トラじい
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1月20日にタシケントは1927年以来の最低気温マイナス23.1℃を記録しました。暖房設備もこの寒さには対応しておらず職場もアパートもすっかり冷えこみました。下着を重ね着して室内でもオーバーを脱がず帰宅後風呂で体を温めて布団にもぐりこんで日中の体の冷えを癒すしかない毎日でしたが28日頃から暖かくなり昨日は昼間はプラス3度にまで気温が上昇ほっと一息つきました。
2008.02.03
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東京も雪で重軽傷者が9人も出たとか。私も慎重に歩いていますがこちらの人は慣れたもので凍った路面でも転倒する人は居らず、普通タイヤで自動車を巧みに運転しています。朝は何時までも暗く気温が下がると大気が白くかすんで太陽もぼんやり。歩道もご覧の通り清掃局が除雪作業をやりますが鉄の道具で路面の固まった雪を砕きながらの作業です。
2008.01.24
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明日の天気予報ではタシケントは最高気温マイナス7℃、最低気温マイナス15℃です。20年来の寒さとかで今までマイナス22℃を体験しました。家の暖房も寒気に追いつかず専ら布団をかぶって冬眠状態です。しかし昼の陽だまりでは雪が緩むこともあり写真のようなツララが出来ます。今年のウズベキスタンはYear of Youthということで青少年対策に力を入れるのだそうです。「若者は今と将来の力だ」というのがこの国の大統領の言です。この寒さで冬眠状態なのは年寄りだけで子供達は外で元気に遊んでいます。因みにこの国では18歳以下が未成年で人口の40%を占めています。30歳以下は64%でまさに若者の国です。
2008.01.22
明けましてオメデトウございます。今年も皆様にとって良い年でありますように!紅白が終わり行く年来る年で新年を迎えたのが当地の午後8時。それから爆竹と花火による当地の年越しが始まりました。こちトラは早々とトラになり眠っておりましたが11時27分地震で目を覚まし、そのあと新年を祝う爆竹と花火の音が響き渡りました。街の人たちは一晩中花火を揚げたり爆竹を鳴らしたりして新年を祝っていたようでした。元旦は町全体が眠っており公共交通機関以外には車の交通や人々が見られない静かなお正月でした。元旦正午のプーシキン通り市場も閑散幟も華やかになってきた。
2008.01.01
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26日朝起きてみるとまた昨夜雪が降ったらしく木々は花が咲いたように青空に映えていました。道路はすっかり凍結公園の銅像も寒そうです。タシケントの今朝の気温はマイナス8度でした。
2007.12.27
今日は大統領選挙の投票日。7年に一度の行事ですから見逃せません。投票所に行ってみました。外国の野次馬にもオープンで好意的。写真を取らせてくれました。選挙は個人の秘密が守られる様に配慮されている様に見受けられました。投票者は左の受付で登録して投票用紙を受け取る。右のブースで投票用紙に候補者名を記入し正面の投票箱に入れる。
2007.12.23
タシケントの市内バスに新たにいすゞの小型バスが投入されました。11月中旬にいすゞの井田会長がウズベキスタンを訪問カリモフ大統領に会いましたがそのときの発表によると都市型、田園型の2機種のバスをサマルカンドのSamavtoの工場で1月からスタートして年内に1000台組み立てる予定との事でした。その頃から急に市内に目立つようになりました。ツームバス停留所で発車を待つ小型バス
2007.12.18
ここでは英語が全くといっていいほど通じない。しかし電話番号簿だけは何故かイエローページ。最近は携帯電話を持ち歩いている人が多い。携帯で音楽などを聞いている若者もよく目にする。もう公衆電話の時代ではなさそうである。
2007.12.10
ウズベキスタン大統領選挙が1ヶ月前から進行中。投票日は23日。候補者は4人。今の大統領カリモフ氏もなんと自由民主党(LiDeP)の推薦で出ている。そのほか国家民主党、正義社会民主党の推薦と投票者推薦の計4名。300人の推薦があると出られるらしい。どうも候補者は地方遊説に出ているらしく市内は静かである。テレビでは候補者へのインタビューなどをやっているらしい。
