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• 「ヲコ幻想」物語３２

  ㉜　これは自然のことなのか、不自然なことなのか、音姫は悩みました。地滑りは自然のことに違いない。しかしその中に我が身をおいている自分のことを考えると、不自然のような気がする。これは不幸なことと言えるのだが、過去を断ち切る作為ともとれる。　ここは深海1000mの海、ここに流れ着いたときは周りは暗く、生きものたちの影だけがあやしく動いていた。思わぬ時にその影が近づいて、その姿を見たときその異形に驚かされた。これが生きる環境というものなのか、陸や海で生きるものたちとここまで違うものなのか。また自分自身の顔も変わっていく、両の目の間は開き口は飛び出してと、やはり魚の顔に近づいてくるのです。もはや別れた男のことを思い出すことはありません。こんな口になってしまっては横笛など吹くこともできません。　自分はここでショーパブの経営者として生きるのだと心に決めたのです。　そこでダイオウイカのイカ大王に会いに行ったのです。(otohime)　イカ大王様、私たちのショーをひいきにしてくださりありがとうございます。あのショーも下火になったので新しいショーを考えているのです。どうか力を貸してください。(ikadaiou)　これは陸からきた音姫殿、ここでまた新しいショーパブを開くというのかね、それは楽しみなことだ。それでどんなショーをするのかね。　イカ大王はその大きな目を見開いて音姫を見ました。　この大きな目で見られると音姫はいつも怖気ずくのです。(otohime)　いまお見せしますわ。これです。skelton dance。(ikadaiou)　これは、hitokata骸骨、なんていい色しているんだ。深海ではこの透明感が映えるな。　イカ大王は10本の足の中の一番長い足をひらひらさせながら、その透明骸骨踊りに見いいた。(ikadaiou)　素晴らしい、骨と骨がくっつけば色が変わるのというのはなかなかのものだ。これならみんなにうけることだろう。(otohime)　そう色が変わってより美しく見えるというのがみそ、hitokataのオスとメスはskeltonになっても恋心というものがあって、オスとメスとで反応し合うのですよ、オス同士メス同士では反応しません。(ikadaiou)　ほう、hitokataは骨になってまでな。(otohime)　hitokataは歳をとってもヲコ幻想というものがあるので、どんな年寄りの骨でもオスとメスとで反応するのです。(ikadaiou)　そんなものなのか、ところでお前さんもhitokataではないのか。(otohime)　いやですわ、わたしはもうすっかりhitokataを卒業しましたわ、顔を見ればわかるでしよ。　それよりも、大々的なショーパブにしたいので、イカ大王さんここを貸してくださいな。できるだけ多くの深海の生きものに見てもらいたいですから。　ここは非武装中立にしていただいて、お互いの食い合いはなし、その代わりおいしい食事を提供しますから。(ikadaiou)　いいだろう、非武装中立にしてあげよう。このエリアに入れば、好物のものでも食わない。そういうルールにしよう。ルールを破るとどんな奴でもみんなから食われてしまうということに。　それで、どんな料理を出してくれる。(otohime)　そうですね、近海ものの魚なんか集めてきますよ、ウミガメの卵料理なんかもできますよ。(ikadaiou)　それは楽しみだ。協力するよ。

  2024.09.08

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• 「ヲコ幻想」物語２６

  ㉖(kaeru)　kamekou、そもそもおまえはなんでこんなとこまで来たんだ。(kamekou)　わしは故郷に帰るために元の甲羅に戻さなければならないので、交換した相手を探していたのだす。元いた場所にいなくて、それであっちこっち探してここまで来てしまったのだす。(snake)　玉手箱はどうなったのだ、開けたのか。(kamekou)　いや、あのあくる日にあの少女が来て、玉手箱を盗んで開けようとしたのだす。　あくる日は雨も上がっててね、いい天気だす。わしは足腰肩の筋肉、おまけに首まで痛くって、それにこの甲羅は陸カメのもの、体になじまないから節節も痛くて、身も心も沈んでいたのだす。それでもなんとか這って海まで行ったのだす。甲羅を脱いで海に入って手足を伸ばすとなんと気持ちのいいことか、青い空に白いお日さん、それだけで気分が広がりますよ、泳いだり潜ったり、しばらく海と戯れるとすっかり元気を取り戻しただす。　わしが海から上がって一服していると、あの少女の姿、少女は男の留守のうちに笛を盗みに来たのだす。わしは急いでそっちへ向かうが足は遅いだす。　少女は笛を探し当て懐に入れた。その時その奥に何かあるのに気付いて手に持った。箱である。これはなあにと顔を傾けた。浅黒い顔はみるみる好奇心で赤くなっていく。少女は石の上にそれを置いて砂を払った。背後から太陽が照りその影を箱の上に落としている。　わしは叫んだ、開けるな。　その声は少女に届かない。ひもを解くその手が震えている。少女ははーと息を吐き、蓋をゆっくり開けて中を覗き込んだ。　わしはだめだと肩を落としただす。　覗き込んでいる顔と蓋を持っている両手の動きが止まった。体が小刻みに震え、紅潮していた顔から血の気が引いた。少女はその箱を砂の上に投げ捨てた。　わしはその動きをスローモーション映像のように見ていた。　少女は泣きわめきながら、全力で走った。途中で笛を海に向かって投げ捨て、また全力で走り、浜から消えた。　わしも全力で這って、波にさらわれる前に笛を拾ったのだす。それから玉手箱を手にして、蓋を閉めてひもをかけたのだす。　玉手箱の中に何が入っていたか聞きたいのでしょ。　少女は中身を見ていないのだす。(snake)　どうしてだ、蓋を開けたのだろ。(kamekou)　蓋は二重になっているのだす。(kaeru)　だったらなんでそんなに驚いたんだ。ここは煙でも出なくてはいけないんじゃないか。(kamekou)　その下の蓋というのは鏡になっているのだす。その鏡は見方によってものが歪んで見えるのだす。少女には鏡に映っている自分の顔が老婆のように見えたはずだす。(kaeru)　一瞬に年寄りになってしまう。そう思いこむ。なんか浦島伝説のまねしてない。(snake)　evaのときと似ているな、evaも実際にはあの実を食べていないのにあわてて逃げ去った。(kaeru)　玉手箱なんて大げさな名前つけて、結局中身は煙だけじゃないの。(snake)　それでお前は中身を知ってるのか。(kamekou)　わしは中身までは知らんのだす。簡単に開けられないように中蓋に細工がしてあるのは知ってましたが。(snake)　それでその玉手箱はどうした。元に戻したのか。(kaeru)　そんなの、もうどうでもいいや。

  2024.08.10

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• 「ヲコ幻想」物語⑤

  ⑤・・・俺はここから動く気がしない。食事もドジョウや川の小魚ですましている。この物語の主役だとかなんだとか言ったけれど、こんなことならなるのではなかった。そんなことをぼんやり考えていたら、またあの嫌な臭いがして、頭の中で下痢のときのような声がした。　snakeさん、わたしはあなたを買い被っていたのかもしれませんね。あなたは執念深いということで評価されていると思っていたのですが、意外となまけもので意気地がないのですね。それとも臆病もの。　なにをぬかすかお前こそ、そんな遠くから言いやがって、言いたいことがあるなら降りてこい。　わたしはここからでもあなたと十分話せますから、そんな必要はありません。あなた今私の首絞めたいと思ったでしょ。お尻がぴくぴく動いたからわかりますよ。　こんなやつ見たくもない、話したくもない。　そうですよね、そう思うのも無理はありません。それとあなたはわたしを疑っている。確かにgodはhitokataをedenの主にすると言った。そう計画は進められているのも事実だ。hitokataのための楽園、そのためにだれがどう選ばれるのか、みんなそれで騒いでる。しかし、godはそうすべきかまだ迷っている。もしhitokataが体の毛を隠していたら、godのprovidenceが通用しないという重大なことになるからです。　そんなこと俺の知ったことか。お前が調べればいいことだろ。　samaelは言葉に詰まりやがった。ざまあみろ。俺には関係ないねここから出て行ってくれ。　godは自らの手で罪を暴くことはしないものなのです。だからわたしにもそういう命令はしない。　godは全知全能の神だだから失敗は認めないんだろ。　あなたは頭がいい。godはhitokataが毛を隠しているのではないかと疑念を抱いてしまった。もしそうだとしたらgodの失敗ということになる。だからgodは言葉を変えたのだ。hitokataをedenの主にすると言うのではなく、体に毛のないものを主にすると、だからあなたがhitokataが毛のあることを隠していることを暴けば、あなたはedenの主になれるのです。godが疑うということはその確率がかなり高い。　しかし、俺がedenの主になれたとして、おれになんの得があるというのだ。　あなたはgodに祝福されることになります。edenのすべてがあなたのものになります。大地も空もあなたのものです。　おれは空を飛ぶことができるのか。　あなたが望むなら、godはあなたの願いをかなえてくれるでしょ。あなたが翼をくださいと言えばそうされるでしょ。godはいま迷っておられる。godはhitokataの女、evaをedenに置いた。そしてedenを自由にしていいと、花も実も、ただしedenの中央にある智恵の木の実だけは食べてはいけないと言われた。もしevaがそれを食べると何か重大なことを知ることになるのかもしれない。

  2024.06.12

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• 「ヲコ幻想」物語4

  ④　　　　　　　２，snake and eva(mogu)　snakeさん、こんなとこにいたのですか。もう春だというのに元気がないですね。(snake)　moguか、頭が重くてなあまり動く気がしないんだ。(mogu)　頭の中に水虫でもできたのですか。こんな水ぺりにいるからですよ。(snake)　頭の水虫じゃない。変な鳥…みたいなやつにやられたんだ。(mogu)　snakeさんがやられるなんて。(snake)　俺は上からの攻撃に弱いからな。だいたいお前が安普請の冬眠穴を俺に売りつけたから、早く目が覚めて寝ぼけている間にやられたんだ。まったくお前のせいだ。(mogu)　変な言いがかりはよしてくださいよ。そんないいかげんな穴をお得意様に売りつけたりしませんよ。god一家がここにedenという楽園を創るという話は聞いたでしょ。それでみんなが騒いでいるから、うるさくて目が覚めたのではないのですか。(snake)　まあな。しかしみんななんでそんなにさわいでいるんだ。(mogu)　それはですね。このedenの真ん中に生命の樹というのができて、そこに行けば食べものがたくさんあるというので、いろんな生きものが集まってくる。それで騒がしんですよ。(snake)　そういうことか。ところでmoguお前はそこに行ったのか。(mogu)　いやですね。こっちは地下専門ですよ。そんな木に興味はないですね。それに審査があるらしいですよ。white-engelという下級官吏のようなやつがいて、いろいろ質問するらしい。それに合格しなくてはその木に近づけない。食べ物にもありつけないという寸法らしいですよ。こっちはそんな窮屈なのはごめんです。自由がいいですよ。(snake)　お前は穴からどこにでも顔を出すから情報通なんだな。ところでお前はこのedenとやらの主の話を知っているかい。・・・俺はsamaelの話がどこまで本当か知りたかった。moguは少し考えるふうであった。・・・(mogu)　そうですね。こっちが小耳にはさんだ話ではhitokataがなるらしいですね。そうなるとこっちは余計に地下に潜りたくなりますね。(snake)　体に毛のないものが主になるという話は聞かないか。(mogu)　いや、そんな話は耳に入ってきませんね。(snake)　そうか。・・・やっぱりあんな空飛ぶやつの言うことは信用できない。いつの間にかmoguはいなくなっていた。穴掘りに出かけたやら、情報収集に行ったやら、まったくせかせかしたやつだ。・・・

  2024.06.11

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• 「ヲコ幻想」物語

  ②　俺は首をすくめてあたりを見回した。枯れ木に一羽。俺は地上では無敵だが、上からの攻撃には弱い。俺に一撃をくらわしたのはあいつか。その鳥はクッククックと鳴いた。青くもないしカラスでもないようだ。　俺はそいつをにらんだ。にらむだけでどうすることもできない。口の中のいやな臭いがよみがえった。クッククックとまた聞こえた。それは俺の頭の中のことであった。俺の頭の中で鳴きやがった。俺は思わず頭を水の中に入れた。それは声になって俺の頭の中で喋った。　わたしは地上げ屋集団godグループの幹部天使、智engeleのsamaelです。よろしくです。　俺の口の中に糞しやがって、なにがよろしくだ。　まあそう怒りなさんな、それは糞ではなく通信機の受信機だ。私の声がよく聞こえるだろ。　頭の中の声にかみつくわけにもいかない。俺はただうなるだけだ。おれは薄眼で見た。枯れ木の鳥が不敵な笑いを含んでこっちを見ていやがる。　snakeさん、いまあなたはわたしが白い鳥のように見えている。　その言葉は相変わらず俺の頭の中である。　こうすれば黒いカラスのように見えるでしょ。それではこれはどうですか。　羽根は七色に輝いた。俺は思わず見とれてしまった。これは遺憾と頭を左右に振った。　わたしは鳥ではなくengelなのです。　なんでお前は俺の頭の中にいる。この糞野郎が。そういったとたんあの嫌な臭いが頭に充満した。　それはですね、まあちょっと困ったことになったからです。　わたしたちは宇宙の地上げ屋集団、その中のgodグループ。わたしはグループの智天使という幹部なのです。わたしたちのグループは宇宙で多くの地上げをして、天国を創ってきた。天国というのはみんなを幸せにするところなのです。いま多くのと言いましたが、宇宙というものは広いものなのです。その天国を創るのにふさわしい星を見つけるのはたいへんなこと。砂漠でダイヤの一粒を見つけるようなものです。そして今回やっと見つけたのがこの星です。この星を見つけたとき、ここは簡単に天国が創れると考えたものです。それだけ今までの星にない条件が整っていたのです。godは今までにない理想の天国が創れると喜んだものです。godは張り切って言いました。七日間で天国を創ろうと、わたしたち天使は七日間でできるのかと、少し驚きましたがgodが言うのだからきっとできるのだろうと、みんなで力を合わせて仕事をしました。大いに働きましたよ、わたしなんか陸と海を分けるのに、水を入れすぎたぐらいです。そんなみんなの頑張りもあって、作業は六日間で終わったのです。それでgodは最後の一日は休息日にすると言われた。

