マンフレッド・ブコフツァー
亭主は最近、二冊の古書をネット経由で相次いで入手しました。ひとつはウィルフリッド・メラーズ著、「フランソワ・クープランとフランス古典主義の伝統」(François Couperin and the French Classical Tradition, New Version 1987, Wilfrid Mellers, Faber & Faber)、もう一冊はマンフレッド・ブコフツァー著、「バロック期の音楽」(Music in the Baroque Era – from Monteverdi to Bach, Manfred F. Bukofzer, W.W Norton & Co. Inc., 1947)です。実はこれらの著作、先にご紹介した松前氏の著作中で引用されていたもので、特に前者は作品分析も含めたフランソワ・クープランのモノグラフとして当時唯一の著作(New Versionとあるのは、1950年に出た初版を改訂したため)だったとのこと。ただし、これを読み始めて間もなく、多数引用されているフランス語のテキストが英訳を付けられないまま提示されている、という問題が浮上。亭主の初歩的なフランス語知識では全く歯が立たず、このような引用が現れる度に文脈が途切れる、ということが続き、あえなくギブアップ。というわけで、もう一方のブコフツァーの著作を読み始めました。まだ第1章を読み終えたばかりですが、著者が大変な名文家であることを理解するには十二分でした。これほどインパクトのある英文を読んだのは久しぶりです。切れ味鋭い論理と華麗なるレトリック、また全体を見通す視界の広さと統一感。調べてみると、ブコフツァーは1910年生まれ、名前からも容易に推測されるようにニーダーザクセン出身のドイツ人(恐らくユダヤ系)で、ヒトラーのドイツを嫌って1933年にスイス・バーゼルに移り、そこで学位を得ています。さらに、ポーランド侵攻が始まった1939年には米国に渡り国籍を取得。本書執筆当時はカリフォルニア大学バークレイ校で教鞭を取っていた気鋭の音楽学者でした。ドイツ語と英語は近縁関係にあるとはいえ、著者が当時まだ三十代後半だったことを思うと、その学識のみならず文才にも圧倒されます。ちなみに、第1章は「ルネッサンス vs バロック音楽」という標題の下、この2つの音楽の相違について俯瞰的な解題を行っていますが、これがまた目の醒めるような内容。亭主もこの種の解説は幾度となく目にしたはずなのですが、ブコフツァーの文章を読むとAha!と何度も膝をたたくことに。この著作が書かれていた時期は、ちょうどカークパトリックがスカルラッティについての著作を準備していた時期とも重なっていて、二人の年齢も近いことから何かの因縁を感じます。それにしてもショックだったのは、ブコフツァーが1955年の暮れに45歳という若さで早世していたことでした。ウィキペディアの記事ではpremature deathとありますが、具体的な情報はなし。やはりその才能が神に愛でられたのでしょうか…