ヴァロットン展
日本初の大回顧展と銘打って催されている表記展覧会に足を運びました。会場は三菱一号館美術館という、あまり耳慣れない美術館です。 建物のデザインは、明治時代に来日した御雇外国人教師の一人、ジョサイア・コンドルによるもので、1894年(明治27年)に竣工。亭主はてっきりその当時の建物を改修して美術館にでもしたのだろうと思っていたのですが、当時のそれは1968年に解体されてしまっており、今の建物はコンドルのデザインを基に改めてゼロから「復元」したもの(レプリカ)だそうです(竣工は2009年)。 建物の外観は、赤煉瓦を基調にした明治の洋館で、その雰囲気はすぐ近くにある辰野金吾(コンドルの弟子)が手がけた東京駅の駅舎とそっくり。既に竣工後5年も経つようですが、丸の内側は滅多に通らないこともあって、亭主は今回初めてその存在を知りました。 ところで、フェリックス・ヴァロットンはスイス・ローザンヌ生まれで、パリで活躍した画家、版画家です。1865年生まれというので、年齢的にはドビュッシー(1862年生まれ)とほぼ同世代。トゥールーズ=ロートレックは彼より1歳年長です。(日本ではまさに幕末。同年生まれの作曲家ではグラズノフやシベリウスがいます。) ヴァロットンが活躍した時期は、印象派やラファエル前派に引き続く頃で、彼自身はナビ派と呼ばれる(どうやらゴーギャンに強く影響された)画家達とともに絵を描いていたようです。とはいえ、亭主も含め日本人にはあまり馴染みのない画家ではないでしょうか? だいたい、「ナビ派」といわれても、ボナール、モーリス・ドニといったメンバーの名前がすらすらと出てくるのは相当な美術ファンだけかも。芸術運動としても、ナビ派は印象派とキュビズムという二大流行の谷間にあり、ヴァロットン自身の作風も写実主義的な肖像画から新古典主義な裸体画、さらにはロートレック風の風俗画まで非常に幅が広く、つかみ所がない感じです。 とはいえ、版画好きの亭主にとって一番印象的だったのは一連の木版画作品群で、おそらくこれだけでヴァロットンは十分に美術史に名をとどめる値打ちがあると思われます。実際、彼の木版画は生前から人気があったようで、オリジナル版画だけでなく本の挿絵等でも使われていたようです。会場にはジュール・ルナールの「にんじん」や「博物誌」のページに掲載された挿絵版画も展示されていました。(つれあい曰く、「『にんじん』は子供の頃読んだが...挿絵の記憶がない」) 印象的だったもうひとつのジャンルは油彩による裸婦像。会場の解説によると、ヴァロットンはアングルが描いた裸婦(例えばルーブルにある「トルコ風呂」など)の作品を目にして大いに触発され、当時は既に「時代遅れ」のテーマであった裸婦像を生涯追求し続けたようです。今回の展覧会でもさまざまな構図による多数の裸婦像が展示され、その存在感を誇示していました。(もしかすると、ポール・デルヴォーの先駆けかも?) ちなみに、この展覧会のポスターや展覧会を紹介する某局の番組で大きく取り上げられていた「ボール」という作品、現物は意外に小さめ(15号ぐらい?)で、確かに意味深といえば意味深な構図ではあるものの、絵画としてはやや散漫な印象でした。