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カテゴリ:真の幕臣、小栗上野介
「小栗上野介忠順」(222) そこには佐藤藤七と村役人の中島三佐衛門の二人が待ち受けていた。 「三佐衛門も一緒か、藤七、如何いたした」 「上州の農民や不満分子が三ノ倉に続々と集まって気勢を挙げております。 困った事に上州一帯の名主までが、彼等に同調しております」 「うむー、・・・・何が目的じゃ」 「殿さま、暴徒は人数を集めこの東善寺に押し寄せて参ります。訳は殿さまが 江戸城の御金蔵から、金子を持ち出し権田村に隠したと言う、つまらぬ風評を 信じた名主や農民等が暴徒化したので御座います」 中島三佐衛門が律儀な顔を曇らせ、暴徒の目的を語った。 「馬鹿な、御金蔵に金子が在れば、あのような苦労をしなくても良かったのじゃ」 上野介が苦い顔をした。 「殿さま、名主まで暴徒に加わるなんぞは今までなかった事に御座います。 如何、成されます」 「藤七、そちにも参加の強要があったのか」 「はい、三ノ倉に御座います椿名神社が暴徒の巣窟にございます。そこで長州 浪人と名乗る男に誘いを受けましたが、村人を説得する為に戻り、後で返事を すると申し、村に立ち返って参りました」 佐藤藤七が申し訳なさそうに巨体を縮めた。 「暴徒共は五百名ほどと聞いたが真か」 「あの勢いでは千名を超す人数に成りましょう」 「父上、銃器の用意が整いました」 又一の声が広間に響き、大井磯十郎を従えた又一が姿をみせた。 上野介が三ノ倉の様子を二人に語った。 「風評として笑い飛ばす問題では御座いませぬ。なんぞ対策を立てねば成りま せぬな」 若々しい容貌の又一が、そう答えて上野介の顔色を覗っている。 「藤七、村の若者を百名ほど集めてはくれぬか」 「・・・・」 「出来るか」 「はい、それでどう成されます」 「先ずは東善寺の周囲に防壁を作る。土嚢、木材などを用い堅固に致す。 幸い最新式の銃が二十挺はある。更に我が家臣と村の農兵が二十名ほど いる、彼等に寺の防備を任せることに致す」 「成程、農兵と申しても、江戸三崎町の仏国教練場で訓練を受けた猛者です。 官軍相手でも、ひけはとりませぬな」 大井磯十郎が精悍な顔で肯いた。彼もそこで猛訓練を受けた一人である。 「ならばわたし共は村に戻り、若者を集めましょう」 佐藤藤七と中島三佐衛門が同時に立ち上がった。 「藤七、暴徒との談判はわしが遣る、心配は無用じゃ」 二人が安堵の肯きをみせ広場を辞して行った。 上野介は腕組みをし思案に墜ちた。金子を五十両ほど持たせ暴徒の頭と 談判する。奴等は金が目当である。その前に寺に押し寄せてくれば力で以て 撃退する。併し、流石の上野介も暴徒の翳に東山道鎮撫使総督府の軍監が、 関与しているとは思いも及ばなかった。 暴徒の頭が長州浪人と藤七が答えたのに、何の疑えも持たなかったのだ。 それだけ小栗上野介は新政府に恐れられていたのだ。 翌朝、上野介は暴徒を諌めるために権田村生まれの家臣、大井磯十郎を 三ノ倉に赴かせた。話し合いでことを納めようと五十両を差し出したが、暴徒 たちは納得せず交渉は決裂した。彼等は初めから交渉での解決を考えては いなかったのだ。四日の早朝、暴徒は千人余の人数に膨れ上がり、東善寺を 襲う為に権田村へと向かっていた。 その一報を上野介は寺の庭で受け、視線を庭の樹木に這わせた。 木蓮が蕾を膨らまし、その下に雪柳が真白い花を風に靡かせていた。 「又一、そちは十名の家臣と寺の護りに就け、家臣には銃を携帯させ集まった 村の若者十名を配下とし、暴徒に対抗いたせ。十組の分隊の隊長がそちじゃ」 「分かりました、若者には竹槍を持たせましょう。それで父上は如何成されます」 「わしは暴徒の鎮圧に出向く」 上野介が久しぶりに剽悍な眼つきをしている。 上野介は塚本真彦と農兵二十余名を率いて、暴徒の本陣椿名神社に先制 攻撃を仕掛けた。訓練を受けた農兵の実力は絶大で、数十名で暴徒千人余りを あっさりと蹴散らし、倒した暴徒の首を東善寺の石段に並べた。 この状況に仰天した三ノ倉など近隣村の名主らが、この夜に詫び状を持参し、 捕虜となった者達を引き取りに来た。 上野介は名主達の要求を快く許し、二度とこのような事をしては成らぬと諭し、 捕虜を解放した。こうして一件は落着した。 村民達に歩兵訓練を受けさせていたことで、上野介は難を乗り越えることが できたのだ。この戦いで上野介は最新式銃の威力を身を以て感じたのだ。 小栗上野介忠順(1)へ お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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