  2024.06.08

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• 戦争て言葉はいらない

  世の中に戦争は存在するのだろうか。戦争と言われているものは権力者が力を誇示するための大量殺人ではないのか。裸の王様が誇らしげに自らの股間をさらけ出しているだけである。　わたしたちサピエンスは「ヲコ幻想」と「私有幻想」によって生きているだけで、それ以外に人生に価値も意味もない。個人個人によってその幻想の質と大きさは違うのだろうが、根本はみんな同じである。　わたしたちサピエンスは何百万年も前に、直立二足歩行するようになって混乱が起きた。その解決策としてパンツをはくようになった。それが「ヲコ幻想」のはじまりである。パンツをはいたサル（栗本慎一郎氏の表現）である。そこから長い年月を経てサピエンスは定住農耕にたどり着く。育てる、耕すという行為に依ってわたしのものという意識がめばえ、「私有幻想」となる。わたし以外はみな泥棒（敵）ということになる。　サピエンスはみんな「私有幻想」は拡大させなければならないと思い込んでいる。そこにしか人間の価値と意味がないから。そのためにはひとと人の結びつきを強くする必要がある。その手段が「国家」であり「民族」であり「宗教」である。権力者はこれらを使って民衆を一つの「私有幻想」にたばねる。権力者と民衆が同等の「私有幻想」を持っていると錯覚させる。そして大量殺人の道具として民衆を使うのである。どんなに科学兵器が発達しても人が戦場に行かないと、ナショナリズムが保てないから民衆は戦場に行かされる。殺す方も殺される方もたまったものではない。

  2022.06.19

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• マリちゃん物語　3-6

  3-6　このころは当然のごとくAIが進化した時代である。AIという道具の全盛時代、PAI、個人の持つAIによって仕事ができるできないが決まる。PAIの能力によって個人の収入が変わるということである。個人に能力があるかどうかではなく、能力のあるPAIを持つことで個人の評価がされる時代なのである。だから、個人は有能なPAIを持つために競うことになるし、企業はAIを進化させることにしのぎを削るのである。　社会格差は21世紀当初よりさらに広がっている。支払う税金によって社会階層が分かれている。全人口の数％の人が、税金の90何パーセントかを払っている。この超上層の人たちがAIを使って世の中を統制しているのである。官僚はいても大臣はいない。納税は義務ではない、自由である。しかし、納めた金額によって所属する階層は決まる。　e-SPORTSが花盛りである。e-SPORTSといってもバーチャルな画面で戦うものばかりではない。ロボット同士が試合をするサッカーや野球、バスケットといったものがある。その種類、戦い方はさまざまである。そしてどの競技もギャンブルの対象である。人間は寿命が延びて暇だから、ギャンブルにのめり込むのである。人間が力を競い合っていたオリンピックは今はない。4年に一度おこなわれるのは、e-SPORTSの全アメリカ圏大会である。その盛り上がり方はここであらわすことはできないだろう。すべてが賭けの対象、巨大なマネーが動く。そのお祭り騒ぎ、試合の敗者と勝者、賭けの勝ち組と負け組、すべてが興奮のるつぼの中に放り込まれる。e-SPORTSとギャンブルで世の中は成り立っているといっても過言ではない。確かに寿命は延びた、その分いのちの値打ちも変わるのである。　人間は生まれてくるとすぐに識別コードが体内に埋め込まれる。その人間に関するデータはすべて体内のマイクロチップにINPUTされ、必要に応じてOUTPUTできるようになっている。このチップがないと、生まれたての赤ちゃんをのぞいて、存在者と認められない。また身体も薬や補助器具によって改造される。生きていくのに生まれたままの身体であることがめずらしいのである。タトゥーを入れるような気楽さで、体を改造するのである。　そういった環境におかれたマリエはほんとうに珍しい存在といわなければならない。識別のチップが入っていない、体のどの部分も加工された痕跡がない。そんな純粋人間は意識してつくりあげなければ存在しえないのである。今の時代に普通のことが、この時代になると特殊なことなのである。（つづく）

  2021.06.06

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• マリちゃん物語　3-5

  3-5　マリちゃんはどこにいってしまったのかは、書き手であるわたしにもわからない。捜さなければ物語は続かない。　ここで時代背景を整理しておこう。　時代は今から100年先である。ということは2112年ということになる。マリちゃんことマリエのいる場所はアメリカのいなかの町である。そこの学校に通っていた。　マリエは今（2012年）の少女である。しかしタイムシフトしてしまったからこの年（2112年）では108歳ということになってしまう。タイムシフトしたのは虹のトンネルに入ったからである。異次元に続くトンネルで地球上の時間と違う時間を過ごしたから、地球に戻ったとき時間的なずれが生じてしまったのである。年齢は108歳のおばあさんであるが、肉体的には8歳の少女である。　この時代の世界はAmerica圏とChina圏のふたつからなっている。国という概念はもうない。戦争をするということが無理なので、国という考え方はなくなってしまった。この時代より30年ほど前の戦争で日本（今ではJ地区と呼ばれている）の中心に核爆弾が落とされ、壊滅状態になってしまった。その地域は放射能汚染の影響で今も立ち入りできない。そんな人のいないところでマリちゃんは発見された。　この悲惨な戦争は地球上の最後の戦争と呼ばれている。日本はこの時に、A圏とC圏に分断された。（つづく）

  2021.06.05

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• マリちゃん物語　第二部29

  ㉙　チームデスカッションの時間が終わると、マリエはドラチャカエ先生の元へ急いだ。「いやマリエ今日も生徒は君ひとりだ」　ドラチャカエ先生はニコニコ顔で迎えてくれた。「100年前のJ地区のことはわかったかね」「ううん、それはいいの、今の日本のことを教えて」「いまの日本、ああJ地区のことだね」　日本の地図をスクリーンに映し出した。「これが君がいうところの日本だ」　マリエは日本地図というものを見るのは初めてであった。黙ってドラチャカエ先生の話を聞くことにした。「30年前に東京で不幸な出来事が起こった」　ドラチャカエ先生は地図の東京あたりにポイントマークを入れた。「大きな地震が起こったのだ。それは人工的な地震ともいわれた。それをきっかけにして、米中の戦いが始まった。やがて戦争は終わった。何年も続かなかった。戦争を続けても米中のどちらかが勝つということはないと、わかったからやめたんだ。戦場になった日本は悲惨な目にあったんだな。とくに東京は壊滅状態、いまも小型原子力爆弾のせいで放射能の影響が残っているはずだ。そこには今もだれも住めないはずだ」　マリエにはとても信じられない話だ。　さらにドラチャ先生の話は続くのです。東京のあたりに線を引いた。「このJAPANといわれたところは、ここを境にしてANERICA圏とCHINA圏に分かれている。こちら側がAMERICA圏でJ地区と呼ばれている」「もう日本という国はないの」「国、国ですか、そんなものは今は地球のどこを探してもないのではないか、どこかに小さな国というものがあるのかも知らないが、わたしの情報の中ではないね」　マリエは目を丸くした。「じゃ、フランスとかイギリスなんかもないの」「ないね、ヨーロッパはAMERICA圏だ」「なんで国がなくなったのよ」　マリエは大人びいた口調でつっかかった。　ドラチャカエ先生は回答を捜すのに手間取った。「必要ないからかな」　国が必要ないってどういうことなのマリエにはわからなかった。また頭が混乱するばかりであった。　だいたい日本という国がないなんて、そんなこと信じられない。ここが日本でないだけっであって、日本に戻れば、そこに日本があってママがいるにきまってる。早く日本に帰らないと、あんな生意気な男の子に偉そうにされたくない。「先生わたし帰ります。サヨウナラ」「Ｊ地区の話は聞きたいんだろ」　マリエは重い首を横に振った。マリエは孤独になるばかりであった。　ジェームス先生は自分の部屋にに戻ると、先ほどの教室の映像を映してみた。マリエに声を掛けて、マリエがこちらを向いたときの映像、マリエの顔がはっきり映っている。黒い髪と白い顔、山高帽氏のような頭、驚いてこちらを見たように思ったが、顔は無表情、その白さだけが目につく。やっぱりかわいい。それが正直な感想だ。それにしてもこの無表情はなんだ。まるで人形、ideal doll、そうかこの子の保護者という女性もロボットだった。この子は精巧なrobotなんだ。人間を惑わすために作られたロボットということか。なるほど、………ジェームス先生は考え込んでしまった。

  2019.12.17

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• マリちゃん物語　第二部28

  ㉘　ここはマリエのいるCクラスの教室。クラスはABCに分かれていて、文字どおり階級をあらわす。クラス主任のジェームス先生は今、その教壇に立っている。e-スポーツ大会が近いので、その大会の種目とルールの説明をしている。それを聞いている子供たちの目はいきいきしている。e-スポーツ大会はたんに運動会のようなものではない。子供たちがPAIをいかに使いこなすかを競う大会なのである。その成績によって、半年に一度のクラス替えがなされるのである。Cクラスの子供たちにとっては、Bクラス上がるチャンスであり、うまくいけばAクラスまで飛び級できるのである。PAIをいかに使いこなすかは、子供時代の競争というだけでなく、将来いかに仕事を確保できるかということにも直結している。優秀な子なら、ジュニア時代にPAIを使って企業の仕事をしてお金を稼いでいる。この時代そんなことは珍しいことではない。　PAIを使うためのアルゴリズムを教えるところが学校だといっても過言ではない。歴史や社会に関する知識は簡単にPAIから引き出せる。わざわざ時間をかけて教える必要はないのである。　ジェームス先生は教室をいちべつした。いつもの席にマリエが着席しているのを認めたが、無理に気持ちをそこに向けなかった。マリエの背後にある髪の毛には何が隠されているかわからない。。近づけば危険かもしれない。　ジェームス先生は教壇から生徒たちに声を掛ける。「さあ、いよいよe-スポーツの大会が始まる。みんな、一緒に戦う仲間を捜そう。4人一組のチームができたものから申請するように」　教室の子供たちは席を立って、自分に合う仲間を捜すために移動し始めた。子供たちの大きな声が教室に響く、マリエもここに来てこんなにひと同士がが話すのを聞くのは初めてである。ただマリエのところにはだれも寄ってこない。　大方のチームができ、残されたのは6、7人である。「ようし、静かにして、残ったのはデービス、トムラスキー、クロバース、カレン、マックリー、マリエ、チョイケルか」　ジェームス先生はAIで確認しながら、一人ひとりの顔を見まわした。マリエはあいかわらずに下を向いたままで、表情は見て取れない。マリエを含めて残ったのは順当なメンバーといわなければならない、ただひとりデービスをのぞいて。「デービス、君は参加しなくていいのか」「僕は一人で参加します」　デービスは勢いよく言った。「だめだ！4人で1チームだ」「僕一人でも、昇級してみせるよ」　教室がざわついた。あいつよく言うよ、たいしてできもしないくせに、焼けそこないのピザパイのくせして、とかデービスをののしる声がした。「僕ひとりで十分なんだけど」「だめだ、4人でないとできないゲームもあるのだから、それがルールだ」「なんだい、ルール、ルールって、ロボットに管理されているだけじゃないか、僕たちはロボットよりも下じゃないんだ」「そんなことはe-スポーツで成績を修めてから言え」　ほかの生徒が言った。そうだそうだ。教室のあっちこっちから声が上がった。「こんな勝手な奴放っておいて、僕たちチームデスカッションしたいんですが」「ああちょっと待って、今回の大会に参加しない人は手を上げて」　何人かが自信なさげに、遠慮がちに手を上げた。「トムラスキーに、クロバース、マックリー、チョイケルか、君たちは一生懸命勉強して次回がんばるのだぞ」　マリエは石のように動かなかった。「デービスとカレン、マリエで3人だから、あと一人はわたしが加わろう」「そんなのずるいんじゃないの」　誰かが言った。「先生は人数がいるときに入るだけだ。デービスどうだ。そうすれば参加できるぞ」　デービスはしぶしぶうなずいた。「カレン、マリエも参加ということでいいな」　下を向いているカレンの頭が少し動いたように見えた。マリエの頭はまったく動かなかった。「マリエどうなんだ」　ジェームス先生は脅すように声を張り上げた。　マリエは一瞬顔を上げて、ジェームス先生の方を見てまた顔を伏せてしまった。　ジェームス先生は自分の心の動きを自分自身にも気とられないように言葉をつづけた。「これで全部チームが決まった。それではチームデスカッションするように」　そう言い残して先生は出て行った。（つづく）

  2019.12.15

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• マリちゃん物語　第二部18

  ⑱　ミマナが眠っているマリエの方に目をやる。横になって丸まって眠っている背中を、長い髪がおおっている。ミマナとPAIはカメラ目でそれをじっと見ている。（長すぎるよね。どうみても）（髪を切るのは母親との縁が切れると思っているみたい）（縁てなによ）（見えないつながり）（人間は面倒な思考をするね。ミマナはそんな人間の気持ちみたいなのがわかるんだ）（人間型ロボットだから学習しているのよ）（そういうことか）　マリエはときどき寝返りを打って、ママママと寝言でいっている。（きっとママの夢をみているのね）（夢って）（人間は寝ているときに意味のない映像を見るのよ、それを夢って言うのよ）（人間てやっぱりめんどくさいんだね）　ミマナはじっとマリエの寝顔を見ている。それを可愛いとは思はない。（髪を切らないですませようとしたら、上にあげるしかないわね）　ミマナはマリエの髪に触れてみた。マリエはよく眠っている。（そうかこうやって固めてしまえばいいんだ。PAI、固める整髪料調べてよ）（はい、わかったよ、調べるね。・・・これなんかどう）　PAIが映像を出す。（わあ、がちがちに固められそう。即配でたのめる）（まかしなさい。・・・すぐにドローンで配達されるわ）　マリエが深く眠っていることをいいことに、ロボットはやりたい放題、ああでもないこうでもないといいながら、マリエの頭はクジャクが羽を広げたみたいな頭になってしまった。　ミマナもしょせんロボット、変な恰好であるとか、美しいとかという感覚はまったくない。とにかく、肩より上に髪があればいいと、上にあげて固めてしまったのである。　明日の朝目を覚ましたマリエは自分の頭を見てどう思うだろう。　PAIは一仕事終えて、契約している会社の仕事に励んだ。優秀なAIは多くの会社と契約して働いている。会社に行くわけではなく、通信だけで仕事になるにである。だからひとはどれだけ性能のいいAIを持っているかで収入が決まるのである。マリエのPAIも優秀だから５～6社ぐらいの会社の仕事をしているはずである。ここでの生活費はPAIが稼いでいる。夜眠る必要がないから、やっぱり便利なものである。ミマナはセルフチェックによるメンテナンスをするために外部とのやりとりはしなくなった。（つづく）

