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祈りと幸福と文学と

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もず0017

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もず0017@ Re[1]:「狼の女房」 「ふくやま文学」第36号に掲載(03/02) 象先生 メアドは変わってないのですが、…

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2018.11.03
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カテゴリ:随筆集「百鳥譜」
その人は、背筋をまっすぐ伸ばし、陽当たりのいいテーブル席で、新聞に目を通していた。テーブルには、白いコーヒーカップが置いてあった。ミルクをたっぷり入れたコーヒーが、カップの底にまだ少し残っていた。

(あの人かな)
透明なガラス壁の外からホールの中を覗き込みながら、(いや、似ているけれど、雰囲気が違う)と疑い、(いやいや、やはりあの人じゃないか)と思っていると、

介護職員の一人が僕に気付いて、デイサービスの入口の扉を開けた。「あの、何ですか?」
僕は頭をかいた。



やはり、その人だった。
元宇宙ジャーナリストで、元牧師。NHKのラジオドラマの脚本も手掛けたTW先生。お目にかかるのは10年ぶりだ。
最後にお会いした時よりも、ずいぶん痩せておられた。雰囲気が違うと感じたのもそのせいだ。

実はデイサービスに来る前に、僕は、先生の入所しておられるホームに立ち寄っていた。

そもそも今朝まで、先生がご存命かどうかもわからなかったのだ。
最後にいただいた暑中見舞いが4年前のもの。それ以降は年賀状を出しても返事がなく、どうしておられるかと心配もしたが、かといって入所先の老人ホームへ訪ねて行くのも気が引けた。
僕自身が介護職員をやっていたせいもあるだろう。
家族ならともかく、親子以上に齢の離れたおっさんが「かつての文章仲間です」と言って訪ねてきたら、胡散臭いことこのうえない。
だが、それは杞憂だった。
親切なホームのスタッフは、TW先生がこの時間、デイサービスにおられることを教えてくれた。そして、認知症がかなり進行していることも。「あなたのことも、たぶん、おわかりにならないと思いますよ」

僕としては、先生がご存命というだけで十分だった。
むしろ先生を混乱させないよう、このまま会わずに帰ろうかとも思った。

   *

記憶をなくされたTW先生は、静かな印象だった。
僕のことも完全に忘れておられた。僕は、先生と僕との関係を簡単に説明し、お目にかかるのは10年ぶりですが、お元気そうで安心しました、と告げた。
先生は始終笑顔で、僕の話を聞いて下さった。その笑顔をみつめながら、僕は(静かだ)と感じた。(この人は今、この時間、とても静かな世界におられる)

はじめてお会いした時のことを思い出した。
また、妻との結婚を報告した時、僕と妻に、ハンバーグ定食をご馳走して祝ってくださったこと。
マヒワが生まれた時、祝福を祈って下さったこと。
先生の聖書物語の原案を僕が小説化して本を売り出そうと計画し、東京へ行って出版社の編集者たちを呼び集めて説明会を開催したが、どの出版社も興味を持ってくれず、二人肩を落として福山に帰ったこと。
いろんな思い出が僕の中で渦を巻いた。
そんな思い出のどれ一つとして、もう先生の中には残っていないのだと思った瞬間、ふと僕の中にも不思議な静けさが訪れた。

「お名前と住所を、何かに書いてもらえますか。きっとお手紙を差し上げますので」

先生がそうおっしゃるので、ポケットのメモ帳をちぎって、僕は自分の名と住所を記した。きっと30分後には、そのメモの存在さえ忘れられるだろう。
僕はホームで、先生の長谷川式スケールの数値を聞いていた。



面会の後、スリッパから靴に履き替えている僕に、デイサービスの介護職員の方が、「また会いに寄ってあげて下さいね」と声をかけてくれた。

当然のことだけれど、介護職員の方にとって、先生はただの認知症の利用者だ。
過去に、宇宙飛行士やNASAの職員、世界の政治家や実業家と交流があったとしても、今は、静かに窓際のテーブルでコーヒーを飲んでいる、入浴介助の必要な、行儀のいい「おじいちゃん」なのだ。
「ぜひまた参ります。先生をどうかよろしくお願いします」
僕はお辞儀をした。

訪ねるたびに、初めて会う人のように、僕は先生に自己紹介をし、先生との関係を簡単に説明することになるだろう。
そして名前と住所をちぎったメモ紙に記し、渡すだろう。

それでも先生がご存命の間は、何度でも訪ねて来よう。
何度でも自己紹介をして、名前と住所を紙に書いて渡そう。
そう思いながら、僕はデイサービスをあとにした。(広島県尾道市にて)






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Last updated  2018.11.03 23:47:39
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