テーマ:懐かしい昔の話(548)
カテゴリ:父の麦わら帽子
私は、60年以上前の田舎で子供時代を過ごした。
その頃は、何もなかった。 夏になると、毎日川に泳ぎに行っていたが、誰も浮き輪など持っていなかった。 明けても暮れても毎日泳ぎに行って、 ■花咲く、合歓(ねむ)の木の下で■泳いだ。 泳ぎつかれると、あおむけになって川上から漂った。 目に映るのは、薄紅色の花と優しげな葉っぱ、花咲く合歓の木・・・。 そんな毎日だったが、ある日、一人の子どもが、浮き輪を持ってきた。 それは、車のタイヤを利用して浮き輪にしているものだった。 浮き輪に乗って、ぷかぷか浮いている子が羨ましくて家に帰って父に云った。 「〇〇ちゃんが、タイヤの浮袋を持って来ていたわ。」 「そうか・・・」と父が言った。 「アメリカじゃ、古くなったタイヤが多すぎて処置に困っておるそうじゃがなぁ」 私は、信じられなかった。 あの頃、どの家にも車なんかなくて、泳ぎに行くときに出会うのはバスだけだったからだ。 その頃、なんにも捨てるものなどなかった。 枯れ枝や落ち葉は、焚き物になったし、古い浴衣は、おしめになった。 自転車のタイヤがパンクしても自分たちで張り替えて使い、リムがダメになったら、子どもがもらい受け、リム廻しという遊びをしていた。 今の子どもは、浮き輪なんて小さい頃から持っている。 しかし、三面コンクリートで花咲く合歓の木はなくなった。 豊かな水の川もないし、子どもの遊ぶ時間もなくなった。 私たちは沢山のものを手に入れることが出来るようになったが、それと引き換えに豊かな自然を失い、気候変動に怯えなければならなくなった。 今、しみじみと自分がいい時代に生まれたと感じている。 にほんブログ村 ・・・・・・・・・・・・・・・・・ お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2021.08.26 00:55:07
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