言葉の重み
1ヶ月くらい前でしょうか。NHKの番組で、人類の進化を特集しているシリーズがありました。見ていられた方も多いと思います。地球が誕生して、人間(ホモ・サピエンス)の原型もアメーバという形から進化してきた。その人間の遺伝子が存在してから、38億年という遠い年月を経て、今の私たちがある。しかし、4万年前まで、人間と同じ歩みをしていた命があった。ネアンデルタール人である。38億年という遠く遥かな人類の歩みから見れば、4万年はつい昨日のことである。しかし、人間が今も存在しているその一方で、彼らは絶滅してしまった。なぜか?ネアンデルタール人は、脳の重量も、その当時の人間と全く同じ。骨格は多少違っていたが、今の東洋人と西洋人の違いくらいで、身体の機能的には全く変わりなかった。しかし、1つだけ大きな違いがあった。あごの形である。彼らは、母音を発音できなかった。つまり、彼らが口から発する声は「ふぉっ、ふっ、しゃ、ふぉっ、」という感じだろうか。ところが、人間には言葉があった!それが、マンモスや恐竜に力ではかなわない人間が、延々と生き延びられた原因である。 そう考えると、人間の最大の武器は「コミュニケーション」に他ならない。お互いの意思の疎通が言葉を通してできることの偉大さ、その力。これこそが、人間が人間として存在できたことの理由であった。言わなくても、分かってくれている。いいえ、そんなことはない。たとえ、夫婦であっても、当然分かっているはずと思ったことが、分かってくれていなくて、愕然とすることがある。他人なら、なおさらである。人間が与えられた力=「コミュニケーション」。それができれば、この世のほとんどの問題は解決できる。そして、それは、「ありがとう」「こうして欲しい」「嬉しく思う」「それはやめて欲しい」「ごめんね」という、単純で素直な気持ちの表現から産まれてくるものなのだろう。そんな簡単なこと。でも、それができないのは・・・・・・なぜ?