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カテゴリ:真の幕臣、小栗上野介
「小栗上野介忠順」(217) 慶喜の恭順により、江戸の町は火の消えたように活気を失っている。 こうした世情の中、夜分とも成ると小栗の屋敷に数人の男達が訪れていた。 彼等は幕府主戦派の将や、会津藩、桑名藩の藩士も混ざっていた。 幕府主戦派の面々は松平豊前守、塚原但馬守などの人物で、他には野戦 指揮に秀でた永井尚志、大鳥圭介、古谷佐久左衛門などの面々であった。 会津藩からは西郷頼母、秋月悌次郎等が参加していた。 彼等の言い分は皆、おなじ内容であった。 「小栗殿に出馬をお願いしたい」 その一点のみであり、上野介は苦い顔つきで聞いている。 彼等の願いは痛いほど解っている。理解しながらも彼は丁重に断った。 (上様が上野に謹慎恭順なされては戦いの名分がない。わしを担ぎ出せば 幕軍の精鋭は馳せ参じよう、じゃが勝手に戦う訳にはいかぬのじゃ) 上野介は無言で呟いていた。 「何故にござる、あれほど上様に再戦を進言されたご貴殿が戦いをせぬとは」 ここに集いし全ての者達の共通の思いであった。 「ご貴殿等の言い分は分かります。それがしが起(た)てば幕軍の精鋭部隊は 挙げて参加するでありましょう。更に海軍も馳せ参じましょうが、それがしには 戦う名分が御座らぬ。上様が戦えとお命じなされば今までの遺恨を忘れ喜ん で戦います。・・・後の祭りにに御座る。今のそれがしの思いは、新しいご政体 が、一日も早く我が国を近代国家とする事を祈るのみに御座る」 上野介の眸子が柔和と成っている、顔付もかっての剽悍さを失っている。 「貴方さまは腑抜けに成られましたか」 大鳥圭介が声を荒げ詰め寄った。 「左様じゃ、それがしも人の子と悟り申した」 上野介が反論を控え彼の言葉を肯定した。 この大鳥圭介は江戸開城と同日の四月十一日に、伝習隊を率いて江戸を 脱走し、本所、市川を経て、小山、宇都宮や今市、藤原、会津を松平太郎、 土方歳三等と合流しつつ転戦し、蝦夷の五稜郭で降伏するのであった。 また古谷佐久左衛門も根っからの武人で、今は歩兵指図役頭取の要職に あり、彼の副官に今井信郎が居た。彼は坂本龍馬暗殺をしたと言われる人物 であった。古谷は関東各地を転戦し、会津に入り松平容保に謁見し、部隊名を 衝鋒隊に改め、最後は大鳥圭介同様に蝦夷の五稜郭で戦い、艦砲射撃を浴 び、壮烈な最期を遂げる運命にあった。 「小栗さま、拙者は諦めませんぞ貴方を担ぎ出すまで何度でもお邪魔いたす」 大鳥圭介が顔を赤らめ、彼等は合点のいかない顔付で去った。 一人となった上野介は彼等の言葉を思い浮かべている。 (わしが参加いたせば勝てるかも知れぬ。じゃがわしは徳川家の直参じゃ。 上様の下知なく勝手な戦は出来ぬ) 強烈な直参旗本の自負である、三河以来脈々と身内に流れる血潮が、 彼に戦うなと命じているのだ。徳川家あっての小栗家、まして先祖は忠烈無比 で名を轟かした武将。その末裔が勝手に上様ぬきで戦うことは出来ぬ。骨の髄 まで染み渡った頑固なまでの拘りである。 所詮、彼等に話しても解ってはくれまいな、上野介は一人苦笑した。 廊下に足音が響き、道子が一輪挿しの黄梅を持って姿を見せた。 「黄梅か」 「はい、貴方は何故、戦い成されませぬ」 「道子、我が小栗家は直参の名家じゃ」 道子が不審そうな顔をした。その様子が可笑しく上野介が哄笑した。 彼は笑いを治め道子を真っ直ぐに見つめ、 「そろそろ江戸を去る時期が来たようじゃ。彼等は何度も誘いに参ろう、わしが 江戸を離れ知行地に隠遁いたせば彼等も諦めような」 道子が美しい眸子を懲らし夫を見つめている。 「分かりませぬ、貴方は何のためにご苦労なすったのです。あれほど幕府再建 を望まれ、何故、戦いを避けられます」 小栗上野介忠順(1)へ お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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