2007.12.09
ウズベキスタンの大統領選挙(直接投票)が来る12月23日に行われることになり、私の事務所のあるビルの一階がその投票所に指定されました。未だ選挙まで一ヶ月以上あるのですが早くも準備万端整いました。ビル入り口の表示板選挙までの残り日数を真ん中に表示投票ブースはカーテンがついて外から覗けない様になっている私が写真を撮っていると選挙管理委員会の女性が親切に案内して事務所の中まで見せてくれました。
2007.11.19
タシケントの町の清掃は通常緑の制服に赤いジャケットの清掃員がやっています。金曜日になると一般市民や学生達も街の清掃をやります。一般市民は道路に物を良く投げ捨てるのは余り感心できませんが学生達がこうした労働に参加するのは素晴らしいことだと思います。乾燥した大地を掃くともうもうたる砂埃が・・学生達は自分の学校と公園などを清掃こちらでは子供達が家族の一員としてもよく働いていて何でも器用にやるのには感心します。
2007.11.13
今日明日の2日間上海協力機構の首脳理事会が開かれるというので街には独立記念日以来の幟の行列ができ会議が行われるインターコンチネンタルホテルの周辺にはごらんのようなたて看板が立ちました。街角に立つ警官も増員され警戒が厳しくなっています。
2007.11.02
サマルカンド訪問では郊外にある製紙の工房へ行ってみました。751年タラス河畔の戦いで唐将高仙芝が新興のアッバス朝軍に破れ捕虜となった兵士の中に紙漉き職人がいてサマルカンドに製紙工場を作ったというその場所に工房はあります。コニギルと呼ばれるその場所は30の泉から出来たといわれるシアブ川沿いにあります。往時はサマルカンド全体で400もの紙漉き工房があったそうです。当初はボロから作っていたがやがて桑の木の皮を原料に使うようになったそうです。1920年から30年にかけてヨーロッパからロシアを経由した輸入紙が使われるようになって一時この伝統が途絶えた時期があったが紙漉きのマスターたちがこの地で再興し現在一箇所だけ残っているということです。現在はテルメズスカヤといわれる郊外のこの場所には滾滾と小川が流れこれが水車を回しています。この水はザフラシャン川に最後は注ぐのでしょうか或いはその水系が泉を作っているのでしょうかよく分かりませんでしたが、女性が手ではがした樹皮を叩き鍋に入れて灰を混ぜながら大釜で煮込みこれを水車の動力で7-8時間叩解してこれにべルーラという草の根を糊にして手漉きで漉きあげています。艶出しは磨いた石や貝殻の表面で紙を強く抑えてこすります。ここのご主人のザリフ・ムフトロフさんが丁寧に解説してくれました。
2007.10.22
待望の雨!朝起きた時に薄暗いと思っていたらなんと空が曇っているではありませんか!7月の始め以来の曇り空です。そのうちポツリポツリと雨が!感激して思わず飛び出して写真を撮りました。雨はしとしとと降っておりもう気候はすっかり秋です。今日の最高気温は18℃、最低気温は1℃の予報です。
2007.10.19
10月になってもタシケントの市場は未だメロン、スイカがたくさん出ています。最近はこれに大型のカボチャが加わりました。
2007.10.14
ウズベキスタンは2カ国を通過しなければ海に出られない内陸国。魚屋さんには淡水魚が並んでいます。手前には鱒、先のほうにはフナや鯉、泥鰌のように我々もおなじみのものがありますが名前を知らないのも沢山あります。ここにはありませんが大型の草魚やチョウザメも良く見かけます。海の魚も冷凍物が時に入荷します。今年は秋刀魚にもお目にかかりました。市場の魚屋さん
2007.10.06
昨夜はぐんと冷え込んで震え上がりました。市場も愈々冬支度の買物も始まっています。干し果物のなかでも干し杏が大量に出回っています。勿論干しメロン、干し葡萄、干し棗、干し無花果などなどもありますが干し杏の量が圧倒的です。ダンボールの箱で売っている干し杏玉ねぎやジャガイモは袋入りのものを買って地下室に保存しておく家庭も多いらしく幾袋も一度に買う夫婦が目立ちます。袋入りで売る玉ねぎ
2007.10.05
