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カテゴリ:Figure Skating
トリプルアクセルでめったに見ないような大失敗をして、フリーではキム選手に続く2位だったものの、合計で逃げ切って1位に輝いた浅田真央選手。これまで大きな大会では浅田選手にはいろいろな不運が重なったが、今回の優勝は逆にかなりラッキーだった。
「キム選手がルッツで失敗してくれないと、浅田選手は勝てない」と過去のエントリーに書いたが、今回はズバリ、キム選手がショート、それにフリーの後半と2回も単独ルッツを失敗した。実はこの失敗が何よりもキム選手にとっては痛かった。フリーではキム選手は前半にトリプルルッツ+ダブルトゥループのコンビネーションを跳び、かつ後半で単独のルッツを跳ぶ。そしてキム選手のルッツにはとんでもない高得点が与えられる。 グランプリファイナルのときの浅田選手との直接対決を思い出してみよう。フリーで浅田選手はトリプルアクセルを見た目きれいに決めた。ところがこのジャンプは多少着氷がツーフットになった。そこで基礎点の7.5点から減点されて6.7点。キム選手が後半に跳んだトリプルルッツは10%増しの6.6点の基礎点に加点が加わってなんと7.8点。トリプルアクセルより高い点になっているのだ。繰り返すが、これはまったく不合理だ。いくら飛距離と高さがあるといってもルッツはルッツ。アクセルの難しさとは比較にならない。ところが、現行のルールにしたがうとこんな本末転倒な点数が出てしまう。トリプルルッツはキム選手にとって、浅田選手の不安定でなかなか決まらないトリプルアクセルより、ずっと確実に点を稼げる武器なのだ。 加えて今シーズンの浅田選手はエッジ問題で、ルッツを跳ぶたびに減点され、きれいに決めても4.7点程度にしかならない。着氷で乱れるとすぐに3点台に落とされる。このルッツでの点差はどうやっても埋めることはできないのだ。 ところが、今回のキム・ヨナ選手は後半にトリプルルッツを跳ぶ体力がなかった。ショートでの失敗も頭をよぎったかもしれない。無理に挑戦してコケてはいけない…… そんな気持ちからか、ルッツはすっぽ抜け、1回転のルッツになってしまった。この1回転ルッツに与えられた点は結局0.69点。実はショートでコケたトリプルルッツは、昨日も書いたように、2点になっている。コケたルッツのほうが、コケなかった1回転ジャンプより1点以上点が高い。こんなジョークみたいな点がつくから今の採点システムはわけわからないのだが、つまりは、フリー後半でキム選手は、このルッツが決まらなかったことでグランプリファイナルのときと比べて、7.11点も損をしたことになるのだ。このルッツ「さえ」決めていれば技術点は71.93点と70点台にのったのだ(今回64.82点)。 もう1つ、グランプリファイナルのときにキム選手はトリプルループ(基礎点5.5)で転倒している。そこで今回は苦手なトリプルループを回避して、得意なダブルアクセル(基礎点3.5)に変えてきた。これは決まったが、ダブルアクセルはダブルアクセル。点数は加点をもらっても4.07点にしかならなかった。 単独のトリプルループに関しては、浅田選手は絶対的な強さを持っている。失敗したことはほとんどないし、実際今回のフリーでも後半に入れて10%増しにし、さらに加点をもらって6.64点もの点を稼いでいる。キム選手がトリプルループを入れられないことで浅田選手が稼いだ点も隠された勝因の1つだ。 さらにキム選手はやはり後半に失速した。得意の腕の表現を抑制して体力を温存、ジャンプに集中し、前半に連続をかためて点を稼いだものの、後半の大事なトリプルルッツをシングルにしてしまい、トリプルサルコウも不完全な着氷で減点されて点がのびなかった。得意のCoSpでもレベル3で点数は2.64点。これまでレベル4を並べてきたキム選手としたら失敗だろう。ステップはレベル3でレベル自体は過去と変わらないが加点があまりつかずに3.39点。浅田選手は前半のCoSpで3.57点。後半のステップは非常に力強く魅せて4.03点。 浅田選手も最初のトリプルアクセルの失敗でマイナス1点になっている。グランプリファイナルでは6.7点、4大陸ではこのトリプルアクセル1つだけで9.36点もの点数を稼ぎ出しているから、トリプルアクセルさえ決めれば同じく技術点を70点台にのせていた。 浅田選手のジャンプ以外の目立った失敗はスパイラル。