百花繚乱

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• -Fortune-

  004私のお気に入り。トマトレモン。甘くて酸っぱくて完熟でドロドロ。ドロリ濃厚。私はありったけのトマトレモンを籠に入れる。お金だってちゃんとある。神社に行けば箱の中に入ってる。たまに一万円札が出てきてラッキーなんてこともしばしば。でもこの前、泥棒扱いされて少しへこんでいたりする。「あの……」「ん？」声をかけられた。振り返ると少年が一人そこにいた。「あの……」「ん？」「トマト、レモン……」「おいしいよね。」さすが最近の若いの。この味がわかるなんて通だね、なんてことを考える。「ひとつ、譲ってくれない？」少年は籠いっぱいのトマトレモンを指して言った。「何で？」「君が買い占めた。」「君というのは古来から高貴なものをさす代名詞だ。私はそんなに高貴ではない。」「はぁ…。」何だろう、せっかく説明してあげてるのに腑に落ちない顔をしてる。「ひとつ、分けてくれないかな？」少年がもう一度言う。見ればトマトレモンは私がすべて籠に入れていて在庫がない。「はい。」ひとつ籠から出して少年に渡す。「ありがと。」「おいしいよね。」「おいしいのだろうか？」「おいしいんだよ。飲んだことないの？」「ない。」「人生損してる。」「俺の人生を全否定しないでよ。」おかしな子だと思う。「じゃ。」私は身を翻してレジに向かった。レジでお姉さんが目を丸くして私の籠を見る。そんなに驚かなくていいのに、とも思う。「3600円です。」「500円に負けて。」「無理言わないでください。」「私、五百円しかないの。ここで買ってほしいでしょ？だから負けて。」「お客様、迷惑です。」「どうしたら500円になるの？」「どうしてもなりません。」うぅ、と私は思考を凝らす。毎回毎回ここの人は頭が固い。一昔までは八百屋の長さんが活きのいい大根の葉っぱを格安で売ってくれたり、魚屋のノリスケさんも活きのいい秋刀魚を格安で売ってくれたり、肉屋の京ばぁちゃんもコロッケを分けてくれたのに。どうしようか……？「あの……。」「ん？」「えっとお金、ないんだ？」「あるよ、立派な五百円玉。」「それじゃ足りないよな。」「負けてもらうから。」「無理だと思う。」さっきの少年までそんなことを言ってくる。やってみなきゃ分からないじゃない。「今日のところは四つ買って後日お金を持って買いに来たらいいじゃないか。」「どうして？」「君が500円しかないから。」「私高貴じゃない。」「ユーが500円しかないから。後ろも混んでるし。」うぅ、仕方がない。今日はこの少年に免じてあげるよ。「じゃ、そうする。」「よかった。」私は四つのトマトレモンを持って再び会計したのだった。

  2009年03月30日

• -Fortune-

  002私は空を見上げた。いつも見る、星空だった。月は三分の二ほどは欠けていた。私はいつもの道を歩く。「ここも、もうすっかり変わったな…」数年前、ここには電柱などなかった。数年前、ここにはコンビニなどなかった。数年前、ここには優しいおばあちゃんが経営していた駄菓子屋があった。街は変わっていく。たったひとり、私を残して…。わかってたことだけど、それでも悲しい気持ちになる。そういう気持ちになる度に、私は自分を叱咤した。あのとき、覚悟は決まっていたはずなのに…。空を見る。「昔は、もっとたくさん、星があったのにな…。」もう、何度めの夜空だろうか、そんなことをふと考えた。―――もう何年、この空を見続けてきたのだろうか？003「さて、これ、何だと思う？」「星。」望遠鏡から俺は目を離して、健一が差し出してきたクリスマスツリーのてっぺんに飾るべき装飾品を見て答える。「星？」「星。」星と答えた俺を健一が残念そうな顔をして見つめたかと思うと、健一は目を見開いて「こんな形の星などあるかぁぁぁぁ！」叫びだした。だって、ねぇ…？これ何って言われたら、星、としか答えれないじゃん…。「じゃぁ、なんて答えればよかったんだ…？」「誰が考えたのかわからないが、絶対にそんな形ではないのに、一般的に星型と言われている形をしたクリスマスツリーの装飾品、略してDZI装飾品。」「いやいや、なに、DZI装飾品って。」「誰が考えたのかわからないが、絶対にそんな形ではないのに、一般的に星型と言われている形をしたクリスマスツリーの装飾品。いやはや、君もまだその程度だったとは。」あれ、なんか人間的価値が大幅にダウンした気がする。「というわけで、咽が乾いた故、飲み物をかってくるんだ。」「なぜに俺？」「他に誰がいる？」「お前。」「愛だよ。」「愛なのか？」「愛なんだよ。さぁ、買ってこい。おっとコンビニに新登場のレモントマトがいい。」そういって千円札を俺に渡す。自分で買えよと嘆息しつつ、俺は千円札を受け取り、屋上を後にした。

  2009年03月08日

• -Fortune-

  空は繋がっている。人を、町を、山を、海を。朝やけ、昼空、黄昏時、夜空。いつも、絶たれることなく、包み込んでいる。000夜。ようやく私は廃駅から一歩、外に踏み出す。月明かりが優しい。星が光っている。昔はもっと星があった。この駅がまだ運行して、電車が通っていたもっとずっと前。星は、数えきれないくらいにあった。ひとつの星座さえ、見つけるのに苦労した。けれど今は、街中が光で溢れかえっている。星は存在を隠し、より強く光っているものしか見えなくなってしまった。「……ふぅ。」嘆息をついて、私は一歩、一歩と外へ出る。001「愛だな。」「そうか、愛なのか。」「もちろんだ。愛がなくてどうして語ることができようか、否、語れまい。」「その反語法強調も、愛の一環か？」「ようやく分かってきたではないか。そうだ。杉田玄白だって愛で解体新書を訳したように、俺達も愛でみつけようじゃないか！」そう言って健一（けんいち）は俺に肩をかけてくる。暑苦しいからやめろと一蹴、俺はもう一度空を見上げた。健一が望遠鏡を設置し始める。健一は天文部、といってもまだ同好会だが、それを立ち上げるくらい星が好きな奴だった。なにか、何万年、何百万年かかってやってくる星の光に神秘を感じるのだと、初めて健一と喋ったときに語ってくれた。俺も少しばかり星や空には興味があった。だからこうして、二人並んで天文同好会の活動にいそしんでいる次第である。「フッ…見よ、宵の明星、ヴィーーーーナスだ！」「金星、そろそろ暮れる時間だな。」「お前にも見えるか。やはり愛があれば金星とて肉眼で見ることができる！」いや、愛がなくても、と胸中で呟いて金星を見る。その金星は、明るい街の中でも、堂々と光っていた。

  2009年03月05日

• -Repeat the Memories...-

  #7今でも時々、僕は思いだす。僕たちがまだ、普通に付き合っていた頃のことを、だ。夕といるだけで、何もかもが幸せのように思えて仕方がなかった。普通に話して、買い物して、手をつないで、笑いあって、お互いの眼を見て、キスをして。そんな、"当たり前のこと"を僕たちは何よりも大切にしていた。○○○「大丈夫、だから」夕は最後にこう言った。夕が僕を覚えていた最後の日、夕は僕に向かって、そういったのだ。彼女は怖がっていたに違いない。頭の中のものを端から順にブラックボックスのようなもので覆われて、失っていく、そんな一瞬一瞬が、すごく怖かったに違いない。僕にはわからないけど、夕の苦しさを分かち合いたかって、一緒に泣いてあげたかったけど、僕は無力で、才能なんかなくて、ただ、見ていることしかできなくて、そんな自分が嫌になって何度も何度も何度も手首にカッターの刃を押し当てて。夕の苦しみを物理的に味わってみたくて、痛くて、でもそれが嬉しくて…。○○○最後、何も覚えていない夕は、あやふやな日本語で僕に言った。「海って、世界中と繋がっているんだよね。うらやましい。私も、そうやってたくさんの人と繋がって、必要とされる人間になりたい。」僕の頭に水島のことが蘇った瞬間だった。彼女が言ったことの意味深さを僕はその時痛感した。泣いて、泣いて、泣きじゃくって。水島の時も、夕の時も、僕はいったい、何なんだ！高校生なのにみっともないなんて微塵も感じずに、ただ、夕の前で、涙を流した。その時からだ。世界が灰色に見えたのは。僕が、物語を綴るようになったのは。○○○夕の病状がひどくなり、夕は遠くの病院へと言ってしまった。最後に僕は夕の付き添いの方にお願いをした。「もし、夕が元気になったとき、僕に教えてください！ただ一言、僕に教えてください！僕、いつまでも、待ってますから！」病室で叫んだ。涙を、流しながら。付き添いの方は、真剣な顔で頷いてくれた。だから、僕は待つんだ。一通の報告を。―――これが、僕たちの邂逅の結末。―――僕たちが、邂逅した証。（finish...）

  2008年11月20日

• -Repeat the Memories...-

  #6私にとって、今日も世界は灰色でした。雲間からかすかな光が差し込んだと思ったら、その光はすぐに別の雲に覆われて消えてしまいます。重い体を引きずりながら、私は、またこの場所にやってきました。どうしてでしょうか？どうして私はこの場所に来るのでしょうか？あの日から、私の時間は止まったはずなのに、私は何を期待しているのでしょうか？○○○私には、記憶が、ありません。どうして記憶がないのかもわかりません。私の記憶を支えているのは、あの日から今日までの、日記帳。私の記憶は24時間で、すべて消えてしまう。昨日のことも一昨日のことも、一年前のことも十年前のことも、私にはあって存在しない時間なのです。もうひとつ。私は17歳で、死にます。それは変えることができないことだそうです。原因不明の病気で、この世界で何人もの研究者がその実態を研究しているのですが、未だにその実態は分かっていなくて、ただ、わかっているのは、その病気にかかった人は、だんだん記憶をなくして、そして十七歳の誕生日を迎えた瞬間に死ぬ、ということ。かつての私の兄がそうでした。兄は、中学生に上がったころから記憶障害が起き、母を忘れ、父を忘れ、友を忘れ、先生を忘れ、そしてあれだけ可愛がってくれていた私をも忘れて、十七歳の誕生日に、死にました。16歳の私には、もうその症状が出ているんでしょう。いずれは全てを忘れるのでしょう。自分の名も、文字も、言葉でさえも……。○○○「やぁ。」少年――高橋さんが私に声をかけてきた。「こんにちは。」私は笑顔で返した。また会えた、そんなうれしさがこみ上げた。私は恋をしているのかなぁ、そう思うと笑ってしまいます。だって、私には、もう希望なんてないのだから。好きになったら、きっと、不幸だから。

  2008年11月13日

• -Repeat the Memories...-

  #5　世界はどこまでも灰色だった。　外気は錆びた鉄の匂いがして、息苦しい。　外套はチカチカ光って、僕を照らす。入ってくる光さえも、やはり、灰色だった。　キーボードをたたく手をやめ、窓から外を見た。　灰色な世界にやはり終わりなんてなく、僕はため息交じりに一息ついた。○○○「や、やぁ…」　僕は彼女に声をかけた。彼女は僕を物珍しそうな眼で数秒見つめたのち、こんにちは、とだけ答えた。「高橋、さん、ですか？」「え？」「昨日も、ここでお会いしましたよね」　麦が揺れていた。多分、風がすこし、吹いたのだと思う。　僕はそんな麦を見ながら、そうだね、と答えた。　彼女も麦を見て、しばらく、カラスが鳴くのを聞きながら、ただ揺れる麦を、僕たちは見ていた。それは、傍からみたら、おかしな光景だったと思う。　ただ、一通りの少ないこの場所で、僕らを見て不思議がる人なんて、居なかった。「私、名乗りましたか？」　不意に彼女がそんなことを訊いた。なぜ、そんなことを訊いたのか、大しては気には留めなかったけれど、それでも僕はただ、不思議に思った。　あの日、初めて僕らが邂逅した日、僕よりも先に、彼女は笑顔で名乗ったはずだ。　そんな光景を僕は忘れることができないだろう。それが、彼女の、秋穂夕の当り前の名乗り方だったとしても、僕には印象的だったのだ。　人間、忘れることだってあるだろう。　けれど、昨日の今日で自分が名乗った相手を忘れるものだろうか？それとも、ただ単に、彼女にとって僕はとても小さな、それこそ商店街ですれ違う見知らぬおばさん程度の気にも留めない小さな存在だったのだろうか？　そうでないことを僕は願いたい。「ここには、よく、来るの？」「はい。この場所って素敵ですよね。私、好きです」　そう言って彼女は微笑んだ。　僕はそんな彼女に見とれてしまう。つい、口元がにやけてしまいそうで気を入れなおす。　夕焼け空もだんだん橙色から薄い紫色に変わりつつあった。僕の感じる時間の感覚とは全然違う速さで時間は進んでいたようだった。「家、この辺りなのかな？」「え？」「いや、家。ここから近いのかと思って…」　彼女は黙りこんだ。しまった、地雷踏んだかな？なんて僕は考えてしまう。僕は身構えた。「家は、かなり遠いです…」「そう…。じゃぁ、暗くなるし、送ろうか？」「そうじゃないくて、その、家は、ここから歩いて行けない距離、と言いますか…」「え？」　今度は僕が黙り込む番だった。どういうことか、わからなかった。　家がここからかなり遠い。けれども、彼女はよくここに来る。いや、実際、邂逅から二日しか経っていないし、彼女にも何か抒情があるのだろう、そう思った。「明日も、ここへ来る？」　僕は尋ねてみた。何も考えないことにしよう。そう思った。進路希望調査という紙一枚で現実を知って、世の中と自分とを考えて、これからのことを考えて、他に考えることは山ほどあった。「はい」　だから、せめて、ここにいる間だけは何も考えないでいようと思った。　わがままかも知れない。　でも、それでもいいと僕は思ったのだ。「じゃぁ、また、明日ね」「え、あ、はい。また、明日」　　片手をあげた僕に彼女は満面の笑みで答えてくれた喜びを、僕は噛みしめながら、僕は踵を返した。

  2008年10月13日

• -Repeat the Memories...-

  #4その日も僕は、教会の裏に足を運んだ。もしかしたら、昨日の女の子に会えるかも知れない。そんな期待をしていた。―――秋穂、夕。名前を胸中で呟くたびに、何とも言えない感覚がした。それが僕にとって二度目の恋であることは、自分でもわかっていた。たとえ、一目ぼれで、昨日初めて会って、昨日の女の子が僕のことを何とも思っていなくても、それは仕方のないことだった。けれど、その反面、僕はもう恋なんてしないと、誓っていたはずだった。だから、この恋は不覚だった。してはいけないものだった。恋なんて報われるはずがないのだから。○○○高校一年の時、初恋をした。一般からしたら、遅いのかもしれない。もしかしたら、それよりずっと前に、初恋なんてしているのかもしれない。けれど、この時、初めて"恋"という感情に芽生えたんだと思う。その時の僕は、まだ、本ばかり読む物静かな感じでも、友達がいなかった訳でもなかった。安定した仲間と、それなりのノリをもった、普通の高校生だった。――そんなとき、僕は初恋をした。その時も一目ぼれだった。近くの有名な神社の娘だった。小柄の、かわいらしい少女だ。彼女を追いかけるように、同じ文芸部に入った。廃部になりかけの文芸部には三年生一人しか部員はいなく、その優一の部長も、受験があるらしく、ろくに顔を出さなかった。文芸部に入ろうと思ったモノ好きは居る訳もなく、毎日、僕と彼女は放課後、部室で本を読みふけっていた。ある日、僕は彼女に想いを伝えた。そして、あまりにもあっさりと、僕たちは彼氏彼女になった。「海って、世界中と繋がっているんだよね。うらやましい。私も、そうやってたくさんの人と繋がって、必要とされる人間になりたい。」彼女はいつもこういった。僕は、それを軽い意味として、ただ相槌を打った。そうして、彼女を抱きしめた。小柄で細い彼女は、力いっぱい抱きしめると壊れてしまいそうだった。ウサギや猫を抱いてあげる感じで、僕はそっと彼女を包みこんだ。僕はその時、彼女にキスをしようと思った。体を離して、彼女に向きなおった。僕の顔が、彼女に近づいていく。「ダメ…」彼女が呟いた。僕は慌てて顔を離して距離をとった。赤面しながら、その場をお互いに誤魔化した。夏休みから、彼女は僕を避けるようになった。僕は戸惑った。「どうして、僕を避けてるの？」僕は彼女に迫った。けれど、彼女は首を横に振って僕から逃げるのだった。取り残された僕は、泣きそうになった。けれど、意地で歯をくいしばって泣かなかった。まずは彼女が僕を避けている理由を訊こう、と前向きに考えた。夏休みの中盤、僕は再び、彼女に迫った。「別に、避けてなんか、ない」彼女はそう言ったが、眼は僕を向いていなかった。「嘘だ……」「嘘じゃ、ないわ」「じゃぁ、どうして僕から逃げるんだ？言いたくはないけど、いい雰囲気になったとき、いつも誤魔化すのはどうして？」「それは……」夕日が二人を照らした。遠くから見ていたら、こんな話をしていなければ、かなり幻想的で、最高の光景だったのだろう。そうならなかったのが、残念で、悔しかった。「私、もうこれ以上、高橋君とは付き合えない…」静かな声でそう切り出した声は僕の頭の中を何度も駆け巡った。「ど、どうしてだよ…。僕が、嫌いになったのか…？」頭を強く打った感覚に襲われ、目眩がした。急すぎる別れ話に、度惑いとショックを隠せなかった。僕は口を半開きにしたまま、理解に苦しんだ。彼女は首を振って、今でも好きよ、と言った。そして、俯いた。「―――私には、許嫁が、いるから…」世界が歪んだ。許嫁？今時、そんなもんが残っているのか？有名の神社の娘だからか？いくらなんでも、許嫁は、ないだろ…？許嫁という本の世界でしか見たことがない言葉に僕は唇をかんだ。少し、血の味がする。「家のしきたりだから。分家の方から選んで、結婚するの。昔から、そうしてきたから」そういった、彼女は少し、泣いていた風に見えた。逆光で分からなかったけれど、僕の勘違いかもしれないけれど、眼に、涙を浮かべていたように見えた。僕は『しきたり』を呪った。呪って呪って呪って呪って呪って呪って、恨んだ。高校生の僕には、その『しきたり』という言葉が、大きすぎた。どうすることも、できない。そんな僕の非力さに、今度は自分を呪った。―――彼女といたい。―――けれど、許されない。彼女と付き合ってから、手は握ったが、キスは一度もなかった。いつも彼女が、その場を制して、ブレーキをかけた。そうやって僕との距離に一線を引いていたのかも知れない。僕一人だけが、心踊っていたのかもしれない。彼女は、はじめから分かっていて僕との交際を受け入れたとしたら、彼女は苦しんでいたのかもしれない。『好き』という気持ちと『しきたり』という呪縛の中で彼女は苦しんだはずだった。どちらかを選ぶかは、決まっていた。「だったら…、だったらどうして僕と、付き合ったり、したの？」「反抗して、みたかった。親に。いつも私は親の言うとおり勉強して、進学して、しきたりを守ってきた。けど、そうしてるうちに自分が虚しくなって、一度でいいから、親に、反抗したかった…」そう語った彼女を僕は直視できなかった。拳を強く握った。怒りと、苦しさで体が震えていた。爆発してしまいそうだった。それをギリギリのところで抑えているのは、彼女の前だからという、ちょっとした意地だった。「やっぱり、僕のことは、別に…」「それは、違う…。初めは、誰でもよかったけど、けど、今は、高橋君にしてよかったと思ってる。私は高橋君が好き。それは変わらない。けど…」数秒間の沈黙が流れた。とても長く感じられた。立っているのに精いっぱいな僕にとって、その時間の沈黙は僕には重かった。「これ以上、すすんだら、もう、戻れなくなる…から。私は、これでも、水島家の一人娘だから…」最後にそう残して、彼女は僕の前から去った。僕の初恋も終止符が打たれた。僕は、恋は、辛いと知ってしまった。数日は立ち直れなかった。彼女の顔を見るのも怖かった。見たら、自分が壊れてしまいそうで、必死に布団の中で彼女の存在を消そうと努力した。彼女―――水島は確実な一歩を踏み出したんだ。僕と別れることで、水島の名を守ったのだ。多分、勇気のいることだっただろう。けれども、彼女はちゃんと勇気を出した。彼女の勇気を犠牲にしてはいけない、そう思った。―――僕は、恋という感情を捨てて、彼女に笑顔を向けることができる人間になろうと、努力した。―――僕は、もう恋はしないと、誓った。

  2008年10月11日

• -Repeat the Memories...-

  #3　僕には才能があると思いたかった。　人とは違う何かを持っていて、それで世界の人たちに貢献できて、僕は世界中の人から尊敬される人間になる。そんな空想的なことを、考えていた。　高校三年の夏、僕は現実を見た。　特別な何かなんて自分にはなくて、ただ、自分がぼんやりとしか見えなくて、僕は夢から覚めた。普通に大学に行って、卒業して就職して、普通に恋愛して結婚して家庭ができて、いつの間にか老人になって退職して、年金をもらい、静かに暮し、そして静かに死ぬ。それが現実で、今の僕の未来へと敷かれたレールで、僕はその上を拒むことなく歩き続ける。　そういう現実を、目の前の進路希望調査は語っていた気がして、そのたった一枚の紙の存在が、大きくて重くて、あの時の空想的な夢は、やはり空想的だってことを僕に示しつけていた。　　その日の帰り、僕は教会裏に行った。こんな気持ちになったときは、その場所で本を読むことで忘れていた。でもその日、そこにある、只、一つのベンチには一人の少女が座っていた。「あの、貴方は誰ですか？もしかして、以前、お会いしましたか？」彼女が顔をのぞき込むように僕を見た。「い、いや、初見だよ」「―――よかった」　彼女は麦畑を見渡した。つられて僕も麦畑をみてしまう。何もない麦畑が、今の僕みたいで、すこし切なくなった。「秋穂 夕と言います」　そういって見せた彼女の笑みは僕の心を貫いた。けれども、これ以上、僕はここにいてはいけない気がした。それは、理屈をなくして訴えかけてくる僕の何かだった。「あ、それじゃ、僕はこれで…」「あ、まだ名前、聞いてません」「高橋　光（たかはし　こう）」「さよならです。高橋さん」　そうやって僕らは邂逅した。

