薔薇シリーズ36
▼史劇のバラ2(ジョン王2)『ジョン王』ではジョン王の存在感はあまりありませんが、私生児フィリップとアーサーの母コンスタンスは実に個性のある、ある意味魅力的な人物として描かれています。そのコンスタンスがまだ幼さの残るアーサーのことをバラにたとえる場面があるんですね。これまで女性をバラになぞらえるケースは多々ありましたが、まだ少年とはいえ男性がバラと形容されるのは非常に珍しいですね。その場面を見てみましょう。ARTHUR I do beseech you, madam, be content.アーサーお願いです、母上。堪(こら)えてください。beseechはpleaseと同じでしたね。contentは「満足して」という形容詞ですが、十分に欲望を満足させるというsatisfyと違って、十分とまではいかなくとも、我慢できるという点までもっていくという意味が込められています。ここでは「堪(こら)えて」と訳しました。何を「堪えてください」と言っているかというと、アーサーを王にしようと戦っていたはずのフランス王フィリップ2世がジョン王と和睦を結ぶという話を、母のコンスタンスが聞いて激怒しているからです。和睦を結ぶということは、ジョンをイングランドの王と認めるようなもの。アーサーの王の芽はなくなってしまいます。コンスタンスは半狂乱のようになって嘆きます。それを見かねたアーサーが「堪えてください」と、思わず母親に声をかけたんですね。これに対して母コンスタンスは次のように答えます(長いので二つに分けます)。CONSTANCE If thou, that bid'st me be content, wert grim,Ugly and slanderous to thy mother's womb,Full of unpleasing blots and sightless stains,Lame, foolish, crooked, swart, prodigious,Patch'd with foul moles and eye-offending marks,I would not care, I then would be content,For then I should not love thee, no, nor thouBecome thy great birth nor deserve a crown.コンスタンス私に堪えてくださいと言う、そのお前が、生んだ母親にとっても気持ち悪く、醜く、性悪であったならば。不快なしみや目に見えない汚ればかりで、手足が不自由で、頭が悪く、背中が曲がって、皮膚が黒く、馬鹿でかくて、汚いイボやひどいあざだらけであったならば、お前をこれほど愛することもないし、お前も高貴な生まれとは言えず、王にふさわしくないことになりますから、何も気にならないし、堪えることもできるでしょう。一行目のbid'st はbidの、 wertは wereの二人称単数形です。二行目のto thy mother's wombは直訳すると、「お前の母親の子宮にとって」ですが、「生んだ母親にとって」と訳しました。もし、お前が醜く、王になるべき器でなければ、こんなにも悩まないだろうとここでは言っていますね。But thou art fair, and at thy birth, dear boy,Nature and Fortune join'd to make thee great:Of Nature's gifts thou mayst with lilies boast,And with the half-blown rose. But Fortune, O,She is corrupted, changed and won from thee;She adulterates hourly with thine uncle John,And with her golden hand hath pluck'd on FranceTo tread down fair respect of sovereignty,And made his majesty the bawd to theirs.France is a bawd to Fortune and King John,That strumpet Fortune, that usurping John!しかしお前は美しく、生まれたときから「自然」と「運命」が合体して、お前を偉大にしたのです、かわいいわが子よ。咲き誇っているユリや咲きつつあるバラの美しさに匹敵するものを「自然」がお前に与えたのです。しかし「運命」は、ああ、運命の女神は腐敗し、心変わりし、お前から勝利を取り上げました。あの女は一時間ごとにお前の叔父のジョンと姦通し、金ぴかの手でフランスを引っこ抜き、国王が持つ統治権の威厳を踏みにじり、フランス王を売春宿の女将に貶(おとし)めました。フランスは「運命」とジョン王に売春宿を提供したのです。あの売春婦の女神と王権強奪者のジョンに。NatureとFortuneが擬人化され、それぞれが大文字になっていますね。三行目はmayst(mayの二人称単数形)の後にbeを補ってwithに繋げます。この場合のwithは「対抗して」の意味があると思います。その前のof nature’s giftsは「自然の贈り物によって」というような意味になります。五行目のsheはもちろんFortuneのことを指していますね。コンスタンスの言葉は激しいですね。このことからも、いかにアーサーを溺愛しているかわかります。しかし、バラの美しさにもたとえられる「わが子アーサー」は、その後ジョン王の囚われの身となり、城から逃げる途中の「不慮の事故」(ほとんど自殺のようなものですが)で亡くなります。このアーサーの死をめぐってイギリス側からフランス側への離反貴族が出て、戦況は一時フランス側の優勢で推移しますが、離反者が再びイギリス側に付くと今度はイギリスが優勢となります。その戦いの最中にジョン王は毒殺され、ジョン王の息子ヘンリー王子が次の王となることが決まり、劇は終わります。史実はデフォルメされ、単純化されていますが、イングランド王座をめぐる骨肉の争いを生々しく描いたという点では、うまくできているのではないでしょうか。領土の支配と身内の権力争いに明け暮れ、都合が悪くなると人のせいにするジョン王や、法王の顔色をうかがいながらコロッと態度を変えるフランス王フィリップ2世を見ていると、悲劇的色彩の強い史劇でありながら、喜劇のようにも思えてきます。史劇は喜劇よりも奇(喜)なり、ということでしょうか。