The Whoのミュージカル『TOMMY』よかったこと(その2)!
その1から続きます。それで、肝心のミュージカルだが、観ているうちに、怒りもおさまりステージに集中していった。ステージの高い位置にバンドのメンバーが。ギター2名キーボード2名ベース1名ドラムス1名指揮者(多分ミキシングもしている)ホーン奏者もいたようだが、ぼくからは見えない。ウクレレ弾きとしては、ステージのキャストの歌と踊りもさることながら、バンドの演奏にもつい目がいってしまう。ステージの左右には、歌詞やセリフの日本語訳が縦に出てくるディスプレイ。トミー チケット購入ミュージカル盤「トミー」は、1992年に生まれ、1993年にブロードウェイで始まったらしい。2年間のロングランを記録し、演出、デザイン、照明、振り付け、それからピート・タウンゼントが作詞作曲賞を受賞したらしい。今でこそABBAの曲をベースにあとから脚本を書いたミュージカル「マンマ・ミーア」や、全曲クイーンのミュージカル「We Will Rock YOU」など、ロック、ポップスをベースにしたミュージカルが人気をはくしているが、もともとThe WHOが創り上げたものがすでにロック・オペラだったという点ではやっぱり「トミー」のほうが優れていると思う。僕はロンドンと東京(劇団四季)で「マンマ・ミーア」を、東京で昨年「We Will Rock You」を見ている。ロック・コンサートのような大音量でミュージカルをやるのは、「トミー」が最初であったようで、その他60年代のいろいろな衣装、スクール・ボーイズ&ガールズ、革ジャン・ロックンロール?60年代サイケっぽい?60年代ミニスカートやモードなど楽しめるし、今となっては慣れてしまった感があるが、ロックコンサート並の大音量、照明やスクリーンに映像を映し出しながら、ハイテンポで場面や音楽が展開するさまは面白い。1993年当時には、ミュージカルとしては画期的なものであったらしい。ストーリーは、第2次世界大戦へ突入していく1940年代のロンドン(第1幕)と1962年の第2幕にわかれており、それぞれステージ時間が約50分、休憩20分。ネタバレになるといけないので、簡単なストーリーをご紹介すると、(アクト1)第2次世界大戦の戦火のもとに生まれたトミーは、少年の時にある出来事があって(これは書かないでおきます)それがトラウマとなって、見ることも、聞くこともしゃべることも出来なくなってしまいました。それで、さんざんないじめにあいますが、なぜかピンボールだけは強くなって世界チャンピオンになってしまいます。(アクト2)成長したトミーは、あることがきっかけで(これも書かずにおきます)突然、視力・聴力・言語能力を取り戻し、奇跡のひととしてBBCなどのメディアにおいかけまわされるスターになってしまいます。すると、まわりのひとの態度ががらりとかわり、「ぼくは、はじめから彼を応援していたんだ」とか「守ってやったんだ」などと欺瞞をはくひとや、「奇跡のひとトミー」をねたに写真やTシャツなどのグッズを売ってもうけようとする人まで出てきます。最後には、そういうすべてのことから解放されて自由にナルノデスガ、ストーリー展開は書かずにおきます。ぼくは、ミュージカル「トミー」をみながら、少年の頃に見た映画の「トミー」を徐々に思い出してきました。映画のほうは、ケン・ラッセル監督で、他にもクラシックのピアニストのリストをテーマにした「リストマニア」という映画を監督しており、この映画音楽をYESの天才キーボード・プレイヤー、リック・ウェイクマンが手がけ、歌はThe WHOのロジャー・ダルトリーが歌っていたので、よく覚えています。映画版の「トミー」は、主人公のトミーをThe WHOのロジャー・ダルトリーが演じ、ピンボールの魔術師をエルトン・ジョンギターをかかえた伝道師をエリック・クラプトン麻薬の女王をティナ・ターナー伯父をThe WHOのキース・ムーンが演じ、The WHOのメンバーが演奏もしていました。また、母親役は、女優のアン・マーグレット専門医の役をジャック・ニコルソンが演じているので、これは1975年の映画としては相当に凝っていて、観ていてわくわくするものでした。実はDVDを最近出ていて、買って持ってはいるのですが、DVDは買うと安心しちゃって、なかなか観る時間がなく、このミュージカルを見に来る前に観る機会がありませんでした。なので、少年の頃みた映画のシーンやストーリーを徐々に思い出しながらミュージカルをみていました。もう一回、DVDをみなおさないと断言は出来ませんが、ミュージカル版「トミー」は、映画に隠されたディテールをかなりシンプルにし、分かりやすくしていたと思います。次の3曲が、繰り返しキーワード的にミュージカルでは歌われていました。「See me, Feel me(シーミー・フィールミー)」「Pinball Wizard(ピンボールの魔術師)」「I'm free(アイム・フリー)」もちろん、いずれもThe WHOの名曲ですが、そもそもThe WHOが「トミー」つくった時、すなわち作詞、作曲した時を考えると、ストーリーに使われている、少年トミーの3重苦(と今日のミュージカルでは表現されていましたが)すなわち、見えない、聴こえない、しゃべれなくなった少年トミーから青年トミーになって行き、最後に自由になる、解放される という展開・設定は彼らのメッセージを伝えるための器でしかなかったんじゃないかということです。♪ See me, feel me, touch me, …. Heal me♪「僕を見てくれ、僕を感じてくれ、僕に触れてくれ、ぼくを治してくれ」とくりかえし歌われる歌詞は、少年から青年に成長していくトミーの心の切実な叫びだったということ。