  2008年10月04日

• -Repeat the Memories...-

  #2それは僕の初恋だったのかもしれない。「あの、貴方は誰ですか？もしかして、以前、お会いしましたか？」あの時、彼女はそう訊ねてきた。高校の通用門を抜けて、右に真っ直ぐいった処にある、ある教会の裏。そこには、只、一つのベンチと何もない、麦畑が広がっている。そこは、僕のお気に入りだった。体が弱く、休みがちで、固定した友人がいない僕は、いつも一人でここに来て、本を読むのが楽しみだった。どんな不安を抱えて、心細くなったときでも、僕はいつもこの場所に足を運んだ。不思議に人が全然通らない、この場所で、僕は誰にも邪魔されず、読書することで、自分が物語の中に溶け込むような、そんな感覚になるのが大好きだった。すべてを忘れて、ただその世界と一体化するのは気持ちがよかった。でも、そんな僕の場所には、先客がいた。「あの、貴方は誰ですか？もしかして、以前、お会いしましたか？」彼女が顔をのぞき込むように僕を見た。「い、いや、初見だよ」「―――よかった」何がよかったのだろうか、僕は考えた。そして、僕は彼女の事を考えていた。すごく清楚な感じの彼女に見とれてしまっていた。彼女は一体誰なのだろうか。いつもここに来るのだろうか。でも僕は彼女と初めて会った。そっと彼女を横目で見る。可愛らしいワンピースを着ていた。「秋穂 夕（あきほ ゆう）と言います」彼女は僕に向きなおって優しい笑みで名乗った。僕は、そんな彼女に釘付けだった。よく考えれば、僕と夕は似た者同士だったのかも知れない。　体が弱くて、休みがちで、文化系で本が大好きだった。そんなところがお互いに似ていて、だから、繋がったのかもしれない。　あれから、僕らはよく教会の裏で夕と会い、喋ったり、本を読んだり、そんな風に僕と夕は過ごしていった。　あの時、初めて一緒にいたい人を見つけたんだと思う。僕は、毎日が、とても楽しいって初めて思った。　―――あの日の数分の邂逅に、僕は感謝した。

  2008年09月28日

• -Repeat the Memories...-

  #1僕は玄関のポストを開けた。求人や広告を引っ張り出して、ひとつひとつ、確認した。そして溜息をついて、田舎の夕焼け色の空を仰いだ。吐く息は白く、その白い息は虚空の空へと消えていく。コートのポケットに手を突っ込んで、僕はアパートの階段を一段ずつ登って行った。部屋へ入って鞄をほり投げ一台のパソコンを立ち上げる。起動したパソコンに、文字を綴っていく。一文字一文字を丁寧に、とても奇麗に、僕は懸命に入力していく。そうやって、僕の今日は終わるのだ。「高橋。今からさ、駅前のバーガー寄ってかねぇ？腹減った」「ゴメン、僕、今日も忙しいから」　そういって僕は友達に謝って教室を後にした。　家に着くと、僕は玄関のポストを開ける。漁るように中身を見てから、また溜息をついた。「もう、本当に来ないのかな…」僕はもう一度溜息をついて部屋に入った。そうして昨日と同じようにパソコンをひらき、文字を綴った。もう、僕には、こうすることしかできないんだ。そう思っていた。じわじわと流れる時間が僕を焦らせ、また心細くしていった。

  2008年09月23日

• -Repeat the Memories...-

  『-Repeat the Memories...-』#0「ねぇ、この海って、世界中と繋がっているんだよね」「急に、どうしたの？」「いや、素敵だなって」「何が？」「私も、海みたいに広くて、沢山のものと繋がっていたらいいなって」　そう言って彼女は海岸線を走った。「夕（ゆう）」「高橋（たかはし）くん。また、いつかこの海を見れたらいいね」　少ししたところで、僕に振り返って、後ろで手を組んで、そう言った彼女を僕はずっと見ていたいと、そう切実に思った。　なぜだかわからないけれど、二人でいれば、何でも大丈夫じゃないかと、そう思っていた。　だからかもしれない。いずれ僕たちが大人になって、一緒に暮らすようになって、幸せな日が送れるって、いつしか当たり前に思っていた。　　　□□□僕はキミの心に残りたかった。他でもない、キミの心に……。　全てを忘れてしまっても、僕のことは覚えててくれて、そんな自分になりたかった。　ねぇ、神様。　神様は僕が嫌いなの？こんな僕の様を見て笑っているの？　ねぇ、神様。　僕は神様が嫌いだ。僕は絶対に神様を許さない。このあとどんな幸福が待っていても、僕はこの先、ずっと神様、あなたを憎み続ける。　どうしてこんなに僕を不幸にするの？どうしてこんなに僕に辛い目にあわせるの？　目の前にキミの大好きだった教会に飾ってある絵があった。その存在感に圧倒されて、今の自分がとても小さく感じられた。　けれども、せめて泣くことだけは我慢した。歯を食いしばって、拳を強く握って、目をギュッと閉じて、溢れだそうとする涙を、必死に堪えた。　風が吹いた。その冷たい風は僕の体を、心をすごい勢いで冷やし続けた。　それでも僕は、この絵から離れようとはしなかった。この絵を見ていると、今でも彼女と繋がっているような気さえしたのだった。　僕はそれが幻想だと知りながらも、けれども離れることを頑なに拒んだ。　―――僕はキミの心に残りたかった。

  2008年09月21日

• -The Alternative- END

  071頬に風が当たる感触があった。その風は世界の果てから吹いてくるような気がした。冬の風は、勇人には冷たかった。その風は勇人の冷えた心をさらに冷やすかのように強く吹き付ける。それでも勇人は大して綺麗でもなんでもない河を見下ろしていた。勇人が戸田とあって既に一週間と三日が経っていた。戸田が去った後を勇人はすぐに追いかけた。しかしそこに戸田の姿はなく、ただ、いつもの近隣の皆様のご立派なお家が建っているだけだった。名刺に記された電話番号に電話してみた。電話口で聞こえてくるのは『この番号は現在使われておりません』といった聞いてて虚しくなるような音声だった。あれから戸田が現れることなくまさに立つ鳥跡を濁さず精神万歳で完全に音信不通になってしまっていた。勇人はそれでも戸田を捜した。たくさん訊きたいことがあった。それでも戸田は姿を見せることはなかった。一高校生である勇人にも我武者羅に町内を走りまわる事しかできないのだった。実乃里………勇人は一時も実乃里を忘れたことはなかった。一瞬でも忘れたら、それこそ皆と同じように何事も無かったかのように実乃里のことなんて忘れてしまいそうだったからだ。時には頭の片隅で、忘れたほうがいいんじゃないか、という悪魔の囁きもあった。多分そうすることは一番な良策なのだろうし、定石だと思った。古いものは捨て、新しいものに身を委ねる、普通はそうするものなのだ。だから、今でも一人の女の子を忘れられない自分は阿呆以外の何物でもないと自分で自覚していた。彼女は神なのだ。神の子なのだ。八百万の神々のうちの一人なのだ。自分がどうあがいたところでどうにもならないことは、承知の上だった。何とかなる精神なんか過去に捨てたに違いなかった。けれども、けれども、忘れたくはなかった。実乃里のおかげでたくさんのことに気づけたと思う。具体的には言えない抽象的な何かだと思う。それは恋した乙女が変わる、そんなものに近いかもしれない。毎日が楽しかったのだろう。皆、全力でバカやるのに憧れてたんだ。で、馬鹿みたいにバカになって過ごしたんだ。だから、色ずいたんだ。実乃里は今、何をしているんだろうか、そんなことを勇人はぼんやり考えた。きっと、実乃里の言う何もない島でただ何事もなく過ごしていのだろうか。実乃里はそこで心を失ってしまったのだろうか？別れることに何の悲しみも抱いていないのだろうか。実乃里が消える瞬間、彼女が見せた涙は、ほんの一瞬のものだったのか。雪が降ってきた。勇人は空を見上げる。手を出して、落ちてくる雪を一つ握ってみる。手を開いたときには、勿論その雪は溶けていた。溶けた雪はどこへ行くのだろう？実乃里が消えてしまった日も雪が降っていた。最後に雪はルイ14世の呪いになっていたっけ。そんなことを思い出しながら勇人は雪をただ見つける。雪が溶けて消えるように、実乃里もまた、消えてしまったのだろうか？不安だった。繋がっていたものがなくなって不安だった。「実乃里は、雪じゃない…」勇人は呟いた。きっとどこかにいる。それが異世界だろうが大宇宙のど真ん中だろうが実乃里はどこかにいるはずだ。そのうちどこかの神社で祀られるような存在になるはずだ。大きな神社か、寺院か、それとも小さな集落の言い伝えか、小さく建てられた仏壇の中か、どこだかはわからないが、遠い昔、或いは遠い未来、実乃里はこの世界で生きるんだ。それまで勇人は生きようと思った。百年、二百年といく年が過ぎても勇人は実乃里がこの世界に降りるまで生きていようと思った。科学的に不可能とか、そんなことは知らない。ミラクルを起こすんだ。勇人はそんなことまでも考えた。強く、ただ強く、まるで根雪のように………音がして、鳥が数羽飛び立った。白い雪に赤い何かが滲んでいった。勇人の米神に銃砲が貫いていた。072気づけばベットの上で眠っていた。ゆっくりと体を起こし、ベットから出る。窓を開け、深呼吸する。その少女の目に映るのは、果てしない海と地平線。朝の陽ざし、流れることのない雲。少女がいるのは半日はすれば一周くらいはできそうな小さな小さな島にある大きな城の中。廊下はひろく、部屋は数え切れないほどあった。しかし、少女はどこかの姫でもなければ、資産家でもない。この城には少女以外いないのだ。城の外へ出ても、人の影はおろか、鳥の鳴き声すらしない。城の地下にはあふれるくらいの生活品と食糧。図書室には一生かけても読み切れそうにない、数え切れないほどの大量の本。少女は機械的に本を読む。少女は動かず、日が暮れるまで本を読む。そして今日も、少女は日没まで読書する。日没になると少女は立ち上がり、食事をとって眠りに入る。眠る前に少女はつぶやく。「今日の夢も終わり…」そして少女は深い眠りにつく。目を覚ました時、いつもと違う光景が広がることを夢見て。073人生は重要な選択肢ばかりだ。そうやって成り立っている。それが苦しくてどうにでもできないものでも、選択を迫られる。何もできないと分かっていても、努力してみる。そういう選択をしたのなら、それはその人が選んだことだ。甘い決定ではどこまでいけるか分からないし、挫折してしまうかもしれない。あの時の二者択一で失敗して、後悔してしまうこともあるかもしれない。時にはその後悔が激しくて耐えられないものにまで膨れ上がるかもしれない。あの時、自分が実乃里と共同生活を始めたのも、それも一つの選択だった。その選択が、悲しみや苦しみを生みだすとしても自分はあの時の選択に後悔はしない。あれは失敗じゃない、成功だと自分に言い聞かせる。選んだら後戻りはできないのだら。―――生きるか死ぬか。 ―――好きか嫌いか。 ―――続けるか辞めるか。そんな人生の二者択一の繰り返しに自信を持って選べる人間になりたいと思う。選べないときだってある。どちらも選べなかったりすることもあるし、両方選べるときだってある。そんなときも、全力でその二者択一に向かい合おう。-The Alternative-(Fin)

  2008年08月14日

• -The Alternative-

  070「アルクウヤの掟を破った、と一時有名だった男がいる。そいつは、アルクウヤの長の息子だった。地上での名を副島春樹といった。また、ある時アルクウヤの幹部を無差別に殺した女がいる。そいつは無名のやつだったが、地上での名を柊琴乃といった」図書室でひとりぶつぶつ呟く声が響く。アルクウヤの図書室、その中でも重要機密事項についての書類がある、一般の下っ端は立ち入り禁止のエリアで戸田は一つの記述をまじまじと見つめる。「副島、勇人くんの母親の名が、副島琴乃。ふふ…」不敵な笑みを浮かべながら、戸田は記述から視線を外す。「成程…。裏切り者の子孫ですか…。これは、なんとかしなければなりませんね」戸田は思考を巡らせる。そういえば、と戸田は記憶の引き出しを無造作に引っ張り出すように思い出した。副島琴乃。アルクウヤの秘密機関がその存在から死に追いやらざる負えない地上の人間のリストの中にあった。前に一度、上層部とその秘密機関とやらに赴いたときにチラっと顔写真と名前が見えただけだったが、それこそ美しいとしか形容できない外見に、若いのに無念だ、と思った。「もし彼が、その血を受け継いでいるのなら…」戸田は溜息をつき、思い立ったように図書室を後にした。◇◇◇「誰だね？」図体のでかい男に何者か聞かれ、戸田は名刺を差し出す。「監視部門第二課の戸田です。できれば、あなた方の幹部にお取次ぎ頂きたい」「理由を簡潔に述べよ」「あなた方秘密機関の資料を拝見いたしたい。これが許可証です」男はしばらくその許可証を見つめたあと、ついてこいと言って踵を返した。数分後、戸田は一つの部屋へ案内された。資料庫のようだった。「メモや持ち出しは厳禁だ。また、ここで見たものは他言無用、規則を破れば、我々が速やかに貴方の命を処理する」「ありがとうございます。上層部への報告は私がしておきましょう」「結構。こう見えてもここの幹部だ」「左様ですか。とんだ無礼、お許しください」戸田はそういうと資料庫に入った。目当てのものはすぐに見つけることができた。戸田はすぐさま目当ての名前を探す。「副島琴乃。そして、副島春樹」戸田はその所謂抹殺者名簿から二人の名前を見つけた。二人の顔にはすでにバツ印がつけられており、二人が既に死んだことを示していた。そしてもう一つ。副島勇人の名前も、そこに記されていた。◇◇◇戸田は資料子から出て息をついた。あの名簿に載っているというこは、少なからず近くには副島勇人は抹殺されることを示していた。事故死に仕立て上げられるか、それともその存在ごと抹消させられるか。多分、副島勇人の父、副島春樹は存在ごと消されたのであろう。皆の記憶から彼の存在はなくなったに違いない。彼はアルクウヤの裏切り者なのだ。当然の報いに違いない。そしてその血を受ける者も、また殺されるのだ。それは仕方のないことである。少しからず、関わってきた分、寂しさを感じてしまう。「もう、彼とは関わらないほうが、いいのかも知れませんね」廊下に戸田の足音が響く。

  2008年08月12日

• -The Alternative-

  069「戸田、貴様…！」勇人は戸田をものすごい形相で睨んだ。しかし戸田はまったく動じずに勇人を見下ろし、不敵な笑みを浮かべる。それが気に食わず、勇人は戸田の胸倉をつかんだ。瞬間、勇人は宙を舞い、地面に叩きつけられる。勇人は蹲った。けれども視線は獲物を追う野生肉食動物のように戸田から外そうとしない。「いきなり客人の胸倉を掴むとは、社会のマナーがなっていませんね」余裕の表情で戸田は言い放つ。「いきなり押しかけて、なん、の、用だ…？」そこまで言うと、勇人は咳きこんだ。先ほどのダメージは相当なものらしい。戸田は勇人から視線を外し、空を見上げるようにして言う。「あなたは、彼女、実乃里と呼んでいましたね。彼女に関しての記憶が消えてない。違いますか？」「そんなの、お前に、関係、ない、だろ？」「その答えで十分です。さて、では何故、あなただけが彼女に関しての記憶を留めることができているのか。不思議ですね？」何を言いたいんだと勇人は考えた。けれども、今はそんなことはどうでもいい。実乃里は一年もしないうちに消えた訳を、戸田なら知っていると勇人は思った。「実乃里は、どうして、消えた…？」「一年間が経ったからです」「まだ、まだ一年じゃない…。あと四ヶ月はある、はずだ」「ほう、その根拠はどこにあるんですか？彼女があなたと出会う前にすでに四ヶ月を経験している、そうだとしたら？そんな可能性も考えられなくはないですよ。違いますか？」それはない。勇人はそう思った。俺と実乃里が出会ったとき、あいつは確か『小さな島に一人で住んでいて、気づけば勇人を突き飛ばしていた』というような話をしていた。四ヶ月間も昏睡状態のままなんて考えられない。勇人は思い起こす。あいつは冷蔵庫や電子レンジ、野球だって知らなかったんだ。意地はって焼き肉のたれを飲んだり興奮してピンク色の貝殻を集めてたんだぜ？俺と出会う前に四ヶ月も経っているなんて考えたくない。「あいつは、実乃里は、初めての人間が俺だって言ってたんだ。だから実乃里が今消えるなんて絶対におかしいんだよ！」勇人は力いっぱいに叫んだ。そんな勇人を戸田は冷たい視線で見つめている。勇人の周りに見えないオーラがあるのを戸田は感じた。戸田は目線を逸らして二歩後ろに下がり、間合いを取る。「今日はこのくらいにしましょう。ではまた」そう言って戸田は階段の向こうへ行こうとする。「ちょ、待ちやがれ！」戸田の肩をつかんだとき、また、勇人は宙を舞っていた。「アディオス、勇人くん」勇人は戸田が消えるのをただ、見つめる。

  2008年08月07日

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  068私は壁にもたれかかって溜息をついた。副島春樹と呼ばれた男に逃げようといわれても、何とも思わなかった。胸は高鳴るどころか、冷めていくばかりだ。こんなとこ、抜け出せるはずがなかった。万が一にも脱獄者が出ないように厳重に警戒されている中で、私の力は小さすぎた。多分、この男だってそうだろう。けれども、この男は面白かった。今まで出会ってきた者の中にはこのような男はいなかったように思う。私は胸中で笑った。私の処刑の日はすぐ近いように思えた。実際、反乱者の処刑は、投獄されてから約一か月後に行われるのは通例だった。私がここに投獄されてから約三週間がたっているように思う。時間の感覚が狂ってきているので、正確にとは言えないが、そろそろだ、というのはわかっていた。投獄された当初は、脱獄も考えたが、すぐに諦めた。現実が、不可能だと告げていたのだった。私はもう一度、深い、溜息をついた。私は横になった。おそらく、外は夜だからだ。予想するのは簡単だった。夜の門番が決まっているので。その門番に交代されるときはたいてい夜だと確信していた。男も諦めて私と距離を置いたところに横になる。そんなに距離を取らなくても、と思うが間違いが起こると私もたまったものじゃないのですぐに目をつむった。物音がしたのですぐにパチリと目を開く。その瞬間、門番の首は遥かかなたに飛んでいたのが見えた。

  2008年07月28日

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  067ある夜、言いようもない淋しさに襲われた。ある夜、自然と涙が頬を伝った。ある夜、相当な劣等感を感じた。訳がわからない。焦り、不安、孤独感。どうして俺には何もできないのか？どうして俺には見守ることしかできないのか？なぜ？どうして？あぁ、俺はその程度の存在なんだと気づく。寂しさを捨て、悲しみを乗り越え、無感動にただ、仕事をこなせばいいだけなんだと気づいた。それが俺に求められていることなんだと気づいた。目の前に幸せな少年少女がいようとも、俺は彼らの幸せを、笑顔を奪わなければならない。それが仕事だからだ。少年を元の世界へと戻し、少女や少年に関わったすべての者の記憶を消し、また、何事もなかったかのように平然と姿を消して、また次の仕事へと取り掛かる。どうして神と人間は一緒になってはいけないのか？それで幸せなら、それでも構わないんじゃないかと俺は思う。けれども、それは絶対に叶わないことなのだとも俺は思う。辛い別れがあるのを前提に、どうして神は人間世界へと下ろすのだろうか。別れるときの残された人間は、とても辛そうだ。記憶を消すからそんな辛さも一瞬なのだが、けれども一瞬、悲しいのだ。辛いのだ。こんなに幸せそうなのに…俺にはどうすることもできないのか？ある夜、言いようもない淋しさに襲われた。ある夜、自然と涙が頬を伝った。ある夜、相当な劣等感を感じた。◇◇◇「逃げましょう」春樹は柊に向って言った。見守りの者に気づかれないように小声でつぶやいたつもりだったが、あたりが静かすぎるので意外と響いた。柊はそんな春樹を目を丸くして見つめ、「無理だよ…」と目を逸らした。それでも春樹は逃げようと言い続けた。きっと方法はあると。根拠もない言葉を並べた。けれども、柊は首を縦に振らなかった。「どうしてですか！」感情的になり、春樹はつい声を荒げてしまった。見守りあこちらを振り向き睨んだ。春樹は頭を下げ、見守りが視界から消えたと同時に柊に向い直った。「ここから出る方法なんてない。何人ものお偉いさんが何十にも罠をかけてる。今の私たちのは何もできないわ。何も…」「でも……」諦めきれなかった。自分でも脱獄なんて大胆なことを言ってると思う。それがほぼ不可能なのもわかっていた。けれども、今、行動しなきゃいけないと思う。「だれでもはじめはそう言う。けれど、現実を思い知るわ」確かに現実は厳しそうだった。当たりは特別な力が作用している石で囲まれ、出入り口は一つしかなく、さらに見守りが二人いる。それをどうにかしても、彼女の言う罠がある。脱獄なんて絶望に近い。いや、むしろ絶望といっても過言ではなかった。「どうすればいいのか…。９回ウラで点差は３つ。ランナー０で２アウト。さて…」奇跡を望むしかなかった。