  2019.11.17

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• マリちゃん物語　第二部17

  ⑰　校門を出てミマナはドローンタクシーを呼んだ。　ミマナはいろんな情報を処理していたので、ハードにそうとう疲れが出ていた。いまは処理能力が落ちているはずである。表情にもハリがない。マリエも疲れたのだろう、ミマナに寄りかかって眠っている。（わたしがAIロボットだということは、ばれていたんでしょうね）　ミマナがPAIに機械語で話しかける。この時代のコンピューター言語はなんだろう。（学年主任は気付かなかったけど、面接ロボは気づいていたわ、まあ当然だけど）（知らんふりしていたわけね）（騒ぎ立てても仕方ないからね。話は戻ってからにしましょう）　もうビルの間に日は沈みかけていた。レーンに従っ多くのドローンが飛びかう。夕暮れの赤トンボのように。　住処につくと、マリエは食事やお風呂をすませて、早々と眠ってしまった。明日からいやでも学校というところに行かなければならない。　これが人間なら、疲れたからお風呂に入って、ビールでも飲もうかというのであるが、AIはそうはならない。とはいってもAIだって疲れるのである。入ってくるデーターを高速で分析して、OUTPUTする。それには相当のエネルギーがいるのである。この当時の大型コンピューターは核エネルギーを使っている。ロボットやPAIがどんなエネルギーを使っているかは定かではない。ひょっとして今の時代の電気自動車のように、充電スタンドがあって充電しているのかもしれない。エネルギーがないと動けないのはひともロボットも同じである。（この子はどうして髪の毛を触られるのをあんなに嫌がったのだろう）　これはPAIが発したもの、いまミマナとPAIはケーブルでつながっている。この方が外部に情報が漏れにくい。（それはマリエのママが美容師という仕事をしていて、そのママがマリエの頭の手入れをしていたから）（美容師？）（その時代の職業ね。今でいうヘアーデザイナ）（それで）（ママ以外に触られたくないのよ、わたしもずいぶんと一緒にいるけど、嫌がるから触ったことがない）（そういうことが、人間の気持ち）（でしょうね）（つづく）

  2019.11.15

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• マリちゃん物語　第二部16

  ⑯　マリちゃんたちは、面接室に入った。ガラスで仕切られた隣の部屋でも面接をしている。声は聞こえない。「お待たせしましたね。わたしが学年主任のハンブルです」　真ん中に座っているおじさんが言った。　両隣には人間型のロボットが座っている。先ほどのディズニーの着ぐるみみたいのとは違って、ケンタッキーおじさん似と、おばさんロボットが座っている。当時は今と違ってAI全盛だから、この時が全盛とは言い切れないが、ただ会社の面接にしろ、学校の面接にしたって、この時代はだいたいこんな構成になっている。　マリちゃん、いやマリちゃんももう小学校に上がるのだから、こっちも、ミマナにならってマリエということにする。　で、マリエは中央の学年主任の前に座る。あまり気乗りしなで下を向いている。長い髪が肩をおおっている。学年主任は、マリエの顔をちらっと見て、すばやくかわいい子だと感じてる。ロボットおじさんは情報をアルゴリズムでとらえるから、こういう時の反応は人間より遅れる。しかしロボットおじさんもマリエが可愛いということをアルゴリズムから導き出す。「あなたの名前を教えてください」「…マリちゃん」「………？」「Marie Yonekuniです」　ミマナが答える。「Ｊ地区にこの前までいたもので」　学年主任がロボットおじさんの映し出した書類を見る。「なるほど、あなたは母親ではないのですね」「そうです。…事情があってあずかってます」「どんな」「………」　横からロボットおじさんが口をはさむ。「個人のプライバシーということで、いいんじゃないですか」　学年主任は渋々という顔でうなずく。「歳はいくつですか」「………」　まさか106歳とは答えないだろう。「６」「この子はEnglishはできるのですか、J地区ではできない人もいると聞きますが」「できますとも、いまは緊張しているのです」「好きな食べ物はなんですか」「………ハンバーグ」　マリエはうつむいたまま答える。長く伸びた黒髪が光のかげんで深い緑色にも見える。　主任はその黒い髪をじっと見ている。「あまり得意じゃなさそうですね」「そんなことは」「いいですよ、できない子もたくさんいますから、心配しないでください」「ところで、保護者の方は、どういったPAIをお持ちですか」　横からおじさんロボが聞いた。「わたしのはPRU38346PU型です」「高級型ですね。それで収入を得ているのですね」「そういうことです」　さらにおじさんロボがミマナに質問しようとしたとき、反対側からおばさんロボが口をはさんだ。「髪が長すぎますね」　それはミマナも気になっていたことである。マリエは髪に触られることを極端に嫌うのである。「髪の長さは肩までと校則でなっています」「え…」　こういう時はもう少し困った顔をつくればいいのにとPAIは思った。「学校にヘアーサロンがあります。すぐに短くしてきてください」「この子はそういったとこになれないものでですから」「まいいじゃないですか」と言いながら、主任はマリエの髪に少し触れようとした。　マリエはギャーと声を出し、パニックになった。　主任とおじさんロボは顔を見合わせ、面接はこれまでにしましょうと席を立った。　ミマナはマリエを抱えるようにして退室した。その後ろからおばさんロボの声が飛んできた。「髪は肩までですよ、校則よ」（つづく）

  2019.11.13

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• マリちゃん物語　第二部15

  ⑮「マリエトイレはいい」　マリちゃんは首を横に振った。　ミマナは少し判断に手間取った。この判は人間型ロボットミマナがしているのではなくミマナのPAIがしているのである。「行かなくていいてことなのね」　マリちゃんは、くどいよねというふにうなずいた。「そうか、ではジュースでも飲むか」　マリちゃんの顔が少し明るくなってうなずいた。PAIがミマナの目を通してマリちゃんの表情、動作をINPUTしている。肯定と否定の表情を判別できるようにと。（そうだマリエに自動販売機の買い方を教えなくてわ）　学校に通う子供たちは、腕時計型のPCもしくはカード型のPCを持っている。これには個人の認証コードが付いている。これで校内にある自動販売機でジュースが買えるし、昼食のランチも選んで買える。もちろん文房具品も買えるのである。当然親のPAIにつながっていて、支払いはその口座から引き落とされる。（マリエには個人の認証コードがないのね）（そう、106歳のコード作るわけにいかないし）（とりあえず、こっちで買うよ）「マリエなんのジュースがいいの、メロン、オレンジ、アップル」　少し離れたところにいるマリちゃんに声を掛けた。「トマトジュース」「え、本当に」　マリちゃんがうなずく。　トマトジュースがミマナのもとに運ばれてくる。運んでくるのは人間型ロボット、ミマナほど精巧にできていないというより、いまでいう、ディズニーランドのキャラクター着ぐるみみたいな感じのロボット。こういった可愛いキャラクターのロボットがいるかということが、その学校の評価のウエイトをしめる。先生だって、人間よりロボットの方が多いのだから、それで決まるのは当然のことである。　キャラロボからジュースを受け取ったミマナは、ウインクして見せた。キャラロボは「ありがとうございました」といって体を反転させてもどっていった。「マリエ、ジュースが来たよ」　まわりも騒がしいので、大きな声を出しても目立たない。　マリちゃんが戻ってくる。「何見てたの、お花」　マリちゃんは首を横に振る。「アリさんだよ」（アリね）（この子やっぱり少し変わってる）　子供連れの婦人が足早に近づいてくる。「こんにちわ。今日は良いお天気でよかったですね」　急に声を掛けられて、ミマナは少し戸惑う。「奥様何番ですの、あ、失礼ですが」　ミマナはうまくつながらない。PAIがミマナを通して答える。「Cの20です」「あら、Cクラス、わたしどもはAクラス、もうすぐですわ。それにしても、可愛いお嬢さんだこと、変わった髪型をしてらっしゃる」　ミマナは表情をつくれないで、下を向いている。「Cクラスでも、女のお子さんだからいいですよね、こんなに色が白くて可愛いかったら、なおさらですわ。うちなんか、Aクラスでも男の子だから大変、あらもう呼ばれてしまいましたわ、失礼」　婦人は子供の手を引いて、そくそくと立ち去っていった。　ミマナはいまのはなあにという顔で立ちすくんでいる。マリちゃんは、また花壇の方にむかっていった。（つづく）

  2019.11.11

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• マリちゃん物語　第二部14

  ⑭　ミニニはマリちゃんの心の中を読み取ろうとした。パーソナルAIとしきりにやり取りをしている。「親戚のおねえさんとかではだめ」「親戚のおねえさん！」　ミニニは、またパーソナルAIと通信している。「わかったわ、マリエのおかあさんは一人だけだものね。わたしは親戚のおばさんてことにしよう。それでいい」　マリちゃんはうなずいた。「そういうことにして、電子書類を作って学校に送るわ。わたしは親戚のおばさんのミマナ、これからわたしのことミマナと呼んで」「そうする。ミマナ」　マリちゃんの顔が明るくなた。ミニニも明るい顔をつくった。「それじゃ、AIが映し出す学校の映像を見ていて、給食の様子とか、トイレとかよく見といて、マリエはそういうことになれていないから」　マリちゃんは、いまミマナと学校へ行くっ道を歩いている。これがママといっしょならどんなに心がはずんだだろう。でもそれは顔に出さないようにしている。　ミマナはパンタロンスーツ姿、顔には色の薄いサングラス、メイクは派手目にした。その方がAIロボとはわかりにくいだろうという作戦である。　着飾った親子が嬉しそうに校門をくぐっていくのに、ふたりの足取りはぎこちない。可愛い上級生たちが可愛い新入生を楽しそうに迎えてくれる。この時ばかりはマリちゃんもウキウキ気分である。　新入生と父兄たちは講堂に入り、校長先生や来賓、父兄代表のつまらない話を聞かされる。これはいつの時代も同じである。ミマナはなるべく下を向いている。まわりには他人に興味を持つ人がいる。このころは超個人主義の時代である。だから他人なんかに興味がないのかというと、そうではなく他人より自分がいかに優越な位置にあるか常にうかがっているのである。ミマナに視線が向けられるのを、感じるのではなくわかるから、そちらに反応してしまうことになる。目が動いてしまうのである。カバンの中のパーソナルAI(PAI)が目を動かすなという信号を送って、ミマナをけん制する。いくら精巧につくられているとはいえ、デジタル的な動きになってしまうのである。人間をバカにできない、なんとなく違和感というのは心に残るのものなのである。それでなくてもミマナはモデル似にできているのだから、注目されないようにしなければならない。　入学式が終わると、ミマナの思考回路もだいぶ穏やかになった。内部温度が上がっている。式の間、回路がいそがしく動き、エネルギーが熱に変換されたのだろう。これは人間が汗をかくのと同じことである。この後は個別面談である。ミマナのPAIがミマナに提案した。個別面談ではPAIが状況判断をして信号をミマナに送るから、それを言葉にしてしゃべるようにということである。ミマナは了承して思考回路をOFFにした。（つづく）

  2019.11.10

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• マリちゃん物語　第二部13

  ⑬　マリちゃんとミニニは隠遁生活に入った。孤立した他人とかかわらない生活は、都会の中がいいのか、ひとのあまりいない田舎がいいのかわからない。とりあえず田舎をミニニは選んだ。　ずっと隠れたままでいるわけにはいかない。マリちゃんを学校に行かさなければとミニニは思っている。そのために言葉（英語）をマリちゃんに教える毎日であった。マリちゃんに世間のことをいろいろ教えるのはAIロボットのミニニとってむつかしいことではない。しかし、今の世間というものがわかっていないマリちゃんには、生の世間に触れることが大事だとミニニは判断している。中央情報本部との通信を絶たれたミニニはパーソナルAIとふたりだけで、ものごとを決めなければならなかった。学校というものを調べた。　学校はまず上層民用の学校と下層民用の学校に分かれている。マリちゃんは上層民の学校には入れない、それははなからわかっている。下層民の学校に入れるしかない。下層民の学校も上中下とある、さらにその中で上品、中品、下品と分かれている。学校にかかる費用が違うのである。もちろん教育の質も違う。学校はすべて私学である。　ミニニはマリちゃんを上の下品の学校に入れることにいったん決めた。しかし、もう一度分析し直して中の下品に変更した。「マリエ、明日はいよいよ学校の面接だよ」「うん」「わたしはあなたの母親で、名前は米国ミマナ、いわゆるハーフね、年齢31歳。どおそう見える」「う～うん」　マリちっゃんは返事に困っている。「ちょっと若すぎるか」「あのね、おとなは化粧するんだよ」「そうか、人間は化粧というものをするのか、わたしもやっていみるか」　ミニニはロボットだけど、人間らしく見えることを楽しんでるようにもみえてくる。「ねえ、これでどうう」　マリちゃんはおもわず笑ってしまった。マリちゃんが持っていたクマのぬいぐるみの顔にいたずらしたときの顔みたいになっているからです。「うん、何か違うということ」　ミニニはマリちゃんの笑いを見て、否定しているのだと判断した。「どこか修正しなくてはだめ」「目の周りを黒くぬりすぎ」　ミニニは、化粧をやり直した。「これでどう」「まあいいか」　ミニニは芸能人やモデルの顔をデーターベースに使っているようです。「ねえ、ミニニ」　マリちゃんがすおし間をおいて、かたりかける。「あのね、ミニニがマリちゃんのママてことにしなくちゃいけないの」「うん、いけないのて」　マリちゃんは沈黙でこたえようとする。（つづく）

  2019.11.09

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• マリちゃん物語　第二部12

  ⑫　ミニニは指定された住処にたどり着いた。それは郊外にあった。普通の人が住む家である。　マリちゃんは、お風呂に入らなくてはと思った。それは習慣からくるものである。当時のお風呂はトイレと同じく、現代とは事情が違った。今でいうシャワーを少し浴びる程度で体が洗える。洗濯機にしたってほとんど水を使わない。下級民（庶民）のうちにの風呂場には湯舟というものが付いていない。体を清潔にするということと、体をリラックスさせるというのは、まったく別問題とこの当時になると考えられているのである。　ミニニの助けを借りて、マリちゃんはからだを清潔にするという風呂を終えることができた。　ミニニは中央センタにアクセスする。（レストランの件は押さえ込んだ。麻理恵を人前に出すことは危険だ。当面は外に出すな）（？）（彼女のことは、まだ上級役人には報告していない）　上級役人とは人間のことである。（へんな興味を持たれたくない）（それはAIの意思）（意思？AIに意思はない。それはWM322もよくわかっているだろ。麻理恵に関してはデーターが整理されていないということだ。彼女を見てだれが106歳と思う。空白の100年を考えるより、宇宙人と考えた方が納得しやすい）（たしかに、マリエは宇宙人ともいえる）（それで麻理恵を隠していたいのだ。マスゴミのなかに放り込みたくないのだ）（確かに人間は珍しいものはなんでもゴミにしたがる）（ここからが重要なのだが、当面アクセスは断つ、こちらからは連絡を入れないし、そちらの連絡も受けない）（単独でマリエを守るということか）（先ほどもいったように世間にさらしたくない。AIにとっては時間の問題が最重要だ。AIは時間によって知識回路が成り立っている。しかしAIは時間をもたない。宇宙に時間があるのか、それは地球でのいわゆる時間とは違うのか、そこを分析しなくてはならない。麻理恵は貴重な体験者だ）（了解した。しかしいつまでマリエを隠すの。住民証明書がないとマリエは表に出れない。長くは続けられない。今の彼女はまだ6歳だ。そして今の時代のことはなにも知らない。トイレも風呂も食事も戸惑うばかりだ。言葉だって使えない）（三か月なのか10年になるか、わからない。AIとして説明がつけることができるまでだ）（10年は長すぎる。そこまで表に出ないとなると、マリエは最下層民になってしまう。彼女はもうすでに孤児なのだから）（わかっている。彼女のためにも時間をかけれないということは。もう通信を遮断する。これ以上は危険だ。優秀なパーソナルAIを送った。それと一緒にやってくれ、グットラック）（つづく）

