これまで読んだ作品の中で、最もやり切れず、辛い作品だ。
妻に先立たれ、かわいい娘と2人暮らしの長嶺。
ある日、15歳の娘は友達と花火大会を楽しむために、
買ったばかりの浴衣姿で嬉しそうに出かけて行った。
そして、2度と帰ってくることはなかった・・・
帰りが遅いことに気をもみながら、あまり心配ばかりして娘から疎まれるのを恐れ、
なかなか携帯に掛けられなかった長嶺。
娘は友達と別れ、ひとりで駅から歩いて帰ってくる途中に、
とんでもない男どもの餌食になったのだ。
自らの欲望を満たすためなら、どんな事でもするという血も涙もないやつら。
そして、その犯人は少年2人だった。
長嶺は何者かの密告により、犯人の正体を突き止める。
娘を帰らぬものにした犯行の一部始終を、あることをきっかけに知る。
かけがえのない娘の命を卑劣な方法で奪われた長嶺は、
胸をかきむしられたように嘆き、号泣し、
犯人2人を激しく憎悪し、復讐を誓う。
本当に、本当に、辛い内容である。
年頃の娘を持つ親でなくても、この惨い犯行に涙がこぼれ、強い怒りを覚えるはずだ。
少年犯罪において、加害者は徹頭徹尾プライバシーが保護され、
逮捕されても更生と称して、重く罰せられる事はない。
一方、被害者の遺族は、どん底を味わっている間もマスコミに追いまわされ、
周囲の好奇の目にさらされ、さらに辛い立場に立たされる。
犯人がつかまっても少年であれば、大した刑も与えられず数年で社会にでてくるため、
遺族の無念は果たせない。
大切な家族を奪われ、何の保障も得られず、悲しみは一生癒されることがない。
東野氏は、この作品を通して、
少年法への疑問や被害者に冷たい司法のあり方を問い掛けているのだ。