  2008年07月22日

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  066私は負け犬なんだ。落ちこぼれなんだ。今の私が何をしても、何も変わらない。世界なんて動かせない。私は、自分が凡人だって気づいたんだ。一部の物語の主人公になれるような才能なんてない、他の大多数ののうちの一人だって気付かされたんだ。天才ってのは、すでに何かが違うんだ。そこにいるだけで、何かが変わる、何かを変えてる、そんな感じがあたりを漂わせるんだ。すごい緊張感の中を、背筋を伸ばして、堂々と威厳を出す。そんな天才に私はなれなかった。でも、それでも私は凡人じゃない、非凡なんだって、どこかで自分のことを認めないで、馬鹿みたいにはしゃいで、努力をしてきた。けれど、変わらないものは一生変わらない。世界はそうやって成り立ってるんだって、気づいてたのに目を逸らして…だから決心した。抗おうって…「ノンノン～！」向こう側で同僚が呼んでいた。私は彼女のほうへ歩き出す。私は道を外れ出す。

  2008年07月18日

• -The Alternative-

  065あの時、きれいな夕日のだったに違いない。窓が一つもない石造りの部屋で男はぼそりと呟いた。「そろそろ、ゲームセットかな。延長13回、ピッチャーの悪速球にて満塁からの押し出し…」男は永遠と続いている塔の頂上を見るように顔をあげる。「実に無残な負け方、だな。二軍三軍に降格決定だ…。フフフ、愉快だ」男は笑った。無理に、男は笑った。周りでガヤガヤと騒々しくなる。先程まで静かだった塔の中は一瞬にして静寂を失う。瞬間、男は何かに縛られたように体が動かなくなる。「遊びすぎたな、残念だが、ここまでだよ。副島よ」通路の奥から白ひげの男が姿を現す。その眼には悲しみと、裏切られたことへの怒りがあった。「我々、アルクウヤの掟を破った者に下される処罰、覚悟できておるかな？」「じいさん…、負けたよ…」白ひげの男はゆっくり頷いた。「残念だ、息子よ…」そういうと白ひげの男は踵を返して通路の奥へと消えていく。副島と呼ばれた男はただ、それを見つめていた。瞬間、白ひげの男の顔に悲しそうな表情が見えたのは、おそらく気のせいではないだろう。「すまねぇな、じいさん。いや、親父…」副島と呼ばれた男は両腕を持たれてそのまま連行される。地下牢と思われる場所に着くと、両腕をつかんでいた者が男を地下牢へ入れて鍵をかける。そのまま何か言葉を交わして去っていく。男はその背中を見つめることもできないほどの空虚感でその場に力なく膝から崩れ落ちた。「終わったのか。結局、おれはあいつらに何もしてやれなかった、のか…」途端に自分の存在の小ささを恐ろしいほど認識した。涙が溢れた。最後に、泣いたのはいつだろうか、そんなことをチラッと考えて、男はその場で泣き崩れた。地下牢に男の鳴き声が響く。「いつまで泣いてるのよ？」突如、声をかけられた。驚いてあたりを見渡す。すぐ横に男と同じくらいの年の女性が立っていた。泣いていたことも忘れ、その女性をただ、見上げる。綺麗だ、そんなことを思ってしまう。実際、女性は美しいほど整った顔立ちをしていた。「こんにちは、ん～こんばんわ？ここにいると時間がわからなくなっちゃう…」女性はん～と唸って考え込む。「えーと、あなたは？」女性が男のほうを見直す。「人に名前を訊くときは、まず己から名乗るのが武士の礼儀なんじゃない？」女性がぷぅーと膨れる。それがすごくかわいくて思わず笑い出してしまう。なによーと女性が拗ねたが、男は構わず笑いつづけてしまった。しまいに彼女はプイっと男から視線を外す。男はそんなところもかわいいなと思ってしまう。「ハハ、失礼。初球からホームランだ。すまない、副島春樹だ。あなたは？」なんとか自分の名を名乗りきった。女性はぱっと明るくなってこちらを向く。「私、柊琴乃。昔は『ノンノン』って呼ばれてた。そうね。あなたにも私を『ノンノン』って呼んでいい権利あげちゃう！」「いや、いらないです」すぐさま断ったが、柊と名乗る女性がまたもやいじけそうになったので男は慌てて、呼びます、いえ、呼ばせてくださいとその場を乗り切った。女性はよろしいと言って手を腰にあてて満足そうだった。それが男、副島春樹と柊琴乃の初見であった。「どうしてここに入れられちゃったの～？」柊が今晩の晩御飯を聞くくらいの軽さで一番苦しいところを突いてくる。それまでここが地下牢と忘れていた春樹は思わず自分の胸に手を当ててガクッとなってしまう。「いや、少し、ね…」「あ～、誤魔化すの？いいのかな？この私に隠し事していいのかな？」柊が顔を近づけてくる。春樹の目の前に柊の顔がある形になってしまう。すこし柊の吐息がかかってしまう。春樹は動揺するのが自分でもわかった。「失敗、したんだよ」「知ってるよ。失敗しないとこんなとこ来ないもん」厳しい切り返しだ。「柊さんこそ、どうしてこんなところに？」「ノンノン」「は？」「だから、ノンノン」春樹は瞬間、柊が自分のことを『ノンノン』と呼べと言っているのが理解できた。―――いや、いいのか？仮にも俺は24歳の成人であって、自慢ではないが、女性経験なんてない男が、初見の女性を実に気安く「ノンノン」なんて呼んでしまっていいのか？いや、それ以前に「ノンノン」なんて恥ずかしすぎないか？いい歳の兄ちゃんが同い年くらいの女性を「ノンノン」なんて呼んだら、それは公園にいるバカップルと同じなんじゃないか？いいのか？そんなので本当にいいのか？それに今まで奴等バカップルを外道扱いしてたんじゃないのか？バカップルを見るたびに吐き捨ててた男がこんなところでバカップルみたいな行動に出てしまっては今までの俺のポリシーが…。こんなところで男捨てていいのか？いいのかよ？「ノンノン…」柊がしゅんと落ち込む。膝を抱えだした。春樹は瞬時にまずいと判断する。「えーと……ノンノン…さんは、どうしてここに…？」必死に言葉を絞り出す。―――言っちまった。ついに俺は言っちまった。すまねぇ今まで馬鹿にしてきたバカップル達よ。あぁ恥ずかしい。耳まで赤くなってないか、俺。柊はよろしい、と言ってから立ち上がって、口を開いたのだった。春樹はそれを聞きいってしまった。

  2008年07月13日

• -The Alternative-

  064今日も私は夢をみた。もう何日もあの人の夢をみる。夢の中で私に語りかけてくれる、あの人の夢。誰だかわからないけど、あの人と一緒にいると、心が落ち着いてほわほわした感じになる。どうしてだろう？◇◇◇戸田は考えていた。「なぜ、なぜ副島勇人の記憶だけ消せないのでしょうか？」戸田はひとりごちる。神と出会ったものはその神が現世から消える際、その周りにいた人たちの記憶は消されなければならない。彼らの中から神の存在を抹消し、別れの悲しみを消し、そして人間には神というのは架空の存在と認識させ続ける、神と出会わなかったことにすることが彼ら『アルクウヤ』の役目だった。そうすることで治安は保たれてきた。人は混乱を起こさず、心のどこかで神の存在を疑って生きてきていた。戸田はそういう人間を何度も見てきた。「こんなイレギュラーは初めてですね…」顎に手を当て、考える。一体、なぜ、副島勇人の記憶から彼女の存在は消えていないのか？戸田は何人もの、それも数え切れないほどの人間の数から記憶を消してきた。それこそ、どんなに根強い絆があろうと…今回もいつもと同じように彼女のかかわりのある者全ての記憶を改ざんしたはずだった。完璧かと思われた矢先の、異例だった。「これは、調べなければならない、ですね…」戸田はそう言って副島と書かれた表札のドアをノックした。

  2008年07月08日

• -The Alternative-

  063楽しい時、それは仲間といつものように笑ってるとき。嬉しい時、それは仲間の中に自分がいるんだと認識できたとき。幸せ、それは仲間がいるときなんだ。俺はそう思いたい。◇◇◇勇人は早退した。家に帰って鍵を閉める。テレビをつけて音量を上げた。テレビからは消えたと思われた芸人が実に古いネタを披露している。―――怖い。忘れてしまうのが、怖い。いつか自分も実乃里を忘れてしまう日が来る。嫌だ。忘れたくない。忘れるなんて絶対に許さない。忘れるものか！勇人は歯ぎしりした。歯茎が痛い、そんなものも感じないくらい、勇人は怯えていた。何度も何度も実乃里の名前を口にする。忘れないように、脳の中にその名を刻みつけるように、勇人は呪文を唱えるように。◇◇◇ドアのチャイムがなった。「勇人ー、大丈夫かぁー？」ドアの向こう側で彰の声がした。心配して見舞いに来たようだ。勇人は我を取り戻して顔をあげる。「実乃里・・・」最後に呟いてから勇人はドアへと向かった。ドアを開ける。彰と裕一がそこにいた。「大分やつれているなぁ、同志勇人よ」裕一が軽い口調で勇人に言った。「あぁ、結構、疲れているみたいだ。悪いが、そっとしといてくれ。頼む」「そうか？じゃあな、無理すんな」彰が心配そうして言ってくれた。「あぁ、すまない」礼を言ってドアを閉じる。少し、のどが渇いた。勇人は水を飲もうと台所へ向かう。グラスに水を注いで一気に飲み干す。また、ドアのチャイムが鳴った。今日は客人が多いようだ。クラスの誰かが心配して来てくれたのだろう。そういう気持ちで勇人はドアを開ける。一瞬、何も考えられなくなった。「戸、田・・・・・」怒りの感情がこみあげる。

  2008年07月06日

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  062「あー、もう！せっかく助けてやったのに、突き飛ばすことはないだろ！あー、もういいや。なんかやな感じだぜ」「ごめんなさい・・・」「お前、名は？」◇◇◇私の名前？私に名前なんてあるの？ないよね、だって必要ないもの。誰もいない、私だけの世界で、名前があったって、何の役にも立たないじゃない。そうでしょ？私に名前があって、その名前を誰が呼んでくれるの？呼んでくれるわけないよね。だって私は一人だもの。他は誰もいない、私だけ・・・だったら私って何なの？どうして私は私なの？どうして私はひとりなの？わからないよ。私がこの世界にあり続ける理由ってなに？どうしてだろう？今までそんなこと考えたことなかったのに・・・◇◇◇私は目を覚ました。体を起こす。ひどい汗。呼吸も荒い。「今のも、夢？」誰かに問いかけるように、けれども独り言のように呟く。ズキンと頭が痛んだ。鈍い、内側からの痛み。「どうしたのかなぁ、私。あの夢を見てから、なんだか変だよ・・・」誰もいない城のひとつの部屋に、その声は響く。

  2008年07月06日

• -The Alternative-

  061学校は来たものの、勇人は誰とも目を合わさず、ただ、自分の席に着いた。終業式だ。何故だか分らないが、この学校ではクリスマス当日に終業式があり、次の始業式が一月中旬という少し変わった形態がとられている。教室に行く途中、何人かのやつらが勇人に声をかけたが、今の勇人の耳は竹輪状態そのものだった。周りではあちらこちらで見事なカップリングがいちゃついていた。「実乃里・・・」そっと呟いた。もう実乃里はいない。どこにも。俺の家にも西沢の家にも学校にも桜の木の下にも。もう、どこにもいない。勇人はそう思うと涙がこみ上げてきたので俯いて泣くまいと必死に堪えた。「ういっす！」彰が勇人に近づいて声を掛ける。勇人の背中を叩いて、今日、商店街でナンパしようぜ！と騒いだ。「五月蠅い・・・・」「は？」「五月蠅いって言ってんだよ！話しかけんな！」「ちょ、勇人どうした？何かあったのか？」彰は怒りを自分にぶつけてくる勇人を見つめてオドオドした。「何事だ？」「あぁ、裕一か。勇人が急に暴れ出したんだよ」裕一は手を顎にあて、勇人を見つめる。そうしている間にぞろぞろと人が集まって来た。急などなり声で何事かと駆け付けた者、ただ、なんとなくいる者、隣のクラスの者。その中に西沢もいた。―――けれども、実乃里は、いない。裕一が肩に手をおいて、どうした、と訊ねてくる。「触んな！お前ら気付いてんだろうが！わざわざ訊くか？何なんだよっ！」「意味がわからんぞ、一体何があったというのだ？」裕一が真顔で聞いてきた。辺りが静まり返る。勇人は胸中で舌打ちをした。「実乃里が消えたんだよ！」勇人の声は教室中に響いた。ちょうどチャイムがなり、担任教師が入ってくるところだった。勇人は拳を壁に叩きつけて、クソ、と呟く。そんな勇人をよそに、彰も裕一も冷静だった。むしろ、なんだ、という疑問符が飛び交っている顔だった。何でそんな顔してられるんだよ！？俺は怒りの濃度がほぼ百パーセントの視線を裕一に送った。そんな裕一はやはり顎に手をあて、ふーむ、と考えると、「すまない。俺の記憶が悪いのか、それとも単に知らないだけか。実乃里とは、誰だ？俺はその実乃里とやらに会ったことがあるのか？」その疑問を聞いた瞬間、勇人は自分で血の気が引いていくのがわかった。「実乃里とは、誰だ、だと？」勇人は呆然と裕一を見つめた。「実乃里だよ！河原実乃里！知らねぇとは言わせねぇ！」「そう言ってもだ。俺の記憶によると、そんな人は存在しない」断固として裕一は知らないを通した。「俺と喧嘩してたじゃねぇか。それでお前は俺を殴っただろ？」「あれはお前が意味わからんことを言って喚き散らすから殴って沈めただけだ」「・・・・・」俺は肩から、足から、腹から力が抜けていった。その場にがくりと崩れ落ちる。「記憶が、消えている・・・？」俺は手で自分の顔を覆って震えていた。

  2008年06月20日

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  060波のない海、地平線。風がない丘、草の匂い。さみしい林、静寂。私は目を覚ました。広がるのは見慣れた光景。何も聞こえない、音がしない、悲しい林のなか。私は眠っていたみたい。夢を見ていた気がする。とても、楽しい、幸せな夢を見ていたんだと思う。ぼんやりとしか思い出せない。白黒の曖昧な、残像。どうしてだろう、思い出せない。私はどんな夢を見ていたのだろうか？何故だか分らないけれど、この夢の中身は忘れちゃいけないと思う。けれども、思いだそうとすればする度に頭が痛くなる。頭の奥で誰かが私に微笑んでいる。今の私にはそれが誰か分からない。顔も思い出せない。あなたは、誰？どうして私に微笑みかけるの？―――あなたはいったい誰？―――私はいったい、どんな夢を見ていたの？

  2008年06月18日

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  059「実乃里ーーーー！」俺は叫んだ。桜の木下、西沢と一緒に実乃里をみつけた。やっと、見つけた！そんな感激と安堵が押し寄せる。いま、気を緩ますと、絶対に顔がにやけてさぞ気持ち悪い形相を皆様にお見せすることになるだろう。それは避けなければなるまい。実乃里が振り返った。実乃里の顔が一瞬パッと明るくなったと感じるのは勇人の気のせいだろうか。勇人はしっかりと実乃里を見つめた。実乃里は俯く。「行ってきなよ。私、先に帰ってるから」西沢はそう言って走って行ってしまった。彼女なりの気遣いなのか。勇人は自分自身、頑張れって応援されたように感じる。―――ありがとな、西沢。胸中、感謝する。実乃里は勇人の元に駆け寄ってきた。一メートルくらい先で止まる。実乃里が顔をあげて勇人と向き合った。「あの、さ・・・・」勇人はぎこちなく実乃里に声を掛ける。何と言えばいいか分からない。今まで、彼女を拒んで傷つけた分、謝らなければならない。そんなことは分かっているのに、どうしても気恥ずかしい。勇人は一度、実乃里から視線を外した。―――ほんとに、こんな時に、なんで俺は何もいわねぇんだよ！勇人が自嘲する。「空から何か、降ってきたね。冷たい白いの」勇人が呻き声をあげているうちに実乃里が話しかけてきた。「何だろうね。不思議」そう言って実乃里は空を見上げた。何も言わない勇人と空気を繋げたつもりだろうか。とりあえず、話すきっかけは作られた。勇人は安堵の息を漏らす。「これはな、雪だ。海で怪物を倒したルイ15世がその命を終えるとき、彼は最後に自分のすべての力を使って大魔法を繰り出したんだ。『ウルトラミラクル・スーパーマジカル・アブラカタブラ・このルイ15世、最後の宴だ！』ってな。その魔法ってのが、毎年冬になると雪を降らせてみんなを幸せな気分にさせるっていうものだったんだよ。それが、雪だ」勇人はいつものように適当な説明をしてやる。実乃里は真剣に聞いていた。「でも、その雪のせいで苦しんでいる人だっているはずだよ？」「そこは誤算だったのだろう。彼とて完璧ではなかったのだ。」「つまり、ルイ15世の最後の宴は、しないほうがよかったのじゃないの？」最近、質問が鋭くなってきている実乃里を勇人は切り返すべく、必死に頭を巡らせる。「あぁ、ルイ15世は最後の最後に『要らん事しい』だったよ。今まで散々、人に扱き遣われたりしてたから、彼は人間を恨んで、その恨みの具現化したものがこの雪だという学者もいるんだ」「じゃぁ、雪はルイ15世の呪い・・・」「そういうことになる」話が途切れた。勇人はこんな他愛もないどうでもいい雪の説明をしに来たのではないはずだ。目的を忘れてはいけない。勇人は大きく息を吸った。許してくれるだろうか、一瞬、そんな不安が勇人の頭によぎった。けれども謝らなければいけない。勇人は実乃里を見ると「ごめんな」と頭を下げた。「俺の勘違いで苦しい思い、させてしまったようだ。すまない」勇人は最敬礼より角度が急になるように頭をさらに下げる。数秒間、沈黙が続いた。―――今の俺なら打たれても、仕方ない。そう思った矢先だった。「私こそ、ごめんなさい。私にも責任、あると思うし」勇人は顔をあげて実乃里の顔を見る。とてもあっさりとした返事が返ってきて、勇人は正直、驚いた。それと同時にうれしさがこみあげてくる。「じゃぁ、これからは一緒だな！」俺はこのとき久しぶりに笑顔で実乃里と向き合えたような気がする。思えば、あの日から勇人と実乃里の関係はギクシャクしたまま、互いに避けていた。けれど、離れた心が、またもう一度、つながれようとしている。勇人は叫んで喜びたい気持ちだった。そんな勇人の問いに実乃里は静かに顔を伏せ、立ち尽くしている。勇人は少し心配になっってきた。そして次の瞬間、勇人は耳を疑った。「ううん、それは、駄目みたい・・・」実乃里の言葉の語尾はだんだん小さくなっていった。―――俺は、耳鼻科に行ったほうがいいのか？聞き間違え、だよな。そんな勇人を余所に実乃里は俯く。実乃里は泣いていた。意味がわからなかった。一緒に居ることができない意味が。実乃里が泣いている意味が。なんでなんだよ？「私、もう、いなくなるから。今まで、ありがとう、勇人くん、最後に仲直りできてよかった・・・」「どういう、ことだよ？何で消えるんだ？一年にはあと4か月あるだろ？」「夢は、いつか、覚めるんだ。ありがとう、楽しかったよ」どうしてだよ？「おい、嘘だろ？冗談だろ？仕返しのつもりか？」実乃里は静かに首を横に振った。何でだよ、どうしてだよ？そんなの、許せるかよ！瞬間、あたりに閃光が走った。眩しくて何も見えないくらいに強い光だった。―――実、乃、里・・・・。実乃里は静かに消えた。何の音もしない。静かにひっそりと、実乃里はこの世界から消えたのだった。桜の木の下で、勇人が項垂れる。何でだよ？どうしてだよ？「何でなんだよ！！！！」勇人の叫び声が桜の幹に響く。

