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カテゴリ:言語・文化・コミュニケーション
遥か昔、学生時代にオーストリアで1年近くホームステイをしたことがある。
ルーム・メイトとハウス・メイトは、3人のアメリカ人の女の子達だった。 私達は、ホームステイ先のご夫婦を「パパ」、「ママ」と呼んでいた。 ある時、パパさんが英語で言った。 (私達は全員ドイツ語を勉強していましたが、ドイツ語の語彙不足が原因で、 複雑な会話は全て英語でした・・・) When Hitler came to Salzburg, we were so happy. Now we can eat enough. Now we can feed our children. But we lost the war… We lost the war…! And we were accused of being the Collaborators of the Nazis... (意訳) ヒットラーがザルツブルクに来たとき、本当に嬉しかった。 これでやっと腹いっぱい食える。 これで子供達にも食わしてやれる。 でも我々は戦争に負けた・・・ 戦争に負けた・・・・! しかも、ナチスに協力したといって責められた・・・ この言葉を聞くまで、私はなぜユダヤ人虐殺を唱えたヒットラーが、 ドイツの一般市民から人気を博したのかがわからなかった。 日本だって、かなりいろいろやったが、当時の日本は仏教徒の国である。 どんな生命でも、生命は全て尊く、 劣等であろうが、優等であろうが、生命を殺す、 ましては人体実験をするなど、秘密裏に行わなければ、国民がついていかない。 鬼畜米英と言っても、人体実験など絶対に公にはできない方針である。 でも考えてみれば、 もともとユダヤの人達は、他の国からドイツに来て、 その才覚と商才で、一般ドイツ人よりお金持ちになった人々が多い。 他国出身の人間が、自国出身の人間よりもお金持ちなんて、 自分の国で、他国出身の子供が自分の子供よりも、 お腹いっぱい美味しいものを食べられるなんて、 ぜいたくできるなんて、大きな顔をするなんて、気分がいいわけがない。 才覚ある他国民による一種の搾取である。 第2次世界大戦前の欧州では、 ユダヤの人々のイメージは、冷酷無比な守銭奴だったに違いない。 シェークスピアの「ヴェニスの商人」シャイロックにも、このイメージが見て取れる。 ヒットラーは、ドイツ語圏の中産階級以下の人々にとって、 悪者退治の庶民の英雄だったのかもしれない。 ナチスに抵抗したのは、ミュンヘン大のゾフィーや ザルツブルクを舞台にした米国映画 「サウンド・オブ・ミュージック」のトラップ大佐のような 上流階級の人々だったのかもしれない。 中にはご近所さんや友人のユダヤ人をかくまった中産階級のドイツ人もいたかもしれないが。 オーストリアのパパさんの言葉を聞きながら、そう思った。 ドイツ人の先生も、パパさんと同じようなことを言っていた。 遥か昔勉強した世界史では、ドイツとオーストリアは言語が同じだから、 大ドイツ主義で、オーストリアはナチス・ドイツの侵入を歓迎したとも習った。 ちなみに若い兵士だったパパさんは、 戦争後、オーストリアにあった米国の収容所に送られて、 そこで英語のfour-letter words(4文字言葉:汚い卑猥な言葉)を学んだのだと、 嬉しそうに、そしてちょっと誇らしげに(誇れるような単語ではないと思うのだが・・・) ジョークで、アメリカ人の女の子達や私に、その単語のいくつかを披露してくれた。 収容所のアメリカ人兵士達は、彼に優しかったそうだ。 ママさんが言っていた。 米国映画「サウンド・オブ・ミュージック」が上映された時、 ザルツブルクの町の人達は、全員観に行った・・・と。 でも気づいた。 ザルツブルクの人々は、「観た」と言っても、誰もこの米国映画を誉めなかったのだ。 でも、観光都市ザルツブルクは、自分の町の宣伝をしてくれる この米国映画をけなすわけにはいかない。 ドル箱スターのエマニュエル君と同じく、観光客を呼んでくる「金がなる木」の映画である。 当時のザルツブルクは、観光都市でありながら閉鎖的で、 外部者に心を開かないと言われていた。 パパさんは、私達に心を開いて本音を語ってくれたのかな・・・と今になって思う。 それもあって、小さな頃に観て、「ド~は、ドーナッツのド~♪」と、 日本語で歌も歌える、このミュージカル映画を オーストリアから帰ってきて以来、私は観る気が起こらなかった。 昔オーストリアでは、都市によっては、 サウンド・オブ・ミュージックのミュージカル上映が禁止されているという、 嘘か本当かわからないような噂を聞いたこともある。 だが、今はザルツブルクでも、 サウンド・オブ・ミュージックの舞台トラップ邸が公に認められているようだ。 観光都市の建前なのか、時代が変わったのか・・・ でも、パパさんのような一般庶民は、公には何も言わない。 負けた古い世代は黙ったまま、歴史の舞台から消えていく。 老兵はただ消え去るのみ・・・・なのかな。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2008.11.30 19:06:59
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