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カテゴリ:スイス
新たな土地へのワクワク感を胸に飛行機はチューリッヒへと到着した。
しかし、いきなり待ちうけていたのは予期せぬ落とし穴。 その日のうちにチューリッヒ→ブリーク(パンツじゃないですよー)→ツェルマットと 抜け、あらかじめ予約しておいたツェルマットのユースに行きたい僕は入国審査を颯爽と抜け、列車のホームまで降り、乗り換えの手順や所要時間などのシュミレーションを何度も飛行機の中で反芻した。 だが最初の入国審査で運悪くひどくドイツ語なまりが強いおばさんにあたってしまい、 何を言っているのかがよくわからない、こっちの英語も聞きとってもらえないのかなり 険悪なムードになり(そもそもそんな人を入国審査に雇っていることが間違っていると思うのだが)、旅の目的は?と聞かれてsightseeing(観光)と答えたら、 「何だそれは??」と言われ、こっちも「観光は観光だよ!」と(そんなこと聞かれても観光は観光なので)、おばちゃんは意味がわからないの一点張り、そんな初歩的な英語何で理解できないんだーと嘆いていたら、もうらちがあかないと思ったのか 「お前はむこうに入ってろー」と別室に連れていかれてしまった。 周りをみると、見るからに悪そうなでも実は良い人だった、ナイジェリア人や トルコ人も連れていかれていて、抗議をしているが受け入れられていない。 一気にお先真っ暗な状況へ、このままどうなるのかと小一時間たった後、 来た人に状況を説明し、それでも信用してもらえず、「何か証拠がないとダメ」だと言う。 (こんな純粋無垢な17歳の少年を信用できないなんて、まあ北欧の夏の強い日差しで色が黒くて髭が伸ばしたい放題だったけど) ユーレイルパス、所持金すべて、荷物チェックをしたがそれでは証拠不十分らしい。 ちょうど今回はツェルマットのユースを日本から予約しておいていたので、そこに電話してもらい予約がちゃんと入っているか確認してもらい何とか無事釈放? 急に態度をひるがえし、「ごめんな疑って悪かったねー気をつけて行くんだよー」 とあたたかく見送られる、後ろを振り返るとまだナイジェリアの人はそこに拘束されていた。 「俺が何をしたんだよー!」と怒りがおさまらないまま電車を乗り継ぎツェルマットへ向かう。 だんだんツェルマットへ近づいてくると山がちないかにもスイス!という風景に変わり 僕の心はハイジのおじいさんのように穏やかになっていった。 ブリークーツェルマット間の登山電車は日本語のアナウンスもはいり、何だか不思議な気分にさせられた。 ツェルマットの村に着き、車がいっさい走っていないというのよりも驚かされたのが、 日本語の看板やメニューがあふれ、日本人がけっこういるとことだ。 いままでまったく日本人を見なかったので不思議な国へ来た感じだ。 ユースの部屋にも日本人が二人いて、登山家風の二人。 おっさんとその後を常にくっついている少し若い男、おっさんは何故だかやたらと威張っている。 同じ部屋にもドイツ人やアメリカ人がいるのだが、この日本人二人は見えない壁をはっていて空気が違い溶け込めない感じ。 二人だけやけに浮いている。 このユースは朝食と夕食付、大広間でみんなで食べるので、自然とみんなと仲良くなり いろいろな人と一緒にご飯を食べ話す楽しい時間が過ごせる。 夜、ユースホステルの相部屋に泊まる時一番嫌なのが同じ部屋で寝ている人がいびきをかくことだ。あの日本人の威張ったおっさんが猛烈ないびきをかきはじめた。 外国人特に白人がいるところでは、小さくなって隅に隠れて御供の若い男に威張りちらしているのに、夜になると大音量のいびきで辺り一面をひっかきまわし間違った存在間を主張する。 「こんな大人にはなりたくない」この時17歳の僕は痛烈にそう思った。 小高い丘の上にある山小屋風のきれいで快適なユースホステルの静かな初夜は こうやって侵されていった。 やれやれ。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2010.05.02 10:43:08
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