  2008年06月15日

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  058夢から、覚めようとしている。私の中で響いていた、私の夢。ひどい静寂の中、冷たい世界の中にある、温かい世界。覚めたくない。そう願ってしまう。けれど、それは決して許されない、願い。どれだけ願っても願っても願っても願っても、夢は覚めて消えてしまう。桜の花が微かな風で散るように、脆く、儚い。夢から覚めた時、私は何かを覚えているのだろうか。町の景色、学校、友達、そんなもののうち、いくつのことが私の心に残るのだろうか。私は、その心に残った曖昧な思い出を求めて、生きていくのだろうか？◇◇◇冬の桜の大木。桜色の花びらをつけていない。閑静な桜の木。私はその根元に、一条さんへの祈りを捧げる。今日も楽しかったよ。これ、一条さんへのお土産だよ。そんなことを呟きながら、私は桜の木を見上げた。西沢さんもどこか遠くを見ているような顔をして、桜の木の根元を見つめていた。私はそんな西沢さんの顔をいつの間にか見つめていた。西沢さんは私に気づいて笑顔になって私に向き合った。「それじゃぁ、帰ろっか？」「うん、そうだね」私たちは静かに立ち上がると、桜の木を背にして歩きだした。二人の肩が揺れる。少しずつ、桜から二人は遠ざかっていく。「西沢さん」「ん？」私は立ち止まって西沢さんに呼びかけた。西沢さんは立ち止まって私を振り返る。「ありがと、ね」私は微かな声で言った。あぁ、今の私はどんな顔をしているのかな。頬を一筋の涙が通った。「どうしたの？」私は首をブンブン振って笑顔を作った。何時から泣いていたのだろう、目が腫れている。それでも私は精一杯笑顔になった。―――もうすぐ、私、消えちゃうから。へんなの、そう言って西沢さんはまた歩き始めた。私は俯いて、西沢さんの後ろについて行った。空から白いものが落ちてきた。雨かな？そう私は思った。けれどそれは雨ではなくて、何か白かった。私は空を仰いだ。◇◇◇「実乃里ーーーー！」不意に私を呼ぶ声が聞こえた。振り返った。そこには勇人くんが立っていた。私はまた、泣きそうになるのを堪えた。今すぐ勇人くんの元に行きたいという衝動も抑えた。私は西沢さんをみた。西沢さんは頷いた。「行ってきなよ。私、先に帰ってるから」西沢さんはそう言ってくれた。―――ありがとう、西沢さん。声にならない心の声を精一杯胸中で叫んだ。私は勇人くんの元に駆け寄った。勇人くんと一メートルくらいの距離で向き合った。「あの、さ・・・・」勇人くんが私から視線を逸らしながら私に何か言おうとしているのがわかった。あー、とか、えー、とかそんな呻き声をあげながら勇人くんはチラチラ私を見ている。「空から何か、降ってきたね。冷たい白いの」このままだと先に進まない気がした私は、先に勇人くんに声をかけた。「何だろうね。不思議」私は空から降ってくる白くて冷たいものを掬うように空を見上げた。「これはな、雪だ。海で怪物を倒したルイ15世がその命を終えるとき、彼は最後に自分のすべての力を使って大魔法を繰り出したんだ。『ウルトラミラクル・スーパーマジカル・アブラカタブラ・このルイ１５、最後の宴だ！』ってな。その魔法ってのが、毎年冬になると雪を降らせてみんなを幸せな気分にさせるっていうものだったんだよ。それが、雪だ」ルイ15世は世界にとても大きな影響を及ぼした人なんだな私は思った。「でも、その雪のせいで苦しんでいる人だっているはずだよ？」「そこは誤算だったのだろう。彼とて完璧ではなかったのだ。」「つまり、ルイ15世の最後の宴は、しないほうがよかったのじゃないの？」「あぁ、ルイ15世は最後の最後に『要らん事しい』だったよ。今まで散々、人に扱き遣われたりしてたから、彼は人間を恨んで、その恨みの具現化したものがこの雪だという学者もいるんだ」「じゃぁ、雪はルイ15世の呪い・・・」「そういうことになる」私はもう一度雪を見た。冷たい。この冷たさはルイ15世がこれまでに感じてきた心の冷たさなのだろうか。私はそう思う。きっとルイ15世は寂しかったんだ。彼はすごい人と崇められて、自分の場所をなくしてしまった哀れな人だったに違いない。今の私には、彼の気持ちがよくわかった気がする。「ごめんな」勇人くんが頭を下げてきた。「俺の勘違いで苦しい思い、させてしまったようだ。すまない」勇人くんはさらに頭を下げる。「私こそ、ごめんなさい。私にも責任、あると思うし」勇人くんは頭をあげて私を見つめた。「じゃぁ、これからは一緒だな！」「ううん、それは、駄目みたい・・・」私の言葉の語尾はだんだん小さくなっていった。俯く。涙があふれる。渇きを知らない泉のように、涙は私の目を覆う。もう、そろそろかな。「私、もう、いなくなるから。今まで、ありがとう、勇人くん、最後に仲直りできてよかった・・・」「どういう、ことだよ？何で消えるんだ？一年にはあと4か月あるだろ？」「夢は、いつか、覚めるんだ。ありがとう、楽しかったよ」「おい、嘘だろ？冗談だろ？仕返しのつもりか？」私は静かに首を横に振った。その瞬間、あたりに閃光が走った。眩しくて何も見えないくらいに強い光だった。―――ありがとう。勇人くん。私は静かに消えた。何の音もしない。静かにひっそりと、私はこの世界から消えたのだった。◇◇◇夢から覚めようとしている。その夢は決して許させるものではなかったはずだった。けれども私は奏でた。奏でさせてくれた。そんな夢は静かに、幕を閉じた。私はそれに従うしかなかったのだった。

  2008年06月08日

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  057空は夕焼けに染まる。どこまでも、どこまでも。右見ろ、赤い。左見ろ赤い。後ろを振り返れ。フェンス越しに赤い。いつも白か黒の雲もこのときだけは橙色に染まり、きれいに見える。美しいとはこのことを言うに違いないと勇人はしっかり頷いた。そんな勇人に対峙する男一人。裕一だ。「この俺を屋上などに呼び出すとは。悪いが先に言っておく。俺はお前の愛を受け取ることはできない。お前と手をつなぎながら商店街を歩き、一つのコップに二つのストローをさしてメロンソーダを飲み、遊園地のお化け屋敷でキャーって言うお前の為に胸を貸したり、二人で熱いラブストーリー映画を見ながら手をつなごうか迷っているお前の為に俺が先にお前と手を重ねたりするなどできるわけがない。すまないが、俺はお前の愛を受けることが出来ないんだ。本当に申し訳ないと思っている。だが・・・」「話がある」裕一が静かに告げる。その顔は真剣で、勇人も生唾を飲んだ。「それでも言うのか。そうか。だったら聞こう。お前の盛大な愛の告白を。そして、散るがいい。失恋は、男を強くする・・・・」勇人はそう言って空を仰いだ。両手を大きく広げ。深く深呼吸する。そうして勇人は裕一と向き合った。心の準備はできている。さぁ来い！といった表情で勇人は裕一と視線を合わせた。裕一も大きく深呼吸した。つけている眼鏡をクイっとあげる。太陽の光が眼鏡に反射して、勇人には裕一が眩しく見えた。「ミス河原の、話だ」裕一は勇人に少し強めの口調で伝えた。◇◇◇勇人は察していた。あんなことがあったのだ。当然のことだと思った。裕一から電話がきたとき、勇人には迷いがあった。けれども電話に出た。それが勇人のとるべき行為だと思ったからなのか、電話に出なければならない気がした。電話の奥で裕一が重い病気にかかってしまった男の人のような低く、単調な声で勇人を屋上に呼び出した。その時から察していたのだ。実乃里のことだなと。屋上に行かないという選択肢もあった。けれども、勇人は今、ここにいる。どうしてここに来たのか、別に逃げてもよかったんじゃないのか。俺と実乃里はもう関係ないのじゃないのか、そんな思いがあったはずだ。けれども人間は時として誰にも説明できない動きをする。どうしてこんなことをしてしまったのだろうか。衝動、そんな言葉が一番近いのかも知れない。俺は、もう一度、裕一に向き合った。◇◇◇「実乃里の、こと、ねぇ・・・・」勇人はやはりそうきたかと思った。実乃里のことは、今の自分には、どうしたいのかわからない。一緒に住んでいて、実乃里を受け入れて、一番分かっているつもりだったのに実は何もかも知らなかった。きっと今も、実乃里は苦しんでいるに違いない。その理由は、と聞かれた時、勇人には確信できる答えが一つだけあった。―――俺が実乃里を拒んだからだ。受け入れられることをとても幸せそうに、それこそ今まで愛というものを知らない世界で生きてきた実乃里にとって自分以外の誰かに受け入れてもらえることがうれしかったのだろう。そのためか、その絆と呼ぶにはたいそうなものかも知れないけれど、そういうものがなくなったとき、実乃里は不幸のどん底に突き落とされたような顔をする。歩が死んだときだって、もう会えない、どうしていなくなったりしたの？と一日中泣いていた。それほど実乃里にとって誰かが自分を受け入れてくれるための愛を失うことは辛く、悲しいものに違いなかった。けれども勇人は実乃里を拒絶した。あのときの実乃里の絶望的な顔は脳裏に焼き付いて離れない。どれだけ関係ない、関係ないと頭で思っていても、その分比例して実乃里のことを考えてしまう。勇人は息をついた。早くこんな状態から抜け出さないと、まずいな。それに考えるのは相に合わない。一度そらした目を、もう一度裕一に向ける。◇◇◇「お前、事故のことは実乃里は関係ないと断言したな」「あぁ。当然だ」勇人が先に口を開いた。「どうして、そう思った？」「ミス河原が神であろうとも、精神的にはまだ高校生、いやそれ以下だ。そんな彼女に友人を殺すことなど願えるわけがない」「でも、本人は自分が殺したって・・・」「思い込みにすぎない。実は、貴様が病室を走って出て行ったあと、戸田という男が現れた」「戸田、だと？」勇人は眼を見開いて裕一を見た。戸田が実乃里の病室を訪れたという事実に驚きを隠せなかった。何故、戸田が病室を訪れたのか。「戸田ははっきりとこう言った。『彼女には願いを叶える力など存在しない』と」「願いを叶える力が、存在しない・・・？」「ミス河原は神だ。しかも生まれたてのな。そんな生まれたてホヤホヤの神に願いを叶えるなどという大それた力などないということだ」正直、勇人は固まっていた。目はどこを見ればいいか分からず、ただ空をうろうろしている。実乃里に力はない。そこから導き出される答えは、歩の死と実乃里に接点はないということだ。「実乃里・・・・・」勇人はフェンスにもたれた。「勇人よ。今のミス河原は心底から疲れているだろう。カラ元気見え見えで見てて痛い。そんな彼女を元通りに戻すことのできるのは誰だ？彼女のことを分かってやれるのは一体誰なんだ？」勇人はフェンスの網目を握りしめた。手が震えていた。自分に対する怒りが烈火の如く内で爆発するのを感じた。―――何一つわかってない。無知な保護者は保護者じゃない。ただの隣にいるヒトだ。あの時、実乃里が勇人に自分が殺したと告白するとき、両手じゃ掬いきれないほどの決心が必要だっただろう。むしろ言わないほうが断然よかったはずだ。それなのに敢えて勇人に告白したのには、それなりの理由があったに違いない。考えなくても、今の勇人にはわかった気がした。―――俺と一緒にいたいから。受け入れてほしいから。告白しないで一緒にいても意味がないのだ。だまし続けて、面をかぶったままの自分ではなくて、本当の自分を見てほしかったんだと勇人は思う。「小さな勘違いだったのだ。ちょっとした、な」裕一は勇人の肩に手を置いた。そして頷く。「人間、誰だって後悔するものだ。選択を間違えて思わぬ問題に直面し、あの時、別の選択肢を取っておけばよかったと後悔する。人はどんな選択肢を選んだとしても少なからず後悔して、嘆くものなのだ。しかしだ。後悔したからと言ってずっと悔み続けたままその場で立ち止まり振り返ったままにならないことが大切なんじゃないのか？少しでも前へ前へ進もうとするのが大切なのではないのか？」勇人は走った。屋上の扉が大きな音をたててしまる。靴を書き換え、制服のまま学校を飛び出した。商店街を抜け、信号を駆け抜けた。―――実乃里、どこだ！勇人は走った。

  2008年05月31日

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  056熱い、苦しい。私は目が覚めた。体をゆっくりと起こす。ひどい眩暈が私を襲う。頭痛もする。頭の内部からガンガンと痛みが私を襲う。体中に違和感を感じる。いったい私はどうしてしまったのだろうか？朝の少し控え目な日差しが窓から差し込む。この日、くりすますいぶである今日は日曜日だ。いつもより一時間ほど早く目覚めてしまった私は取りあえず布団から出て洗面台に向かう。立った瞬間、立ちくらみがする。思わず壁にもたれかかって体勢を立て直した。立つことが辛い。風邪でも引いてしまったのか？体温計を借りようと思ったが、西沢さんはまだ寝たままで起こすのも億劫だったためとりあえず洗顔を済ませ、更衣を始めた。いつもしていることなのに一つ一つの動作がつらい。許してくれるなら今にでも倒れてしまいたい。けれどもそんなことをしたら西沢さんに迷惑がかかってしまう。それは避けたい。なんとか更衣を終わらせた時に西沢さんが覚醒した。いかにも寝起き万歳といった声で私の名前を呼んだ。私はいつもの様に微笑みながら西沢さんと受け答えする。本当に私は一体どうしたのだろうか？◇◇◇昼間になるとその症状は楽になった。「今日はどうするの？」西沢さんが訊いてくる。もちろん、私には予定などないわけで、素直に予定はないよと答えておいた。「だったらさ、今日一日、私達で精一杯楽しもうよ！」断る理由もなかった。朝の症状が出ないかどうかは少し心配だったが、西沢さんがせっかく私と楽しもうと言ってくれてるのだ。私も楽しもうと思った。朝食を終えると、私たちはさっそく家を出た。町の飾りの「いるみねーしょん」がとてもきれいだ。映画を見たり、少しかわいい感じの店で昼食をして買い物したり、あっ、あそこのオムライスおいしかったなぁ、なんて回想に耽っているうちにいつの間にか空は夕暮れ模様に染まっていた。「ねぇ、最後に付き合ってほしいんだけど」「え？」「桜の木のところ。一条さんのお土産」「うん、行こう！一条さんもきっと喜ぶよ！」私たちは桜の大木に向って歩き始めた。

  2008年05月24日

• -The Alternative-

  055しんしんと雪が降る中で、勇人は夢を見ている。裕一がいて、西沢がいて、彰がいて、歩も実乃里も。温かい夢。それはとても大切な何かを想わせるようで、その中にいるだけで、悲しみを忘れてしまう。自然と笑顔になれる。楽しく、胸が高鳴る。こんな時間が永遠と続けばいいとさえ思う。これが夢で、いつか覚めてしまうとわかっていても、切実にそう願ってしまう。◇◇◇「ちぃーす」机に突伏している勇人に彰が近づいた。重い首を机に対して垂直な形にしてベクトルの内積を０としたことを確認して彰に視線を向ける。「今日のクリパ、どうするよ？行くのか？」あぁそうか、クリスマスイブだったな今日はと勇人はぼんやりと考える。辺り、といっても特に男子が妙にそわそわしていたのはこのためか。勇人は溜息をついた。クリスマスといわれる元旦を迎えるための大掃除期間、つまり十二月の終盤という忙しい時にその名を耳にする行事は、別名カップルと日と言っても過言ではない。その日の恋人がいる者といない者、つまり実ったやつと実らなかったやつ、もっと言えば、勝ち組と負け組とのテンションの差は計り知れない。そんな日に、クラスの一部をもって開催されるクリパがある。どちらかというと恋人がいない負け組がお互いのことを慰めあいながらもクリスマス並みの楽しさを充実させようと企画されたものである。もちろん勇人には恋人はいない。「俺様はいまそんな気分じゃねぇ。悪いが俺様の分まで楽しんできといてくれ」「来ないのか。あぁ、さっき訊いた実乃里も来ないし、裕一も来ない。なんなんだ今年は・・・」ぶつぶつ言って彰は勇人から離れていった。―――クリパなんて、そんなもんに参加してる場合じゃねぇんだよ。勇人はまた机に突伏する。◇◇◇夕日が窓から差し込む。橙色に染まる教室を見ているとなんだかさみしい気持ちになる。―――くそ、何やってんだ俺は・・・勇人は教室で座ったまま頭を抱えていた。「はぁ・・・」何度目の溜息だろうか。自分らしくないと勇人は苦笑いする。―――このままじゃ、まずいよな。病室から颯爽と駈け出したあの日から裕一とももちろん実乃里とも一言も口を利かなかった。どうしたらいいか分からず、勇人は混乱している。―――ミス河原が神だろうとなかろうとそんなのは関係ない。ミス河原がいなくても、事故は確実に起こった。事故の相手が麻薬常習犯かつ居眠り運転だからな。たまたま一条殿の車と激突したにすぎん。あれは不慮の事故だ。それをミス河原を責めるとは、見損なったな。裕一の言葉が頭から離れなかった。不慮の事故、確かにそうだった。実乃里は関係ない、そのとおりかもしれない。それでも歩がいなくなってからの虚無感を実乃里を見ながら精一杯隠していた勇人にとっての実乃里の劇的告白はその勇人の心の支えを破壊するに等しかった。理性で抑えていたものが爆発した。実乃里が神であることに託けて爆発したものを全部実乃里に当てていた。少しも実乃里の言葉に疑いを持たなかった。―――かっこわりぃ・・・・電話が鳴った。ディスプレイを見る。裕一からだった。勇人はその電話に出るかどうか迷っていた。

  2008年05月21日

• -The Alternative-

  054本当の幸せってなんだろう？金と権力であらゆる人々の上に立つことなのだろうか。それとも貧しくても家族の愛や友情や、そんなものに恵まれていることをいうのだろうか。そんなことを考えるたびに頭が鈍い痛みを放つ。それでも私は考える。きっと幸せは人によって違うものなんだ。そんな在り来たりな結論で私はその疑問に終止符を打つ。だったら、私にとっての幸せってなに？どこに行けばそれに出逢えるの？私にしかわからない。けれども私にもわからない。そんな矛盾が胸を裂く。答えのない数学の問題を説くかのように、私は当てもなく同じ疑問を何度も何度も自分に問いかけて、気付いた時にはスタート地点に立ってる。結論を得られない無限のループに私はどっぷり嵌り、喘ぎ、苦しみ、もがく。こんなことを考えるようになったのは最近になってからだ。昔はそんなことを考えなくても、毎日が充実で幸福で、楽しかったはずだったのに、今、私はこんなに苦しい。自然に周りの人は私を好きになってくれた。だから人に嫌われる、考えもしなかったことに困惑し、幸せでないことを経験して、こんなことを考えるようになったのだと思う。◇◇◇退院して、私は西沢家に舞い戻った。家出中も西沢さんや西沢さんの家族の方にはよくしてもらった。その間、私は西沢さんにすべてを打ち明けた。怖かったけれども、西沢さんは私を受け入れてくれた。私の悩み事を真剣に聞いてもらったりしてた。実乃里ちゃんは悪くないよって慰めてもくれた。西沢さんは私のことを分かってくれる。そう思っただけですこし心が安らいだ。私にとって、西沢さんの存在は大きい。明日は『くりすますいぶ』という日だ。窓からは商店街に飾られた色とりどりの光が私の視界に飛び込んでくる。

  2008年05月20日

• -The Alternative-

  053―――俺は、何をしているのだろう？勇人の頭にそんな疑問が過った。あの後、勇人は病院前の川沿いに腰を下ろし、流れゆく汚いエメラルドグリーン色の冬の間の我校のプールの水みたいな川を勇人はただ見つめていた。戸田を見てなぜ逃げたかも勇人にはわからなかった。自分のしていることがわからない。何がしたくて、どうしてこういう行動をとっているか、今の勇人は理解に苦しんだ。ただ、川のほうを見つめ、黄昏ている他なかった。「俺、何してんだ・・・？」疑問を口に出しても答えは見つからず、勇人は空を仰ぐ。◇◇◇「どちら様だ？」真先に声を出したのは裕一だった。「失礼、私はこういうものです」戸田は胸ポケットから名刺を取り出し、裕一に差し出した。裕一は名刺と戸田の顔を交互に見比べてから「ふむ」と頷いた。「神の子、いえ、河原実乃里、で通っているのでしたね。彼女に会いに参上しました」戸田は営業用の笑みで裕一に語りかけた。裕一のほうも負けない偽の微笑みを見せてから「今、ミス河原は眠っている」と言って戸田に椅子を差し出した。戸田は椅子に座って、あたりを見渡し、最後に実乃里が眠っているベットがある場所に目を向けて大きく息をついた。長い沈黙が二人を覆った。と言っても実際には一分間くらいなのだろうが・・・「私は彼女に謝らなければならないのです」先に戸田は沈黙を破って裕一を見た。「なぜ、ミス河原に謝る？」「私の組織の一人が彼女に少し残念なことをしてしまってね。そのことで謝る必要がある」「少し、残念なこと？」「あぁ、我々にもいろいろあってね」その時、カーテンの隙間から実乃里が顔を出した。ひどく、荒れた顔だった。きっと何日間も泣き続けたのだろう。やつれていた。「ミス河原、大丈夫なのか？」裕一は実乃里に優しく問いかける。実乃里は首を一回だけ縦に振り、戸田を見つめた。戸田は実乃里を見て数秒、椅子から立ち上がり、実乃里のそばまで来たかと思うと、いきなり頭を下げた。「すまない。彼女のせいで大分迷惑をかけてしまったようだ」実乃里は戸田を一瞥した。二度目の沈黙が病室を襲う。◇◇◇「ヤァヤァ我こそは副島の勇人大王なり！今、貴殿の首貰い受け、恩を受ける者なり！」ただ、叫んでみただけだった。場をつなげたかっただけだった。おばさんが三人、振り向いた。なぁに、あの子。ちょっと大丈夫かしら。いやねぇ、最近の子は意味がわからないわ。ああいう子が将来的にごみ屋敷の主人か騒音オバサンみたいな大人になってしまうんだわ。親の顔が見てみたいところよ。絶対に変態だわ。そうね。シンガポールあたりでスパイとかやってるんじゃないかしら？いやぁね、スパイはないわよ。いや、待って。実は芸能界とか目指してるんじゃないかしら？あ、勉強中ね。家で練習できなかったから川原で練習ね。勉強熱心な子ね。感心しちゃうわ。でも、ネタ的には残念ね。もう少し、磨きをかけないと。いや、これからすごいネタが始まるのよ。あんな顔してるんだから間違いないわ。おばさん三人の視線を感じていた勇人はそんな陰口をきいて失敗した、と後悔するのであった。

