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カテゴリ:Figure Skating
イエーテボリ(スウェーデン)で行われたフィギュアスケート世界選手権女子ショートプログラム。浅田選手、中野選手が素晴らしい演技を見せた。安藤選手は言われているほど悪くはなかった。スピンで失敗があったが、ジャンプは無難に決めていた。あの出来で8位とは、モロゾフコーチとしてもやや想定外だったかもしれない。
ヨーロッパ選手に思わぬ高得点が与えられている。開催国がヨーロッパなので、これはある程度仕方がないかもしれない。ヨーロッパの選手はアジア系の選手にはない成熟した雰囲気をもつ芸術的な演技が魅力だが、ショートとフリーのジャンプを安定してすべて決めることのできる選手がほとんどいない。コストナー選手は、フリーでコケるのがお約束のような選手だ。もちろん今大会はそうした過去の失敗をふまえて、ジャンプのレベルを落としても確実な演技でくるかもしれない。だが、安藤選手とトップのコストナー選手の点差はわずかに5.07。スピンでのぐらつきを見ると脚の状態に不安があるが、フリーの出来次第では逆転も夢ではないので明日に期待しよう。 まだプロトコルは発表されていないが、上位の選手のショートの総合点と技術点+演技・構成点は以下のとおり。 1 Carolina KOSTNER ITA (64.28) 36.34+27.94 2 Mao ASADA JPN (64.10) 35.22+28.88 3 Yukari NAKANO JPN (61.10) 34.83+26.27 4 Kiira KORPI FIN (60.58) 34.22+26.36 5 Yu-Na KIM KOR (59.85) 32.71+28.14 6 Joannie ROCHETTE CAN (59.53) 32.99+26.54 7 Sarah MEIER SUI (59.49) 32.17+27.32 8 Miki ANDO JPN (59.21) 31.93+27.28 9 Kimmie MEISSNER USA (57.25) 30.54+26.71 浅田選手はスパイラルとスピンで狙ったレベルが取れなかったといっていたが、なんといっても最大の課題だった3+3の連続ジャンプを決めたことが大きい。4大陸では2回目のジャンプを回転不足判定にされてしまったが、今度は文句ないだろう(と思う)。今回の3+3は浅田選手のジャンプの魅力――軸が細く、高さがあり、回転が速い――がドンピシャで出ていた。これはかなり調子がいいということだろう。 ショートの連続ジャンプはミスってはいけない。これをミスして世界女王になった選手はいないからだ。キム・ヨナ選手はこの連続ジャンプは決めたが、もう1つの彼女の大きな武器であるルッツで転倒した。「浅田選手が優勝するためには、キム・ヨナ選手にルッツで失敗してもらうほかない」と過去のエントリーで書いたが、そのとおりになった。 今シーズン、ルッツに関しては、wrong edgeで必ず減点される浅田選手に対して、キム選手は決めさえすればほぼ確実に加点をもらう。その点差は平均して1回の3回転ルッツで3点だった。テレビでは「転倒したので1点減点されます」と解説で言っているが、これだけでは正しくないのはすでに過去のエントリーでしつこく書いたとおり。3回転ジャンプの転倒は降りてきたときに回転不足か回転しきっているかの判断で基礎点が大きくかわり、さらにGEOでも減点されるから、下手をするとマイナスになってしまう。キム選手の得点を見る限り、ルッツに回転不足判定はされていないと思う。 それにしても相変わらず、よくわからない順位だ。見た目の出来の印象と順位に乖離があると感じる観客も多いだろう。特にアメリカ勢はかわいそうだと思う。 さて、日本の新聞はさんざん「浅田選手の課題は表現力」と書いてきたが、これがいかに的外れな論評か点数を見ればわかると思う。表現力は「演技・構成点」で見るが、浅田選手の点は28.88。他のどの選手よりも高いのだ。 今シーズン、浅田選手はキム選手に勝てなかったが、これもすでに書いたように浅田選手のジャンプに問題があったからで、表現力の差では必ずしもない。この2人の表現力の持ち味が違うのだ。肩の可動域にまさるキム選手は腕の表現が美しい。脚の筋力と柔軟性にまさる浅田選手はステップの躍動感やエッジ遣いの深さに魅力がある。 2人の今シーズンの「演技・構成点」を全部見てみよう。 キム(ショート/フリー) 中国杯 27.92/56.80 ロシア 28.60/60.80 ファイナル 29.72/60.96 浅田(ショート/フリー) カナダ 27.28/57.84 フランス 29.40/60.96 ファイナル 28.04/59.20 4大陸 29.05/60.40 単純に平均を出すと キム選手(ショート/フリー) 28.75/59.52 浅田選手(ショート/フリー) 28.44/59.6 ほとんど点差がないことがわかる。どのジャッジの点を拾うかで違ってきてしまう程度、つまり誤差程度の点差しかなく、ほぼ互角の評価がされていることがはっきりすると思う。 ちなみに世界選手権のショートが終わったので、これを加えた今シーズンの2人のショートの演技・構成点の平均は キム選手 28.60 浅田選手 28.53 という結果だ。わずかに点差は0.07。フリーでは逆にこれまでの平均では浅田選手が0.08勝っている。こんな差しかないのに、「キム選手に対抗するためには、浅田選手は表現力を磨くべき」などと言ってる新聞はちゃんちゃらおかしい。 3回転ルッツを(見た目)2人がきれいに決めた場合に3点前後も差がつく――それが浅田選手がキム選手に勝てない最大の原因だ。