お日様
「健太泣くんじゃなかと。涙はいつかいっぱい泣く時のために取っとかんばいかん。」友達にいじめられ縁側で泣いていた健太の側にどっかと座り、太い血管をいく筋も走らせた日焼けした腕を両膝にびんと張って、祖父はぎらつく太陽を見上げながら言った。健太はなおもすすり上げながら祖父の横顔を見つめ、同じく太陽に目を移した。「お日様は眩しかろう?ばってん目をそむけちゃならんばい。そむけずにしっかり見つめ続ければ、あのお日様だっていつかその手に掴める日が来るとばい。」 「間もなく着陸体勢に入ります。どなた様も座席にお付きになり、背もたれを起こしシートベルトの着用をお願い致します。」健太はニューヨーク発成田着の飛行機から福岡空港行きに乗り継いで、更に飯塚へとタクシーを飛ばした。 祖父危篤の報が入ったのは、社運をかけた大商談に今、正に入ろうとする直前だった。 可愛がってくれた祖父。叱ってくれた祖父。守ってくれた祖父が。しかし、今はその事を心から締め出し商談に望んだ。商談は大成功を納め、東京本社の社長から感謝と祝福と共に、これから北米における責任者として力を十分発揮して欲しいとのメッセージが届いた。その晩取引先の重役幹部が集まるパーティーがあり、それに出席して欲しいという要望があった。健太は動揺を抑えて招待を受けた。しかし、パーティーでスピーチを求められた健太は、堪え切れず祖父の事を打ち明けた。すると取引先の社長が檀上に上がり、「ケンタ、何をしている。早くお祖父さんのもとへ行ってあげなさい。」と言ってくれた。健太は励ましの拍手に見送られ会場を後にした。成田に着いた時に訃報を聞いた。死に目には会えなかった。しかし、こうしてタクシーを飛ばさずにはいられない。はやる気持ちにつき動かされ、祖父の待つ居間に飛び込んだ。覆いを取った祖父の顔は相変わらずかくしゃくとしており、柔和でもあった。健太は誰はばかりなく泣いた。止めどももなく涙を流して。勤め先の海老名で5月にも拘わらず、富士山がくっきり見えたので・・・