008.02.20 11:12:37
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