戯曲 ぐゎらん堂書店の店長さんの事(11)
ご無沙汰しておりま~す! 昨日の夜は、東京も、雪がバラバラ降ってましたよ~。(アハハ~、 音はしませんでしたけれど・・・) 戯曲 ぐぁらん堂書店の店長さんの事 ***** ***** 豆腐屋さんの「とーふー」ラッパが 遠くで鳴っている。照明が入ると、 ここはいつぞやの古本屋の店先。ど うやら店じまいになったらしい。 上手より店長が現われる。 店長 あれ?この店、つぶれちゃったのかな ? ちょっと考えてから、店先にあるば ばっちい椅子に腰掛けてみる。 店長 (つぶやく様に)彼女は枕をかかえな がら、うつ伏せに寝転がって、クロスワー ドパズルを解いている。僕はぼんやりしな がら、彼女にタカシの事を話していた。が、 彼女の生返事がぴたりと止まった。何時の 間にか寝入ってしまったらしい。 青年が赤い本を読みながら下手より 現われる。まったく前方を気にして いない。店をそのまま通り過ぎよう とする。 店長 (うつつな感じで青年に近付きながら )枕に顎を落として眼をつむっている。さ らりとした髪が花柄の枕の上を這っている。 青年 (本から急に眼を上げて)僕は鉛筆の お尻でその髪をくるくるといじくった。( と、店長の髪を鉛筆でいじくる) 店長 (不意打ちをくらって正気に戻り)わ っ!! なんだ……。 青年 (本をとじながら)すると彼女はふと 眼を開けてパズルを見詰めていた。が、そ のうち僕の方を面倒臭げに見て、「あした また早いから寝ようか。」と、無造作に明 りを消した。暗闇の中で柱時計は三度鐘を 打った。 店長 いやっ!! 本当は柱時計は鐘なんか打た なかったんだ。第一、柱時計なんて、なか ったんだよ。 青年 (正気に戻って)あなたはーー。 店長 いつぞやはどうも。 青年 あの時は、輪をどうもありがとうござ いました。 店長 いいえ。(本に気づき)その本、どう なすったんです? 青年 ええ。ぐぁらん堂さんで買って来たん ですがーー。 店長 (例の本だとわかり)ぐぁらん堂で売 ってましたか? 青年 ええ。本棚から選び取りました。それ よりあなた、柱時計の事ーー。 店長 ああーー、柱時計の事?! 青年 この本、あなたがお書きになった本な んでしょう? 店長 ええーー、まあ。 青年 でも、僕にはあまり関係がない本の様 です。 店長 そうでしょう。わたし自身の為に書い た本なんですからーー。 青年 それで、古本屋に来たわけなんですが ーー、これ、見せじまいでしょうかね?! 店長 ええ、どうでしょうかね?! 店長はちょっと戸を引いてみる、と、 開いた。 店長 あれ!! あいちゃったーー。 青年 はい。 店長 (店の中をのぞいて)ごめん下さい!! 青年 ごめん下さ~い!! 店長 やっぱりるすかな? 青年 おやじさ~ん!! 店長 無理みたいだよーー。 と、花道から、古本屋のおやじが豆 腐をなべに入れて走ってくる。でも、 豆腐の角がかけない様に気を配りな がらーー。 青年 この本、引き取ってもらえませんか? おやじ この本はーー。わなわな。(わざと らしい) 店長 僕が買います。 おやじ いや、わしが買おう。 店長 でも、もう店じまいじゃありませんか。 おやじ わしが欲しいんじゃよ。 店長 本当云えば、私も欲しい!! おやじ 何故?! 店長 私が書いたからです。 おやじ なに!! お前さんが書いた……。じゃ が、書いたあんたよりも、わしに必要なん じゃよ。 店長 でもーー。 おやじ いや、わしが必要なんじゃよ。わし も生き過ぎたのかも知れん。過去も持てば 持つ程、死ねなくなって行く。どうしてじ ゃろうーー。若い頃は死ぬ事なんかちっと も恐ろしくなかった。いつか死んでやろう と思っとったよ。でも、過去を持つたびに、 過去がわしを引き止めてしまう。過去が重 過ぎて、天に上って行けないんじゃろうか ?! 店長 地獄にも落ちる事もできないんでしょ うか?(云ってしまってから困る) おやじ わしもそれが云いたい。地獄のザル に過去が大き過ぎて、引っかかってしまう のじゃろかーー。 青年 過ぎる事はよくありませんねーー。