9月20日ごろからタシケントの各市場で養蜂組合が市の後援で蜂蜜フェスティバルをやって居ます。今年は各国から蜂が消える騒ぎが報じられ気候異変説やウィルス説が取りざたされていますが当地はシルダリア、ジザクなどでの養蜂は収量が多かったようです。特にジザクの山岳地帯で集めた5トンの蜂蜜に人気が集まっているそうです。クイリク市場の蜂蜜やさん
2007.09.29
ロバは農村では未だ重要な働き手ですがタシュケントの市内でもこのような車を引いた馬車を良く見かけます。このロバのご主人はなかなか都会的な人のように見受けられます。後ろの荷物はしかし市場の野菜くずなどが積んでありました。
2007.09.28
秋になってパプリカが大量に市場に出回ってきました。トラックに一杯積み込んできてこれを市場の横の路上で売りさばいています。これはクイリクバザールでの風景です。
2007.09.27
東京には曲がり角が多いと何かの本で読んだ記憶がありますが北京のように一辻歩くのに10分もかかる馬鹿でかいところもあります。ここタシケントも新市街はソ連時代に都市計画で作られただけあって広い道路、と長い一区画が多く立派な町並みです。散歩で足を鍛えることが出来ます。しかしご用心。歩道には穴ぼこが口をあけていたり、階段に鉄筋がむき出しになっていたりするところがあり夜歩きには細心の注意が必要です。
2007.09.11
ノン(平焼きパンーレビョーシカ)を焼く釜は街のあちこちで見られます。釜を炭やガスで加熱して釜の内側にパン種を貼り付けて焼くのです。市場のノン屋小型の肉入りパンであるサムサも同じようにして焼きます。これはサムサ専用の釜で内側に貼り付けてあるのがサムサです。サムサの釜釜の中の温度は高いので取り出すための道具が必要ですがそれぞれ自分で工夫して作っています。
2007.09.06
ここタシュケントの果物はどれも味が濃く大変甘いのが特徴です。タシュケントのアライスキー市場の果物屋さんを覗いてみました。葡萄大きなざくろ手前のはイチジクです。
2007.09.04
タシケント空港で撮った写真です。さてナンでしょう?ウズベキスタンは最大の紙幣が1000スムで日本円に換算すると約100円です。したがって少し纏まったお金を払うためには大量の紙幣が要ります。この写真はに搭乗の際に重量オーバーになった人が追加料金(エクセス)を払う窓口です。かばんやリュックに紙幣を入れてきて払っている人もいます。受け取るほうもこれを数えるのが一仕事です。
2007.08.31
タシュケントの市場には肉屋もあり、羊、牛、鳥、豚などの肉を売っています。未だ肉を冷蔵するシステムが少ないなでごらんのようにして売っています。ある意味では大変新鮮な肉しか売っていないともいえます。回教国ですが豚肉を食べる人もいるようです。
2007.08.27
タシュケントは元々オアシスの町ですが、市内は大きな樹木が育ち緑豊かな街になっています。市内のあちこちに噴水栓があって散水をしているのですがこの水は市の北東から東を流れるチチリク川からカナルと呼ばれる水路を通って市内に取り入れられています。カナルは市の北東から南西に流れていますがかなり水量があります。アルマザール通りにかかる橋の下には堰が設けられていますがこのあたりはかなり流速がありカヌーの練習場になっています。又このあたりに泳ぎに来る人もいます。
2007.08.25
9月1日はウズベキスタンがペレストロイカの波に乗ってソ連から独立した日です。街はこれを祝うための飾り付けが早くも始まっています。大通りには国旗が飾られています。旧ソ連の影響下の国は細長い旗を飾るのが好きです。市内のウズベキスタン公園の回りや中にはこうした飾りが沢山出来ています。橋の上には沢山の幟が立っています。日本ならさしずめ不動産の広告といったところですがここでは色とりどりの単色の旗が並んでいます。
2007.08.24
仕事の帰りに見たムクゲの垣根です。タシケントの市内では時々ムクゲを見かけます。6月から咲き始めそれ以来ずっと咲いています。長い間雨が降らないので木々の緑も心なしかくすんできていますがムクゲは元気です。今日の高校野球の決勝国際放送でも放映され大逆転のシーンに手に汗を握りました。
2007.08.22
