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カテゴリ:真の幕臣、小栗上野介
「小栗上野介忠順」 (11) 初めて遭ったこの藤七は忠順が小栗家の当主となってから、心を許し 信頼され頼りとされる男となるのだ。 藤七は忠順の生き様に深く係り、彼の運命を変える役目を担うことに、 なるが、今の二人には関係のないことである。 佐藤家は広大な土地を所有し、近隣でも知られた豪農であり、代々続いた 地酒の造り酒屋として有名であった。 一行の前に垣根が続き、ナナカマドが可憐で白い花を咲かせている。 筑紫五郎左の下知で一行が旅装を解きはじめている。 「若殿、お初にお目にかかります。わたしめが佐藤藤七にございます」 野太い声がして藤七が巨体を現し、地面に膝を揃えて平伏した。 「藤七か、わたしが忠順じゃ。父親の病が重いと聞くが容態はどうじゃ」 「はい、最早、長くはないと医師が申しておりす」 藤七が顔を曇らせ告げた。 「そうか親父殿には長い間、世話になったの」 「父が若殿のお言葉を耳にしたら、さぞや喜びましょう」 藤七が巨体を折って奥の部屋に案内した、流石は名の売れた庄屋である。 どの部屋も年輪を感じさせる風格を感じさせた。 藤七の指図で一行は部屋に、案内され長旅の疲れを癒している。 「入らせて頂きます」 襖越しから藤七の野太い声が響き、羽織袴に着替えた藤七が現れ、 その後から女子衆が二人、盆を手にして従っていた。 「何もございませぬが、我が家の地酒の瑞龍(ずいりゅう)をお持ちしました。 お飲み頂き長旅の疲れをおとり下さい」 忠順が笑みを浮かべた。彼はこの旅で酒の味を知り、藤七の心尽くしが 心地よく思えたのだ。 「藤七、稲の生育はどうじゃ」 瑞龍を飲みながら米の出来具合を心配し訊ねた。 「他の村よりは多少は良いかと思いますが、なんせこの天候にございます。 収穫まで気がかりに存じます」 忠順の杯を満たしながら答えている。 「村民の様子はいかがじゃな」 「今のところは平静を保っておりますが、収穫時に変事が起こらぬかと心配を しております」 忠順が藤七を見つめた。巨体に似合わずに怜悧な眸をもった男である。 「そちのお蔭で肩の荷が軽うなった。この地は小栗家にとり最も頼りとする 村じゃ、不穏な動きがあれば直ぐに報せよ」 忠順は酒の喉ごしの爽やかさで上機嫌である。 「藤七よ、初めて気が休まった。お前の差配のお蔭じゃな」 筑紫五郎左がしわがれ声をあげた。 「勿体ないお言葉、身に余る光栄に存じます」 「藤七、翌朝、この屋敷に村民を集めよ。挨拶がしたい」 翌朝、庭に村民等が三々五々と集まって来た。藤七が声を張りあげた。 「ここに居られるお方が、若殿の忠順さまじゃ。皆々、頭が高いぞ」 忠順を紹介するゃ、村民が一斉に平伏した。 「わたしが小栗忠順じゃ。天候不順で皆に苦労をかけておるが、我が家が 最も頼りとする村じゃ。これからも難渋いたすであろうが、今回は特別に 下賜金五十両を庄屋の藤七に預けおく」 用人の筑紫五郎左が重々しく袱紗に包んだ金子を村民に見せた後に、 「藤七、不測の事態の時までは使ってはならぬ」 と、藤七に手渡した。それを見た村民から安堵の声が挙がった。 忠順がその様子を破顔しながら眺め、傍らの藤七が平伏し感激していた。 小栗上野介忠順(1)へ お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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