  2008年05月10日

• -The Alternative-

  052「どうして、どうしてそんなことしたの！？」私は羽根の生えた女性に問う。理性が飛びそうになりながらも必死でそれに耐えていた。「あなたの為よ。あなたはこれから立派な神様になるの。なのにあなたは人間に抱いてはいけない感情が芽生えてしまった。だから私はそれを排除しなきゃいけなかったの」彼女は静かに私に語りかけた。人間に抱いてはいけない感情？どうして？どうして私はその感情を持っちゃいけないの？「なんとかしてあなたを彼から離せなければならなくなった。だから私はあなたの中に入って一条という子を殺し、それをあなたが自分せいだと彼に告白すれば、彼もあなたと距離をとる。人間の感情なんてものは脆いからね。浸けこむことができれば、後は勝手に自滅していく。実際上手くいったわ。面白いくらい、シナリオ通りにね」酷い！私は膝から崩れ落ちた。私は勇人くんに嫌われた。嫌われるように踊らされていた。私は自分が情けなくて、無力で、全てを吸い取られたみたいに体から力が抜けていった。「自業自得よ。彼を好きになんてなるから、こんなことになるの。あなたが彼を好きにさえならければ、私もこんなことしなかったわ。彼も傷つかずに済んだでしょうに・・・」そう言って彼女は私の前から消えていく。暗い闇の中に溶け込んでいく。そんな姿を私は見ながら、私は静かに泣いていた。溢れ出した涙は頬をつたり、雫となって手の甲に垂れる。目は真っ赤に腫れあがる。「私の役目は終わったわ。もう出会うこともないでしょう」彼女は消える間際にそう言い残し私の視界から跡形もなく消えていた。私は泣きじゃくった。泣いても泣いても、涙は止まる気配を見せなかった。次々に涙は泉の如く湧き上がった。その涙は私の涙腺を刺激して、また新たな涙を流させた。暗い闇の中で私は一人ぼっちで泣く。「勇人くん・・・」呟く。けれども返事はなくて、ただ闇の中に私の声は吸い込まれていく。私の涙をあざ笑うかのように、闇は私を孤独にする。◇◇◇私は目を覚ました。なんだか騒がしかった。目に入るのは白い天井だった。薬品のにおい。シーツの香り。本で読んだことある。病院だと認識した。私は目を少しこすって朧気な視界をはっきりさせようとした。混濁した意識がだんだんとはっきりしてくる。さっき夢の中でさんざん泣いていたから、体がとても疲れた感じがした。「喧嘩なんて、生ぬるいもんじゃねぇよ」勇人くんの声がした。そっと顔を向ける。カーテンの隙間から勇人くんと裕一くんがいた。咄嗟に顔を背ける。勇人くんは裕一くんに何か、話していた。私は耳を澄ます。―――戸田が俺に言ったんだ。あいつは神だってな。もちろん信じなかったさ。でもな、そのあと不思議なことが連続して、あいつが神だってことを認めたんだよ。それからだ。実乃里の様子がおかしくなったんだ。どうしたんだって訊いてもなんでもないってすぐにどっかに行っちまうだよ。その三日後だよ。実乃里が家を出て行った。お前らには、実乃里が風邪ひいたってことになっていたよな。家に帰ると、『ごめんなさい。ありがとうございました。さようなら』って置手紙があってよ。意味わかんねぇだろ？急いで家を飛び出して探し回ったぜ。雨も降ってきてな、もう最悪だった。結局、実乃里は見つからねぇし。雨もきつくなってきたから、先に帰ってるかも知れねぇ、って希望までもって家に帰ったんだ。でも、あいつはいなくて・・・。何日たっても帰ってこなかった。でもやっぱり別れるのが嫌だったんだ。だからもう一回探したんだよ。そしたらあいつがいて。見つけたって、それだけで幸せになれたのに、あいつが、飛んでもねぇこと言い出したんだよ。『私が、一条さんを、殺したの』ってな。ふざけんなって叫ぼうとしたらあいつが自分は神だから一条さんの死を願ったら死んだって言い出しやがった。世界が歪んだぜ。信じたくねぇのに、納得してる自分がいて。発作が起きてさ。だから俺と実乃里はもう関係ないんだよ。私はまた泣いていた。勇人くんが私を探していたこと、私を見つけてくれたときに幸せだっって思ってくれたこと。うれしかった。そして申し訳なかった。すぐにでもベットから飛び出して、勇人くんに抱きつきたかった。勇人くんの、その手のぬくもりに触れたかった。けれどもできなかった。―――だから俺と実乃里はもう関係ないんだよ。違う、違うの。私じゃなかったの。私が一条さんを殺したなんて、私の勘違いだった。そう言いたかった。けれども、言えなかった。ドスッ。鈍い音がした。ゆっくりと音のしたほうへ顔を向けた。裕一くんが勇人くんを殴っていた。何すんだって勇人くんが叫んでいる。怖い。怖いよ。裕一くんの目は今まで見たこともないくらい、怒りでギラギラしていた。「残念だ勇人よ。お前がそこまで醜い男だとは思わなかった。一条殿の事故死がミス河原のせいだと？やつあたりもいいとこだ。ミス河原が神だろうとなかろうとそんなのは関係ない。ミス河原がいなくても、事故は確実に起こった。事故の相手が麻薬常習犯かつ居眠り運転だからな。たまたま一条殿の車と激突したにすぎん。あれは不慮の事故だ。それをミス河原を責めるとは、見損なったな」止めて、これ以上は、止めて。私のせいで喧嘩なんてしないで。「お前にはわかんのか？大切な人を失った原因が近くにいた時の気持ちが！どす黒いもんがこみあげてくること気持ちがよ！見損なっただと？俺はお前に分かってもらいたくてすべて話したのに、見損なっただと？ふざけんな！」息を呑んだ。私が勇人くんを追い詰めた。ごめんね、ごめんね、ごめんね。謝っても、どれだけ謝っても、私は・・・・。ドスッ。今度は勇人くんが裕一くんを殴っていた。これ以上見ていられなかった。その時、ドアが開いた。男の人が立っていた。あぁ、あの人だ。勇人くんはその人を一瞥してから部屋を出て行った。足音が遠くなっていく。行かないでとは、今の私ではいえない。

  2008年04月29日

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  051走っていた。けれども走っても、どれだけ早く走っても、目の前にあるのは闇だった。抜けることのできない永遠の闇のループを、けれども勇人は走り続けた。走りながら後ろを振り返った。実乃里がすぅっとこちらへ近づいてくる。やめろ、これ以上近づくな！そんな叫びなど空しく実乃里は微笑しながら勇人との距離を縮める。勇人は必死で実乃里から逃げていた。腕をぶんぶん振り、胸を突き出す。汗がどっと流れ、服は汗でびっしょりだった。◇◇◇「ぶわぁぁぁ」勇人は勢いよく上体を起こした。白い天井が見える。かすかな薬の臭い。考えずともわかる。ここは病院だ。「おう、目が覚めたか、わが同志よ」「・・・裕一」裕一は白いタキシードに手にいっぱいの薔薇の花を抱えて参上した。今時、どこに白いタキシードを身に纏い、両手に薔薇の花を抱えて病室に参上する高校生がいるものかとあきれて勇人は裕一を見ていた。「勇人よ、発作など中学以来ではないか。原因はあえて問うまいがあまり無理はしないほうが身のためだ」裕一が薔薇を近くの台に置くと、裕一はその手で勇人の頭をなでる。「ミス河原もお前と同じように意識が昏睡しているぞ」裕一が隣のベットを指差したので、隼人も顔を向ける。実乃里が眠っていた。いそいで勇人は眼を逸らす。「いくら喧嘩したとはいえ、互いに意識が消えるほどの大乱闘とは・・・。わが同志にして情けない・・・」「喧嘩なんて、生ぬるいもんじゃねぇよ」勇人はどす黒い声で裕一に言う。勇人は実乃里の実態を知っている裕一にこれまでの経緯を話していた。戸田という男に出会ったこと、実乃里が急にいなくなったこと、雨の中捜しに走りまわったこと、やっと見つけたのに裏切られたこと。裕一はそれを真面目に聞いていた。口を挟むことなく、真剣なまなざしで聞いている。勇人はようやく話し終えると「だから俺と実乃里はもう関係ないんだよ」と締めくくった。◇◇◇いきなり裕一に殴られた。一瞬、何が起こったか分からなかった。鈍い音とともに鋭い痛みが頬に伝わる。ずきずきと痛むことコンマ一秒、勇人は裕一に殴られたのだと気づいた。裕一がそのまま襟元をつかみあげ、勇人に怒りのこもった視線で睨みつける。「っつ！何すんだよ！」勇人は思いっきり裕一を睨み返した。「残念だ勇人よ。お前がそこまで醜い男だとは思わなかった。一条殿の事故死がミス河原のせいだと？やつあたりもいいとこだ」裕一の言葉にメラメラと怒りの感情がこみあげてくる。やつあたりだと？じゃぁ俺はどうすればよかったんだよ。ただ、そうですか、もう終わったっことだから気にするなと開き直ればよかったのか？本人が自分が殺したといったんだ。怒って何が悪い？大切な人を失った時の気持ちがお前にはわかんのか、なぁ裕一！「ミス河原が神だろうとなかろうとそんなのは関係ない。ミス河原がいなくても、事故は確実に起こった。事故の相手が麻薬常習犯かつ居眠り運転だからな。たまたま一条殿の車と激突したにすぎん。あれは不慮の事故だ。それをミス河原を責めるとは、見損なったな」「不慮の、事故だと？」勇人の声は驚くほどに冷たかった。勇人はベットから出て裕一の胸元を掴み返す。掴んでいる手に汗が染み出る。「お前にはわかんのか？大切な人を失った原因が近くにいた時の気持ちが！どす黒いもんがこみあげてくること気持ちがよ！見損なっただと？俺はお前に分かってもらいたくてすべて話したのに、見損なっただと？ふざけんな！」「あぁ、見損なったよ。殴らなきゃ目を覚まさないと思っていたが、殴っても夢の中とは、とんだ醜い男だな勇人よ」勇人は殺気だって怒りが爆発し、気付くと裕一を殴っていた。裕一はよろめき、尻もちをつく。勇人はそのまま馬乗りになって裕一を殴りかかろうとする。そのとき、病室の扉が開いた。目を向ける。そこには戸田が立っていた。勇人は舌打ちをして、そのまま病室を飛び出した。

  2008年04月27日

• -The Alternative-

  050私が望んだ。勇人くんがここに今すぐにここに来てくれることを。勇人くんがここにすぐに駆けつけてくれれば、私の力が本物であることが証明される。私は自分を試した。だから勇人くんに逢いたい、今すぐ勇人くんがここに駆けつけてきて私の名前を呼んでほしい、そう願った。勇人くんは息を切らしながらやってきてくれて、私の名前を呼んだ。―――あぁ、私の力って本物なんだ。私、神様だもんね。私の力が本物だって証明されたんだから、一条さんを殺したのは私のせいだということも本当になってしまった。自分のなかにいる私の願いをかなえてくれるもう一人の『わたし』の言ったことは嘘だと信じていたかった。家出した日だって、どうにかして心を落ち着かせたかっただけだった。私の力が嘘だってわかったら迷わず勇人くんの元へ戻ったはずだ。たとえ怒られても、今の私には、それが愛情だと知っていたから。けれど私の力はやっぱり本物だった。だから私は一条さんを殺したのは私なんだって勇人くんに言わなきゃいけなかった。言って、告白して許されるなんて思ってもいなかった。嫌われる、もう、私と目も合わせてくれないかもしれない、そんな恐怖に怯えていたけれど、けれど、言わなきゃいけなかった。このまま黙って勇人くんの後ろについて行っても、勇人くんは『私の虚像』を見ているにすぎないと思った。『本当の私』じゃなく、狐の仮面をかぶったほうを見る、そう思うと、胸が切なくなる。だから私は勇人くんに『本当の私』を知ってもらわなきゃいけなかった。それで勇人くんが私を拒絶しても、それは仕方のないことだから。私の頬に一筋の涙が流れた。『カムパネルラ、僕たち一緒に行こうねぇ。』ジョバンニが斯う云いながら振り返って見ましたらその今までカムパネルラの座っていた席にもうカムパネルラの形は見えずただ黒いびろうどばかり光っていました。私は『銀河鉄道の夜』のジョバンニだった。ジョバンニは最初、一人だった。けれども、鉄道に乗って仲間ができた。カムパネルラみたいな人とも出会えた。―――けれども最後は、一人ぼっち。◇◇◇「あなたはそれでいいの？」「いいのよ・・・・」私は俯いて、私のなかの『私のなかの私』に答える。「嘘ね。悲しんでる」彼女はきっぱりと言い切った。数多の針が私をさすような冷たい視線で彼女は私を見る。「あなたに・・・何がわかるのよ・・・」「私はあなたよ。あなた自身のことは、何でもわかる」「わかってないよ！」私は彼女に向って叫んだ。まっすぐに彼女を睨む。私のことが分かっているのが本当だったとしたら何故、どうしてそんなに冷静でいられるのか、そんなに冷たい視線を私に送るのだろうか。「そんなに嫌なら、もう一度望めばいいわ。彼がすべてを忘れて、もう一度最初から。あなたには簡単でしょう？」どうしてそんなことが言えるの？もう一度やり直す？すべてをリセットする？できるわけないじゃない。それは今までのすべての私の思い出を虚構としてしまうのだから。私には、それらをなかったことには出来ない。―――あなたさえ、いなければ・・・・私は彼女の首を絞めていた。「私を殺すの？いいの？本物の殺人犯になるわよ？」彼女は不敵な笑みを浮かべて私を見下ろした。私の手に一層の力がこもる。汗が手を濡らしていた。「あなたが、一条さんを殺した！」夢中で叫んだ。しばらくの沈黙が続いた。彼女は私の手から消えていて、すぐ後ろに立っていた。「そうよ、私が殺したわ。でも、あなたが悪いのよ？」私は振り向いてすこし距離をとった。突如、彼女の体が変わっていく。彼女は『私の姿』から、羽根の生えた女性にかわっていた。「あ、あなたは、誰ですか！？」私はかつて『私』だった彼女に訊いた。「それは言えないわ。けれども、私はあなたの中のあなた自身でない、ことは認めるわ」「じゃぁ、一条さんを殺したのも、あなただって言うの！？」彼女は不適な笑みを浮かべて私を見ていた。

  2008年04月19日

• -The Alternative-

  049―――人は結局、掴んだ大切なものを、最後には手放してしまうんだよ「私が、一条さんを、殺したの」嘘だ。「信じてくれないかもしれないけど、私、神様だから」嘘だ。「願い事は叶えられるの。私が一条さんのこと、邪魔ものだって思っちゃったから、だから、一条さんは死んだの。全部私のせいなの！」嘘だ嘘だ、全部嘘だ。どうしてそんなこと言うんだよ。やっとお前を見つけたのに、どうしてそんなこと言うんだよ。お前が神様？違うよ、お前は実乃里、河原実乃里だ。俺の離れた親戚なんだ。勇人は嵐のような狂気に見舞われながら、勇人は眼を見開く。どっと汗が吹き出し、胸が苦しくなる。勇人はその場でひざまづいた。苦しい、呼吸ができない、どうして、こんな時に・・・勇人を発作が襲った。治まれ、治まってくれ！勇人の意識がゆっくり少しずつ、確実に消えていった。◇◇◇母親が死んだあの日、勇人は心を閉ざした。不登校になった。人を信じることができなくなった。部屋の布団で毛布にくるまり、歯をくいしばって、拳を力いっぱい握っていた。胸の鼓動が速くなり、呼吸ができなくなっていく。何度も意識を失いかけた。そのたびに、勇人は自分で自分を傷つけた。痛みは自分を現実世界に引き戻してくれた。父親に説得され、学校に登校した日も、そこが違った場所に見えた。みんな、同情の視線を勇人に送った。その視線が痛かった。自分が惨めになり、何もかもなくなればいいのに、そんなことを思っていた。そして、そんなことを考えてしまう自分自身が勇人は一番嫌いだった。だからあの日、自分が卑劣で下等な人間だということを認めた。せめて周りに対しては誠実であろうと努めた。そう決心するのは、とても勇気のいることだった。一人じゃできなかった。こんな決心がついたのは、あの日、歩が勇人に手を差し伸べたからだった。歩のおかげで、今の勇人は存在した。その歩が事故で死んでしまったあの日、勇人は苦しんだ。母親が死んだときと同じ感覚に襲われた。自分が狂っていく、そう勇人は感じた。けれど、それでも勇人は踏みとどまった。それは歩のおかげだった。母親が死んだあの日、手を差し伸べてくれた歩がいたから、自分があるんだと言い聞かせた。歩が死んで過去の時分に戻ったら、歩が悲しむ。歩の行動が無駄になる。歩の手を払ってしまう、そんな気がした。だから踏みとどまることができた。―――俺は、俺に手を差し伸べてくれた歩が好きだった。勇人の素直な気持ちだった。それはなくして初めて気づいたものだった。なくして初めて大切だと思えた。そんな歩を、実乃里が殺したといった。実乃里が神様で、実乃里が願ったから歩は死んでしまった。彼女はそういった。もはや、勇人の中で芽生えた荒れ狂う破滅的な衝動を、抑えることができない。実乃里が歩を殺した。実乃里が歩を殺した。実乃里が歩を殺した。―――嘘だ！嘘？口先だけで嘘だと叫んでも何も解決にならない。勇人の心の中は一気に爆発した。口先で否定しても、勇人の心は、それを肯定していた。実乃里は勇人の信頼を裏切った。なぜ、勇人は実乃里を探したのか。こんなことになるなら、もう逢わなければよかったのではないか。勇人にはそんな選択肢も残っていたはずだった。けれども勇人は実乃里を探した。そんな浅はかな考えが最悪な結果を招いた。―――ごめん、実乃里。俺はもう、お前を仲間としては見れない・・・

  2008年04月17日

• -The Alternative-

  047勇人は眼を覚ました。ゆくっりと体を起こした。「あぁ、俺、眠ってたのか・・・？」勇人は濡れた服のまま、台所の椅子にもたれていた。勇人の濡れた服は昨日のことが夢ではないことを表すかのように冷たく、目の前には勇人が握りつぶした実乃里からのメモ書きが無残にも転がっていた。「実乃里・・・・」そっと呟く。けれど、返事なんてあるわけがなく、ただその呼びかけは暗い部屋に吸い込まれていくだけだった。勇人は立ち上がることもしなかった。ただ、時間が流れるのを、時計が時間を刻む音を聞いていた。一秒が一分、一分が一時間のように感じられた。その日、勇人は学校を休んだ。あれから一週間が経った。もう部屋に、実乃里はいなかった。実乃里がいないことに、何を悲しむことがあるのだろうか？今までの生活に戻っただけじゃないか。そうだ、ずっと今まで一人で暮らしていたじゃないか。プラスにマイナスが重なって０となっただけじゃないか。勇人は立ち上がって洗面台に向かった。顔を洗って鏡に映る自分の顔を見る。ひどい顔だ。実乃里がいなくなったからって、こんなにひどい顔をしていたのか、そう勇人は自嘲した。実乃里は神だったんだよ。人間じゃないんだ。神様なんだよ。そうだ、別れることに何の抵抗がある？勇人は家を扉を開けた。『行くぞ！』もう、そんな言葉をいう必要もないんだ。いままで通りじゃないか。勇人は通学路を歩いていた。今まで通りの通学路だ。何も変わってはいない。今まで通りの学校。今まで通りの授業。今まで通りのクラスメイト。今まで通りの町並みそうだよ、全部今まで通りなんだよ。勇人は笑った。勇人はふざけた。ふざけた勇人に突っ込みを入れる裕一がいた。それを見て笑っている沢中がいる。―――これが、本来の姿なんだ。◇◇◇忘れるんだ。忘れるんだ。忘れるんだ。実乃里を、実乃里と過ごした時間を、実乃里の笑顔を、忘れるんだ。何もかも忘れて、今まで通りに生きていけばいいんだ。恐れることなんて、悲しむことなんてないんだ。そうだ、今までのは非日常だったんだ。だったら日常に戻ることになんの抵抗があるんだ？俺は神様と一緒に暮らしてきたんだ。信じられない、よな。でも本当のことなんだよ。俺はその神様と一緒に登校したり勉強したり、一緒に海行ったり、そんな日々を過ごしてたんだぜ。でも、今は、その神様、家出してしまったんだよ。なんでだろうな。俺がその神様の正体に気づいたからかな。だから、俺は忘れるんだ。今までのこと、すべて。―――忘れるんだ・・・・「できねぇよ・・・。忘れるなんてできるか！俺は記憶を簡単に消せるようなつくりはされてねぇんだ！忘れるなんてできるわけねぇだろ！」◇◇◇体が軽い。自分はどこに向かっているのか、わからない。でも、無意識に足が先へ先へと動く。向う先に実乃里がいる。そんな気がする。「実乃里！」勇人は実乃里を、膝を抱えてしゃがみこんでいる実乃里を、見つけた。実乃里は立ち上がって正面を向いた。実乃里は泣いていた。目が腫れるくらい泣いていた。勇人が実乃里に近づこうとした。「ダメ！」実乃里が叫んだ。「勇人くん、そのまま、聞いて」実乃里が勇人をまっすぐに見ていた。勇人も実乃里をまっすぐ見つめる。「私が、一条さんを、殺したの」カラスが数羽、飛び立った。048会いたいよ。あたりまえじゃない。何が悪いの？何がいけないの？私が勇人くんと一緒にいたいと思って何がいけないの？私が一条さんを殺したから？私が一条さんを殺したから、勇人に会う顔がないの？違う。怖いんだ。勇人くんに拒絶されるのが、怖いんだ。嫌われるのが怖いんだ。だから逃げたんだ。でも、私はやっぱり勇人くんに会いたい。「実乃里！」勇人くんがいた。そこに、求める人は立っていた。でもダメ。すぐに飛び込んじゃダメ。私には言わなきゃいけないことがある。たとえこれで拒絶されても、それは仕方がない。言わなきゃ、言わなきゃ。勇人が私の方に歩いてきた。「ダメ！」私は叫んだ。私には言うことがある。それ勇人くんは私を嫌いになる。もう、一緒にいることなんてできないかもしれない。でも、言わなきゃ。私は勇人くんをまっすぐ見つめた。覚悟はできている。「私が、一条さんを、殺したの。信じてくれないかもしれないけど、私、神様だから。願い事は叶えられるの。私が一条さんのこと、邪魔ものだって思っちゃったから、だから、一条さんは死んだの。全部私のせいなの！」遠くのほうで猫が鳴いた。

