D.スカルラッティとフォルテピアノ
スカルラッティのソナタは、その大部分がハープシコードでの演奏を想定して書かれている、という点については大方の共通認識になっているようです。が、一方で、カークパトリックをはじめ多くの研究者は、ソナタの一部についてはフォルテピアノも念頭にあったのではないか、という推測をしています。亭主は普段、車での通勤途中にiPodに入れたベルダーの演奏によるスカルラッティのソナタを(FMトランスミッター経由で)かけていますが、彼は全五百五十五曲のうち三十五曲をフェリーニによるフォルテピアノ(複製)で録音しています。具体的にはK.322-323, K.329-330, K.333-336, K.342-346, K.351, K.362-363, K372-375, K.378-379, K.387-389, K.392-393,K.397, K.408-409, K.412-413, K.424-425といった作品群で、主にヴェネチア手稿VI-VIII巻に含まれています。これらの作品、カークパトリックに言わせると(手稿が保管されている)マルチアーナ図書館に盗みに入った泥棒に「余裕がなければ残して行け」と助言するほどで、要するに重要でない作品群という位置づけなのですが、ベルダーの演奏を聴いているとフェリーニ・モデルの素晴らしい音とも相まってとても面白い響きで、そうナメたものではないという気がします。これに関連し、最近読んだ「Music in Spain during the 18th Century」という本の中で、スペインに残っている18世紀製のピアノ(1745-50年頃)2台のうちの一つが、なんとGGからg'''までの61鍵のコンパスを持っている、という記述に行き当たりました。この楽器、おそらくセヴィリアの楽器製作者によるものと推測されており、スカルラッティ晩年の頃には既にスペイン国内でハープシコードと同じ5オクターブをカバーするフォルテピアノが作られていたことを意味しています。カークパトリックは、マリア・バルバラの所蔵していた十数台の鍵盤楽器のうちで、5オクターブをカバー出来る楽器がスペイン製のハープシコードだけだったことを根拠に、そういった広い音域を必要とするソナタがフォルテピアノ用ではない、と断じていますが、もしかするとこの推測は必ずしも正しくないかも?ちなみに、L.ジウスチーニ(1685年-1743年)に次いでフォルテピアノのための作品集を出版したのは先週登場したセバスチャン・デ・アルベロだそうで、彼はそれをフェルナンドVI世に献呈しています。スカルラッティがいたスペイン宮廷でフォルテピアノは結構メジャーな楽器だったことを伺わせます。