美しい三陸海岸の未来を・・・
東北関東大地震が起こって、金曜日で三週間となります。被害の状況が明らかになりながらも、不明の方々がまだまだ沢山おられます。様々な問題も起こりながら、大変な思いをされている方が沢山いるのにここ遠く離れた土地では平静の朝がやってきています。いつもと変わらぬ朝がやってきています。でも、でも、皆、何か出来ることをしたい……と思っています。暖かい部屋で温かい物を口に出来る喜びや、家族と笑顔を交わせることなど当り前だと思っていたことが、最大の幸せなのだと思えることに気づかされました。今回の地震が発生した時、仕事の資材を購入しに梅田に行き本屋に立ち寄り、ウキウキした気分で車に乗り込みました。そして、車中のTVの速報で知りました。車を停め、すぐに仙台や東京の知人たちにメールしましたが、返事が来るはずもありません。自分自身が被災した訳でもないのに、震えが止まらず泣けて自宅に着くまでの記憶はありません。何かしたい、何が出来る、車に積み込み東北に向かいたい…なんて安易なことばかり考えていました。主人の弟から、兄貴がお世話になった方々の安否確認と兄貴の代わりに仙台に恩返しがしたいとメールが着ました。弟は、阪神大震災の時、友人たちと車に積めるだけの水を積んで、走れる所まで走行しそのあとは、担いで運んだことがあり、どんな方法で支援が出来るか調べるとのことでした。結果、今出来ることを、出来る範囲でして行こうと結論を出しました。報道で亡くなられた方の数が増えるたびに、私の心が張り裂けそうになってしまいなにもかもがストップしてしまいました。卒業シーズンともあってバタバタした仕事をただこなし帰宅したらそのまま倒れこむ……私のような地震とは何の関係もない者が、こんな精神状況になるのだから今回の震災でご家族を亡くされ、家も思い出も流せれてしまった方々の気持ちは言葉に出来ないものだと思います。声をかける言葉も見つかりません。すこしづつは派遣されているようですが、早急に精神的ケアが大切なのだと感じました。今回、このどうしようもない私の精神的サーポートをしてくれたのは、Jさんでした。ご無礼とは知りながら、ぶつけてしまいました。でも、いつもと同じ波で支えてくれ、柔らかな花の画像まで添えてメールをくれました。お仕事がら死と向き合っておられますが、そんな方でさえも死に慣れることはないと言われています。それが、私の心には響きました。Jさんが、ある有名人の言葉をくれました。「知恵のある奴は知恵を出せ、金のある奴は金を出せ、何も出すものがないって言う奴は元気を出せ」その通りですよね!私が元気になって、私の元気を、東北に知人たちに渡せることが出来ればそれが一番なんだと思いました。出来る範囲での、義援金、支援品、はもちろん、笑顔と元気は必須なのだと感じることが出来ました。Jさんありがとうございました。三陸海岸の美しさ、魚介類の美味しさ、そして、東北の方々の優しい笑顔が元通りになるには時間がかかると思います。でも、日本中がエールを送るので、きっと明るい未来がくるはずです。明けない夜はない春の来ない冬はないそんな言葉を耳にしても、気持ちが動かないかもしれません。東北の方々にすれば、私のちっぽけな悲しみですがこの言葉が響く時が来る時がありました。ですから、いつかきっと、そう思える日が来ると思うのです。中島みゆきの「時代」という歌を、贈ってくれた友人がいました。きっとこんな気持ちになれる日がきます。その日を信じて、ゆっくり歩んで欲しいと思います。なんか支離滅裂文になってしましました。さぁ~私も始動します!!