当地も大分涼しくなったとはいえ今日の最高気温は35℃。夏の風物詩スイカ。ここではスイカもメロンも大変甘く毎日食べています。街角には少年が小さな台車に乗せて売りに来ます。どちらも大変大きいので家の前に売りに来たのに声をかけて買います。路上にもスイカ・メロン売りがでていますが、私のような年寄りには運搬が問題で買うことが出来ません。
2007.08.21
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メドレッセというのはイスラム教の学校のことで大体16歳で入学して4年間学びます。宗教だけでなく数学や国語、理科など通常の学校と同じ教育もします。中庭を囲む2-3階建ての方形の建物になっているところが多いようです。写真にある19世紀の新学校アブドラ・ハシム・メドレッセは正確にはメドレッセ跡で教室の跡がウズベキスタン伝統工芸の工房になっています。このメドレッセは中庭が広く樹木が植えられていてその木陰にチャイハナなどに良くある涼み台を置いて工匠たちがくつろぎの時間を過ごしています。建物の中は不思議に涼しく緑溢れる中庭には静かな時間が流れています。
2007.08.19
今月はサマルカンドで世界音楽祭が開かれますがこれには日本舞踊と能楽が出演します。その流れでタシュケントのナボイ劇場でも来る24日に開催されます。この劇場はソ連が日本兵捕虜を使役して建設したことで、日本の技術力の高さを示す象徴となっています。
2007.08.17
タシュケントは公園が多いのですが野草の種類はそれ程多くありません。名前が分からないので若しご存知の方は教えて下さい。上の花は朝開いて昼ごろには花を閉じてしまいます。乾燥地帯の植物らしく小さな葉があるだけなので花を閉じると枯れ草のように見えますが翌日になると又花を開きます。上の花はつめくさの一種でしょうか。花は可憐で7月に入って咲き始めました。上の花は小型の昼顔のようなつる草です。しかしこの花はやはり朝咲いて昼には花を閉じます。蔓もあまり長いものではありません。
2007.08.08
町には結構高層アパートもあります。広い敷地に立っているので余裕はありますが少し老朽化しているのが問題です。マハラというのはウズベキスタンの伝統的な互助組織で地域ごとにあり長老が取り仕切っています。最近は政府もこれを利用する傾向にありますが若者たちの無関心が問題だそうです。8月は瓜の季節です。スイカ、メロンの甘さは格別でしかも安いのには驚きます。このカボチャのようなメロンが一番甘くて上等です。
2007.08.06
タシュケントの町を少しご紹介します。下のアパートは私が住む2DKのアパートです。なにやら難民アパートめいていますが中に入ればまあまあです。ソ連の時代にこのアパートの一室を支給されそのまま住んでいる人がほとんどで従って年寄りが圧倒的に多いのですが世代の交代とともに貸し出されたり売りに出されたりしています。4階まで届くような緑の木があって暑さがさえぎられ居心地は悪くありません。最近は少しずつアパートの中の人とも付き合いが始まっています。ウズベキスタンといえば回教国しかもスンニ派の国ですがキリスト教や仏教と平和的に共存しています。写真はキリスト教会です。上の写真で見るように道路は余り良いとは言えません。雨が少ないので水溜りはあまり出来ませんが足元に注意して歩かなければいつ穴ぼこに落ち込むか分かりません。しかし、とても緑が多い町で公園がいたるところにあります。わりと銅像が好きであちこちに色々な人の銅像があります。下の銅像はボハドール・シャストリという人の銅像です。ウズベキスタンのヒーローはティムール帝国を築いたティムールですがその5代下にバブールという人がいます。この人はティムール帝国が崩壊した時の当主ですがその後インドに逃げてムガール帝国を作りました。そして何百年もたってその子孫でインドの宰相となったのがこの人なのだそうです。
2007.08.04
タシュケントは道路が広く車の台数が少ないので渋滞はありません。Daewoo(韓国ブランド)の車をノックダウしておりNEXIA,MATIZ,KACETTIといった車が幅を利かせています。欧州の車と日本のトヨタ、日産なども時には見かけます。ソ連時代の車もモスクビッチ、ラド、ボルガなどがまだ健気に沢山走っています。ソ連の車はクラシッックカーの風格すらあります。写真はモスクヴィッチです。タクシーはとても安く庶民の足になっています。
2007.07.08