3重苦の少年(青年)としてえがかれてはいるけれども、この映画を観た当時の自分の気持ちを思い出してみると、大人にはなりきれていない自分、大人や社会、学校や親に対して、ほんとうの僕は、こんなんじゃないんだ、というアイデンティティがまだよく確立されていない時期。自分や将来や世界への不安、自分の周りにいる親や学校や社会や世界に対する、理由のよくわからない不満と怒りそんなpureだった当時の僕には、この♪ See me, feel me, touch me, …. Heal me♪というトミー青年の気持ちが、す~~っと心の中に入ってきました。ごく自然に。映画でもミュージカルでも、トミー青年は少年トミーと(つまり目が見え、耳が聴こえ、言葉をしゃべれた小さい頃の自分と)つねに対話をしているのです。昔の自分が、今の自分に問いかける。今の自分が苦悩する。ぼくは、一体誰なんだ。♪ See me, feel me, touch me, …. Heal me♪「僕を見てくれ、僕を感じてくれ、僕に触れてくれ、ぼくを治してくれ」アイデンティティの確立、それがトミーの本当のテーマ。そして、The WHOがアルバムを出した1969年「トミー」が映画化された1975年このあいだの数年間は、ロックがいわば全盛期をむかえていたときで、ロックとは、大人、社会、エスタブリッシュメント、保守層、世の中そういうもの全部に対する反抗、アンチ、暴力衝動(あくまで衝動であり、暴力そのものではありません)そういう若者の唯一信頼できる表現および、表現行為だったのだと思います。セックス・ピストルズが出てきて、『ロックは死んだ』とされ、80年代には、産業ロックとよばれ、ロックは、ひとびとに広く浸透していきましたが、そのメッセージ性やパワーは、むしろ衰えていきました。少年トミー、青年トミーの心の叫びと、ロックを表現行為とするThe WHOやおおくのロック・バンド、そして彼らを支持し、熱狂する多くの若者これはシンクロしていたに違いないのです。「I'm free」と歌うところで、まず、青年トミーが自分が自分であることを取り戻し、過去の呪縛から解放され、まず個人として自由になります。しかし、多くのものは、「自分もトミーのようになりたい」と、奇跡のひとトミーに熱狂します。ストーリーはここで終わりません。奇跡のひとトミーに熱狂していたひとたちが、「自分もトミーのようになりたい」ではなく「自分は自分らしくありたい」と気が付き多くの人が、自己のアイデンティティを取り戻し、社会があるべき姿になる(ロックが反抗したエスタブリッシュメントの社会ではなく、アンチテーゼとして提示した世界になる、社会がそこではじめて解放される、すべてのひとが自由になる。おそらく、そんなテーマ、メッセージをぼくは当時、なんとなくだけれども、するっと素直に心の中で受け止めていました。しかし、2006年の今、ロックが持っていたそうしたエネルギーは失われ、ロックも、クラシックやポップスやジャズや、ボサノバや、その他数え切れないくらいのタイプの音楽のひとつであり、趣味趣向の世界であり、社会のなかに普通に存在する時代となっている今、このミュージカル「トミー」をはじめて観て、オリジナルのThe WHOの「トミー」のメッセージを感じ取った人はどのくらいいるだろうか、とも思いました。今日の客層をみると、The WHO大好き、というひとはそんなに多くなかったと思います。往年のロック・ファンたちももちろんいたでしょうけれども、ミュージカル・ファンで、「トミー」の来日が話題になっていたから、とか、トニー賞を受賞した伝説的なミュージカルよ、という気持ちで見に来て、ちょっとあてがはずれちゃった、とかよくわからない、と思っていた人も多かったのではないでしょうか。帰り際、ロック喫茶のようなお店の前で、携帯電話で大声で話している人がいました。「おい、やべ~よ。最後のところで、スタンディングして拍手する人が誰もいないんだよ、昨日も今日も」ぼくは、このミュージカル「トミー」、作品としてみる価値があると思います。しかし、残念ながら普通のミュージカル・ファンにはちょっとむいていないかもしれません。しかし、ロック・ファンを自称するひとなら、このミュージカルは一見の価値はあると思います。ただ、そういう客層をねらったとしたのなら、1万円のチケット代は高すぎると思います。残念ながら、日本には、単なる懐古趣味ではない、大人のロック文化は根付いていないのかもしれません。とうよりも、そのファン層がまだ少ないんでしょう、きっと。それから、The WHOほど、日本で過小評価されているブリティッシュ・ロック・バンドはいないとも思います。イギリスのCDで、「ブリティッシュ・ロック」をオーケストラとロックの演奏でレコーディングしたものがありますが、そこで、イギリスを代表する(60年代から活躍するといったほうがいいかもしれませんが)ロックバンド、彼らがイギリス、グレート・ブリテンの誇りとして取り上げられているロックバンドはThe WHOレッド・ツエッペリンピンクフロイドローリング・ストーンズビートルズなのです。いかに日本での評価や人気と違うかが分かると思います。そんなわけで、ロック・ファンや60年代-70年代のロックに興味のあるかたにはオススメのミュージカルですが、「キャッツ」や「ライオンキング」が好きなミュージカル・ファンにはあんまりオススメできないかもしれません。そんなわけで、プロモーターも客の入りが悪いことを隠そうとするほどですから、まだチケットは余っています。ご興味のある方は、ぜひ足を運んでいてください。