  2008年04月13日

• -The Alternative-

  045実乃里が行方不明になった。勇人が帰宅すると、机の上にはピンク色のメモ書きが置いてあった。―――ごめんなさい、ありがとうございました。さようならメモはそれ以上は語らなかった。勇人はメモを握りしめた。メモが勇人の手の中でしわくちゃになっていく。「なんなんだよ、これは・・・」無意識に内に勇人は制服のまま飛び出した。勇人は走った。実乃里と叫び続ける。走り続ける。探し続ける。雨が降ってきた。体に雨粒が叩く。制服は濡れ、体はどんどん重さを増していった。もしかしたら家に帰っているかもしれない。わずかな希望を胸に勇人は家に引き返した。実乃里は、いなかった。勇人はその場に崩れ落ちた。046私にはもう、勇人くんといる資格、ないんだよ。私にはもう、ここにいる資格なんて、ないんだよ。だって私のせいで一条さんは死んだんだもの。勇人くんの幼馴染を殺したのは、私なんだもの。―――私は神様だもの。私と一緒にいるとなにが起こるかわかんないよ？私が望んだら、人なんて簡単に殺せちゃうんだよ？―――怖いでしょ？私が怖いでしょ？だから私は勇人くんにさよならしたの。だってそうしないといけないから。私は当てもなく街中をさまよった。頬に何かが落ちた。雨？たちまち雨は強くなった。そういえば私が勇人くんと出会ったのも、雨の日だったな。もういやだ。私なんかなくなっちゃえ！消えちゃえ！◇◇◇「それがあなたの願い？」「私なんていなくなればいい。もう、ここにいる資格ないもの」「本当？いえ違う。あなたは消えたいなんて本気で思ってない」「本当に思ってるよ。だって・・・」「私はあなた自身。あなたの心。あなたは本当は消えることを望んでいない。副島勇人といることを望んでいる」私が勇人くんといることを望んでいる？私が一条さんを殺してしまったのに？◇◇◇私は路地裏でしゃがみ込んだ。「勇人くん、会えなくなるのいやだよ・・・」私はぽつりとつぶやいた。

  2008年04月12日

• -The Alternative-

  044闇の中。暗い、暗い、闇の中。私の前にもう一人の私がいる。もう一人の私は私を見続ける。私ももう一人の私を見続ける。「あなたは、私？」「私は私。あなたの中にある、あなた自身、それが私」「私の中にある、私自身？」「そう、あなたの欲望、疑心、不安、、、。私はあなたの心」「私の心・・・？」◇◇◇「あなたの望むものを叶える、それが私」「私の望むもの・・・？」「そう、心の奥底で望むもの」私は俯いた。私の望むもの、私の望むもの。◇◇◇「あなたは彼といたいと心から思っている。もっと近づきたいと思っている」「彼・・・？」「副島、勇人」◇◇◇「私はあなた、私自身の願いを叶える」「どういうこと？」「そのためなら、邪魔なものは捨てる」「邪魔なもの？」私は問いただした。彼女は何かを含んだような微笑をして私を見続けている。◇◇◇「あなたが彼ともっと親しくなるのに、彼女は邪魔だった」「彼女・・・？」「一条、歩」◇◇◇「だから私は彼女を消した」思考が止まってしまう。「あなたが、一条さんを、殺したの？」「私ではない。あなた自身が望んだこと」「私はそんなこと望んでない！」私は叫んだ。彼女に言い聞かせるように、私に言い聞かせるように。私の声は響かなかった。ただ、闇の中へ吸い込まれていくような感じだった。「違う。私はあなた自身。あなたの心。あなたの願い。あなたは彼女を邪魔だと思った」「そんなの、違う。私はそんなの望まない。だって一条さんは、私にできた、初めての友達・・・」「あなたは望んだ。そして彼女を消した。あなたが副島勇人ともっと近づくために」私が、消した？彼女を、一条歩を、初めての友達を・・・―――私が、殺したの？「そう。あなたが殺したの。あなたが望んだの。彼女は副島勇人が好きだった。あなたにもそれと同じ気持ちがある。私にはわかる。そしてその気持ちが少しづつ膨らむにつれて、あなたは彼女のことを邪魔者だと思ってしまった」私はその場にひざまづいた。私のせいで、一条さんが死んでしまった。私が殺した、一条さんを。―――私のせいだ―――私のせいだ―――私のせいだ私が望んだんだ。私が消してしまったんだ。「ああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ！」私は力の限り叫んだ。のどがかれるくらい叫んだ。私の声は闇に消えていき、彼女も闇の中へ消えていく。「私はあなたのなかに、いる」◇◇◇わかってた。私は人間じゃない。神様なんだ。私が望めば願いはかなうし、不自由だってしない。―――１年間それは私がここにいることのできる時間。私は一年間で人とたくさん触れ合って、感じあって、楽しい想いでをつくる。みんなと同じように、勉強して、恋をして、喧嘩して。それを私は望んでいた。だから、夢はかなった。一年間だけだけれど、あと四か月だけれど、夢を奏でることができた。それは私が望んだから。だったら勇人と出会ったのは？西沢さんやほかのみんなと友達になれたのは？私が望んだから？私が望んだからかなった、それだけの、存在？私の望みによって支えられた、軽い、絆なの？私が望めば、この絆は簡単に切れちゃうの？そんな、上辺だけのつながり？私が望んだから勇人くんは私を家に泊めてくれた。私が望んだから私は学校に行けた。私が望んだから私に友達ができた。私が望んだから海へ行ったり、紅葉狩りしたりした。―――私が望んだから、一条さんは死んだ。私はただの人じゃない。私は神様だ。

  2008年04月11日

• -The Alternative-

  042ここは、何処？ここはひとりの世界。私の世界。私が作り出した、私の世界。雲は動かない。波は立たない。日は機械的に傾く。でもそれは、時間じゃない。傾くのは誰かが意図的に傾かせている。だから、それは時間じゃない。時間というものが存在しない。そんなものはない。時間があれば、日は自然に傾く。雲は流れる。波は立つ。風もある。動かない、何も動かない。動くのは私だけ。私は何？何者？どうしてこんな世界を作ったの？何のために？私は本を読んだ。何のために？私を知るために、この世界を知るために、本を読んだ。毎日、大量に、本を読んだ。でも、わからない。何もわからない。毎日毎日、誰かが傾ける太陽が沈みきるまで本を読んでも、何もわからない。だから私は夢という概念を見つけた。夢の中でなら、私はひとりじゃない。夢の中でなら、私は私というものを考えることなく、生きてゆける。だから私は夢に身を任せた。所詮、空虚な世界。空想的、現実とは異なる世界。それでも私は夢を追い求める。夢を見続けることで、私は私の欲求を発散する。それがどれだけ惨めで、情けなくて、悲しいものなのかは知っている。それでも、なお私は夢を見続けることを選んだ。―――夢は私を守ってくれる。043勇人は戸田を待っていた。駅前の喫茶店、勇人は真剣な顔をしてコーヒーカップを見つめている。やがて対面の椅子が動いた。顔をあげる。戸田はそこにいた。勇人は顔を緩めない。「待たせたようですね。申し訳ない。こちらとしても、いろいろと忙しいものですから」戸田はすこし軽い口調で口を開いていた。勇人はそれを耳にしながら戸田を軽く睨んだ。戸田は肩をすくめると要件は何ですかと訊いてきた。もちろん勇人には訊くべきことがあった。そのために、勇人は戸田に連絡を入れて待ち合わせたのだ。「実乃里は、いったい、誰なんですか？」重く、しかししっかりした口調で勇人は口を開いた。あの日、勇人のアパートの前で雨に濡れて倒れていた少女。時間の流れない島で一人で暮らしていたと言っていた少女。あの日、何も深く考えずに勇人と同居生活をはじめた少女。この世界について、ほとんど何も知らない、不思議な少女。それが実乃里。―――彼女はいったい、誰なんですか？「私があなたと初めて会った時に私が訊いたことは覚えてますか？」戸田は勇人の質問から数秒沈黙した後に質問で返してきた。「私はあなたにこう訊ねました。『あなたは、神を信じますか？』と」「それとこれがどういう・・・」勇人の言い分を戸田は眼で制した。「彼女は・・・、彼女は、神ですよ。まだ生まれたての赤ん坊のね」時間が止まった感覚とはこのことだろうか。歩が死んだときと同じ感覚だった。「実乃里が、神、だと？」「そうですよ。信じられないかもしれませんが、これは事実なのです」「待て！いくらなんでも、その回答はデタラメすぎる！」勇人がそう叫んだ。戸田は苦笑いをひとつしたあと、勇人をにらみ返した。瞬間、世界が揺らいだ。◇◇◇気付くと、そこは見たこともない世界だった。隣に戸田も立っていた。ただ、勇人はその場から動けなかった。戸田だった。確かに、戸田だった。しかし、背中に羽がついていた。天使の羽のように神々しく光っていた。声が出ない。動けない。「ここは、人間界とは違う世界です」戸田の放った声は反射して勇人の耳元に届く。頭でこだまのように同じ言葉が流れていた。声も出せない、体も動かせない。隣には羽が生えた人間。それでも勇人の頭はひどく冷静だった。「ここは、神と神を繋げる場、アルクウヤです。ここで私たちは神々の使徒として動いているわけです」勇人の脳ではそれは瞬間に理解できていた。言葉の一つ一つを冷静に聞き分け、理解することができているのは、奇跡に近いかもしれない。「私たちはここで、あの方、あの少女を人間界に降臨させたのです。あの方の世界を新しく改築するために」背中に汗が流れた。冷たい。「これで、納得してくれましたか、勇人くん」勇人の意識が薄れていく。なんだか眠い、そう感じたのだった。勇人の意識がそのまま消えた。◇◇◇勇人ははっと意識を戻した。見慣れた、喫茶店の店内が見える。間の前に戸田も座っていた。今のは、なんだ？自問する勇人だが、答えは見つからない。「今のは・・・？」「私があなたに見せたものです。それが真実ですよ」戸田は一呼吸置いて「彼女は神です。納得してくれましたか？」勇人に問いただした。勇人は納得いくわけにはいかなかった。非現実的すぎた。でも、今のは？今の光景は何だったんだ？あの、不思議な感じは何だったんだ？勇人はそんな問いに苦しんだ。実乃里が神、そんな非現実的なことが事実のような気がして仕方なかった。「彼女は神であり、彼女の存在は虚構のものです。そして彼女は一年後、あなたと彼女が出会ってから一年後に、彼女はもといた彼女の世界に帰る。そして私たちは彼女が帰ったあとに、彼女にかかわったすべての人間から、彼女の存在を抹消する」そういうことです、と戸田は付け足した。「ちょっと待ってくれ。実乃里が神様だってことを一万歩譲って信じるよ。でも、一年間って？彼女の存在を抹消するってなんだよ？」「彼女は一年間しかこの人間界にいられません。それは彼女も承諾済み。それに、彼女に関する記憶を消すのは私たちの仕事ですから」「なんで記憶を消すんだよ！？」勇人は立ち上がって机をたたいた。周りの人たちが勇人たちを一瞬見て、店員が勇人を咎める。「人は知らないうちに神と出会い、ともに過ごしています。それでも人間が神を虚空の存在としてしか認識していないのはなぜだかわかりますか？」「それは・・・」「私たちが人間から神との出会いという事実事態を記憶から抹消しているからです」「なぜ、そんなことを・・・？」「今のあなたみたいになるからですよ。非現実的な連続に見舞われ、現実を見失いかねない。世界がわからなくなり、何も信じられなくなってゆくからです。それに、人間は貪欲です。今、自然界の頂点と思っている人間にその人間の上の神の存在を知ったらどうですか？更なる高みへ、すべてを支配するために、人間は神に抗うことでしょう。それは避けなければなりません」「なぜ、それを今、俺に伝える？俺が神はいるぞと告発したら」「人間の疑心は大きいですからね。あなた一人がそんなことを言っても、世界は子供の妄言としか思わない。それに、私は現時点で実乃里と最も中が深いあなたに、彼女の真相を伝える義務があるのですから」戸田はそう言うと、伝票をもってレジへ消えていった。勇人はそれをじっと眺めていた。

  2008年04月09日

• -The Alternative-

  041実乃里はいったい何者なのだろうか。出会ってからの不滅の謎だったが、大して気にしていなかった。勇人は自分が気さくな人間なのかとひとりで苦笑する。しかし、今、目の前で電子レンジのあたためボタンを連打するこの不思議少女の正体がとても気になった。戸田という男のせいかもしれない。いや、いつの日か正体が知りたくなる衝動に駆られる日が来ると勇人は予想していた。勇人はその学校では中間成績万歳の思考能力で実乃里が何者なのか、戸田という者はいったい何を知っているのか、そんなことを必死に考えている。実乃里が電子レンジのあたためボタンの連打をやめ、近くにあった花瓶を持ち上げた。実乃里はそのまま電子レンジに振り下ろそうとする。「ストーーープ！待て、何をするつもりだ！」勇人は急いで立ち上がり、電子レンジを守ろうと実乃里を食い止めに入る。「これ、ボタン押しても動かないんだよ？」勇人は電子レンジを見る。なるほど、電源が抜けている。つくわけがない。実乃里は電気がないと動かないことを未だに知らない。どこま無知を通すんだ、かの有名ななんとかさんも『無知の知』を提唱しているぞ、と心の中で叫んだ。「動かないから、何をしようとした・・・？」おそるおそる訊ねてみる。すると実乃里はパッと笑顔になって「叩けば直る！」その笑顔がまぶしい、なんてことは考えない。「その花瓶で、レンジを殴ったら、直るのか？」「一理ある」これまたとびっきりの笑顔でいうものだから勇人も苦笑いするしかない。どこに一理あるのか、そんなツッコミも入れず、勇人は「いいか、俺は今からイリュージョンを見せてやる。一瞬で直してやる」そう言って勇人は意味ありげに手をうねうね動かすと「全知全能の神よ！今我に、その無限の力を今、託さん！」と叫んで拳を作りその場で、ハアアアアア、とこれも意味ありげに発声する。調子が乗ってきたところで、と思った勇人が改めて前を見ると「勇人くん！電子レンジ動いたよ！」とうれしそうにはしゃぐ実乃里の姿があった。実乃里は気づいたのだ。電源というものを。そして自ら、電子レンジを起動させるという任務をこなしたのだ。勇人は、その場に崩れ落ちた。

  2008年04月03日

• -The Alternative-

  040建物の中は窓から差し込んだ夕焼けの光で橙に染まっていた。その奥に通路があり、そこを進むと、窓が一つもない、石造りの部屋につながっている。中央に大きな円形の魔方陣のようなものが描かれており、それを中心にコンパスで円を描くように、平らな岩が何重にも重なって天にそびえている。白ひげの男が何かを叫んだと同時に、その平らな岩に座していた男たちが呪文のようなものを唱和する。中央の魔方陣が赤く光り出す。白ひげの男が立ち上がり、魔法陣に手をかざす。そして優しく、されどはっきりと白ひげの男が言う。『夢を奏でたいか？』周りの男たちの呪文の唱和はさらに大きく、強い口調になる。魔法陣がさらに光を増す。『１年間だ。１年間、お前に夢を奏でさせてやろう』白ひげの男がそう言うと中央の魔方陣から楔形文字に似たような見たこともない文字が白く浮かび上がり、それはこの石造りの建物の中に広がってさらに強い閃光を放つ。しかし、男たちは目が眩むことなく、呪文の唱和を止めない。一瞬、呪文の唱和が止まったかと思うと、ものすごい風が建物の中を駆けた。そして中央の魔法陣が姿を消す。白ひげの男が口を開いた。「我々、アルクウヤは、神の使者として、御神を見守り、時には仕え望みを叶え、時には相互の御神の調和の柱となってきた。そして、この新しき御神は、御神が望む夢を一時的に叶える。御神の新しき世界がよきものになるために、我々は御神に一年間、人間界に旅立たせた」力強い口調で白ひげの男が言う。周りの男たちも何も言わずに、じっと白ひげの男の声に耳を傾けていた。「我々は、人間界に旅たたれた御神を見守る義務がある」静寂に響く白ひげの男の言葉を周りの男たちが聞き、そして小さく頷く。「人間界のアルクウヤにこのことを知らせる」そういうと白ひげの男は何かを叫んでから、続いて周りの男たちもまた、呪文を唱和した。石造りの建物に唱和された声はさらに大きくなっていく。

  2008年04月01日

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  039男がいた。正装している、どこかの秘密機関の幹部みたいな服装の男だった。「少し、よろしいですか？」男の言葉で勇人は我にかえった。「え、あ、どちら様で？」「あぁ、失礼。僕はこういう者です」そういって男が名刺を手渡してきた。勇人はその名刺を受取って、目を通す。「宗教、法人・・・」そこには聞いたこともないような宗教団体の名が書かれていた。勧誘か？勇人はざっと考える。勇人の第六感は危険を感知していた。「すみません、僕、宗教とは無縁でいたいので」「いえいえ、決して宗教の勧誘をしに来たのではありません」しかし、この手のものははじめはこういうものだ。結局行き着くところは勧誘に決まっている。「すいません、今忙しいので」そう言って勇人は扉を閉じようとしたときだった。「あなたの部屋に、女の子がいるでしょう。どこの誰だか分らない、不思議な少女が」男がそんなことをさらりと言う。勇人は内心、驚愕したが顔に出さないようにこらえた。「実乃里の親戚か、何かですか？」「いえいえ、僕はあなたと少し話がしたいだけなのですよ。彼女について、ね」勇人は実乃里に断って男と近くのファミレスにいた。勇人はこの男の話を聞くことにしたのだ。もし、実乃里の保護者なら話をしなければならないし、保護者でなくとも、この男は実乃里を知っている。あの日、突然、家の前に倒れていた少女の実態を知っているのであれば、話は聞くべきだ。「さて、副島くん、君は彼女をどうやって見つけ出したのですか？」「その前に、お前は一体、何者なんだ？」勇人は少し強めの口調で問いただす。男はフフと笑った後「名刺の通りですよ。僕は宗教法人：アルクウヤ、監視部門第二課の戸田です」「宗教法人がなぜ、実乃里を知っている？」戸田は営業用の笑顔が丸わかりの微笑ましい顔で目を細めて少し考え込んだ。顎に手を当てて、勇人をもう一度見た。「あなたは、神を信じますか？」「神？やっぱり勧誘か？だったら俺は帰るぜ」勇人が立ち上がろうとしたのを戸田は制した。勇人も仕方なくまた席に着いたが、今度は疑わしい視線を戸田に送る。「世界には数え切れないほどの神が存在するといわれています。僕たちの機関はそのような神をすべて崇拝し、そして、監視します」「何をいっているかさっぱりわからん。神は人間が作り出した勝手な空想にすぎないんだよ。なんだよ、神を監視する？笑わせんな」勇人は吐き捨てた。胡散臭い神話など信じない勇人にとって、神がどうのこうのという話はむず痒かった。「俺は実乃里について聞いてんだ。神がどうのこうのの話は御免だ」宗教法人に神を全否定するのはまずいと思ったが、勇人はそんなの構わずにさらに否定する。いつ戸田という男が怒り狂って勇人に切りにかかるかもしれないというほどである。今度こそ帰ってやると勇人が席を立った時だった。「彼女は、誰もいない、時間の流れがない小さな島で一人で暮らしていました、そうですね？」「んな！？」勇人はその場で立ち尽くした。肩にかけていた鞄がずれ落ちてようやく事態を把握する。戸田が、実乃里の正体を知ったいたのだ。―――『私は小さな島に住んでいました。島には私、たった一人しかいない。小鳥も、動物たちも、誰もいない。私だけ・・・。何もない、波もなく、雲も動かない。本当に時間が止まった、空間』勇人が実乃里と初めて出会った時、実乃里はそんなことを言っていた。もちろん、信じなかった。この女、頭がおかしいのか、と思ったくらいだ。しかし、今、実乃里の言っていたことをこの戸田が知っていた。もしかしたら、あれは彼女の口癖だったのかもしれない。そう思った。「お前、実乃里の何を知っている・・・？」勇人が恐れながらも戸田に聞いた。戸田はすこし真剣な顔になったが腕時計を見て「すいません、これから仕事があるので、では失礼」と言って戸田は立ち上がり背中を向けた。勇人はそれを見上げる。「そうですね。また、お会いしましょう。話はその時まで持ち越しです」そう言って戸田は店を出た。勇人は数分間、その場に座り込んだ。