タシュケントは首都としてあらゆる市内交通機関が揃っています。地下鉄、近郊電車、市電、乗り合いタクシー、バス、トロリーバス、タクシーなど。地下鉄と駅はテロ防止のため撮影禁止になっていますので写真は取れません。バスは比較的新しい車両もありますがそのほかはかなり老朽化した車両が反って旅情をそそります。乗り合いタクシー(30円)を除き一乗り20円です。
2007.07.07
7月に入り果物やスイカ、メロンなどが沢山出回るようになりました。6月にあったイチゴ、ベリー類、桑の実などに変わり杏、桃、リンゴ、葡萄などです。小ぶりではありますがこちらの果物はとにかく甘いのが特徴です。こちらでは干し葡萄、杏、棗、メロンなど色々な種類の干し果物がありますがこれらも甘さは飛び切りです。スイカやメロンもそろそろシーズン入りです。まだ味わっていませんが日本のものとは比べ物にならないほど甘いのだそうです。
2007.07.02
ウズベキスタンは宗教の自由を保障しています。国民の85%はイスラム教(主としてスンニ派)です。この国ではキリスト教、仏教、ユダヤ教とちゃんと共存しており先日ロンドンで共存の秘密についてセミナーが開かれたほどです。タシュケントにはメドレッセといわれるイスラム教の高校があり16歳で入学して20歳で卒業します。一般教養だけでなくコーランを勉強します。写真は16世紀創建の伝統ある学校でこの青い色彩が歴史建築の特徴です。内部は2階建ての教室があり今も中で講義が行われています。この講義は何についてのものかよく解りませんが仏教の曼荼羅を連想させます。
2007.06.26
夏雨が降らないウズベキスタンの人達は噴水が大好きで至る所に噴水と冠水装置があり緑を守っています。
2007.06.25
連日当地では40度を超す猛暑が続いています。市場は野菜やスイカ、メロンその他の果物が豊富に出回っています。
2007.06.23
タシケントはは治安もよく物価も安く大変住みやすいところです。市場の写真は4月に取ったものですがもう豊富な野菜で溢れていました。野菜は日本とよく似たものをうっていますが、チーズやソーセージ、ハム、キャビアの売り場は圧巻です。何処の国でもそうですが市場はその国を最もよくあらわしています。国際フードフェスティバルが迎賓館で開かれたので覗きに行きました。ウクライナやカザフスタン、トルコ、イラン、インドなど近隣諸国の参加で開かれたものでしたが、華やかな音楽と各国の料理が堪能できました。かって捕虜になってソ連に連れ去られた日本の捕虜たちが建設したというナボイ劇場があります。日本の技術の高さを表す象徴になっています。ここは大変バレーが盛んで結婚式の演しものにバレーが出るほどですがナボイ劇場にも市民たちは気楽な服装でバレーを楽しみに来ています。場面はくるみ割り人形です。
2007.05.31
石原知事の本丸、都庁第一本館42階から新宿御苑方面をみた写真です。写真には入っていませんが右手には神宮外苑の森が見えます。
2007.03.24
今日はやっと暖かくなり絶好の散歩日和です。都知事選の不在者投票をしに練馬区役所に行きました。区役所の20階から見ると新宿副都心が近くに見えます。中野サンプラザはもっと近くに見えます。
2007.03.23
町は刻々変化しています。私の周辺では感覚的には次のような変化がありました。1.減ったもの 本屋、時計屋、金物屋、魚屋2.増えたもの コンビニ、ドラッグストア、めがねストア、不動産屋、100円99円ショップ市場の辺りは余り変わりませんが、周辺は常にいろいろな商店が出ては消えています。今日商店街に出ていて目に付いたのは税務署ののぼりです。大変親切に場所をのぼりで教えています。確定申告には多数の指導員がいて書類作成も簡単です。今日用があって都庁に行きました。新宿中央公園ではコブシが満開でした。
2007.03.22
娘が元気にしてる?と電話してきました。先日届けた野菜が美味しかったと言うお礼の電話です。また持って来いというサインと受け取って早速また届けるわねと家内が約束しています。娘も勤めているので取りに来る暇はありません。こちらの野菜を頼りにしてくれるのは嬉しいが寒いので田舎に行くのは億劫です。しかしここは信頼に応えるべく週末には出かけねばと考えながら、ふと我が家の野菜倉を見るとまだ白菜や人参が沢山あります。ジャガイモが一斉に芽を出しているのを発見!これ食べられますかね?
