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カテゴリ:言語・文化・コミュニケーション
目論見書(もくろみしょ)というものをご存知だろうか。金融商品を販売するときに、その金融商品を詳しく説明する文書である。
会社型投信の目論見書で、最初から最後まで読んでも、何の金融商品なのかさっぱりわけがわからないという英日翻訳の全文書き直しをしたことがある。英語の表紙を見た途端、会社型投信だとわかるのに、30ページ以上ある翻訳(原文にして数万ワード)の最終ページまで読んでも、会社型投信だとわからないのだ。 何の商品かわからないようでは、目論見書を読む意味がない。エンド・クライアントがこの翻訳を読んで、「この翻訳者さんは全く意味がわかっていないようだ」と翻訳会社に突き返し、こちらに全訳書き直しの依頼が来た英日翻訳だった。 この英日翻訳は、一語一句、英語から日本語に単語を移し変え、日本語の文法に則って文章を組み立てて、文章をそれなりに格好良く整えていたが、最初から最後まで何を言っているのかさっぱりわからなかった。(金融翻訳では、根本的に原文の内容を理解して意味をとって訳さないと、単語を移し変えただけでは、意味不明になることが多い。) あまりに意味不明なので、「一体誰が訳したんですか」と翻訳会社に聞いてみた。すると、私も知っている男性翻訳者の人だった。ここでは仮にIさんと呼ぼう。いつも意味不明の翻訳が原因で、翻訳会社から、普通は1回で、運が良ければ数回でバッサリ切られている人である。 Iさんは商社の営業出身で売り込みがうまく、その口の上手さに騙される翻訳会社がたまにあった。知り合いのコネを使って、1回切りで受注したケースもあったようだ。私は、何回かエンド・クライアントから全文書き直しのクレームがついた彼の翻訳を全文書き直しして、翻訳料金を全額とっていた。(校正料金は翻訳料金より安く、彼の翻訳は全文書き直しが必要で、校正料金で書き直せる水準ではなかった。) 同じ商社業界出身でも、女性翻訳者を対等以上に見る年配の男性翻訳者(東大工学部卒でMITのMBAの彼は、翻訳でも実力派だった)もいたので、その人の今までの部署や経験にもよるのだと思うが、商社のような男性上位の分野から、女性上位の翻訳業界に来た男性の中には、男性優位の発想が抜けない人がたまにいて、凄まじいしっぺ返しを受けている。 賢い人は、相手が男性だろうと女性だろうと、自分より年上だろうと年下だろうと、誰が自分より実力が上なのか、誰に人望があるのか、おそらく速攻で見抜いて、その部署や分野で生き残っていくのだろうが、Iさんにはそれができなかった。 私は日系金融機関の総合職出身(男女均等法施行から20年以上経ち、これもそろそろお役ご免の職種かもしれないが)で、主に金融・会計・法律・一般ビジネス分野を専門とする翻訳者である。金融庁(FSA)や証券取引等監視委員会(SESC)が外資系金融機関に立入検査に入る時、質疑応答その他を速攻で英日・日英に訳すために、短期的に派遣に行ったことが何回かあり、その時、同じく派遣で来ていたIさんに会ったのだった。 (立入検査時の翻訳チームは、ある意味では外資系金融機関の命運がかかっているので、時給が良いのだ・・・) Iさんは、これも同じく派遣で来ていた周りの女性翻訳者全員よりも、実力が遥かに下だったが、彼にはそれがわからず、周りの女性全員を下に見ていた。派遣会社が優秀な女性翻訳者達に打診したものの、全員に忙しいことを理由に断られたため、仕方なく低レベルの彼を呼んだということに、哀れにも彼は気づかなかった。女性陣と彼が派遣を打診された日時を考えると、どう考えても彼が一番後、女性陣が全員断った後に呼ばれているのだが、彼は優秀な自分が真っ先に呼ばれ、女性陣は自分の補欠だと信じていた。