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テーマ:城跡めぐり(1258)
カテゴリ:城跡と史跡(滋賀・京都編)
慶長の一国一城令や明治の廃城令による破却、自然災害や太平洋戦争の戦災による消失、そして戦後の都市整備を生き抜いてきた城郭は、本当に数少ない存在です。
かつては数万もあったとされる中世の戦国城郭については、それこそ戦国時代を生き抜いてきたため、曲輪や土塁・空堀跡の遺構が一部でも見つかればまだいい方です。 (それだけに戦国の城跡ハントには駆り立てられるものがあるのですが) 近世城郭について言えば、石垣が残っているのも貴重なほどで、櫓や門などの建造物が1つでも残っているならば、希少な存在かと思います。 二条城については築城時の建造物が数多く残っており、二の丸から本丸へ至る途中にある門は、いずれも建造時から現存しているものです。 北中仕切門(内側) 1626年の行幸時に建てられたもので、重要文化財に指定されています。 反対側には南仕切門が対で立っており、こちらも現存建造物です。 本丸の虎口近くには、二つの門がやはり対で建っていました。 鳴子門(内側) 城郭ではあまり見ないのですが、四脚門形式です。 鳴子門と対になって本丸を防御しているのが桃山門です。 桃山門(現存、国指定重要文化財) こちらも城郭では珍しい長屋門形式です。 城郭に現存する長屋門を見たのは岩槻城以来でしょうか。 さらには土蔵なども現存していました。 土蔵(北)(現存、国指定重要文化財) やはり1626年の行幸時から現存する建造物で、城郭で土蔵が残っているのは二条城だけでしょうか。 400年前から残る建造物がこれだけ多く現存していると、感覚が麻痺してしまいそうです。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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