2007.01.16
今年の正月改めて感じたことの一つに門松を飾る家が減ったことです。私の家の一角は大通りから角を曲がって9軒ありますが今年門松を飾ったのは我が家を入れて2軒だけでした。道の向こう側も同じようなものです。一方ライトアップされたクリスマスツリーを飾る家は年々増えているようです。私の通りは年寄りばかりでツリーはありませんが地下鉄の駅に行く途中に何軒も見ることが出来ました。例年商店街の神社の入り口で年末になると正月飾りの露店がならんでいたものですが、今年は店も一軒だけになりました。昔は今日までが松の内だったのですが今は7日までと言うのが常識になりました。今朝公園の桜の木を何気なく見上げるともう花芽がついているのが確認できます。庭の石楠花もしっかり蕾を膨らませています。もう春です。
2007.01.15
正月酒に酔いしれて怠けているうちにいつの間にかもう今年になって10日も経ってしまいました。今年の正月は徹底的に怠けて孫たちが遊びに来た日に孫と遊んだのと何回かの新年会に顔を出したり家内の正月バーゲン出撃に付き合ったりした程度で何日かは朝から本を読んだり昼寝をしたりグダグダして日をすごしました。本は「竜馬がゆく」(8巻) 「大地の咆哮」 「正部家ミヤ昔話集」 「コーポレートガバナンス国際比較」など手当たり次第でしたがたまには知的な刺激も必要のようです。竜馬の時代は人々の意識の中では藩がそれぞれ独立した国であったわけで、日本人と言う単位で物を考えた人は竜馬や勝新太郎など少数派だったようです。現代は日本だ中国だアメリカだと国単位で物を考えるのがすでに時代遅れなのではないか、世界人という目で世の中を見渡してみるとブッシュも幕末の将軍のように滑稽に見えて来ます。今頃「物を言う外交」などと言っている人もです。私がサボっている間にも庭の木は春に向けて着々と花芽を膨らませています。
2007.01.11
一年たつのが早いのには全く驚くばかりです。今日でもう一年が終わります。今日は外回りの清掃を終え、今晩来るという娘の来着を待つばかりです。明日は孫どもが来てくれるそうです。隼人瓜はまだ元気に蔓を伸ばしています。家の中はつる性の植物でかなり混雑し始めました。では皆様よいお年を!
2006.12.31
年もいよいよ押し詰まり、年賀状も出し終わりました。最近は一年の終わりに近況報告をメールで出し年賀挨拶に代えることにしていますので、年賀状を出すのは親戚とメールを持たないお年寄りだけです。今日は山の神の運搬係でリュックを担いで築地場外市場に行きました。今日が最後の日とあって市場は押し合いへし合いの大混雑です。之に外人観光客まで加わりExciting!な買い物になりました。買い物を終わり混雑を抜けてほっと空を見上げるとビルの窓の清掃人がアクロバチックな作業をやっていました。
2006.12.30
ここ2日ほど家の掃除にこき使われております。小さな家ですが家のうち外、結構やることはあるものです。天気がよいので家の中は暖かく正月に咲かせるべく蕾を買ってきた水仙がもう開いてしまいました。沢山出来た柚子のママレードは正月の来客に備えて食品庫の中で出番待ちです。
2006.12.29