さらにトリプルアクセルも着氷でちょっと浮き足がついただけで減点され、下手をすると普通にきれいに跳んだキム選手のトリプルルッツより点が低くなる。こうした採点システムに苦しめられてきたのだ。 今シーズン、浅田選手がキム選手に勝てなかったのは、彼女のやや不完全なジャンプに対する減点が厳密にされてしまったことだ。それを浅田選手はショートで見事に克服した。wrong edgeについては仕方がない。それよりも、もっとも重要な3+3をきれいに決め、ルッツも着氷の乱れがなかった(wrong edgeを気にするあまり着氷で乱れるとさらに減点されてしまうからだ)。 拙ブログでの過去のエントリーで挙げたショートでの課題を浅田選手は見事にクリアした。素晴らしいとしかいいようがない。次はフリー。フリーの浅田選手の課題をもう1度挙げよう。 1 最初のトリプルアクセルを、着氷時の浮き足がこするツーフットなしで決めること。浅田選手の場合、完全に両足で着氷してしまうことはほとんどないのだが、そのかわり「ちょっとだけこすってしまう」ことが非常に多い。 2 前半に行う3回転フリップ+3回転トゥループのジャンプのトゥループを回転不足なしで決めるか、もしくは2回目のジャンプを別のジャンプにして完璧に決めること。 浅田選手は実は、2度目に跳ぶトリプルトゥループを本当の意味で完成させていない。このトゥループはシーズン途中で入れてきたもので、これまで必ず回転不足になっていた。45度以上の回転不足とみなされるとダウングレードといって基礎点がさがり、さらにGOE(減点・加点)でも減点される、つまり2回転ジャンプの失敗とみなされるから、まったく武器にならない。運良くダウングレードを免れても少し回転不足で降りてきただけで、GOEの減点があるので、きれいに決めた3+2よりも点が低くなるということもありえる。 3 トリプルルッツの着氷で乱れないようにすること。 すでに書いたように、エッジが最後に多少内側に入ってしまうのは、今シーズンはもう仕方がない。着氷をきれいに決めて、減点を低く抑えることだ。 4 後半に行うダブルアクセル+2ループ+2ループの3連続ジャンプで回転不足や着氷時のツーフットがないようにすること。 この3連続ジャンプの入り方は、ぜひご注目を。左右にエッジを深く倒しながら片足ですべってきてそのままダブルアクセル。こんなことを、しかも後半にできる選手は浅田選手しかいない。本当に、見ていて惚れ惚れする。 5 後半に行う3フリップ+3ループのループを回転不足にせずに決めること。 これは実は今シーズン、浅田選手のジャンプのなかではもっとも確率が高い連続ジャンプだ。普通はフリーの後半は体力が落ちてむずかしくなるのに、浅田選手はショートの最初ではさんざん失敗したが、フリーの後半ではなぜかうまく決めている。決めてはいるが、ほかのジャンプを決めることに集中すると、これまで決めていたジャンプをいきなり失敗することがあるので、やはり注意が必要だ。 この課題さえこなせば、ハッキリ言ってフリーでキム選手が彼女のもつすべてのジャンプを決めても、浅田選手にはもはや勝てない。ショートで4.25差があるから、ルッツで出る点差の平均3点をしのいでいるし、いくらキム選手のルッツが高評価だといっても、「きれいに決めたトリプルアクセル」より点が出ることはない。 フリーでもスパイラルのレベルの取りこぼしは多少気になる。浅田選手のフリーは非常に難度が高い。高すぎる。あらゆる難しい技を、まるで一陣の風があざやかに、そして軽やかに吹き抜けるようにこなすことを目指して作ったプログラムだ。 密度が濃く、スパイラルのあとにすぐトリプルループが来るような構成になっている(キム選手のプログラムは、スパイラルの脚をおろしてからジャンプに入るまで十分な助走時間がある)。シーズン途中で修正したが、ジャンプに集中しようとすると気になって規定よりはやく脚をおろしてしまうかもしれない。だが、スパイラルやスピンは実際には、ジャンプの点に比べたらたいしたことはないのだ。 すべてはジャンプの出来で決まる。浅田選手の場合はやはり、カギになるのは最初のトリプルアクセルだろう。これを4大陸のときのような素晴らしい完成度で決めることができれば、気持ちものってくる。 中野選手も今季最高の演技でメダル圏内にいる。ぜひとも頑張って欲しい。 キム選手は逆に得意のルッツで転倒したことがかなり精神的に響くはずだ。痛みをかかえた状態だと不安がつきまとい、ジャンプに集中できない。「転んでまた悪化したらどうしよう」といった思考を自分の中で消し去って演技するのは、若い選手には容易なことではない。ショートでの動きも全体的に悪く、印象も薄かった。インタビューでも「痛みが出た。痛かった」と何度も言っていた。ああいった言い訳のようなことを言うのは、怪我による調整不足の不安を自分自身コントロールできていないということだ。 本当に強い選手は「痛くて」などとは決して言わない。そう言ってしまえば、同情はしてもらえるかもしれないが、他の選手を精神的に「ラクな」状態にしてしまうからだ。ライバルには常に精神的な重圧を与えるように振舞わなければならない。フィギュアはメンタルな面が非常に大きく作用する競技なのだ。常識的に考えると、キム選手のあの状態では長いフリーはとてももたない。ただそれは一般論であって、強い精神力と集中力で乗り切ることのできる選手もいる。明日の演技に注目しよう。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2008.03.21 14:54:35
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