  2008年03月28日

• -The Alternative-

  小説「-The Alternative-」をいつもご愛読ありがとうございます。なんだか自分でも書いてて楽しいと思えるはじめての小説となってきています。さて、少しばかりお願いがあります。毎回のごとく、確認はさらっとしか通さないので、漢字変換などのミスがあったりします。そこは構わず指摘してください。お願いします。＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝037だんだん寒くなってきた。冬真っ盛りとはことことだ、と勇人は考えていた。期末試験が終わり、高校生の特権である『試験休み』であるために、勇人と実乃里は自宅でコタツにミカンの状態だった。「なぁ、実乃里」「なに？勇人くん」「来週、どうするんだ？」「来週、なにかあるの？」実乃里が身を乗り出して訊いてきた。暦の上では今日の日付は十二月十七日であるから、来週といえば、これも暦上に判断できるイベントが待っていた。「来週だよ。予定、あるか？友達とかと騒ぐみたいな予定は」「あー、そういえば、沢中くんがク、なんとかパーティーしないかって言ってたような」「それは俺も聞いた。クリスマスパーティーだろ？参加するのか？」「くりすます？」勇人は、この無知はクリスマスという仏教の人もイスラム教の人もオウム真理教の人もみんながみんなミスターキリストの生誕を祝う日も知らないのかと半分あきれながら咳ばらいして実乃里に来週のイベントについて説明していた。「いいか、クリスマスというのはだな、要するに、誕生日だ」「誰の？」「ミスター、キリスト様だ」「みすたー、きりすと？」小首をかしげながら実乃里はキリストの名を連呼している。それがまた可愛らしかった。「いいか、ここだけの話だ。絶対に公に出すなよ。秘密事項だからな」すこし真剣な顔をして実乃里に詰め寄ると実乃里は真剣に頷いた。「よし。キリストというのはな、海で教えたことを覚えているか？ルイ１５世の話だ」「伝説のアサリを食べて、でっかい怪物をやっつけた話だよね」「そうだ。そこの話に『伝説のアサリを料理した伝説の料理人』がいただろ。そいつだ」「あの『伝説のアサリを料理した伝説の料理人』がキリストなの！？」「あぁ、そうだ」目の前で実乃里はなんだかやや真剣な顔になって、いろいろ呟いていた。そんな実乃里をみていると玄関でチャイムが鳴った。勇人は立ち上がって玄関のほうに向かった。038あったかいな。私はコタツと呼ばれるものに入ってミカンを食べていた。勇人くんによると、こんなに寒い日が続く日本の冬では、やはり寒いので人は体を温めたいのだそうだ。そこででてくるのがコタツだって言ってた。私が、じゃぁ『デンシレンジ』でチンされればいいんじゃない？という質問も、アフォかとけなされた。勇人くんが言うには『デンシレンジ』だとコンパクトにならなきゃいけない。でも、毎日コンパクトになっていたら闇の大魔神に封印されてさぁ大変なんだそうなのだ。だから人はコタツというコンパクトにならなくても体を温めることが可能なものを開発したんだと言ってた。つまり、コタツはコンパクトにならなくても体を温めることができるすごい発明品なのだそうだ。開発した『仔　辰さん』はすごいな。私はコタツに身を委ねてウトウトしていた頃、勇人から名前を呼ばれた。「なに？勇人くん」私は返事をした。「来週、どうするんだ？」「来週、なにかあるの？」来週になにかあるのかな？そういえば、沢中くんがク、なんとかパーティーやろうって言ってたな。私はそんなことを考えていた。「来週だよ。予定、あるか？友達とかと騒ぐみたいな予定は」「あー、そういえば、沢中くんがク、なんとかパーティーしないかって言ってたような」私は今さっき考えていたことを口にした。「それは俺も聞いた。クリスマスパーティーだろ？参加するのか？」「くりすます？」くりすます？栗、澄ます？栗栖、増す？私はいろいろ考えたけれど、何にも答えは得られなかった。頭に浮かぶのは『栗くんが耳を澄ましている姿』と『栗栖がどんどん多くなっていく』ビジョンだった。苦、離、酢魔、守？私は今度は漢字を無理やり当ててみた。苦しみから離れて酢の魔物を守るの？いや、酢の魔物から守られるの？いや、なんで酢の魔物限定何だろう？勇人くんがため息をついてから「いいか、クリスマスというのはだな、要するに、誕生日だ」「誰の？」「ミスター、キリスト様だ」「みすたー、きりすと？」「きりすと、きりすと、きりすと？」きりすと様の誕生日をお祝いするの？きりすと様を世界中のみんなで囲んでハッピーバースデーの歌を歌うのかな。なんだか微笑ましい。すると勇人くんが身を乗り出してから「いいか、ここだけの話だ。絶対に公に出すなよ。秘密事項だからな」と言ってきた。すこし真剣な顔をして私に詰め寄ったので私は真剣に頷いた。「よし。キリストというのはな、海で教えたことを覚えているか？ルイ１５世の話だ」あぁ、「伝説のアサリを食べて、でっかい怪物をやっつけた話だよね」懐かしいな、そんなこともあったっけ。確か、私が拾ったピンク色の貝殻の伝説だったんだよね。「そうだ。そこの話に『伝説のアサリを料理した伝説の料理人』がいただろ。そいつだ」えええええ？「あの『伝説のアサリを料理した伝説の料理人』がキリストなの！？」「あぁ、そうだ」勇人くんが頷いた。まさか、あの伝説の料理人が・・・それは生誕日を祝われても当然だよね。そうか、そうなんだ。私がそう呟いていると玄関の方でチャイムが鳴った。勇人くんが嫌な顔をして立ち上がった後、玄関に向って歩いて行った。

  2008年03月24日

• -The Alternative-

  036「勇人、よろしく！」よろしくって、なんだよ。学級委員、すげぇかったるかったんだぜ？お前は楽しそうにしてたけどよ。「一緒に帰ろ！」馬鹿、お前とは反対方向だろうが。校門まで一緒にいくだけだろうが。「なんで前の家と同じところに引っ越さなかったのだろう～」ははは。またあのときみたいに一緒にお前と帰るのかよ。お前、子供のころ、犬見てビビってただろ。あんときお前すっげぇ怖がってさ、大変だったんだぜ？またお前のおもりをするってことになると気が遠くなる話だぜ。「見てよ。すっごいかわいい水着でしょ！」バカ野郎・・・・。すっげぇ似合ってたよ。あのときは投げやりだったけどよ、気恥ずかしかったんだよ。一瞬、みとれちまったよ・・・。◇◇◇俺は玄関を出た。『一条家告別式』の看板を横で見た。すぐに目をそらす。俺は意味もなく、歩いた。無意識のうちに、足が前へ進んでいった。気がつくと大きな桜の木の下で俺は立ち尽くしていた。何年生きてきたかわからないくらい、腕を回しても包みこめないくらいに大きな幹を持つ、桜の木の下に俺は立っていた。でも、なんでここに来たのかはわかる。昔、歩とよくここで遊んでた。走り回って、転んで泣いて。目の前に子供の頃の歩と俺が遊んでいるのが、一瞬見えた気がした。しかしすぐにそれが幻想だと知った。「あぁぁぁ、知りたくなかった。あいつが、歩が死んだなんて、知りたくなかった・・・」俺はその場に崩れ落ちた。膝の力が一気に抜けた。俺は倒れるように、その場に跪いた。◇◇◇「勇人ー。勇人ー。はーやーとー」「あぁ、もう、うるせぇ！聞こえてらぁ！」「じゃぁ返事ぐらいしてよ」「かったるいなぁ・・・」勇人は耳を押さえながら玄関を出た。そんな勇人の後ろを歩がひょこひょこついてくる。「待ってよ、歩くの早いよ」「お前が遅いんだ。たく、なんだってお前とタイ焼きなんか買いに行かなきゃいけねぇんだよ」「いいじゃん。タイ焼き、おいしいよ？」そんなの知ってるよとすこし大きめの声で言ってやる。勇人は改めて前を向いてさっきより早く歩いてやった。待ってよと後ろから歩の声がしたが気にしない。やがてタイ焼き屋の前に着く頃には歩は汗を大量にながしていた。そんな歩を横目で見ながらタイ焼きを二つもらい、お金を渡す。おおきに、という何とも関西人の商売人らしい声を背中で聞いて、勇人は歩のところへ戻った。歩はいまだに、もう勇人ひどいよ、とか、なんでそんなに急ぐのよ、とか文句をたらしていたが、勇人がタイ焼きを渡すとそんなことも一瞬で吹き飛んだかの様な笑顔になって勇人からタイ焼きを受け取った。勇人と歩は桜の木の下でタイ焼きを食べた。歩はひとりでずっと、あの子の飼っている兎がかわいい、とか、あそこの店の料理がおいしい、とかひたすらしゃべっていた。歩はとても楽しそうな顔をしていた。「ねぇ、勇人！未来に手紙を書こうよ！」何を思ってそんなことを言い出したのかはわからないが、歩は急に立ち上がってそんな提案をしてきた。「えぇ、やだよ。かったりぃ」勇人は渋い顔をしてそれを却下したが、歩は「えー、しようよ。昨日テレビで見たの、すっごいよかったんだからぁ」と勇人をなだめるように説得しだした。昨日のドラマのことだなぁと勇人は小さいながら思い出していた。「しようよ。絶対いいから！」歩がなんだか力強く言うもんだから勇人はしぶしぶその案を受諾した。二人は将来の、歩は勇人に、勇人は歩に手紙を書いた。そして二人は桜の木の下で、大人になるまで絶対に開けない約束をして、その二枚の手紙を桜の木の下に埋めた。「楽しみだね！将来、絶対二人で掘り返そうね！」そう言った歩の顔もすごく楽しそうだった。◇◇◇俺、寝てたのか？勇人はゆっくりと体を起こした。桜の木の根元で勇人は声をあげて泣いたのをぼんやりと思い出した。疲れきって眠ってしまったのだろう。「懐かしい、夢だったな・・・」俺は思った。子供のころに埋めた、将来のお互いへの手紙。その頃は、まだ小さかったななんてことをふと思ってみた。俺は木の根元を掘り返そうと手を伸ばした。躊躇った。――――あの頃のお前への手紙をあいつはもう読むことはないんだよな。俺だけ読むのはなんだか悪い気がした。だから、躊躇った。そして俺は地面へ手を添えた。――――あの時、お前、一緒に開けようねって言ってたじゃねぇかよ。俺は立ち上がった、そして、背を向けた。「クソッ」俺は吐き捨てて桜の木を後にした。◇◇◇あいつは歌っていた。楽しそうに、陽気な声で・・・数日前までのあの楽しそうな顔は、どこへ行ったのだろうか・・・・◇◇◇「ここは、どこだ？」あたりを見渡す。真っ白で何もない世界。「あぁ、これは夢のなかなんだ」俺は気づいた。そして知った。ここが夢の世界なのだと。どうしてここが夢の世界だと知ることができたのかは、わからない。ただ、なんとなく、そんな気がするのだ。「勇人」俺は声に振り向いた。「あゆっ・・・！」歩の姿があった。俺はなんていえばいいか分からずに、立ち尽くした。「勇人。なんて顔してるのよ」「あぁ、すまない」どんな顔をしていたのかはわからない。逢えてうれしくて口元がゆがんで変な顔だったのかもしれないし、驚きのあまり、口が半開きになっていたのかもしれない。でもそんなことはどうだっていい。ここが夢の中だろうが何だろうが、関係ねぇ。歩と会えた。それで十分だ。「勇人・・・」この無音の世界でもかき消されそうなか弱い声で、歩は俺の名前を呼んだ。「私ね、私、いつまでも勇人のそばにいられると、思ってた。でも、私、死んじゃったから、もう、会えなくなったから。だから、私、いま、言うね。あのときも、言ったけど、でももう一回、改めて言うね」「あぁ」「私、ずっと好きだった」「あぁ」気づいていた。いや、歩がいなくなって初めて気づいたんだと思う。「本当に、いつからだろう。わかんないけど、ずっと前から」「あぁ」俺は頷いた。「私ね、いつかこんな風に告白して、付き合ったらどうするか、一人で考えてたんだよ。一緒の大学受験して、同じアパートか何かを借りてそこに住むんだ。昔みたいに一緒に御飯食べて、一緒にお風呂とかも入っちゃったりしてね。勇人がバイクの免許とかとって二人でドライブとかしたりして、どこかの公園でお弁当、一緒に食べるんだぁ。私、ふわふわの卵焼き作って、それを勇人がおいしいって食べてくれて、それで、それでね・・・」俺は歩を見つめていた。歩は涙を流しながら一生懸命に話していた。視界がすこし歪んで見える。―――泣いているのか？畜生、泣くんじゃねぇよ。みっともねぇ姿をさらすんじゃねぇ、俺！「勇人」「あぁ」「ごめんね」「あぁ」何やってんだよ。頷いてどうするんだよ。「じゃぁ、そろそろ時間だね」「あぁ」白い世界に光が刺した。とても強い光でとても眩しかった。「じゃぁ、ね」「あぁ、またな」いいのかよ。頷くなよ。行くなって言えよ。歩の体が少しずつ消えていく。おい、俺。何立ち尽くしてんだよ。何か言えよ。行っちまうだろうが！光がはじけた。歩はいなくなっていた。こんなんなるまで気づかなかったのかよ。――――やっぱり俺、アホだ。◇◇◇拝啓、一条歩さまお前がいなくなってから、何日たったんだろうな？三日？一週間？二週間かな。お前を失ってから、時間の感覚が変になっちまったよ。俺は夢でお前に会ってから、やっぱりヘコんだんだぜ？でもよ。実乃里や裕一たちが、懸命に俺を励ましてくれてよ。俺、お前がいなくなった世界を受け止めるようにしたんだ。結構、しんどいことだけどよ、だけど、やっぱりこのままだといけねぇ気がしたんだよ。最近、桜の木の下に行くとな、お前を見つけることができる気がしてさ。馬鹿だよな、ぜってぇそんなことないのにな。桜と言えば、お前と埋めた将来のお互いへの手紙、勝手だけど、読んだぜ。なんだよ『私をあなたのお嫁にしてください』って。あの頃のドラマの手紙のまんまじゃないか。でもよ、うれしかったぜ。マジで。俺、わかったよ。お前は俺の記憶の中で永遠と生き続けるんだって。クサイとかいうなよ。マジでそう思ったんだからさ。お前はせめておれの中では一緒にいてくれてさ、頑張って、頑張って、頑張って、俺、強い人になるよ。お前がいないこの世界でさ、つらいけど、最後まで生き続けなきゃいけないんだって。じゃぁな。あ、そうだ。最近、ドラマで見たんだけどよ「アロハ」には３つの意味があるんだってよ。「おはよう」と「こんにちは」あと一つ、なんだかわかるか？わかんねぇよな。俺も驚いたぜ。もう一つの意味はな『I love you』だったんだぜ。じゃぁな、歩。アロハ

  2008年03月22日

• -The Alternative-

  035はらはらと、木の葉が散っていきしんしんと、雪は振り積もる。体を覆うように、または沈めるように、深く深く、積もる。真っ暗な世界で、雪は一層強くなり、風は一段と強くなり、それでも勇人は前へ前へと進もうとする。一歩、また一歩と進むたびに、体から力が抜けていく。「ごめんね・・・・」少女が、勇人の追いかけている少女が振り向いて、謝罪する。「もう、駄目なの・・・」「何が、駄目なんだよ！」そのまま行こうとする少女の背中に叫ぶ。腹に無理に力をこめて、また一歩、一歩と前へ進む。少女との距離は縮まらない。「夏の海、楽しかった。秋の紅葉狩りも。全部、楽しかったよ・・・」「・・・・・」「みのりんとも友達になれた。ひかりちゃんとも、裕一くんとも、沢中くんとも・・・」「あぁ・・・・あ・・・・」「何より、勇人と再会できて、うれしかった。」「あ・・・・あぁ・・・」嗚咽しか漏れない。言葉が、出てこない。今、かけるべき言葉が見つからない。頬を何かが垂れた。汗？いや、涙だ。視界がゆがむ。少女が笑っている。微笑んでる。でも勇人は泣いている。勇人は縮まらない距離を必死で縮めようとする。手を伸ばす。―――届かない。少女が背を向けて前へ歩き出す。「まっ・・・・・」声がかすれてしまう。体を覆っている雪は勇人の力を奪っていく。「あゆ・・・み・・・」少女は振り返らない。「あゆ・・・み・・・」少女が振りかえった。泣いている。少女が何か言った。聞こえなかった。『好きでした』、口元がそう動いた気がした。そして、『じゃぁね』とそのあと動いた気がした。少女が光の中へ消えていった。「あゆみーーーー！」暗闇の中、勇人は叫んだ。頭がぼおっとした。世界がゆがんで見えた。勇人はその場で力尽きた。◇◇◇勇人は目を覚ました。しつもなら絶対に起きない時間帯だった。「いやな、夢を見たな・・・」悪夢のせいで体中に汗がびっしょりだった。二度寝できないと勇人が悟り、仕方なく体を起こす。洗面台で歯を磨き、朝食のパンを焼く。実乃里はまだ寝ているようだったが、すぐに目覚めるだろうと勇人は考える。無意味にテレビをつけ、無音から逃れる。『――次のニュースです』ニュースキャスターのおじさんがニュースを読み上げる様を横目で見ながら勇人はコップに牛乳を注ぐ。『――県の高速道路で大きな衝突事故がありました。』世の中恐ろしいねと勇人は思いながら牛乳を一気飲み、焼けたパンにバターを手早く塗り、一かじり。『この事故で衝突された車に乗っていた、一条七朗さん、一条歩さんが死亡、衝突したトラックの運転手、土井和夫さんが意識不明の重体です。』「は？」勇人はその場に立ち尽くした。

  2008年03月21日

• -The Alternative-

  033「楽しかったねぇ・・・」「あぁ、マジでよかったぜ」勇人はパラソルを片づけながら実乃里の言葉に頷いた。日はもう傾きかけていた。太陽が橙色に見える。あたりは帰宅する家族やカップルで一杯だ。勇人たちも切りよく退却する準備にかかっていたのだった。「また、みんなで来れるといいね」実乃里がほほ笑みながら勇人に言った。その顔は本当に楽しんだ純粋な子供のようで、可愛かった。「そうだな。そうだ、忘れるところだった。お前、みんなで海来たのが初めてだと言ったな」「え、あ、うん」「初めてみんなと海へ来たときに必ずやっておかなければやらないことがあるんだ」「何？」「海岸を走りながら、私は今、最高に幸せです！って叫ぶんだ。人の眼なんて気にしちゃいけねぇ。これは今の自分の幸福さを人目を気にせずアピールすることで、みんなの心を和やかにするという大事な役割を果たす」なんとも適当なことをいう勇人を、やはり真剣に聞く実乃里である。「さぁ行け！何も気にせず、お前の幸せな気持ちをみんなで共感するんだ！」「そうだね、私、行ってくる。あ、そういえば、西沢さんもはじめてだって言ってたな」そう言って駆け出す実乃里の背中を見ながら、失敗か、と舌打ちを打つ。「副島くん！何を教えたのよ！」「ヤバい、、、」勇人は聞いてないふりをしながら、いそいそと荷物を運んでいる裕一を手伝った。◇◇◇「一条殿、シートのほうを畳んでおいてくれないか？」「うん、わかった」私は言われたとおりにシートを引っぱり出した。結構大きく、二人でしないと大変だと思った。視線で勇人を探す。勇人はパラソルをしまっている最中だった。「は・・・・やと・・・・」手伝ってもらおうと思って名前を呼んだ時だった。勇人はみのりんと話していた。みのりんが楽しそうに微笑んでいる。きっと今日の楽しさの余韻に浸っているのだろうと思う。その時、なんだか少しさみしい気がした。「一条さん？」名前を呼ばれて我に帰る。「なんでもないよ。それより、ひかりちゃんシート畳むの手伝ってよ」「あ、うん」シートの端と端をもって二等分、四等分としていくうちに、ひかりちゃんとの距離が縮まっていく。これが勇人だったらなと一瞬思ったが首を振ってそんな妄想を払う。「ありがと」「うん」「西沢さん！」「どうしたの？実乃里ちゃん」「一緒に海岸に行って幸せを共感しよ！」「は？」一連の説明を聞いていたひかりちゃんは勇人の名前を叫んで呼んでいた。勇人もみのりんに悪ふざけしすぎだよ・・・・そう思って苦笑いしながら少し橙色になりつつある海へ視線を向けた。034「私、みんなで海来たりしてはしゃぐの、初めてなんだ」私は副島くんと荻元からの退却指令を受けて海岸に戻るとき、そんなことを言った。「私、中学の時からいじめられて、高校になっても友達がいなくて・・・」「そうだったんだ・・・・」自分でもなぜこんなことを話しているのかわからなかった。こんなことを話して、迷惑に思うかもしれない。変に思うかもしれない。中学時代のいじめられっ子と遊んだことに何か思うかもしれない。そんな不安があるのに、私は話している。「みんなで遊んで、こんなに楽しかったの、初めてだった」少し重い空気になった気がした。まだ、下半身は水につかっているせいか、すこし寒気がしてきた。私はそのまま俯いた。「楽しかったね！」「私も初めてなんだ。すっごい楽しかったよ。西沢さんもそう思うでしょ？」視線を上げた。一条さんも河原さんも笑っていた。「ひかりちゃんは素直になろうよ。自分のことをもっと出したほうがいいよ」私は心の中に虚無感がいつの間にかなくなっていることに気づいた。やさしい感じ。とても言葉では言い表せない何かが心の中を掠めた。「雲は自由ではない。高気圧から低気圧に流されているだけだ。雲が流れるのは、高いところから水が流れ落ちるのと同じだ。決してそれは抗うことができない。雲が自由にゆき場所をきめて流れているのではない。ただ、流されているだけだ。西沢嬢、お前は雲になりたいのか？」荻元の言っていたことがわかったような気がした。―――私は雲にならない。◇◇◇それから、六人はたくさん遊んだ。みんな、楽しそうに過ごしていた。彼らは、人生で一番輝く時期を精一杯、楽しんでいた。一陣の風が吹いて、その年の夏は、終わった。

  2008年03月18日

• -The Alternative-

  032なんで、こんなに楽しそうなのよ・・・「見てよ。すっごいかわいい水着でしょ！」「あー、もうとってもキュートだ最高だ。この世にこれ以上かわいいものが存在しないといっても過言ではない」「本当！？」「あぁ」なんで、どうして・・・私は空を見上げた。こういうときは空を見る。何も考えないで、空を見ていると、不思議な気持ちになる。内側に広がる虚無感を、私はまっすぐ見つめる。目の前に広がる大空を見ながら自分という希薄な存在を再認識する。「ねぇ、西沢さんも泳ごうよ！」「え、あ、後でいいです」私はパラソルの下に座った。「泳がないのか、西沢嬢よ」隣で機械をいじっていた荻元が声をかけてきた。「あなたには関係ない」私はそっけなく答える。「確かにそうだ。お前はもともと計算には入っていなかったからな」「私が来たら邪魔だった？」私は荻元をクッと睨んだ。でも荻元はこちらに目線を向けるどころか、おっと危ない、なんて言って相変わらず機械をいじってる。私は視線を海に向けてから空を見上げた。「お前はいつも空ばかり見るな。雲マニアか？」荻元が皮肉っぽく言ってきたので私はそれを無視した。答える義理はない。私に答える意がないのを悟ったのか、荻元はそうかと納得している。「お前は中学時代、いじめられていたそうじゃないか」「なっ！」「それで逃げるようにこの街に引っ越してきた」「どうして、それを・・・」先ほど無視された復讐なのか、荻元はこんなことを話し出したのだ。私は動揺しないように歯を食いしばっていた。「なに、この俺にかかれ何の造作もないことだ」私はもう一度、荻元を睨んだ。荻元はそんな私の視線なんぞ怖くないといった表情で不敵な笑みを浮かべている。なんなの、こいつ・・・・「だからお前は他人と接しない。友を作ろうと努力もしない。一人がいいと思っている。しかしそれに反して一人は寂しいと考え出している。この矛盾が自分を押しつぶしそうになる。だからお前は空を見て、自分というものを自分から追い出す。そうすることで何も考えずに楽になれるからな」私はその場で言葉を失った。この男、なんなの？土足で核心を突いてくる。体が小刻みに震えていた。怒りと、恐怖だ。だめ、震えちゃだめよ。何も怖くない。感情的になってはダメ。惨めなだけよ。「西沢さーん、こっちおいでよ！」海の向こうで一条さんと河原さんが呼んでいた。「行かないのか？」「行くわよ！」私はその場を立ち上がって二人のほうに向かおうとした。「西沢嬢よ」「なによ？」「雲は自由ではない。高気圧から低気圧に流されているだけだ。雲が流れるのは、高いところから水が流れ落ちるのと同じだ。決してそれは抗うことができない。雲が自由にゆき場所をきめて流れているのではない。ただ、流されているだけだ。西沢嬢、お前は雲になりたいのか？」「言いたいのはそれだけ？」荻元は黙りこくって機械に専念した。私はそんな荻元を横目で見ながら二人の元へ向かったのだった。雲になりたいか？そんなの知らないわよ。