実際には、彼ではエンド・クライアントのOKが出ないので、派遣会社がIさんを送り込んだ後、死に物狂いで他の翻訳者に「1日2日でもいいから、派遣に行ってほしい」と泣きついていたのだが・・・ 私もその時9万ワードの英日翻訳を抱えていて最初断ったが、1週間か2週間後にまた連絡があり、次の派遣の人が見つかるまでということで、2日だけ(なかなか見つからず結局4日)派遣に行くことにした。その派遣初日に彼に出会ったのだった。 しかし、Iさんは「 (君たちよりも優秀な) 僕が時々来られないから、君達(女性)が呼ばれたんだよ。」とまで、女性陣にのたまったのだった・・・ 私に対しては、「こんな娘っこに英訳ができるなら、俺にも簡単にできるはずだ」という感じで、こちらが頼みもしないのに(しかし明らかに好意で)、日本語をわけのわからない英語に直訳して、お手本として私に渡してくれたのだった。 当時彼に実力がないことを知らなかった私は、内心「頼みもしないのに訳してくれるなんて、よほど自信と実力があるんですね(←だって、相手に自分の力がバレるじゃない!)これは凄い・・・」と思いつつ、「ありがとうございます。」とありがたく受け取ったが、読んで仰天した。正直な話、あの英訳はとても使い物にならなかった。 その2日後、その金融機関の英語のネイティブ・スタッフから、彼は私の英訳を参考にするようにと言われ、「何でだろう?」と、私の目の前で心底不思議がっていた。(←これは、いくら何でも、失礼すぎるんじゃないの~?苦笑) しかも、彼は「若い女の子なら、(実力がなくても)誰でも派遣に雇ってもらえるが、男性はそうはいかない。(男性は実力が要るんだ・・・というニュアンスだった)」とまで、おっしゃったのだった。(←爆!) 相手を下に見た発言をするのは、相手に対してとても失礼なことだが、それを失礼と思わないほど、Iさんの「女性の実力は、男性の自分よりも劣っているに決まっている」という思い込みは強かったのだった・・・(Iさんは、「女性は男性よりも実力が下なのが当たり前だから、女性は見下されても当たり前、女性は見下されても気にしないはずだ」という発想らしかった。) 私はあきれかえって、 「もしかして私もその「若い女の子」グループに加えてくださったわけですね。若く見てくださってありがとう。でも、私、もしかしたらあなたより年が上かもしれませんよ。しかも、年上だろうと年下だろうと、翻訳・通訳業界は、ごく一部の例外を除いて、女性が実力上位の世界。状況判断を間違えましたね・・・」と内心思いつつ、こんなことを言ったところで仕方ないので、にこにこ笑って聞き流していた。 その時の女性陣は全員、私を含め、実年齢は「若く」はなかった。 おまけに、彼は、金融庁の立入検査が入った某金融機関の「本社部門(実際には管理部門)」に、別の派遣会社から派遣されて翻訳をしていたと言って、本社勤務を強調していたが(派遣で本社勤務なんて意味があるのか?)、同じく金融庁の立入検査で同時期に同じ金融機関の他部門でに7ヶ月間いた私は、その金融機関のスタッフから聞いて、その管理部門の3人の派遣翻訳者のレベルが低すぎて、1人は1日、1人は1週間、1人は1ヶ月で首を切ったことを知っていたのだった。当時3人の名前は知らなかったが、Iさんはそのうちの1人だった。 ちなみに、彼の時給は、私の時給の半額以下だった。最終日の最後の5分間にそれがわかって、やっと女性陣の方が自分よりもレベルが上と気づいた彼。本当に絶句して顔が引きつっていた。しかし、時、既に遅し。彼はそれまでに、女性を見下す発言を山のようにしていたのだった・・・そしてIさんより実力のある周りの女性陣は全員、Iさんの敵になっていたのだった。 もちろん私も、彼の翻訳の全文書き直しが様々な翻訳会社から依頼されるたび、嬉々として翻訳料金を全額取って訳し直したのは言うまでもない。笑 ポイント:思い込みは捨てて、現状をしっかり認識しよう・・・ お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2010.08.28 22:41:57
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