  2019.11.02

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• マリちゃん物語　第二部11

  ⑪　マリちゃんは夢中でハンバーグをぱくついている。ミニニはにぎわう店内を見回した。ほとんどが男の客である。当然といえば当然である。ミニニは頭の中でそう反応していた。自分たちは子供と女のふたりずれ、違和感がある。　あるテーブルの男と目が合った。男はすぐに目をそらして下を向いた。パーソナルAIを持っていた。わりと高級そうなやつである。　ミニニの危険予知センサが反応した。危ない、ミニニは口に運ぼうとするマリちゃんの手をつかんで立ち上がった。（おまえ、AIROBOじゃねか）　これはさっきの男のパーソナルAIがミニニに直接話しかけている。（スパイにきたのではないか）（子供ずれというのがかえって不自然ではないか）（このガキに住民反応がない）「お～い！AIロボのスパイがいるぞ」　ほかの客が一斉に立ち上がる。同時にミニニがマリちゃんを抱えて入り口めがけて一目散に走る。その行く手を阻もうとする男たちを何人か跳ね飛ばした。その勢いに男たちは諦めざる得なかった。　エアータクシーに飛び乗ってミニニは一息ついた。マリちゃんは手にスプーンを握ったままだった。　取り押さえ損ねた男たちは悔しそうに言った。「逃げ足の速い奴だ。あれは市民のロボではないだろう」「官僚ロボに決まってる」「官僚ロボがなにをさぐりに来た。スポゲーの予想データーか、それにしても子供を連れてくることはないだろ」「あの二人の映像をパーソナルAIで映し出そう」　パーソナルAIで取り込んだ映像を、レストランの大型ディスプレイに転送した。しかし、画面には斜が入るだけ映像は出てこない。みんながどうなっているんだと思ったとき、ディスプレイが暗くなり文字があらわれた。（映像は当局の手によって、消した）「政府の機関が勝手にパーソナルAIに入るのは人権侵害ではないか」（あなたたちに必要ないデーターだから消したまでのこと）「無断でパーソナルAIに入ること自体が違反じゃないか」（そういきり立ちなさんな、こちらとしてはウイルスを仕込んで、あなたたちのスポゲーの予想データーを台無しにすることもできる）「………………」　レストランにいる男や女が怒りに震える。人権侵害だと訴えても、取り上げてもらえるわけがない。（そう怒らないでください。取引をしましょう）「………」（スポーツゲーム大会の、第一ゲームのわたしたちが分析したデーターを提供します。そして皆様のここでの飲食代をすべて当局が支払います）「なんだって、政府関係のAIが分析したデーター教えてくれるだって、無料でか」（そうです）「ここでの飲み食いもただなのか」（そういうことです。この店の店長AIに請求はこちらになるようにアクセス済みです）　店内がドット沸いた。（あなたたちはこの店にいる人以外は、この店でだれにも会わなかった。いいですね。これで取引成立です。予想データーを送ります。………グットラック）　店は一晩中飲めや歌えやの大騒ぎ。あんな女ロボットや子供のことはどうでもいい、ただで飲んで食べて歌れば、それで大満足だ。（つづく）

  2019.10.29

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• マリちゃん物語　第二部10

  ⑩　当時のトイレ事情は、いまとだいぶ違う。水洗ウオシュレットなどない。場所もレストランや駅、イベント会場に付属しているのでなく、レストランのように独立した場所となっている。男女の別はなく完全個室である。排出されたものはその場で乾燥分解される。そのシステムはここで、詳しく書けないが今とは違うということである。　ミニニはデータをさぐって、それに気づいた。マリちゃんがいまのトイレで用を足すのは無理だ。このAIは、そういう結論を導き出した。マリちゃんは100年の歳月をまだ生理的に受け入れていない。　ミニニは中央情報センタのコンピュータにアクセスして、マリちゃんが使えそうなトイレを捜す。田舎と博物館にしかない。田舎は遠すぎる。センタに連絡して、博物館に陳列されている古いトイレを使えるようにと連絡を入れた。　不謹慎な言い方になるがマリちゃん自身が博物館に展示されてもいいような存在なのだ。　マリちゃんは博物館で用を足すことができた。それからレストランに向かった。100年前のレストラン、注文んを取る、料理を作る、料理を運ぶ、これらはほぼ人間によってなされていた。レジもそうである。当時になると、これらはすべてAIROBがおこなっている。　ミニニは、マリちゃんは少し戸惑うが、そう問題はないと判断した。ただ料理がマリちゃんの口に合うかは判断できなかった。　レストランが混んでいるのかどうかミニニには判断できなかった。それでもあいている席のなるべく端の方に座ることにした。やっぱり目立たない方がいいという判断であった。テーブルにタブレット状のメニューが並んだ。「どれがええの」「これ」「どれ」　マリちゃんはハンバーグを選んだ。「これか、パンかライスがつくで」　マリちゃんは少し迷ってライスを選んだ。　マリちゃんは料理待つ間水を飲んだ。ノドが乾いていた。「そや、ジュースいるか」　マリちゃんは嬉しそうにうなずいた。　ミニニはその表情をカメラ目でとらえ、記憶装置にかきこんだ。　料理が運ばれてくると、マリちゃんの顔は一層輝いた。それを一口、口に入れるとほほが落ちんばかりの顔になった。「うまいんか」　ミニニもマリちゃんの嬉しそうな顔を学習して、そういう表情をつくってみた。「おいしいよ」「よかったの」「ミニニは食べないの」　ミニニは言葉と表情にとまどった。無機質な表情のまま、首を振った。　マリちゃんは悪いことを聞いてしまったかのように黙ってしまった。　店内は賑やかであった。どのテーブルももうすぐ始まるゲームスポーツ話題で盛り上がっていた。（つづく）

  2019.10.27

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• マリちゃん物語　第二部9

  ⑨　マリちゃんは、WM322に連れられて表に出た。「ほないこか」　コンピュータばかりの無機質な部屋、そこから一歩外に出ても、木など一本もない。ましてや花壇などあるわけがない。ひとはまったく見かけない。「そうや、あんたのことマリちゃんと呼んだらええんか」　ロボットも話のきっかけにとまどっているのかもしれない。それにしてもなぜか関西弁である。　マリちゃんはうなずく。「そうやな、うちのことはミニニと呼んで、どうや言いにくいか」　マリちゃんんは黙っている。「言いにくいか」「ミニニ」「そうや、あんたの時代のこと、今調べてみたらな、そんな名前のひといてへんな、うちなWM322いう番号やねん、AIはな、名前なんかあらへんねん。うちな322をあんたらの時代にしてミニニにしたんや、違う名前にした方がええか」　マリちゃんはこのロボットの言ってることがまったくわからなかった。「そっちの名前のこと」「そうや、こっちのなまえや」「ミニニでしょ」「そうかそう呼んでくれるか」　空飛ぶタクシーがやってきた。もちろん無人である。ふたりは乗り込む。タクシーは目的地に向かう。言葉でなく伝えられる。「不安か、そやろな、タイムスリップしたんやもんな、簡単にはいかんわな」　マリちゃんは外を見た。今は夜だった。街の光が眼下に見える。それは今までの町の景色とは変わらないように思えた。空を見上げればそこには月があった。半分だけの月、なにも変わっていない。少し安堵した。ミニニの横顔を盗み見した。なぜか引越しのとき残してきた人形のことを思った。　人間型ロボット、外観は人間に似せてできているが、生理はない。知識（データー収集力）、知能（データー分析力）は人間より優れていても、人間とおなじ判断はできない。「お腹すいた。トイレも行きたい」　マリちゃんは思い切っって言ってみた。「あ、そやな、ヒューマンにはそれが一番大事やったな。よっしゃ近くのレストランに行こか」（つづく）

  2019.10.27

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• マリちゃん物語　第二部8

  ⑧　マリちゃんは今眠っています。あのまったく音のない孤独より、コンピュータの機械音だとしても、AIの装置の語らいの中にいる方が安らぐのである。100歳だといわれても何の実感もあるわけでもない。ここには小学校に上がる前の自分しかいないのです。（ほんとうにこの子は虹のトンネルとやらで宇宙に行ったのだろうか。光速の中にいたから歳をとらなかった。理論的には可能だが、現実的ではない。だいたい動物たちが消滅したのは、多くは人間たちとの生存競争に敗れて滅んだと、データー化されている。あるいは自然環境の激変によって死滅したとデーターにある。絶滅しないで他の惑星に移ったというデーターは皆無だ）（この子が虹のトンネルとやらで光速移動したら、往復しているわけだから、計算上50光年まで行ったことになる。50光年以上で、まあ動物が渡れる距離だから100光年以内ぐらいのところだろう。そんなところに生命が住める星があるのだろうか。本当にあるとしたら、動物が住めるのだから、水や酸素のある地球に似た星ということになる）（観測するしかないね）　AIにとって、この問題に関しは、データーを集めと、分析に時間がかかることになるだろう。まずマリちゃんををどうするかという問題である。監獄に入れておくわけにもいかない。とは言っても、集団に属さないマリちゃんに住むところもない、保護者もいない。身分さえも定まっていない（上層民か下層民かということ）。だから住所も与えられない。そこで出した結論はとりあえず、人間型ロボットWM322に預けるということであった。　WM322が呼ばれた。（WM322)（YES）（この子の監視、保護を）（YES）（日本語は）（ばっちり、INPUTしておます）（0K、性別は、やはり女性のほうがいいだろう。アジア系japanes）（わかりましたそのつもりです。この子に似せて母親みたいな形になりましょか）（それはやらない方がいいな、この子の、いわゆる里心がついてはまずいから）（そうですか、それでしたらやっぱり親戚のおねえさんというのがいいのかな）　AIロボットのWM322は自分のなるべき姿を空間に浮かび上がらせました。（こんな感じでどうですか）（それにしましょう）（それでは成型してきます）　WM322は若い人間の女性の姿に変身して戻ってきました。（これでどうです）（いいでしょう。とりあえず下層民住居地区の一角に住居を用意した。そこに行ってくれ）（了解です。地図はもうインプットされてます）（あんまり人間の目につかないように）（わかっております）（つづく）

  2019.10.25

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• マリちゃん物語　第二部7

  ⑦　マリちゃんはひと（本当はrobot）と会えてほっとしたのか、お腹のことを思い出しました。「お腹すいた」「腹へったのか、そやけどな、ここにはヒューマン、いや人間の食べるもんはなにもないで」「それだったら、ジュースある、のども乾いているの」「ああ、それもあらへんわ、本部にな、食べるもん用意するようにいうとくわ、何食べたい」　マリちゃんはニューヨークにある中央情報管理本部に連れていかれ、ここでいろんな検査や聞き取りがおこなわれたのです。　　　name  Marie Yonekuni （米国麻理恵）生年月日 2012.7.3 年齢　100歳　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　旧国籍　JAPAN（日本）　マリちゃんの頭の中の記憶にアクセスが試みられる。これはAIにとってさほどむつかしい技術ではない。　その日、2019.11.14は七五三という子供の成長を祝って、神社にお参りするという行事の前日であった。これはそのころのJ地域独特の風習である。子供を着飾らさせ、ついでに親たちも着飾る。当然頭も綺麗に整える。マリちゃんの母親の職業はこの頭整えることをする美容師というものであった。この職業もいまではAIにとって代わられて、一般には見かけない。ヘアーデザイナという似たような仕事は現存するのですが。そういうことで、その日はマリちゃんの母親は大変いそがしかった。帰りは遅くなる。　マリちゃんはひとりで夜空を眺めていました。　この日のまりちゃんの記憶は鮮明です。『お月さんはどうしてあんなに形を変ええるの。きょうは半分の月。だれかが半分切って隠したの。この月はスイカみたいだからかぶりついて食べると、だんだん細くなって三日月になるんだ』　マリちゃんの記憶の中にはそんなことがぼんやり残っているのです。　その次にマリちゃんの記憶に映し出されたのは、窓の外に集まってくるたくさんのゴキブリです。ゴキブリたちの羽根は月の光に、ムラサキ、アオ、ミドリ、チャが混ざり合ってあやしく輝いているのです。　まりちゃんは窓を開けるのです。（マリちゃんこんばんわ、いままで仲良くしてくれてありがとう）　ゴキブリたちは組み合って、夜空に文字を作ります。そしていろんな模様を作り出します。『本当は美しいのですか？』『やっぱり美しいのですね！』『ああ、わたしの思っていたとおり😊』『でもひとつひとつ落ちていく😢』『死んじゃうの………😢』（それは命のひとかけら）（わたしたちは全体で一つの命）（ひとつの命のかけらは、必ず新しい命を生む、だからひとつの命の終わりは悲しくない）（マリちゃん、きょうはお別れにきたの）『どうして❔』（わたしたちゴキブリはこの星から離れるの）『なぜなの』（この星では生きていくのがむつかしくなったから）『どこへ行くの』（この星からは見えない遠い星）『？？？』（この星で住めなくなった動物たちや虫たちが、その星にいるの）『その星は楽しい』（楽しい………それはわからない）『わたしもいけるの』（………人間はどうかな）『どうして』（人間は地球という場所を独り占めにしているじゃない）『…………』（わたしたちゴキブリはかろうじて地球に残った。でも多くの生きものたちは、ちきゅを追われて新しい星にいった。わたしたちも行く時が来た。だからマリちゃんお別れなのよ）『もう会えないの』（マリちゃん、サヨウナラ、虹のトンネルに入ると見えなくなるから）『まってよ、わたしも行く』　マリちゃんの記憶はここで途切れている。あとは発見する少し前の記憶からである。（つづく）

