ぐとくさん 3
お坊さんは目を閉じて、ゆっくり首を上下させ、ちいさな声で「相違ござらん」と答えました。 心の中では、都を騒がせた。お上にたてついた。おのれにも、法然上人にも、まったく身に覚えのないことだと思っていたことでしょう。「配流の身となった上は、僧籍はなく、俗人藤井善信であることを肝に銘じよ。この地で決して念仏を広めようなど思うでないぞ、そのようなことが露見したとならば、新たな沙汰があるであろう」 お代官は威厳をもって言い放ちました。そして「その方は日野の出か」と呟くように言って、席を立ちました。 延喜式に基づいた流罪人の、ここでの生活についてのことを役人が読み上げ、その書類に藤井善信と、お坊さんが自ら記することによって、この儀式は終わりとなりました。 お坊さんにあてがわれたのは、古ぼけた百姓家でした。案内した小役人は握り飯だけ置いて、明日また来ると言ってそくそくと帰ってしまいました。 もちろん、このときのお坊さんの心の中は想像するより他ありません。藤井善信という俗名を受け入れなければ、ここを追いだされて無宿の乞食僧侶となったであろう。阿弥陀仏に信を置くのであれば、その方がよかったのではないかと、自問されたのではないでしょうか。 俗名を受け入れてしまったおのれは、もはや僧には非ずである。非僧になってしまった。これは愚中の極愚ではないか、それを招いたのは、まさしくおのれの煩悩、塵禿有情。おのれは愚禿ではないか、ぼさぼさ頭をなぜながら、皮肉まじりに愚禿と口にだしてみるのでした。 日が落ちると、隙間風に思わず身を縮めるのです。今までに聞いたことがない寄せては返す波の音が物悲しく心にしみることでしょう。また、検非違使をもてなす宴のざわめきが山の方から風に流れてくると、なつかしさに心が締め付けらそうになるでしょう。この修行をつんだ心の強い男も、いまは涙を友とするしかありません。