リュシアン・フェーヴル(二宮敬訳)『フランス・ルネサンスの文明―人間と社会の四つのイメージ―』
リュシアン・フェーヴル(二宮敬訳)『フランス・ルネサンスの文明―人間と社会の四つのイメージ―』 ~ちくま学芸文庫、1996年~ (Lucien Febvre, “Les principaux aspects d’une civilisation. La première Renaissance française; quatre prises de vue”, Revue des Cours et Conférences, n.11, 1925, pp.193-210, n.12, 1925, pp.326-340, n.13, pp.398-417, n.15, 1925, pp.578-593) 『アナール』創刊者の一人、リュシアン・フェーヴルの論文の邦訳です。 フェーヴルの論文については、フェーヴル/デュビィ/コルバン(小倉孝誠編)『感性の歴史』藤原書店、1997年所収のいくつかを読んだことがあります。 本書の構成は次のとおりです。 ――― はしがき 第一章 時代のなかの人間―ルネサンス期のフランス人― 第二章 知の追求 第三章 美の追究 第四章 聖なるものの追求 1981年初版の訳者あとがき ちくま学芸文庫版あとがき 索引 ――― 第一章は、本書が対象とする16世紀の人々の生活ぶりを素描します。家の中の様子、食事の様子などなど、生き生きとした描写が読みやすいです。慎ましい生活と対照的な宮廷生活については、実は宮廷はほとんど移動していたということで、フランソワ1世の旅を例にその様子が語られます。 第二章では、農民の家に生まれたトマス・プラターが、18歳の頃にろくに字も読めない状態で学校に入り、その後むさぼるように学んで、後には印刷出版社の人にヘブライ語を教えるまでになる、というエピソードが紹介されます。彼のように「学ぼうという英雄的な狂気に身ぐるみ取り憑かれた」(95頁)人物は、この時代には事欠かないとフェーヴルは評しています。 第三章はフランス・ルネサンスの美術を論じます。要点は、イタリア・ルネサンスがそれに与えた影響を過大評価してはいけない、ということです。むしろ、北方美術の影響の重要性の方が強調されている印象でした。 第四章は、宗教改革の背景としての信仰の様子を描きます。印象的だった言葉を引いておきます。カトリックの悪弊に対して、その状況を克服すべく宗教改革が起こった、としばしば説明されますが、これに対してフェーヴルは言います。「せめてこう質問することぐらいは許されよう。悪弊が悪弊であるかぎり、それ自体の力によって、どうして悪弊以外の何ものかを(それが何であれ)生み出せるのだろうか、と。」(186頁)。この問いかけを出発点として、聖職者、修道士、ユマニストたちなどの宗教の有り様を、本章は論じます。 一点だけ気になったのは、たとえばルイ12世がルゥイ12世と表記されていたり、ブルボンがブゥルボンと表記されていたりする点。訳者の中では、LouisやBourbonのouの部分をゥと表記するというルールがあるのでしょうが、ルイというあまりに定着した表記までルゥイとされてしまうと、違和感しかありませんでした。(その後ルゥイという表記が定着してきたわけでもないですし。) とはいえ、訳文は全体的に読みやすく、またフェーヴル自身の議論の流れも明快で、興味深く読み進めることができました。 ・西洋史関連(邦訳書)一覧へ