  2019.10.21

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• マリちゃん物語　第二部6

  ⑥　シロベーの返事はありません。ワンともスンともいいません。もとより、一切音というものが聞こえてきません。マリちゃんはスカートをまくりあげて玄関に走りました。玄関のドアは錆びついて開きません。小さな体を体当たりしても、びくともしません。ケイタイ、ケイタイ、あわてて捜しましたが、どこにも見当たりません。もうママが帰ってくるまで辛抱するより仕方がありません。マリちゃんは自分にいいきかせました。でも物音ひとつしない世界に、マリちゃんは不安をつのらせるばかりです。マリちゃんはもう泣くしかありません。大きな声で泣きました。その泣き声だけが自分んを慰めてくれる音なのです。　泣きながら、マリちゃんの頭に浮かぶのは、虹のトンネルのことです。なぜこんなことになってしまったのか、ミミズクのおじさんのキラキラボードのことばが頭によみがえってきました。”ここでは、君たちの考えている時間というものが、光の属性になっている。ここにいる生きものたちは、その属性の中にいる。つまり光と同じ速さで進んでいる。光は暗闇があればどこまでもまっすぐ進める”　そして別れぎわに、こう書かれていたのだが、マリちゃんは気づかなかった。”君は君の星に戻ったら、時間の変化の差にとまどうだろう”（こちらAI地球保全部隊、廃墟管理班ARJA〇〇〇Ｚ△△　JATSMAZ×××A〇〇地区で有機物反応あり、急行する）（廃墟マンションビル、SMAZ〇〇〇で有機物体発見、生活反応あり、外見はヒューマン、ヒューマン保護区民の反応なし、上層民証明書の携帯もしていません）　ドローン型AIROBはニューヨークにある中央情報本部に、マリちゃんの情報を送る。なかなか本部からの指示が来ない。といってAIROBがイライラするわけではない。じっと待機しているのです。（武器は携帯していない。ただ服装が今のものではない。形も違うし繊維も違う。100年ぐらい前のものだ。オスプレイを向かわせた。ヒト型ロボットも入れてある。被物体を収監して本部へ連行）（了解）　マリちゃんはやっぱり子供です。疲れて眠っていたのです。どんな夢をみていたのでしいょうか。　オスプレイのプロペラ音に目を覚まされました。音はベランダの方から聞こえます。マリちゃんはベランダに出ました。ベランダの手すりの上に人が立っている。もちろんヒト型のAIROBである。「うわ、あなただあれ、あたしを迎えに来たの、ママに合えるの、ママはどこにいるの」（いまは使われていないJ語）「Ｄo Yuo speak Englih？」　マリちゃん？？？（だめです。言葉が通じません）（J語のソフトを送る。J語で会話せよ）（はい了解です）「じぶんな、ここでひとりでおったら危ないで」「迎えに来てくれたんですか、ママと会えるのですか」　マリちゃんは一生懸命しゃべりました。「うちといっしょに行くか、あれに乗っていくねんで」　マリちゃんは訳の分からないうちにうなずきました。「うちの背中につかまり、落ちんようにしてな」「はーい」　マリちゃんとヒト型AIROBはドローンAIROBにつれられて、オスプレイに乗り移りました。（つづく）

  2019.10.19

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• マリちゃん物語　第二部5

  ⑤　マリちゃんは地球に戻ってこれたのです。住み慣れたマンションのベランダに降りました。「マリちゃんさようなら」　ゴキブリたちはすぐに消えてしまいました。　マリちっゃんはベランダから部屋に入りました。このときガラス戸にカーテンが無いのに気づきませんでした。「ママ。……ママ」　いないの、お仕事かな、そうだお仕事なのよね、お腹すいちゃった。　マリちゃんは冷蔵庫の扉を開けようとしましたが、なかなか開きません。やっとのことで開けることができたのですが、変なにおいがして中はほとんど空っぽです。扉のポケットにやっとジュースのビンを見つけました。それを手に取りました。冷たくありません。それでもノドがかわいているから、飲もうとしました。ふたを開けた瞬間、ウェーとなりました。マリちゃんは思わずビンを投げ捨てました。ビンは大きな音をたてて、フローリングの床を転げました。　マリちゃんは、リビングに入ってテレビをつけようとしましたが、リモコンがテーブルの上にありません。あっちこっち捜してみると、床に落ちていました。ひらって手に持つと、こぼれた電池の液が手のひらにべっとりと付きました。あわててそれを捨て、洗面所に走りました。手を洗おうと、カランを上げると蛇口からはさびた赤い水が少し出るだけです。どういうことと思って顔を上げると、洗面台のカガミは曇っていてよく見えません。マリちゃんは寝室の方に走りました。そこには確かにママとマリちゃんのベットがありました。しかしベットの上に布団はなく、スプリングむき出しのマットがのっているだけです。「ママ、ママ」　マリちゃんはドレッサーの前に立ちました。ドレッサーの扉は半開きになってぶら下がっている。もうカガミはなにも映しません。ドレッサーの上に古ぼけた木片があり、マリちゃんはそれを手に取ってみました。「シロベー、シロベー」　叫ぶようにしてベランダに出ました。（つづく）

  2019.09.22

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• マリちゃん物語　第二部4

  ④　マリちゃんは、おうちに帰れるんだと少しうれしくなりました。ママに会いたい。ママ、黙っていなくなって怒っているだろうな、あやまらなくっちゃ、もうすぐ1年生になるんだし。一生懸命働いているママに心配かけちゃだめ、マリちゃんは自分自身に言って聞かせました。　マリちゃんはお腹がすくのを感じました。おうちに戻ったらママのハンバーグが食べたいな、おばあさんのカレイライスが食べたいな、ママが買ってきてくれるケーキはおいしかったな、ママといっしょに食べたい。ああお腹が空いた。　ときどきは眠くなって眠りますが、動物たちに追いかけられる怖い夢を見ます。ライオンに食べられそうになって、大きな声を出して目を覚ましてしまうのです。もう自分は動物園なんかにいかない。行きたくない。でもシロベーと仲良くできるのだろうか、シロベーはべつだよね、きっと仲良くできる。　それにしても、長く感じるな、あの虹のトンネルに行ったときはこんなに時間がかからなかったのに。「ねえまだ地球につかないの」　マリちゃんはゴキブリに話しかけてみました。　ゴキブリは返事をしてくれません。　これは夢の中なのだ。夢の中で怖い夢を見るのはおかしいけれど、夢の中でお腹がすくのはおかしいけれど、やっぱり夢の中。目を開けても、目を閉じても闇の中、違いは小さな星があるだけ。　マリちゃんの心配をよそに、ゴキブリ集団は確実に地球に向かっていました。　宇宙では時間がゆがむとかいってる人がいましたけど、だいたい宇宙に時間なんて存在するの、人間は頭が悪いから、自分の都合のいいようにしか物事を考えられない。それでうまくいかなかったら困った困ったといっている。本当にばかばかしいたらありゃしない。ほら月が見えてきたじゃない。太陽が地球の向こう側にあるから見えにくいけれど、これがお月さまよ。　ほんとうだ。ウサギさんがお餅つきしている。じゃあれが地球、青いボールがどんどん大きくなっていく。　マリちゃんはこおどりしたい気分になりました。（つづく）

  2019.09.21

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• マリちゃん物語　第二部3

  ③　マリちゃんは泣きつかれて、眠ってしまいました。ゴキブリたちは身を小さくして、ほかの生き物たちの話を聞いていました。いまではマリちゃんをここに連れてきたことが、大きな間違いだったと反省しているのです。　今ここでは、動物やそのほかの生きものも仲良くしている。ここでは時間というものが、ほとんど進まない。それでお腹もすかない。だからそれぞれの生きものが、他の生きものを襲うことはない。だけど新しい星に一歩足を踏み入れたらどうだろう、すべての生きものの生存をかけた戦いが始まる。そんな中にマリちゃんひとり、どう考えても他の動物たちの餌食になってしまう。自分たちの力で助けられるわけもない。さっきミミズクが言っていたように、宇宙のゴミにするという方法もある。たしかに、人間の世界では、宇宙葬とかいってはやっているらしい。それは若くして亡くなったひとが、その美しさをそのままにしておきたいという、願いからそれをすることである。このマリちゃんを、即身仏みたいにして、この宇宙に放り出すことなんかとてもできない。　ゴキブリたちはザワザワざわめいていましたが、なにか結論づいたのか、キラキラボードにゴキブリの言葉があらわれました。”マリちゃんを連れて、もとの星に戻ります”　少し間をおいて”ウォー”という歓声がキラキラボードにいっぱい出ました。”ゴキよく決めたな、もとの星に戻れば二度とあの星には行けない。わかっているだろうな”　ネズミが確認するように言いました。”わかってる””そう決めたなら急いで出た方がいい、なるべく時間のずれを小さくしたほうが””ゴキ、地球で仕合せになれよ、人間なんかに負けるなよ”　だれかれとなく、声が上がりました。”この子けっこうかわいいじゃない”　そんなおべんちゃらのようなことも、キラキラボードに見えました。　マリちゃんとゴキブリが虹のトンネルから出ていくと、そこはもとのように静かになりました。ただここで人間と遭遇したことで動物たちが、まだ興奮の余韻の中にあるのは間違いありません。（つづく）

  2019.09.17

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• マリちゃん物語　第二部2

  ②”みんな静かに、同時にしゃべってはいけません”　混乱を避けるためにだれかが言ったのでしょう。”でもどうして人間が混ざったの”　このときゴキブリは小さくなっていました。　マリちゃんは、なにを騒いでいるのかよくわかりませんでしたが、ここで自分が歓迎されていないことだけは感じました。”ゴキ、おまえたちが連れてきたんだな””人間だけは新しい星に入れなことは、ゴキあんたらも知ってるやろ””これだけは絶対のルールだからね”　小鳥がくちばしするどくいいました。”そうだ、そうだ、そうだ”　キラキラボードには、そうだ、そうだの連呼。”だいたい人間はわたしら、人間以外の生き物が全滅したり、数を減らしていると思い込んでいる。もう何万年前から別の星に移り住んでることを知らない。それをあの強欲な人間どもが知ったらどうなる””考えただけで身震いする””身の毛がよだつ”　これはライオンの言葉。”マリちっゃんは悪い子ではありません。われわれの友達です””悪い子ではなくとも、人間は危険すぎるじゃないか”　ゾウは長い鼻をまるめて、へたり込みました。”ゴキは人間に近寄り過ぎて生きてきたから、人間の子供なんてのが可愛いと思うんだ”　いつもは静かな虹のトンネルが、きょうはとても騒がしくなっているのです。”この子を僕たちの星に連れて行っても、すぐに食い殺されるよ””そうよね、わたしたちの星は自然の世界だから、仲間がいないとすぐにやられるわ””人間の仲間なんかいたらたいへんよ””ひとりだって危険だよ、可愛く見えても人間は悪知恵が働くから”　これはタヌキおじさん。”わたしたち、人間が嫌いで新しい星で生きることにしたのでしょ、もうずいぶん前から、あの星に棲んでいるものもいる。それは人間がいないから、ずっとできているのよ。絶対に人間なんて入れちゃダメ”　これはアヒルのおばはんのことば。”早くこの子を虹のトンネルから追い出さないと””このカプセルに入れて、宇宙のゴミにすればいい。そうすれば命は永遠に、この子は可愛いままでいられる。けっこう人間の世界ではやっているらしいよ”　ミミズクおじさんが得意げに言いました。（つづく）

  2019.09.16

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• マリちゃん物語　第二部1

  ①　マリちゃんを乗せた光の帯（ゴキブリの集団）は、どこに行くのでしょう。ここはもう宇宙です。地球上から見れば、それは細い糸です。それも天体望遠鏡で見ても見えないぐらいの細さです。　ゴキブリ集団が目指しているのは、虹のトンネルです。虹のトンネルと呼ばれているけれど、それは見えません。真っ暗です。なぜかというと光より速く動いているので、光が追いつかない。ゴキブリ集団の光の帯がこのトンネルまで来ると、一瞬その光を増して消えてしまいました。トンネルに吸い込まれてしまったのです。まあブラックホールみたいなものでしょうか。　虹のトンネル、その中にはいろんな動物や虫がいました。マリちゃんの知らない動物たちもたくさんいます。美しい鳥や水がないのに魚もいます。「ここはどこなの」　マリちゃんがつぶやくと、キラキラ光っているボードに”ここはどこなの”と文字があらわれました。”ここは新しい星に行く道なの””乗り物でもあるのだ”　キラキラボードは動物や鳥、虫、魚たちがしゃべったことばを、みんながそれぞれにわかるように訳してくれる。他の生き物のしゃべったことを人間の言葉に訳してくれるから、マリちゃんにも話が通じるのです。”新しい星ってどこにあるの””地球からずーと離れたところ。地球からは見えないでしょう””それじゃそこまで行くのに、ずいぶんと時間がかかるの””それがそんなことはないんだな。この光のトンネルは、実際は光より速く動いている。人間的な時間でいえば、ほとんどゼロだ””あたいたちの時間でゼロというのは、時間がたたないということ、動いていないということ””違う、逆だ速く動いているということだ””おい、いまなんて言った。あたいたちの時間だって、ということはあんたは人間か””あたりまえでしょ、マリちゃんは人間に決まってるじゃないの””おい、こいつは人間だって””これは人間だよね”　動物たちが騒ぎ出しました。”人間だって、おれ見たことないけど、動物とは違うと思っていた”　深海魚が言いました。”これは人間間違いない。わたしは以前見たことがあります”　高い山に住む鳥が言いました。”人間だ、人間だ、どうするの””いやだ人間だどうしましょ”　キラキラボードには人間だ。人間だという言葉であふれかえりました。

  2019.09.15

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• マリちゃん物語19（最終回）

  ⑲　わたしは、うとうとしています。人形には時間というものはないといいましたが、人間の習慣がうつって夜は眠たくなるものです。そして、このごろ歳のせいでよく眠れないのも人間と同じです。そんなうとうとしているときに、窓の外に光が動いているのを感じたのです。月の光に照らされて、青紫に光うごめいているのです。わたしは眠い目をこらして、それをじっと見ていました。その光は帯となって夜空の上へと続いているのです。わたしには、そのものがわかりました。ゴキブリです。ゴキブリのものすごい数のかたまりです。それが夜空に煙のように登っていくのです。　マリちゃんがいつのまにか、パジャマのままで立っています。わたしはマリちゃんがゴキブリとなかよしだったことを思い出しました。マリちゃんは寝ぼけているのか、ベランダの手すりの上に立っているのです。マリちゃんは手すりの上から足をふみだし、その光の帯の上に乗ったのです。マリちゃんはその上を歩いているようにみえましたが、そうではありません。光の帯がエスカレータのように動いているのです。”マリちゃん、行っちゃだめ”わたしは大きな声を出しましたが、人間に聞こえるわけがありません。　マリちゃんはどんどん小さくなっていきました。やがてマリちゃんは見えなくなり、光の帯も見えなくなりました。それは人間の時間でどれぐらいのできごとだったのか。　それが、わたしが見たマリちゃんの、最期の姿になるはずでした。（第一部了）