お じいさん、あなたにこの本が必要ならば、 差し上げましょう。 おやじ 本当かい?ーー考えてみると、わし はもう長くなかろう。 店長 何を云ってんですか!! おやじ わしが晴れてあの世に行った時、そ の本をあんたにあげよう。 店長 えっ?! 青年 話は決まりましたね。この本、あなた に差し上げますよ。(おやじに本を手渡す ) おやじ わしがあんたさんからこの本をもら う。わしはあんたさんにーー。(ちょっと 考える)これをあげよう。(豆腐のナベを 差し出す) 青年 とうふ?! おやじ 金がないもんでな……。 青年 はあーー。これで僕は、夕飯を食べる んですねーー。 おやじ そして、この本を(店の中に入り、 空っぽの本棚へ入れる)この中にいれる。 ーーと。 店長 それを、おじいさんにもしもの事があ ったら、(店の中に入り、本を取ろうとす る)わたしが……。 ホテル・カリフォルニアが流れ、女 の手が、店長の手をつかむ。 店長 (唖然とする)……。君ーー。 音楽と共に、章子が本棚から現れる。 店長 わたしが居るから、君がいるのか?! 章子 そう。あなたが必要としているからで す。 おやじ 知らんうちに、わしの本棚に住んで もらっては困るな……。 章子 かたい事云うな!! 青年 それじゃあ皆さん、さようならーー。 豆腐のナベを持って花道を行こうと する。 章子 青年!! おやじ その豆腐、湯どうふにするとうまい ぞ。まあ、新しいから、冷や奴でもいいが ……。 章子 青年!! 青年、立ち止まって振り向くーー。 章子 角をくずさない様に……。 おやじ (ガクッとなる)……。 章子 あんたが今から先、どんな一生を送っ て行くかわからない。その豆腐を、どんな 風に調理して夕飯にするかすらも分かっち ゃいない。わたしがもし、あんたにこれ以 上関わる事ができたなら、きっと何かが変 わって行くでしょう。でも、これ以上は関 わる事はできません。わたしはあなたと同 じです。必要とする人には関われるけれど、 それ以外の人には関われない、文章の中の 人間なのです。関わりたいのに、関われな い。 青年 章子さんーー。 章子 青年!! あんたは本当は関われるんだよ。 わたしの様に、関われない者とは違うんだ よ。 青年 僕ーー。 章子 (煙草に火をつける)青年!! 人間にも、 それ以外のものにもなれなかった青年!! 関 わって行く、求めて行く事を捨てたあんた ーー。それでもいい。関わって行けとは云 わないよ。でもひとつ!! 青年 ひとつ?! 章子 只ひとつ!! 青年 はい。 章子 進んで行きなさい。 青年 進むーー。 章子 留まる事も、引き戻る事もできないん だよ。進むしかないじゃないか!! 青年 ……。 章子 進みたくなくなったら、豆腐の角に頭 をぶつけて死になさい。 青年 (豆腐を見詰めて)でもーー。 章子 豆腐の角がつぶれたら、また進んで行 けるよ。 青年 はいーー。 章子 さあ、向こうを向きなさい!! そのまま 進むのよ!! 青年は後ろを向くーー。 章子 進んで行きなさい!! 只進むのが辛いな ら、煙の輪をはきながら!! 青年は豆腐に気を使いながら、足早 に去って行く。 店長 行っちまったーー。 おやじ うん。 章子 そう。せめて、煙をはきながらーー。 店長と古本屋のおやじは章子の方を 見る。 章子 (正面を向いたまま)あなたがいるか ら、わたしが居るんです。 煙の輪をつくりながら、章子は天に 上って行く。ホテル・カリフォルニ アがくどく流れる。 章子 (ハミングしながら)ルルル……、ラ ララ……、ルルル……、パパパッパッパッ、 ホテル・カリフォルニア……。ルルル……、 ルルル……。 章子は完全に姿を消す。 店長 (章子を見送って)あれ、まっ、ちゃ ん、でべその宙返り。 おやじ 何かね、それーー? 店長 嫌だな。おじいさんが云ったんですよ。 おやじ ほう。でも、どうでもいい事じゃな。 幕 ***** ***** と、いう事で・・・やっと、幕を迎えました~。 ・・・とっぴんぱらりの、ぷ~。 読んで下さった律儀な方・・・ありがとうございました~。 手が、疲れた~。