  2008年03月13日

• -The Alternative-

  031「見てよ。すっごいかわいい水着でしょ！」歩がいう。「いやいや、すばらしいではないか。これぞ男のロマン！究極！」彰が叫ぶ。「これ、かわいいね」実乃里が右手にピンク色の貝殻をもって勇人に素直な感想を述べる。「おい、そこの荷物を取ってくれ」裕一が頼む。到着十分で疲れる勇人である。六人は予定通り海に来ていた。夏休みが始まり一週間がたったころ「The 海へみんなで行って楽しく過ごそううれしいな大作戦」はこの日、決行されていた。なにが作戦なのだろうか、勇人は彰のネーミングセンスを疑いながら裕一の荷物を運んでいた。海に到着すると男子陣は場所取りとセッティングにかかり、その間、女子陣は着替えを済ませてやってきた。セッティングが終わったと勇人がひと段落しているときに、歩は新しい自分の水着がかわいいという主観的意見に同意を求められ、彰はナンパだと叫んで遠い遠い砂浜へと消えてゆき、かわいらしい貝殻を見つけた実乃里になんでこんなにピンク色なの、という疑問をぶつけられ、裕一は怪しげな機械をいじっていた。「あー、もうとってもキュートだ最高だ。この世にこれ以上かわいいものが存在しないといっても過言ではない」「本当！？」「あぁ」勇人の対応に照れる歩である。「ねぇ、これなんで貝なのにピンク色なのかな？かわいいね」ピンク色の貝殻をもって実乃里がいう。「お前、知らないのか？その昔、どこかの国に住んでいたルイ１５世が海辺で人々を助けるために巨大な怪物と戦ったんだ。それはそれは強い怪物でな、ルイ１５世はやられそうになったんだ。その時、海岸に住んでいた一匹のカニが伝説のアサリを渡したんだ。ルイ１５世はそのアサリを有名な調理師に料理するように頼ませ、そしてできた料理をルイ１５世が食べると信じられないほどの力がみなぎった。そこでルイ１５世は叫んだんだ。『ミラクルマジカル・アブラカタブラ・このルイ１５世が月に代わってお仕置きよ！』ってな。そうしてルイ１５世は強大な魔法を使い、その怪物を封印したんだ。このとき怪物の封印と同時にそのピンク色の貝殻が数億、数兆という数え切れないほどの貝殻を世界中にばらまいたんだ」やけに適当な説明を実乃里は真剣に聞いていた。「でも、アサリを料理している間にルイ１５世は怪物にやられなかったの？」「気合いで頑張ったんだ。つまり、今お前が持っているのはルイ１５世の勇気と気合いの結晶なんだよ」「へー、そうなんだー」このままいくと実乃里はとんでもない常識を持った大人になるだろうと心底思う勇人である。◇◇◇海の家のラーメンはまずい？当たり前だ。スーパーでひとつ３０円くらいの中華めんを使用しているからな。「スープの味２点、麺のコシ１点、麺とスープの相互関係１点、合計４点」「点数化するな、むなしくなる」「ラーメンという食いもんは麺をスーパーで売っている中華めんにするだけで、本来持つべき味を忘れ、我々に残念な味しか与えてくれないとお母さんに習わなかったのか？」午前の部を終了し、昼飯時のある海の家での会話である。よく言われる海の家のラーメンはまずいの真偽を確かめるべく、勇人と裕一は海のラーメンを食っていた。この店ではこの命題は真のようだ。証明？そんなもん、次の夏にでも自分で体験してくれ。まぁ、どう感じるかは個人の価値観によるがな。「時に勇人よ。この海の家のラーメンが一番まずいといま証明された。ということで次はここ周辺で一番うまいラーメン屋を探そうと思わないか？」裕一が提案する。「どこかに心当たりがあるのか？」勇人の問いに裕一が頷く。使い古した手帳を裕一は開きながら「うまいラーメン屋はここ数年での雑誌、テレビ、地元の人々の意見などから３０件以上に上る。全く、どこのラーメン屋が一番かわかったもんじゃない」そう、なぜだろうか、日本一うまいラーメン屋を紹介する時、番組、雑誌によってそれぞれ紹介する店が異なっている。この辺がメディアの適当なところかと勇人もため息をつかざるを得ない。矛盾している。いったいどこが日本一うまいラーメン屋なのか。そう、世界には矛盾が多い。多すぎる。そして理不尽だ。日本一うまいラーメン屋が３０件以上に上ったり、中学校の数学のテストで「三平方の定理」を「ピタゴラスの定理」と書いて減点されたり、「1+1＝∞」みたいな等式が世の中にあったり、日本国憲法の第２５条「生存権」が無視されたり、全然いい子じゃない妹にサンタからの贈り物が届いたり、真面目な子より不真面目な子のほうが評定平均が高かったり、大阪の公立中学の授業料はほかの都道府県と比べて高いのに全国学力が４５位だったり、細木和子の未来予知が当たらないのに世間で騒がれたり、家でつくる焼きそばと同じ作り方で作った焼きそばでも屋台ののほうがおいしかったり、打撲なのにバンドエードはってりゃ治るとかいう親がいたり、知らない人から自分宛てに年賀状が届いたり、「のびたクン」の年齢が一生５年生だったり、内側を見てくれる人がタイプとかいう女子も結局はそんなことより第一ルックス重視だったり、ペットボトルを新しく作るよりもリサイクルしたほうが石油を多く使ったり、宮沢賢治の小説のほとんどが未完成なのに売れてたり、高価買取してくれなかったり、とにかく矛盾や理不尽なことが多い。多すぎるのだ。

  2008年03月12日

• -The Alternative-

  029勇人たちが夏休みに入る前の儀式として執り行われるのがこの期末試験だ。その儀式が明日に近付いているということもあって、教室内では様々な空気が流れていた。頭のいいやつは一生懸命にシャープペンシルの音をかきたてている者もいれば、テストなど諦めて夏休みの予定を話し合う女子グループもあったりするわけだ。そんな中、勇人や実乃里たちは、その中間に位置するわけで、つまり勉強しながら夏の予定を話し合っていた。「お前、夏にどこか行くのか？」「いや、特に予定はねぇぞ」勇人が一生懸命にsinだのcosだのを考えているときに、隣の沢中彰が夏の予定について聞いてきた。「だったらよ、海いかねぇか？海、海」「またなんで海？」「お前、カレンダー的に考えてみやがれ。高校生の夏だろ？」「どこのカレンダーにそんな高校の夏なんて書いてあるセンチメンタルなカレンダーが存在するんだよ」「てなわけで、海だ」なんとも納得できない理由で海だ海とはしゃいでいるる彰を勇人は軽く無視して数学のテキストに目を戻す。「ねぇねぇ、勇人」「どうした実乃里」「竹取物語の作者って誰だっけ？」「マイケル・アンダーソンだ」「うん、ありがと」実乃里からの質問も軽く流して数学の大問２に取り掛かる。「ねぇねぇ、勇人」「またか、実乃里」「この≪怪しがりて寄りて見るに≫の主語っておじいさん？」「おばあさんだ。ちゃんと文章読め」勇人はまたも適当に答えて、あぁ、余弦定理かと一人納得する。「ねぇねぇ、勇人」「もう、なんだよ実乃里」「≪いとうつくしゅうていたり≫の日本語訳って≪とてもかわいらしくいた≫でよかったよね？」「お前はアフォか？そこは≪意図的に美しくして見せていた≫だろうが」「ふーん、ありがと」勇人は実乃里から視線を逸らして天井を見上げる。横で彰が海ってはしゃいでいるのを見て視線を机に戻す。「さて、と」勇人は肩が凝ったなと思いながら首を鳴らしてふぁあとあくびをする。バンッと斜め前で音がした。勇人はそちらを見る。立ち上がった女子生徒が勇人に近づいてきた。「な、なんだよ？」「≪いとうつくしゅうていたり≫の日本語訳は≪とてもかわいらしくいた≫でいいの！≪怪しがりて寄りて見るに≫の主語はおじいさん！竹取物語の作者は不詳よ！」「あー！勇人くん私に嘘教えたの！？」「うっ、お前、余計なことを・・・」クラスの女子の西沢ひかりが勇人を見下ろしていた。「海だろ！」彰が重い空気の中、体から乗り出して叫んだ。「海だ。そうだ。水着ギャルなのだ。なぁ！一条も河原も行きたいだろ？」「えっ、うん、そうだね」「海かぁ・・・」急に話を振られた二人は驚いて勇人たちを見て同意する。「海ならこの俺に任せろ」「裕一、お前・・・」そこに裕一まで話に入ってきた。「西沢も来いよ、海」「そうだよ、一緒に行こうよ」「え、えぇぇぇ！？」「決定だな」裕一と彰と歩で夏のプランが次々と作られていく。かくして夏休みには海に行くことが確定されたのであった。030私は窓の外をぼんやりと見ていた。雲が流れて行っている。当たり前だと思う。雲はなすがままに流れていく。何も面白くないのに、私はそれから目を背けることもなく、ただ、雲の流れる姿を見ていた。私はいつも一人だ。一人を望んでいるわけではない。むしろ一人は飽いていた。しかし、私は入学直後の中の良いグループが結成される大事な時に何もしなかった。だから、いつも私は窓から空を見上げるだけ。斜め後ろで楽しそうな声が聞こえる。一人が海ってはしゃいでて、周りではそれを楽しそうに見ている。「竹取物語の作者って誰だっけ？」「マイケル・アンダーソンだ」作者不詳よ。誰よ、マイケルって。「この≪怪しがりて寄りて見るに≫の主語っておじいさん？」「おばあさんだ。ちゃんと文章読め」いや、おじいさんでいいから。竹取の翁だから。「≪いとうつくしゅうていたり≫の日本語訳って≪とてもかわいらしくいた≫でよかったよね？」「お前はアフォか？そこは≪意図的に美しくして見せていた≫だろうが」気づいたら同じクラスの副島勇人に向って「≪いとうつくしゅうていたり≫の日本語訳は≪とてもかわいらしくいた≫でいいの！≪怪しがりて寄りて見るに≫の主語はおじいさん！竹取物語の作者は不詳よ！」と叫んでいた。周りの視線が自分に集まる。あぁやばい。恥ずかしい・・・・空気が重かった。「海だろ！」沢中彰が重い空気の中、体から乗り出して叫んだ。「海だ。そうだ。水着ギャルなのだ。なぁ！一条も河原も行きたいだろ？」「えっ、うん、そうだね」「海かぁ・・・」急に話を振られた二人は驚いて副島勇人たちを見て同意する。私はその場で立ち尽くしていたままだった。「海ならこの俺に任せろ」「裕一、お前・・・」そこに荻元裕一まで話に入ってきた。「西沢も来いよ、海」「そうだよ、一緒に行こうよ」「え、えぇぇぇ！？」急に話を振られて唖然とする。「決定だな」勝手に決定しちゃってるし！かくして夏休みには海に行くことが確定されたのであった。

  2008年03月10日

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  027勇人は夢の中にいた。冷たい雪がしんしんと降り積もっていった。もう、体の半分は雪で身動きが取れなかった。雪はさらに降り続けた。体の体温を奪っていく。でも勇人はそれに抗おうとはしない。ただ、闇のように暗い空を見上げて白い息を吐いているだけだ。「―――いいんだ、これで・・・」そっと呟いて前を向く。目の前に少女がいた。暗くて顔が見えなかった。なにか叫んでいた。でも、何も聞こえなかった。少女が勇人に向って走ってきた。雪がそれを阻んでいた。少女は雪をかき分けて、必死にかき分けて勇人に手を伸ばしている。勇人はそんな少女から目をそらして手を払っていた。勇人は必死に何かを叫ぼうとした。でも、冷え切った体から声を絞り出すことができなかった。歯を食いしばる。少女はそれでも勇人に手を差し伸べ続けた。嫌な顔ひとつしないで、むしろやさしく微笑んでいた。顔は見えないけれど、口元がほほ笑んでいた。勇人はそんな少女を見て、気付く。―――俺は、間違っていたのか？勇人は少女の手を取った。その瞬間に雪がいっせいに宙を舞い、静かに消えていった。闇のように暗い空は青く、鳥さえも飛んでいた。手を差し伸べていた少女の顔が隣にあった。―――ごめん。絞り出すように勇人は歩にいった。◇◇◇勇人は目を覚ました。窓から少しだけ光が入っていた。ゆっくりと顔を横に向けた。目覚まし時計がある。「ヤベッ！実乃里のヤロー、昨日の仕返しに俺をおいて行きやがったな！」勇人はベットから跳ね起きるとすぐに制服に着替えて家を出た。「夢なんて久しぶりに見るから・・・・」勇人は今朝見た夢を思い出しながら、なんであんな夢を見たのか考えた。028絶対に起こしてやんない。実乃里は誓った。昨晩の出来事だった。勇人くんの言うように私は野球のナイターを見ていた。想像していたのと全然違っていた。私はテレビという不思議な箱から流れる映像に見入っていた。勇人くんがお風呂から上がったとき、私はさらに興奮して5-5の延長13回表で攻撃側が球をヒットさせたところを見ていた。野球のルールは大体はテレビで見ていて覚えた私は走れーと叫んでいた。そんなときに勇人くんが「なぁ、実乃里。冷たくて甘い飲みもんがあるぞ。お前、飲むか？」なんていうから私はお願いした。勇人くんは私の前でコップにビンの中からドロドロした液体を注いで私に渡した。「見てのとうり甘口だ」勇人くんはビンのラベルの『甘口』という部分を私に見せて勇人くんは、さぁ飲めと飲むように勧めた。私はテレビに視線を向けたまま、その液体を豪快に飲んだ。・・・・・・まずかった。私はその液体のあまりのまずさに目がくらくらした。勇人くんを見ると横で大笑いしていた。「飲めないのか？それでも人間か？」勇人くんがそう言った。きっと勇人くんは私がこれを飲めないから笑ってるんだ。私だって・・・・そういって私はコップの中身をすべて飲み干した。口の中はドロドロした。のどがさらに渇く。水がほしい・・・私はくらくらした状態で意地でもテレビを見た。5-6でなんとかズが勝った。でもそんなことはどうでもよかった。水がほしい。私は野球の試合が終わるとすぐに水を飲んだ。水を飲んだ私は机の上のビンを見た。『焼肉のたれ・甘口』明日絶対に起こさない。私はそう誓ったのだった。

  2008年03月08日

• -The Alternative-

  皆様のおかげでついに訪問者1000超です本当にありがとうございました。感謝感謝です。小説って、エンドは考えてるけど、そこまでいくのに苦労しちゃいますよね。書いてるうちに、あぁ、あの時こうしとけばよかった、とか矛盾点がたくさん生じてしまったりとか・・・・展開が苦しかったりとか・・・・今回もやば気でしたけど・・・とにかく、１０００超、ありがとうございました！＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝025桜が散っていく。桃色で飾られた桜の木はどんどん幹と枝だけになっていく。そろそろ五月が終わるというころだ。桜の季節は終わりを告げ、たまにアジサイの花を見かける。「まことに残念だ。勇人よ。どうすればよいか、良い案を出してくれたまえ」実乃里はすぐにクラスメイト達に受け入れられた。とくに歩とは仲が良くなったようだ。順調、順調と思う勇人である。「何故だ。何故なんだ！」実乃里と勇人の関係を断固として黙秘権を行使し続け、裕一が諦めたのかおとなしくなり、無事平穏な日々を送っている。「どうしてくれる、勇人よ。このままでは気が滅入ってしまいそうだ」「うるさいぞ裕一、少し黙っていろ」「うるさいとな？この荻元裕一の悩みを『うるさい』の一言で片づけるのか？」「あぁうるせぇ。黒板を爪でひっかくなみにうるせぇ」朝から裕一は勇人にやつあたりを繰り返していた。しかし、やっぱりこいつだけは敵に回したくねぇなと考える勇人である。「昨日の≪大江戸武者≫が野球の延長で途中までしか録画されていなかったではないか！」と昨晩の時代ものを最後まで見れなかったことを勇人に訴えかけていた。「あれが毎日の楽しみなのだ。どんなに疲れた日でも風呂上りにコーラと枝豆を食いながら≪大江戸武者≫を見れば疲れた気分もほぐれていくのだ。それがだ。何故、ＤＶＤの再生ボタンを押した瞬間に阪神巨人戦の延長戦を見なきゃならんのだ。あのときはテレビを前に固まったわ！」「知るか！おまえは一生野球のナイターでも見ていやがれ！」「う、ぐ、ひどいぞ勇人よ」裕一が泣きまねをするが軽くスルーする。裕一とのやり取りに疲労感を覚えた勇人は、午後の授業は寝るなと思ってしまう。そんなときに、野球ってなに？と実乃里が顔を突っ込んだ。「ん？ミス河原は野球というスポーツを知らんのか？」まさかという顔で尋ねる裕一に対して実乃里は一コマも考えずに知らないと答える。そんなやり取りをよそに勇人は史上最悪のタイミングでこのバカは史上最悪の質問をしやがった、ヤバイと内心焦り出す。どこに野球を知らない高校生が存在するのであろうか。「野球とはな、人がボールを投げてもう一人がそれを打って飛ばして走り回って点を入れるっていう画期的スポーツなんだが、本当に知らないのか？」「えーと、楽しそうな戦闘みたいだね」「な、なんと！世界に野球を知らない美少女が存在するとは！」裕一がわざとらしいリアクションをとる。「今晩、テレビで野球の試合が行われるから見ればわかると思うぞ」勇人がそんなことを言うと同時に実乃里はホント！？とキラキラしたまなざしで見つめてくる。勇人はそんな実乃里を見ながら、お前が首を突っ込まなければこんなややこしい事態にはならなかったのにと内心でつぶやいたのだった。◇◇◇勇人は放課後、質問攻めにあっていた。予想していたといえばそうだが、やはり裕一が相手だと面倒なうえこの上ない。「どういうことだ？野球を知らない高校生など聞いたことがない」「知らなかったんだからしかたないじゃないか？」とりあえず知らないふりをする。「勇人、この情報収集の悪魔の異名を持つ荻元裕一に対してしらばくれるとは。そういえば、親戚でない件もまだ未解決だったな。さぁ、白状せよ」裕一が一歩踏み込む。勇人が一歩後ずさる。さらに裕一がもう一歩踏み込んだ。「えーと、家にテレビがなかったとか？」とりあえずヘラヘラ笑って誤魔化そうとする。「たわけ。テレビなどなくとも野球ぐらいは知っているだろう」裕一がまた一歩踏み込む。近いぞ、裕一。そんな言葉を飲み込んで勇人は裕一と対面する。冗談ではない。勇人自身、実乃里に関して何も知らないのだから。どうすればいいか、勇人にはとっさの反応ができない。「ハッ！俺を誰だと思っている！齢十七、父親は単身赴任中の副島勇人の面前であるぞ！この様な無礼極まりなき態度、どう責任とってくれる！」「フン、ついに本気になったか、同志、勇人よ。だが遅い。勇人よ、お前にはすべて話してもらうぞ」それから勇人と裕一は言っては言い返すという口論戦が始まった。それが静まったのがおおよそ二十分後のことである。勇人は圧されていた。口論戦で勇人は裕一に勝ったことがなかった。仕方がなかった。勇人はすべてを話す決心をする。悩みは友と共有するものだ、そうだろ？026「野球ってなに？」私は勇人くんに訊いた。「ん？ミス河原は野球というスポーツを知らんのか？」隣にいた裕一くんが私に訊ねる。「うーん、知らない」「野球とはな、人がボールを投げてもう一人がそれを打って飛ばして走り回って点を入れるっていう画期的スポーツなんだが、本当に知らないのか？」裕一くんが説明してくれる。人がボールをなげて、それを打って、飛ばして走り回って、点を入れる？私は一生懸命、裕一くんの説明から野球をイメージしてみた。投げたボールを打つの？打つという言葉に昨日読んだＳＦ小説の内容を思い出す。光線銃？そんな結論が導かれる。飛ばして走り回る？飛ばす？えーと、光線銃を積んだ小型戦闘機を飛ばして空を自由に走り回る？点を入れるってどういうことだろう？たくさんボールを破壊したら点が入るのかな？私は考えて一つの結論にたどり着いた。野球というのは、地上でボールを空高く何個もあげてそれを上で戦闘機に乗った人たちが操縦して空を自由に動き回って光線銃でボールをすべて破壊して破壊したボールの分だけ点数が入っていくゲーム。「えーと、楽しそうな戦闘みたいだね」私は素直な感想を述べてみる。「な、なんと！世界に野球を知らない美少女が存在するとは！」また裕一くんが仰け反ってる。そんなに驚かなくてもいいのに・・・少ししょんぼりする。でもそんな私は「今晩、テレビで野球の試合が行われるから見ればわかると思うぞ」といった勇人くんの言葉で機嫌を取り戻した。「楽しみだな」そう呟いて、私は友達と帰路を歩いて行った。

  2008年03月02日

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