【ひぐらしの里を歩く】
日暮里から西日暮里にかけて、線路の西側を歩いた。線路から見て崖になっているその高台を諏訪台という。見晴らしがいいのは嬉しいが、奈良時代に荒墓郷と言われてた所以かどの道も歩けど歩けど、とにかく寺ばかり。いくら裏道に逃げても、朽ちそうな木造民家の向かいの塀には卒塔婆が覗き、小道の奥の暗がりから狛犬に睨みつけられ圧倒される。実のところ、初め線路の東側を歩いてみたのだが、こちらは右を向いても左を向いてもホテルばかりで、どうにも気が引けて駅まで舞い戻って、西側に移動した。小さな飲み屋はぽつぽつとお飾り程度にしかないのにホテルばかりひしめき合っているとはいかに。108の鐘の音で全ての業を滅する事ができるのかと疑うほどだ。どの道、性に合わない土地だと少々うんざりしながら先を急いでいると、さっと視界の抜けた坂に出くわした。富士見坂。今では富士は望めず名前ばかりらしいが、その明るさにほっとした。諏訪通りをそのまま進むと西日暮里公園に出る。諏訪台もここが最後。急な斜面の下には道灌山通り。音無川を暗渠にして道路にしたものだろうか。通りの向こう開成高校のある高台は道灌山となる。急階段に足もとがふらついたが、何にしても見晴らしはいい。日暮里の台地は江戸時代には人々が日の暮れるのも忘れて景観を楽しんだことからひぐらしの里と呼ばれるようになったらしい。当時は茶屋の点在する華やかな場所だったのだろうか。桃桜 鯛より酒の さかなには 見どころ多き 日暮らしの里 十返舎一九