‘博士の愛した数式’でも感じられたのだが、小川さんの作品を読んでいると、
これといった大きな出来事が描かれているわけでもなく、文体も淡々としているのに、
心の奥底がくすぐられ、静かな喜びに包まれる。
1972年、母子家庭の朋子が、伯母の住む芦屋の家に1年間預けれた日々が、
思い出として語られている。
外観はスパニッシュで、内装はドイツ風の芦屋のお屋敷。
そこには、伯母さんの他に、ハンサムな伯父さん、娘のミーナ、
ドイツ人のローザおばあさん、お手伝いさんの米田さんが住んでいる。
息子の龍一さんはスイスの大学に留学中である。
通いの庭師は小林さんで、その庭には、ポチ子がいる。
なんと、ポチ子はコビトカバだ。
戦前は、他の動物も飼い、小さな動物園として、
近所の人たちに楽しんでもらっていたというのには、驚きだ。
その夢のようなお屋敷での1年間が、朋子の目を通して丁寧に語られている。
喘息もちで痩せているが、美しいミーナ。
本が大好きで利発なこの少女には、秘密のコレクションがある。
その秘密を明かされたときから、朋子とミーナの関係は親密になり、
深く心を通わせていく。
ミュンヘンオリンピックでの男子バレーボールの活躍、こっくりさん、
おじさんの会社で作っている<フラッシー>という飲み物、乳ボーロ、
ジャコビニ流星雨などなど・・・
この作品で語られる言葉になぜかノスタルジーが誘われ、
彼女たちの過ごした日々が、目の裏に生き生きと蘇るのだ。