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カテゴリ:言語・文化・コミュニケーション
編集や校正は、料金が安い割に手直しが多すぎて割に合わないので、ここ数年間、基本的にお引き受けしていなかったが、最近、一般分野の翻訳(研修マニュアル)の校正をお引き受けした。
原文が簡単だったのと翻訳の量がかなりあったので、かなり水準の高い翻訳を出してくるだろう、それなら校正に時間はかかるまいと思ったからだ。大容量だったので、既に実績がある一般分野のハイ・レベルな翻訳者に、翻訳会社が翻訳を依頼すると読んだわけだ。(苦笑) だが、翻訳会社が2人の翻訳者に1つの翻訳プロジェクトを分けて依頼しており、私が用語統一も兼ねてこのお2人の翻訳の校正をすることが、途中でわかった。何はともあれ、最初の小さな4ファイルの翻訳は良かった。 だが・・・そのうちのお1人が、5本目の大ファイル(1万5000ワード)で時間がなくなったらしく、延々、下記のような直訳が続いた。「高水準の翻訳を出してくるだろう」という私の読みは、残念ながら見事に外れた。自分で翻訳する以上の時間が校正・編集にかかり、全く割に合わない校正・編集作業となった。 しかし・・・こういう直訳を提出してくるのは、プロの実務翻訳者としては自滅行為に近い。その翻訳会社に二度と使ってもらえない可能性が高いからだ。どんなに時間がなくても、意味が通る翻訳を出すべきである。 しかも、これは企業の研修マニュアル。 普通の言葉で、わかりやすく読める翻訳でなければ、訳す意味がない。 翻訳者と校正者を目指される方の参考になるかと思い、業界と会社を特定できない文章を一例として挙げておく。(ちなみに、下記の「they」とは、既にこの前の文章で説明されている「ここのスタッフ」のことである。) 原文: They are best placed to look and listen for the kinds of frustrations our guests might express or encounter that we need to remove here, if we want to be the best. 翻訳者が訳した直訳: 「私たちが最高を目指すのであれば、スタッフこそ、私たちがここで排除しなくてはならない、お客様が表現し、遭遇する不満がどういったものであるかを見聞きするのに格好の場にいるのです。」 校正後の翻訳: 「ここでお客様が愚痴をこぼされたり、ご不満に思われたりすることもあるでしょう。もし私達が最高を目指すのであれば、このようなご不満は解決しなければなりません。そしてスタッフこそ、このようなご不満があるかどうかに気をつけ、ご不満に耳を傾ける格好の場にいるのです。」 ここで気をつけるべきは、翻訳の目的(purpose)、翻訳を読む人(readership)、これらに応じた翻訳(suitability)であるかどうかである。 この場合、翻訳は企業が社員研修に使う研修マニュアルであり、翻訳を読むのは研修担当者と研修を受ける社員の人達である。読んだ人が簡単に理解できて、実際に研修に使える研修マニュアルになっていなければ、訳す意味がない。使えない翻訳を受け取っても、企業にとっては、翻訳料金を払う意味がない。 実務翻訳の世界は、高水準のフリーランス翻訳者はかなり儲かるが、低水準のフリーランス翻訳者は徹底的に批判された挙句、未払いにされる厳しい世界である。ここまで上下レベルの落差が激しい世界も珍しいだろう。この世界は、下のレベルの翻訳者は翻訳だけでは食べていけないので、あっという間にプロの翻訳者としては消えていく世界でもある(ただし他の職で稼ぎながら、副業で残る人も稀にいる)。 字面だけ訳すなら、原文の意味がわからないまま、一語一語、英語から日本語ヘ単語を置き換えて日本語の文法で組み立てるだけなら、機械翻訳や翻訳ソフトでもできる。おそらく、機械翻訳や翻訳ソフトを使えば、上記の直訳にかなり類似した直訳が出てくるだろう。 だが、プロの実務翻訳者なら、原文を完全に理解したうえで、翻訳を依頼した人や会社の目的と読者層に応じて、翻訳を行うべきなのだ。基本的には、原文の内容や状況を日本人が日本語でどう表現するのかを考慮したうえで、訳すべきだろう。* *「基本的には」と書いたのは、「別の文化や科学の新しい概念を取り入れる」という目的で訳す場合、該当する表現や概念が日本語にないときがあり、その場合は敢えて直訳する時があるからである。ただし、どんなに直訳でも、意味不明では困るのだ・・・ お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2012.04.30 23:57:16
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