今日の日記 「相手を思う故の言葉として・・・」
おはようございます。今日も、去年末の事を少し・・・旅行に行った際のお土産を皆さんはどうされますか。自分用のお土産を買う?お世話になった方達に買う?自分用には買うが、皆には買わない?皆には買うが、自分用には買わない?友人に買う?いずれも買わない?私の場合、いずれも買います。ただし、自分用には必ず買うという訳ではありません。去年、私達夫婦はイタリアに行きました。そこで、普段特にお世話になっている方達の分は銘々に、それ以外は一グループ単位で買いました。すると受け取ったある方が「こんなに散財して・・・」と言いました。とある方は「自分達の時間は作れたの?」と言いました。この二つの言い方をどう思われますか。ちなみに私は現地で風邪を引いてしまい、本来お土産を買おうと思っていた日に半日ホテルで寝ていました。お二方ともその事実を知っています。私としては「世話になっているのだから、これくらいしなくては・・・」という思いがあり銘々に買ってもその恩は苦ではなく寧ろそれで返せるかしら?という思いの方が強いのです。先の「散財」と言われた方に、当然悪意は無いのですがお土産を買う事を”散財”つまり無駄な事と捉えているかのように感じて、何とも言えない気持ちが広がりました。また一方「自分達の時間」と言われた方は、銘々にお土産を買うということは、各自にふさわしい物を探して歩く手間がかかるから、お土産を探すだけで終わってしまいせっかくの旅行での二人の時間が取れなかったのではないかという心配をしてくれたことから出た言葉だと思う。「散財」と仰った方には、二の句が継げず仕舞いでしたが、「時間」と仰った方には、「こちらこそ、いつも・・・」とさらなる礼を述べる事が出来ました。そして後日談ですが、「時間」と仰った方の子供達は、彼らが学校や部活の合宿等で出かけた時に、必ず私にもお土産を買ってきてくれるのです。ですから今回当然彼らの分も買いました。サッカーのイタリアチームのジャージを希望していたので、それを買いました。とっても気に入ってくれたらしく練習に着て行っても帰ってくると、きちんと畳んでタンスに仕舞ってしまい、洗濯の為とはいえ彼の母親にさえ触らせないのだそうです。そんな事を聞いたら、時間を割いた事など全く苦ではなくなりますよね。「散財」と仰った方も、そんなに気を使わなくていいわよという意味で言った事と思いますが、この二つの言い方が相手を思う言葉としてずいぶんと大きな差があるものだと思いました。