これを危惧しているのはすでに述べたが、今回脚をあげている時間が足りずにレベル1に落とされて2.3点。4大陸ではレベル4で4.4点だったのだ。 では、試合前にあげたジャンプの課題はどうだったのだろう。 1 最初のトリプルアクセルを、着氷時の浮き足がこするツーフットなしで決めること。 これはダメだった。見たこともないような「跳ぶ前のコケ」。最悪の結果だった。今季のトリプルアクセルは結局、昨シーズンよりさらに悪くなったということになった。 2 前半に行う3回転フリップ+3回転トゥループのジャンプのトゥループを回転不足なしで決めるか、もしくは2回目のジャンプを別のジャンプにして完璧に決めること。 これは見事に決めて、加点までもらっている。10.93点。キム選手が同じジャンプで11.36点。飛距離に劣るせいか加点ではやや負けているが、それでもほぼ互角。これでセカンドにトリプルトゥループも跳べることを浅田選手は証明した。4大陸では5.51点にしかなっていなかったジャンプだ。 3 トリプルルッツの着氷で乱れないようにすること。 これもクリアした。5.5の基礎点に対して4.71点。今シーズンの目標としてはOKだろう。 4 後半に行うダブルアクセル+2ループ+2ループの3連続ジャンプで回転不足や着氷時のツーフットがないようにすること。 これも見事にクリア。加点は控えめだったが7.86点。 5 後半に行う3フリップ+3ループのループを回転不足にせずに決めること。 残念ながら、これは見た目にはきれいに決めたように見えたが2つ目のループをダウングレードされてしまった。やや回転不足だったかもしれない。6.7点にしかならなかった。4大陸では12.41点もの点を稼ぎ出した連続ジャンプ。5.71点も低い。見た目はほとんど変わらないのだが、やはりループは回転不足判定にされやすいという浅田選手の欠点は完全に克服できたとはいえない。 キム選手のトリプルルッツ+ダブルトゥループ(+ダブルループがつくこともある)に対抗するためには、このジャンプはやはり回転不足にならずに決めたい。 4大陸のときの浅田選手は技術点が71.91、今回は61.89点だから、やはり出来としてはよくない。演技・構成点(つまりは表現力)で60.57とキム・ヨナ選手(58.56)より高くもらったのも助かった。体力に不安のあるキム選手は得意の腕の表現も大きさがなかったし、いつものようなメリハリにも欠けた。後半は明らかに動きに精彩を欠いていて、ステップの印象も細ってしまった。浅田選手は逆に後半になるにしたがってぐいぐいと盛り上がり、華やかな躍動感が伝わってきた。これは2人の体力の差を示している。それが演技・構成点の違いとなって出たかもしれない。 コストナー選手の銀メダルに関してはセカンドのトリプルトゥループを一部不完全ながら決め、「お約束」のフリーでの転倒がなく、お手つきをしても回転不足と見なされずダウングレードされなかったことが大きい。キム選手の点の取りこぼしに助けられた部分もあるし、ヨーロッパ開催ということで、たとえばスパイラルの判定などは、明らかに甘かった。判定競技ではある程度は仕方がないことだろう。 浅田選手の優勝が他の選手の失敗に助けられたものであることは間違いないが、試合とは常にそういうものだ。トリプルアクセルでマイナス1になり、後半の3F+3Loをダウングレード判定されながら、一番点を取ったということは賞賛に値する。 だが、やはり課題も多い。トリプルアクセルは2年前のシーズンの調子には戻っていない。セカンドジャンプの回転不足も、こっちができればあっちができない。どこかでミスが出る。ルッツは矯正しなければならない(これは一番大変かもしれない)。スパイラルの取りこぼしはプログラムの構成で防いでいくようにするべきだろう。 だが、あれだけの難度のジャンプを全部完璧に決めるなど、ほとんど女子のレベルを超えてくる話だ。繰り返し強調するが、今もっているジャンプを浅田選手がミスなく決めることができれば、誰も浅田選手には歯が立たない。浅田選手が目指すべきは、「ステップからのトリプルアクセル」だとか「4回転ループ」だとかではなく、今もっているジャンプを「誰にも文句言わせないくらい」完全なものにすることだけだのだが、それはまた非常に難しいだろう。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2008.03.22 11:07:14
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