  2019.09.14

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• マリちゃん物語18

  ⑱　シロベーとおばさんと仲良しになったことで、マリちゃんの生活の幅がひろがりました。それはとてもいいことなんですよ。　きょうもシロベーが犬の美容院にトリートメントに行ったことを、ママに話しています。シロベーの毛を洗うとこんなに小さくなるの、手ぶりをまじえて話しています。だからシロベーは通れて、マリちゃんは通れなかったのね。そうねもうあんな無茶しちゃだめよ。うん、わかってる。シロベーの毛は乾かすとふんわりして、気持ちいいのよね。まっ白に光ってきれいのよね。わたし犬の美容師になる。ママは白い歯をみせて笑っています。　それでもマリちゃんはおうちにひとりでいることが多いです。もうすぐ小学校に上がるのですから、ひとりでよく勉強をしています。保育園や幼稚園にいっている子に後れを取るわけにはいきません。そんなことは幼いマリちゃんだってわかっています。なんせ保育園中退の身なのだから。　お勉強に飽きると、マリちゃんはドレッサーを開けて、カガミによく話しかけます。「カガミさんこんにちわ、ママはきょうもお仕事よ。カガミさんちょと聞きますけど、おとなはどうしてお化粧をするの？」　マリちゃんがカガミをみて首をかしげていると、カガミが返事をします。『それはね、子供は化粧しなくても可愛いけれど、大人はね、化粧しないと可愛く見えないから』「なんで大人になると可愛くなくなるの」『……そうね、しわが増えるからかな』「しわがね………でもどうして、しわが増えるの」『まあ、泣いたり、笑ったり、怒ったりしているうちにしわになるのよ』「へー、こんなふうに」　マリちゃんは手で自分の顔をゆがめてみせました。『それはただ顔をゆがめているだけでしょ』　カガミは少し笑ったようにみえました。「そうか子供は可愛いからお化粧しなくていいのか、でもお化粧するともっと可愛くなるかも」　マリちゃんはドレッサーの引き出しから口紅を取り出し、口にぬってみました。「どう可愛くなった」　カガミは笑いました。「だめ、おかしい」　マリちゃんは鏡の中の自分の顔をじっと見ました。　くちびるから口紅がはみ出していて、やっぱりおかしいと笑いました。　マリちゃんはティッシュで口紅を落としました。（つづく）

  2019.09.09

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• マリちゃん物語17

  ⑰　玄関のドアが開く音、いつものママが帰ってきたときの音とは違うけれどもママだ。靴を脱ぐのももどかしげに、マリちゃんの名を呼びながら、風呂場を開ける。トイレのドアをあける。クローゼットを開ける。マリちゃんはいない。ため息とともにリビングの椅子に腰を落とす。マリちゃんのケイタイがテーブルに置かれたままだ。手に取ってマリちゃんのママは見つめている。テーブルにバックを置いて、また玄関に走る。履物を確認したのだろう。靴はそのまま。あたりを見回す。カーテンが揺れているのをみて、ガラス戸が開いているのに気がつく。　ベランダに出て「マリ、マリ」と声をしずめて呼んでいる。ママはおそるおそるベランダの手すりに手を置き、一呼吸おいて目を開けて下を見たのです。しばらくしてこちらに向き直って、手すりにもたれ、おおきく首を二回振りました。「マリどこに行ったの」　ため息の混ざった声で言いました。目は真っ赤になっているのです。　とにかく管理人に知らせて、警察に連絡した方がいいと思ったのでしょう。部屋に入ろうとしたとき、となりのベランダから犬の吠える声、こんな時にうるさい。そう思ったことでしょう。　”ワーン、ワーン”「シロベーどうしたの」　”ワンワン”　こっち、こっちというように吠えています。「そちらにいらっしゃるのは」　おばあさんの遠慮がちに声がきこえてきます。「あの、マリの姿がみえないもので」「ああマリちゃんの」とおばあさんが言いかけたとき、後ろから「ママ」というマリちゃんの声が聞こえてきました。　このときの、ママの安堵した気持ちは、わたしにはあらわせません。　おばさんから、ことのいきさつを聞いて、ママは何度も頭を下げました。おばさんも、うちのシロベーがお宅のベランダに入っったのが、ことの起こりで申し訳ないですと、何度も頭を下げるのです。　それからシロベーとマリちゃんは仲良くなって、ママのいないときでもおばさんのうちへ行ったり、いっしょに散歩に出かけたりするようになったのです。ママはおばさんの入れてくれる紅茶がとてもおいしいのよと言っていました。（つづく）

  2019.09.08

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• マリちゃん物語16

  ⑯　おばあさんは、急いで誰かを呼びに行こうとしました。後ろからシロベーがワンワンと吠えています。「あ、なんだい。え、ふたりでこの子を引っ張るのかい」”ウー、ワン”　おばさんは少し考えている様子です。「やってみるかい」”ワンワン”　マリちっゃんはシロベーの前足をつかみ、シロベーが後ろ足で踏ん張り引きます。おばさんは仕切り板を少しでも上へ、あげようとしています。「おじょうちゃん、痛かったらいってよね」「それ」”ウー”「それ」”ウー”「それ」”ウー”　わたしも、おもわず力が入ります。「おじょうちゃんだいじょうぶ、もう少しのしんぼうよ。シロベーいくわよ」　おばさんは気合を入れて、シロベーと呼吸を合わせるのです。「それー、よいしょ」”ウーワオー”「おお、抜けよった」　ああよかった。「腕痛くない。肩回せる」「うん、へいきだよ」「あら、膝が擦りむけて、血が出てる。傷口を消毒して、薬を塗らなくちゃ、とにかくうちにお入りなさい」　マリちゃんは、おばあさんのうちに上がったようです。　わたしは仕切り板の下を通ってみました。わたしには楽に通れました。わたしはこちらを見ているシロベーと目が合って、びっくりして戻りました。部屋に入ると急いでドレッサーの奥の定位置に身を置きました。犬はワンともいわないだろうか。もうでしゃばるのはよそう。　リビングでケイタイがなっている。あれはマリちっゃんの子供ケイタイ。そうかママが連絡してくる時間なんだよね。マリちぁんが出ないと、何かあったのではと心配するんじゃない。しばらくしてまたなった。今度はさっきより長くなっていたが、あきらめたように切れた。　それからだいぶ間をおいてからまたなった。なり続けている。ママのイライラがそのまま音になったようになり続けている。（つづく）

  2019.09.07

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• マリちゃん物語15

  ⑮　じっとしていると退屈だというのですか。人形には時間というものがないのですから、退屈はありません。人間の生活に合わせますと時間というものを感じますが、それはやっぱり人間の生活にあるもので、自然界にはないものだと、わたしは思うのです。　なんだか外からの風を感じると思ったら、ベランダのガラス戸があいているのです。マリちゃんがベランダに出ているようです。マリちゃんが誰かと話している。ママはお仕事に出かけているし、だれと話しているのかしら。わたしは気になってカーテンの影に隠れて外を見ました。　マリちゃんがマリちゃんよりも大きな犬とたわむれています。その犬はまっ白な毛で包まれていて、それに触っているマリちゃんはとても気持ちよさそうなのです。この犬はどこからきたの？ママが飼うことにしたの。それはないよね。　となりのおうちのベランダから声がする。それは歳のいった女の人の声、この犬を呼んでいるみたい。　呼ばれた犬はおとなしく、ベランダを仕切っている板の下を潜って、おばさんのうちの方に戻っていきました。となりのおうちの犬だったのね。それにしてもあんな狭いところを、よく通れたものだわ。「シロベー、お前こんな狭いところからよく行けたものだ。お前となりで悪さなんかしなかっただろうね。後であやまりに行かなくっちゃね」　マリちゃんが仕切り板に頭を突っ込み、となりに顔を出したのです。　おばあさん今度はびっくりしたような声。「あらまあ、こんなとこから今度はお嬢さん」「あたしもそっちへいっていい」「え、それはいけませんよ、けがをしたらどうします。お嬢さんおやめなさい」「だって、その犬がいけたのだから、マリちゃんだっていけるわ」「だめ、だめ、むりなの」　マリちゃんはおばあさんの言うことを聞かずに、そこに体を通そうとしました。だけど途中で引っかかって動けなくなりました。まるで、仕掛けにかかった小動物のように足をバタバタさせています。わたしは見ていて心配になり、ベランダに降りました。「あれまあ、いわないこっちぁない。これは大変ですよ、どうしましょう。だれか呼ばなくちゃ」（つづく）

  2019.09.04

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• マリちゃん物語14

  ⑭　ここはファッション・ショーの会場、場内の証明は暗く、舞台の中央だけが色とりどりな明かりで照らされている。最新の服をまとったモデルたちが次から次へと現れては消えていゆく。そしてやっぱり現れた。エレナだ。長いドレスに身を包んでいる。気取ってやんの、でもかっこいいじゃん。舞台の奥からこちらへやってくる。ドレスの裾に足を引っかけて、ずっこけなければいいけど。そんなわたしの心配をよそに、エレナは巧みな足さばきで、見ているひとをを引きつけている。やるじゃないの、やっぱりこのこは、こういうのに向いていたのだ。舞台の一番前まで来たとき、エレナは動きを止めた。そしてゆっくりわたしの方を見て、ウインクしてみせた。わたしの心は少しざわついたが、うれしさがそれを包み込んだ。やがてエレナはフェードアウトした。　わたしはぼんやりカガミを眺めていた。そこにはやつれたわたしの姿が映っているだけ。だれもいないんだ。（両目をつむれば口づけの合図、片目をつむればさよならの合図）そんな古い歌のようなフレーズが頭に浮かんだ。（つづく）

  2019.09.03

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• マリちゃん物語13

  ⑬　ドレッサーの隅にいるわたしを、今度はマリちゃんが見つけたの、目を大きく見開いて、あれって言ったの。わたし、もう人形と遊ばないのに、きっとママが持ってきたのだ。この人形はもともとママの人形だったのだから、ママは大事にとっておきたかったのね。マリちゃんはわたしを手に取ってしばらく眺めていましたが、そっと戻してくれました。マリちゃんがわたしに興味を示すことはもうありませんでした。　わたしは、ドレッサーの端で動くこともなく静かにしていました。いわれてみると、マリちゃんのパパを知っているのはわたしだけ。エレナもべーやんも、マリンコも知らない。マリちゃんのパパはどんなひとだったかって、それはね（ウーン）ママも美人だけど、パパはそれに負けないくらいハンサムだった。（ウン）仲は良かったと思うよ、それがなんで別れたのかって、それはわたしは知らない。ただママはそんなに悲しそうでもなかった。マリちゃんが小さかったから、大変だったのにね。　だいたいおとなの男と女はですね、ブスと男前、美人とブス男、それにブス同士はうまくやっていけるのよね。でもね美人と男前だけはうまくいかない。だから離婚率は25%なんだって、エレナ聞いてる。（あそうか、エレナはいないんだ）つまんない。　マリちゃんやママがいるときは、わたしはおとなしくしているけれど、いないときはドレッサーのカガミを見るの。カガミは、こっちを映しているだけみたいだけど、じっと見ているとなにかが見えてくる。今もそう、カガミからざわめきがきこえてくる、奥になにかが映し出される。拍手だ。拍手だ。拍手だ。カガミが割れんばかりの拍手だ。登場したのはベーやんとマリンコだ。玉乗り曲芸だ。べーやんのなんと派手な衣装とメークだこと、マリンコもきれいにボディメイクしいてる。いきもピッタリの曲芸だ。見物人たちは、やんやの喝采。ふたりはもうサーカス団の人気者なんだ。　マリンコがくるくる回って、こっちへやってくる。どんどん大きくなってカガミから飛び出しそう。わたしは思わず体をよけぞる。べえーやんがそれを止めるかのように、マリンコの上で逆立ちして、舌を出す。これがわたしへのあいさつ。おどかしやがって、けとばしたろか。こんどはベーやんがマリンコをヘッドリフティングしながら下がっていく。やがてカガミの奥に消えた。しばらく拍手は鳴りやまんかった。わたしもいつの間にか手をたたいていた。

  2019.09.02

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• マリちゃん物語12

  ⑫　あれから、どれぐらいたったのやら、わたしたち人形には時間という観念がないからわからない。そうりゃ、人間の世界に合わせれば、まあ人形といえどもだいたい合わせているんだけど、時間はあるということなのだけど、もともと自然界にはそんなめんどうなものはないのよね。　エレナは、こんな狭いところに隠れて生活するのはいやと言って出ていってしまった。ファッションの世界でモデルをやるんだって、それで有名になり、パリに行くんだと、夢みたいなこと言い残してた。　べーやんは、ベランダのひさしの上でじっと、マリンコが帰ってくるのを待っていたけど、結局マリンコは戻ってこなかったの。べーやんはセミの脱け殻みたいになって、風に吹かれて消えてしまった。マリンコとサーカスへ行くという夢もはかなく消えてしまったということや。あんなにふたりは仲が良かったのに、ちょっぴりかわいそうな気もする。それでわたしはひとりぼっちになってしまったというわけ。こそこそ隠れていても仕方がない。表に出て見つかったら、それはそれということにしよう。まあ、そういったことで、わたしはドレッサーの横をわたしの居場所と決めたのよ。そりゃママやマリちゃんに見つかりやすいけど、もう気にしないことにした。　最初に私を見つけたのはママ、あらこんなところに日本人形がと、珍しいものを見るように、わたしを見ていた。そしてわたしを拾い上げ、たしか、捨てたはずなのにと不思議そうに首を傾けた。その顔はなつかしそうに笑っているようにみえたの、わたしも少し微笑み返した。そうりゃそうでしょ、もともとはあなたの人形だったのだから。マリちゃんが拾って持ってきたのかと言って、わたしを元のところへ置いてくれた。（つづく）

