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カテゴリ:ヨーロッパ・イスラエル聖書の旅 旅行記
イスラエル・嵐! (旅・45回目)
「聖地イスラエル・ヨーロッパ聖書の旅・団長本田弘慈師 期間3/19~4/8(21日間)・団員40名募集」 今から37年も前の私の旅行記です。 退屈な方はパスして下さい。 イスラエル・嵐・・・・・・・・・・・・・ ガリラヤのそばをバスで走っていると、急に嵐のような空模様になり 風が木々を揺らす。湖面に大きな波が立ち今まで見えていた湖の周囲が見えなくなるので 大海のよう。 主の弟子たちが小船でおぼれそうになった時もきっと、この様に急に荒れ出したのだろうと思いつつ眺める。 主が伝道された、ガリラヤ湖の周辺には美しい野の花が沢山咲いている。 「あら、綺麗。わー綺麗」 私は花をめでているばかりで、カメラに撮ることを忘れてしまい、1枚も撮らなかった。 明日にでも、来週にでも又来れるような気がしてならなかった。 シリアとイスラエル激戦・・・・・・・・・ 「今日は、ゴラン高原へ行く予定になっているから、家族は心配しているだろうな。 私たちはこんなに安全な旅を楽しんでいるのに・・・・・。」 などと話し合い、みなさんの祈りに感謝しながら、山上の垂訓教会へと歩く。 この日、報道はシリアとイスラエル激戦を告げたということで、添乗員の奥山さんは日本へ電報を打ったという。 私たちの頭上を今も偵察用の軍機が1機通り過ぎる。 戦争をしている国にしては、街角にも人々の表情にも危機感を覚えることはなかった。 それは、一時の唯の旅行者、観光者だからだろうか。 山上の垂訓教会・・・・・・・・・・・・・ 『心の貧しい者は幸いです。天の御国(みくに)はその人のものだからです。 悲しむ者は幸いです。その人は慰められるからです。 柔和な者は幸いです。その人は地を相続するからです。 義に飢え渇いている者は幸いです。その人は満ち足りるからです。 あわれみ深い者は幸いです。その人はあわれみを受けるからです。 心のきよい者は幸いです。その人は神を見るからです。 平和をつくる者は幸いです。その人は神の子どもと呼ばれるからです。 義のために迫害されている者は幸いです。天の御国(みくに)はその人のものだからです。』 心の貧しい者・悲しむ者・義に飢え渇いている者・・・・・・・この当時、虐(しいた)げられて生きている、身分の低い人たちに対するイエス様の深い思いが感じられる。 教会の中にこの聖書のことばが美しいヘブライ語で書かれている。 この場所で話すと下の方までよく聞こえるとのこと。 イエス様が山(日本で想像するよりかなり低い)から降りたと思われる所を下ってガリラヤ湖畔のホテルへと歩く。 途中、絵で見るダビデの少年時代の顔にそっくりな美しい顔立ちの少年(幼児)に出会う。 私たちが近づくと、可愛そうなことに泣いて母親によりすがった。 ペテロの魚・・・・・・・・・・ ホテルでは夕食に大きなそれは大きな魚が出た。 一緒のテーブルに座った皆さんと 「これはペテロが獲った魚の子孫だ。」などと話しながら戴く。 その晩は、大魚と大魚につぶされそうになっている夢を見る。 夜の集会・・・・・・・・・ 夜の集会では、藤尾先生が、聖書から次のような話をされる。 『主に冷淡な時は生活に時間に考えに損をしている。』 又、ヨハネの福音書7章を通して 『兄弟たち(弟子たちのこと)もイエス様を信じていなかったんですねぇー。 一緒に生活した兄弟たちでさえね。 めずらしいことですねぇー、えー。 イエス様でさえ悪霊にとりつかれていると言われたんですねぇー。』 藤尾先生のお話を聞いていると聖書にはめずらしいことが沢山ありそう。 朝(私が)読んだみことば 『私が行ってみると、あなたがたは、私の期待しているような者でないことになるのではないでしょうか。・・・・・』 どんなに飾りたてても人の心まで知っている神、直接神様が私にかけたみことばのように感じ、神の前にひざまづく。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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