ジョセフィーヌに出会えたことがナポレオンの至福だったのだろう
唐突だが、ナポレオンは46歳でセントヘレナに島流し、5年生きた。辞世の言葉は「フランス、軍隊、総司令官、ジョセフィーン」だったそうだ。子供ができないということで、断腸のおもいで離婚した先妻のジョセフィーンだ。まだナポレオンが権力を握っていて戦場に赴いていたころ、一日に25通もの手紙を書いていたというから驚きだ。男はまめじゃないと生きている意味が足りない。今だったら、戦場からeメールだろうか。しかし、eメールの25通と手紙のそれでは比較にならない。その多くは妻のジョセフィーン宛だったらしいが、その頃彼女は夫の留守をいいことに浮気三昧だったらしいからナポレオンも浮かばれない。一度目の島流しはエルバ島だった。そこでジョセフィーヌの死を知ったとき、ナポレオンは丸二日間、部屋から出てこなかったそうだ。出会うべき人に出会ったのだろう。自分とナポレオンを比べてみても、仕方なさが地球を二回転くらいはしそうだが、一体自分は半世紀後にこの世を去るときに、四つ目以外は何を言うのだろうかと気にかかる。特に最初の国は、日本だろうかオーストラリアなのだろうか。それとも、私と瓜二つの顔をした人間が徘徊しているといわれる南アフリカあたりなのだろうか。人気blogランキングへ遠慮と躊躇のないクリックをお願いします。