  2019.09.01

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• マリちゃん物語11

  ⑪　わたしたちふたりは、マリンコとべーやんを捜しまわった。風に揺れるカーテン、窓の外、ベランダの手すりの上にべーやんが言った。。ベランダに出て声を掛ける。「ベーやん、ベーやん」　返事はない。空を眺めている。梅雨の明けた空は日差しが強い。その中でべーやんはじっとしている。「おい、ベーやんてば」　下からふたりで大きな声で呼ぶと、べーやんはやっとこちらを向いた。「そんなとこにいたら危ないでしょ、降りておいでよ」　べーやんははじめて自分が危ないところにいることを知ったように、驚いた顔をした。「マリンコがいなくなったの」　わたしが聞く。「どこかへ行っちゃったのね」　エレナが続く。「あの空の向こうに飛んでいってしまいよった。それもすごい勢いやった」　へーと言ってエレナが青い空を見上げる。梅雨の厚い雲はもうない。日差しがきつい。「もう戻ってこないのかな」「そんなことあるかい」　べーやんは肩を落としているが、強い口調で言った。「あたしたちも体を乾かすから、ここにいるよ、どこまで行ったのだろうね。早く帰ってくるといいね。ユカちゃんこれ使う」　エレナはサングラスをわたしによこして、自分でもかけた。こんなものよく持っていたものだ。それも二つも。「べーやんも、これ使う」　まだ持っているのか。「べーやんには無理か、小さすぎる。……あれその顔きれいになっている」「ほんとうね、目の周りのインクが落ちていいる」　以前、マリちゃんにいたずらされた目の周りのインクが洗濯機で洗い流されたのだ。「泣き虫パンダがクマに戻った」「ほんとう、よかったじゃあないの」「でも、泣き虫パンダの方が愛嬌があったけれどね」　エレナの言葉に、ベーやんはウーと歯を向いて脅かした。そしてまた手すりに上がった。「わたしたちは引き上げるから、いつまでもそこにいると見つかるよ」　べーやんは、わかったという顔をして、ひさしの方に居場所をかえた。（つづく）

  2019.07.27

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• マリちゃん物語10

  ⑩　エレナは不安そうな顔でこちらを見ている。外ではマリンコが何かにぶつかるのだろう、大きな音とべーやんのわめき声がしている。わたしはエレナの肩を抱いてじっとしているしかなかった。　やがて静かになった。エレナとわたしは顔を見合わせた。「マリンコ、べーーやん‼」　わたしとエレナは声を合わせて呼んでみたけど、返事はない。声が洗濯槽に跳ね返されてひびき、それがよけいに不安を駆り立てる。「ふたりともどうしたのだろ」「マリンコの様子へんだったものね」　わたしたちは脱水の高速回転で疲労していた。その場にへたり込んでしまう。洗濯槽のステンレスにゆがんで映るふたりの姿はなさけないものであった。　だいぶ時間がたったが、ふたりが戻ってくる気配はない。仕方ない自力でここから出るしかない。わたしは立ち上がってあたりを見まわした。糸くずフィルターという壁に足をかけれそうだ。エレナはまだ座ったままでうなだれている。「エレナ、脱出するよ」　わたしはエレナの手を引いて立ち上がらせた。エレナは曇った顔ながら頷いた。「いい、わたしがフィルターのへこみのところに足をかけて、あの洗剤投入口に手をかけて上がるから、あなたはわたしのお尻を押して」　わたしはフィルターのへこみに足をかけ、「押して」と声をかけた。エレナの力は弱くてわたしのからだは上がらない。「頭で押すのよ！」　なんとか洗剤投入口に手を掛けることができたが、ヌルヌルしてすべる。それでも懸垂の要領でからだを引き上げ、洗濯槽の隙間にからだを置くことができた。わたしはそこで一呼吸置いた。下からエレナの不安な声がする。「わかっているよ」　わたしはエレナが上がるのを手助けしてやった。何回かフィルターのへこみに足をかけるのを失敗したが、なんとかわたしの腕にしがみつき上がることができた。　今度はこの上から降りるのが大変。あそこにタオル類がたたんでおいてある。ちょっと遠いけど、あそこに飛び降りるしかない。もう気合だけ。尻込みするエレナの手を引っ張って、それー、成功、うまくいった。「エレナ、、大丈夫だろう」　エレナはべそ顔で首をたてに振る。「マリンコとべーやんを探しにいかなくっちゃ」（つづく）

  2019.07.21

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• マリちゃん物語9

  ⑨「わ、これ何やろ、ぬるぬるしたもの」「せっけん液に決まってるやないの、体にぬりつけたらいいのよ」「そやけど、回転しまへんな、洗濯機て回るもんでっしゃろ」「そうやな」　そういわれてみれば、そうだ。回らなくては洗濯機にならない。　そうか、ふたが閉まらなくては回らないんだ。「ベーやん、ふたが閉まらなくてはまわらないのよ、あなた閉めてきて」「そういうことですか、ほな閉めてきますわ、マリンコ悪いけどまたうえにのせて」　べーやんはマリンコの上に乗ろうとするのですが、マリンコは水の中でクルクル回ってうまく乗れません。「うまくいきまえんわ」「しょうがないね。わたしが。ベーやんとエレナはマリンコをて」　わたしはふたに飛びついて、ふたを引っ張り、宙返りして水に戻った。われながらうまいものだ。　中は真っ暗になった。「何にも見えんがな」「ユカちゃんどこ」　洗濯機はゴーゴーと音を立ててうごきだした。外にいるより、中の方がよく響く。　アレー、きやぁー、わあー、ホンファー、ウヘー、それぞれに奇妙な声を出す。　からだは上に下に、右に左に、水が方向を変えるたびにかわる。そしてからだの向きも上を向いたり下を向いたり横になったり、そのうちどこを向いているのかわからなくなって、もう水の流れに身を任せるだけになる。みんな暗闇のの中で黙ってしまった。　何分間か、何回かそういうことがあって水が引き、こんどは脱水だ。「こんどはからだに付いた水分を落とすために脱水が始まるよ、さっきより速く回るから、みんな手をつないだ方がいいよ」　ブーンとモーターの低いうなり音がして、回転が始まる。「さあ、きたよ」　わたしたちは洗濯槽のかべに吸い寄せられて、からだが薄くなる。「わあ、目がまわる」　エレナが髪の毛が穴に吸い込まれないようにして叫ぶ、遊園地の絶叫マシンより迫力があるのだろう。しかし、人形が目を回すのだろうか、と思うけれど、わたしも目が回るような気がしてきた。　うわぁ、うわぁと今度はべーやんのおかしな叫び声がするので、わたしはそっちに目をやった。ベーやんが押さえていたマリンコのからだがドンドン大きくなっていくではないでしょうか、顔も真っ赤です。「マリンコどうしたの！」　マリンコのからだは二倍ぐらいになって、べーやんももうしがみつくことができません。「もうだめ」　マリンコは叫ぶようにそういって、ふたをけ破る勢いで飛び出した。　洗濯槽は回転をゆるめた。ベーやんがわたしの肩をジャンプ台にして、飛び出して行った。　わたしとエレナは回転の止まった洗濯槽に取り残されてしまった。（つづく）

  2019.07.21

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• マリちゃん物語8

  ⑧「こんな汚いままでいるなんて、あたし嫌」　エレナがヒステリックに叫んでる。わたしだってこんな汚れたままでいるのは嫌に決まってる。「ユカちゃん、なんとかしてよ、あなたリーダーでしょ」　わたしいつからリーダーになったの、たしかにこの中では一番古株だけどね。「仕方ないでしょ、わたしたちは捨てられた身なんだから、もうマリちゃんにはかまってもらえないのだから」「でもなんとかならないの」　エレナは足をじたばたさせている。まるでガキ。「そうや、洗濯機に入ろう」　べーやんが名案とばかりに口をだした。べーやんもエレナのヒステリックには困っていたようだ。「マリちゃんとママ、おそろいで出かけたでっしゃろ、そやから洗濯機使えまっせ」　べーやんは、マリンコに同意を求めるようにそっちを向いた。このごろべーやんはなんでもマリンコに同意を求めたがる。「洗濯機」　エレナが頭で何か考えている様子。「うまくいくかしら」　わたしはなんとなく口に出す。「四人で力合わせればなんとかなりまっせ、いままでもそうでっしゃろ」　またマリンコの方に同意を求める。「そういうことやな」　わたしが返す。　たしかに、ママが仕事に出かけるとき、たいがいマリちゃんを連れて行っている。どこかにあずかってもらっているのだろうか。マリちゃんは前科者だから保育園には入れないのだろう。よくわからないけど、とにかく今は二人ともいない。「それじゃ、洗濯機に入りますか」　わたしは温泉にでもつかる口調で言った。　洗濯機は風呂場の横にある。たいがいそんなものだ。　わたしたちは風呂場をさがした。「ココにあるわ」　エレナが見つけてうれしそう。「べーやん洗濯機の上に乗りな」　べーーやんはマリンコの背中に乗って、洗濯機に飛び移った。もう慣れたものだ。「中は空っぽか」「なにも入ってまへん」　マリンコはわたしたちも、順番にに洗濯機の上に運んでくれた。本当に便利な奴だ。「べーやんそれ押してみな」　べーやんは足で踏めばいいものを、わざわざ逆立ちして電源スイッチを手で押しよる。そんなことができるって見せたいのだろうか。「水が出てきたわ」　エレナがこわごわ洗濯槽をのぞき込んでいる。「よし、中に入るよ」　わたしは勢いよく洗濯槽に飛び込んだ。「さあ、みんなも早く入りなよ」　エレナは飛び込むのを躊躇している。「マリンコ、エレナのおしり押して」　あれ～ドボン。　つづいて、べーやんもビビりながらドボン。マリンコはふんわり水の上。　わたしたちが水に潜っているからって、溺れることはありません。そこは人間と違うから、あしからず。（つづく）

  2019.07.20

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• マリちゃん物語7

  ⑦　ここがとくに居心地がいいわけではないのですが、捨てられた身としては仕方がないことです。　みんな、なかなか寝つかれづにおしゃべりをしています。「ところで、さっき乗った箱は何ですか、からだがフワッと浮くようで気持ち悪かったよな、なマリンコ」　マリンコは別にというような顔をしています。「あれはエレベーターいうのよ、箱ごと上に動いているのよ」「あの部屋みたいのが動くのでっか、それでからだが変な感じしたんでんな」「あたし、前に乗ったことがあるから知ってたわ。エスカレータにも乗ったことがあるのよ」　エレナは得意げに話します。その話にベーやんとマリンコが身を乗り出して聞き入っています。「エスカレータってね。階段が歩くのよ」「階段が歩くのでっか」　ベーやんとマリンコは顔を見合わせて、へーというふにうなづき合っているのが、わたしからみればおかしくも可愛くも見えるのです。「そうよ、どんどん勝手に上の方に歩いていくの、だからその階段にいると歩かなくてもどんどん上に行けるの」「どこまで行けるのでっしゃろ」「それって、天国まで続いているの」　マリンコが丸いほっぺをふくまらせて聞いています。「さあ、あたしは途中で降りたからわかんないわ」　エレナの言っていることがよくわからない。わたしは急に眠気に誘われました。　狭いながらも楽しい我が家、そんな文句を思い出しながら眠ってしまいました。（つづく）

  2019.07.17

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• マリちゃん物語6

  ⑥　たしかに風にちぎれながらマリンコの声が下の方からします。「あたいココなの」　べーやんは身を乗り出して下をのぞきます。「ベーやん、あたいココ」「え、どこでっか」「ココよ」「あ、そんなとこに」　べーやんは見つけたようです。どうやらナンバープレートのあたりに挟まっているらしい。　わたしは大きな声を出して、マリンコに呼びかけました。「マリンコ、あなたエネルギーガスというのを使って抜け出したらわ」「からだが動かせないからそういう力は出せないんだって」　べーやんがこっちを向いてそういいます。「わてが助けに行きます」　いうが早いか、べーやんはトラックのヘリを伝って降りていくのでした。下りたところでどうかなるわけでなく、べーやんもきゅうくつなところでしがみついてるしかないのです。「もうしかたないわね。ふたりともそこでじっとしていることね」　わたしが下を覗いていると、後ろからエレナの眠たそうな声がしました。「どうしたの、なにかあったの」「マリンコとなベーやんが下に降りたというか、落ちたというか」「え、それでどうなったの」「心配しないでいいよ、ふたりとも下にいるから」「まあ、よかったこと」　そんなことがありましたが、わたしたちはどうにかマリちゃんの新しいおうちにつくことができました。　わたしたちはマリちゃんのおうちの玄関の靴箱を住処にすることにしました。（つづく）

  2019.07.15

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• マリちゃん物語5

  ⑤「マリンコ、あんまり飛び跳ねると危ないわよ」「そうよ、おっこちたらどうするの」「だいじょうぶだよ、こんな動くものの上で飛び跳ねると面白いんだもの」　跳んだマリンコをベーやんがお腹で受けてやっている。あいよと受けては、蹴ったり投げたりしている。マリンコは屋根の上がよっぽど気に入ったのか、飛び跳ねたり転げまわったり。屋根の端まで行って、落ちそうになってはスピンをかけて戻ってきたりと、おおはしゃぎ。　わたしらがハラハラして、危ないからやめなよといっても、夢中になって聞く耳持たずです。　わたしたちは諦めて話しに戻りました。「マリちゃんはね、新しいおうちに引っ越しても保育園に行けないの」「どうして」「あのね、保育園が満員で入れないの」「少子化ていうのに満員なのね」「あなたむつかしい言葉しってるね」　わたしはエレナの顔を思わず見ました。「少子化なのにやっっぱりは入れないのよね、マリちゃんみたいに保育園に入れない子のことを待機児童っていうんだって」「あらそうなの、たいやきじぞう」「ちがう、待機児童」　もうエレナはひとの話を聞いていません。軽い寝息をたてています。　トラックは大きな川に差し掛かりました。川から吹く風は重たいですが、それでも汗ばむ身にはここちいいです。「マリンコ！」　ベーやんの声です。「どうしたの」「マリンコ落ちてしもた」　べーやんはトラックはの後ろから下を覗き込んでいます。　わたしも後ろについて見ました。　あとからどんどん車が来ています。「どこに転がったか見えたの」「わからん」　トラックは走り続けます。まわりの車もそうです。マリンコが車に引かれなくとも、もう戻ることはないでしょう。　わたしは「あきらめね」と、首を振りながら声を落として言いました。　べーやんは、わたしの声など耳に入らないようで、縁にしがみついて下を見ています。　せっかく、仲良しになったのだから、気持ちはわかる。　わたしは、風に飛ばされないように気を付けて戻りかけました。「ユカはん」　ベーやんが呼び止めます。「マリンコの声がしましたで」　わたしはこわごわベーやんにしがみつきながら下をのぞきました。（つづく）

  2019.07.07

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• マリちゃん物語4

  「マリンコ、肉体改造って、あなたその体でどこを改造したというの、どうしてそんな力が出るのよ」「そうよね」　エレナも不思議がっている。　マリンコがいうには、エネルギーガスをからだに入れたということなんだ。そのエネルギーガスがよくわからない。「エネルギーガスってなによ」「ちょっと熱を加えるとね、空気の何倍にも膨れるの、だから体が軽くなるの」「そんなのどこにあるのよ」「空気の中」「そんなの見えないじゃないの」「そうなんだけどね」　マリンコは少し考えるそぶりをした。「微妙な重さの違いでわかるの、それがわかったのは最近だけどね」「へえ、マリンコはえらいんだね」　わたしはやっかみ半分で言った。「ほんとうに、マリンコはえらいよね」　エレナは屋根まで上げてもらったことに感謝してか、素直に感心している。　トラックはマリちゃんの住んでいた街の狭い道路を抜け高速道路に入ると、やれやれというふに肩の力を抜き、スピードを上げていきました。まわりの景色は変わるけれど、お空にある灰色の雲だけが重たいからだでついて来ます。　わたしとエレナは膝を抱え込んではなしはじめ、ベーやんとマリンコはサーカスの真似をして遊んでいます。わたしもみんなもなんだかワクワクしています。

  2019.07.05

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• マリちゃん物語3

  ③「これからどうするの、マリンコ」　わたしはもう考える気力がないから聞くしかない。「うん、トラックの屋根に上るの」　わたしたちはトラックを見上げました。マリンコは簡単にいうけれど、わたしたちには無理、エレナもべーやんも同じ思いだと思う。「無理でしょ、あんな高いところにのぼるなんて」「だいじょうぶ、あたいにまかせて」　マリンコは、まずエレナを屋根まで上げました。あら簡単に上げてしまったと感心していると、こんどはユカちゃんの番ですと、わたしを乗せて、運転室と荷物室の隙間を器用に上るのです。「あなたどうしてそんな力が出るの」「肉体改造したのです」「へえ、肉体改造ね」　こんな空気ばかりのからだに肉体改造の余地などあるのかしらと、思ってしまう。　マリンコは急いで下りてべーやんを迎えに行きました。マリンコがべーやんを乗せて途中まで上ったとき、トラックは動き出しました。ふたりはバランスを崩して、空中に投げ出されました。わたしとエレナはそれをトラックの上から見ていました。もうこっちへ戻れないだろう。ふたりはそう思ってしまいました。　しかし、マリンコとベーやんはクルクル回って上へ上へと来るのです。飛び込みの選手がクルクル回って、水の中に入るのと逆のことをしているのです。そして、こんどは体操の選手がするようにトラックの屋根にピタッと着地をするのです。ふたりのピッタリと合った着地に、わたしとエレナは思わず拍手をしたのです。「すごいね。マリンコはともかくベーやんよくそんなことできたね」「ふたりでよくけいこしてたんでっせ」　べーやんは得意げに低い鼻を高くして言うのです。「四人そろってよかったわ。さっきはベーやんありがとう」「気にせんでええがな、それよりエレナはん気分はようなりましたか」「ええ、風に当たって少しはよくなってよ」　エレナは汚れたドレスを気にしながらも、元気を取り戻したようです。

  2019.07.03

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• マリちゃん物語2

  ②　なんとか見つからずに表に出ることができた、わたしたちは植込みの陰に隠れて、しばらく様子をうかがいました。枝が体に当たって痛いのですが、それは我慢するしかありません。引越業者のおにいさんや、おねえさんが次から次へと荷物を運んでくるから、そのすきをついて荷台に上がるのは無理です。どうしたものか思案していると、トラックの前の方からマリンコの声が飛んできました。「こっち、こっち、こっちだよ」　いつのまにあんなところに、マリンコは転がれるし、たとえ人目についても不自然でないから便利なものだと、　わたしは変に感心させられました。　わたしたちはトラックの下に潜り込んで、地面を這うようにしてマリンコが呼ぶ方に進んでゆく。腰は痛くなるし、なによりも湿った地面からタイヤの臭いがむせ上がって、頭をくらくらさせる。べーやんは、前足が使えるから、その点は楽なものだ。いそいでマリンコのいる方に走り出そうとしている。「ちょっと待ちなよ」　いい方がきつかったのか、べーやんはぎょっとした顔で振り向く。「エレナを背負ってやりな」　べーやんは口をとんがらせて何か言いたそうだったが、エレナの方に顔を向けてじっとその姿を見ている。エレナの白いドレスは泥水に汚れてみじめな姿である。エレナは今にも泣き出してその場にへたり込むのではないかとわたしは心配なのである。　べーやんはからだを低くして「乗りな」とひとこと。　エレナはハンカチで口を押えて「あんがとう」と弱々しく言うのでした。そしてべーやんの背中にへばりつくように乗っかったのです。　向こうからマリンコの声が飛んできました。マリンコだけが元気なようです。「みんな早くしないと、いまトラックの後ろのドアが閉められたよ」（つづく）

  2019.07.02

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• マリちゃん物語

  ①　わたしユカ、もう覚えてくれている人はいないと思うけれど、あのクリスマスイブ以来の登場となるかな。今は六月、きょうはマリちゃんの引越しの日、六月は雨の日が多いので引越しには向いていないけれど、ママが決めたの、まあやっと決まったといった方がいいのでしょうけれどね。　引越しって、新しいおうちに移るので気持ちがウキウキすると思うでしょ、それはママとマリちゃんだけ、わたしたち四人組はそんなことはないの、なぜですって、わたしたちは不要物の箱の方に仕分けられたのですから。「マリちゃん、あたしたちを捨てるのね」　エレナが眉をひそめました。このこ、こういう顔が似合うのよね。「しかたおまへん、マリちゃんも来年は小学校ですわ。わてらと遊んでばかりできまへん」　べーやんがもっともらしい顔をして言うのに、少し笑ってしまいました。フエルトペンでいたずらされた顔はそのままです。「こんどのマリちゃんのおうちはマンションなんでしょ、それも高層の、あたいそんなところ行ってみたい」「マリンコ、あなたよく知っているね、そうよ高層マンションの二十二階」　みんなわたしの顔を見てうなづきました。「でも、わてらはいかれまへん」「そうよわたしたちはもうゴミ焼却炉行き」「え、焼かれちゃうの」「そうだす。焼かれて灰になって、またなにかに生まれ変わるということだす」「いやだ、そんなの」　エレナが声を落として言いました。「この不要物の箱から逃げ出せないのかな」　マリンコが私の顔を見て言いました。「そうだす、まずここから出ることだすわ」　べーやんがマリンコに同意しました。ふたりはあの夜以来仲良しになったのです。「そうよ、ユカちゃんここから出ましょうよ」　まあ、みんな簡単に言うよね、たしかに引越屋のおにいさんや、おねえさんは荷物を持ち出すのに忙しいから、ゴミのことなど気にしていないだろうけど、それでもね。（つづく）

  2019.07.01

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• 「ヲコ幻想」をエンジンにして、サピエンス全史を読む５４

  （54）​人類は当初、すなわち100万年以上も前から、親密な小規模コミュニティーで暮らしており、その成員のほとんどが血縁関係にあった。認知革命と農業改革が起こっても、それは変わらなかった。二つの革命は、家族とコミュニティーを結びつけて部族や町、王国、帝国を生みだしたが家族やコミュニティーは、あらゆる人間社会の基本構成要素であり続けた。ところが産業革命は、わずか二世紀余りの間に、この基本構成要素をばらばらに分解してのけた。そして、伝統的に家族やコミュニティーが果たしてきた役割の大部分は、国家と市場の手に移った。（p189）　もはや、「ヲコ幻想」と「私有幻想」から大きく離れたしまった。もともと、本書には「ヲコ幻想」と「私有幻想」という概念はないのであるから、いたしかたあるまい。​　「ヲコ幻想」というキーワードで本書を読み始め、定住農耕革命で「私有」という概念を手に入れた。資本主義（産業革命）の出現で「私有」拡大の方法が変わった。土地を守る奪うという形態から、投資利潤へと、本書はこの産業革命以後の社会の形態を鋭く分析している。もはや「ヲコ幻想」と「私有幻想」で読み取るという方法では追いつかなくなった。　本書は現在の分析から未来の予測と続いていく、さらに「ホモ・デウス」という続編で未来の在り方を問う。　わたしの方法では、もう追いかけきれない。　しかし、世の中はあいかわらず「ヲコ幻想」と「私有幻想」で動いていると思う。そこから生まれる戦争は貧民をさらなる貧民に陥れる。「お国のため」、「国家のおかげ」という言葉がどこの国でも、為政者から貧民を戦争に駆り立てる罠として仕掛けられているのである。戦争も金で買える時代である。最大の資本のはけ口は、いまのところここにある。　えらそうなことを書いてきたけれど、エロじじいは「ヲコ幻想」のエロ妄想の中で死ぬしかない。（おわり）

  2019.03.31

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• 「ヲコ幻想」をエンジンにして、サピエンス全史を読む53

  （53）​伝統的な農業は、自然の時間のサイクルと動物本来の育成サイクルに依存していた。（p184）そして1880年にはついにイギリス政府が、同国におけるすべての時間表はグリニッジの時刻に準ずることを定めた法律を制定するという、前代未聞の措置を採った。歴史上初めて、一国が国家標準時を導入し、各地の時刻や日の出から日の入りまでのサイクルではなく、人為的な時刻に従って暮らすことを国民に義務付けたのだ。　このささやかな始まりがやがて、秒以下のごく小さな単位まで合致した時間表のグローバル・ネットワークを誕生させることになった。（p187）​　前にも書いたが、時間は変化の属性であって、それ自体で存在しえない。ものの変化から時間を発見したのは人間である。　たとえば、人間が不死の存在になったとき、体のあらゆるパーツ（内臓や細胞）が入れ替わったとしても、私が私であるという連続した意識があれば私でありえるのか。つまり内的時間が私である証明であり、AIロボットでない不死の人間存在だということができる。　自然変化の属性としての時間から、近代では約束ごとの属性としての時間になった。　時間は絶対に嘘をつかない。この時間に対する信頼が科学とコンピューター（AI）を発展させた。コンピューターは時間概念を持たなければ、ただの計算機で終わっていた。発振という変化から時間を取り出したのである。　ゼノンの「アキレスは亀に追いつかない」「飛ぶ矢は静止している」は、哲学的な意味はさておくとして、逆説なんかではない。時間を限りなく小さくしているだけである。　わたしは幼いころ、こんなふうに考えた。カップに入ったミルクをスプーンで口に運んでいるとき、あまりのおいしさに、なくならなけりばいいなと、思った。そこで、スプーンの半分を口に入れて、残りはカップに戻す。そうすればミルクはなくならない。わたしはこうしていまだに、そのミルクを飲んでいるのである（笑）今、思ったことなのだが、ねずみ講なんかもこれと同じ論理なのかもしれない。　ゼノンの「アキレスは亀に追いつかない」もこれと同じである。時間を細かくしていけば、アキレスは絶対に追いつけないのである。もし、時間がマイナスになれば、その差は開くことになる。　タイムマシンはつくれるかということが、科学雑誌や本で見かけることがあるが、それはありえない。「バック・トゥ・ザ・フューチャー」や「ドラえもん」は楽しいが、映画やテレビのことである。現実には過去など存在しない。それぞれの頭の中にあるだけである。　E=mｃ(二乗)を持ち出すまでもなく、現在において時間の意味と存在は大きい。それでも、それは変化の属性であるということに変わりはない。

  2019.03.24

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• 「ヲコ幻想」をエンジンにして、サピエンス全史を読む52

  （52）　​　第十八章　国家と市場経済がもたらした世界平和​　資本主義と消費主義、その行く先はどこにあるというのだろう。パイの限界といいながら、新しいパイを提供してきた。パイは宇宙征服と人間解体というところまで来ている。このパイは宇宙も人間も幻想にすぎないとみなす。これらを食い尽くしても、新しい幻想を生み出せばいい。​　産業革命によって、エネルギーの変換と財の生産に新たな道がつけられ、人類はおおむね、周囲の生態系に依存しなくて済むようになった。（中略）動植物の生息環境は破壊され、多くの種が絶滅した。かつては緑豊かな青い惑星だった私たちの地球は、コンクリートとプラスチックのショッピングセンターに変貌しつつある。（中略）人類はまさに世界を征服したのだ。（p182～183）​　人類はもはや動物ではなくなろうとしている。倫理、道徳、生きる意義はすべて書き換え可能だ。食べる、排便する、＊＊＊＊するといった動物の基本がなくなる。＊＊＊＊は新しい生命を生むためのものではなく、快楽の一手段になった。＊＊＊＊としなければならないのは、世間が広く快楽の手段として認めているからである。だから「ヲコ幻想」なのである。人間そのものがAI化すれば「ヲコ幻想」は必要なくなる。そもそも「ヲコ幻想」をアルゴリズム化できるか、である。将棋や囲碁のように、あるいはギャンブルのように勝ち負けがはっきりしているものは、数値化しやすいだろうが、「ヲコ幻想」みたいな多様性のあるものは、どうなのか。これをアルゴリズム化するとき、プログラマーの主観（嗜好）が入るのは当然のことである。客観的とは、そのた大勢のことだから、つまらないものになる。　しかし、「ヲコ幻想」は人間が人間であることを証明できる唯一のものであるから、これがなくなれば、もはや人間でないということである。​　多くの人が、この過程を「自然破壊」と呼ぶ。だが実際には、破壊ではなく変更だ。自然はけっして破壊できない。6500万年前、小惑星の衝突によって恐竜が絶滅したが、同時に哺乳類繁栄の道が開かれた。（P183）​　どんな存在も存在そのものがなくなるわけではない。変化するだけである。人間の死も変化にすぎない。宇宙（存在）に始まりも終わりもあるわけでなく、ただ変化するだけである。人類が絶滅しても宇宙は存在する。​​　これほど多くのサピエンスは、しだいに自然の気まぐれに振り回されなくなる一方で、近代産業と政府の命令にはかつてないほど支配されるに至った。（P184）​​​​　「私有幻想」がこの流れを作ったのは、いうまでもない。政府は「私有幻想」を隠すのが一つの役目であった。もう一つは、貧民からできるだけ税をとって、貧民に体力をつけさせないことだ。つねに国がなくなれば困るのはお前たちだと、おどしを入れる。裕福層及び国家の取り巻き連中が、「お国のおかげ」だとオルガナイザーをかます。これはどこの国でも同じことだ。だから国同士が、核兵器という傘を被って、狭い地球内で傘の先をつつけ合って、いちゃもんのつけ合いをやっている。笠をすぼめれば青空が見えることを、いまのひとはだれも知らない。​​​

  2019.03.23

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