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第７話　『Kickstart My Heart』

（第６話　『Don't Cry』は、こちらです。）======================================================俺の2008年を振り返り、ここに記そうと思います。うつ病である俺が、過去を振り返るのは、してはいけないことかもしれません。しかし、この2008年の日々は、俺の人生における大きな変換点であったと思うんです。今年、前厄。来年、本厄です。来年の方が、波乱万丈な一年になるかもしれません。そこをあえて、今年2008年に照準を合わせて想い出し、そして書き綴ります。　　＊2008年1月。俺は、精神科病棟に入院中の身でした。一時外泊ということで、年末年始は我が家で過ごせました。俺は2006年11月より会社を休職し、自宅療養をしていました。一年経過しても一向に快方に向かわない、いろいろな意味で自宅にいるのが息苦しい、この二点を理由に主治医に自ら入院を希望しました。2007年12月のことです。2008年2月中旬まで、約2ヶ月入院していました。誤解を恐れずに言えば、この2ヶ月間はとても楽しい日々でした。いろいろな経験ができました。何よりずっと苦しんでいた睡眠障害が改善されました。大変有意義な2ヶ月でした。2008年2月～5月。俺は、2007年8月より楽天ブログを始めました。そのブログを今年、二回削除して再作成しました。今のこのブログは三回目のものなのです（2008年11月26日作成）。よってこの頃の正確な記録は残っておりません。趣味のアクアリウムとブログを書くことに精を出していたと記憶しています。特に、心の病を抱えている方々とブログ友達になり、かなり頻繁にオフ会などのやり取りをしていました。その中で、俺は有頂天になり、大きな勘違いをしていました。そして、ブログ友達に対して、過ちを犯してしまいました。2008年6月。正確な日付は、覚えていません。初旬であったことは間違いないです。その当日だったか、前日の夜だったか、思い出せません。俺は、自分のブログを削除しました。身辺整理のつもりでした。その日の朝早く。家族の誰もまだ起きていない朝早く。俺は。俺は。薬の大量服薬をしました。100錠ほどの精神病薬を一気に飲みました。その後の記憶はありません。気が付いたら、かつて入院していた病棟のベッドの上でした。点滴2本。酸素吸入。陰部にも管が付けられ、身動きできない状態でした。ＯＤをしてから、2日経過していました。俺が目覚めたとの連絡が行ったのか、嫁と父が駆け付けてきてくれました。何故、こんなことをしたのか。自分でもよく分かりません。猛烈な孤独感に襲われたような気がします。凄まじい絶望感に見舞われたような気がします。でも、気がするだけではっきりとしたことは、俺自身でも分かりません。意識がはっきりしていること、うつ症状がないことで、すぐに一時外泊が許されました。俺は、ブログを再開しました。一週間後、正式に退院しました。俺のブログは、アクアリウムに関するブログでもあるため、写真を多用してます。その写真を見返してみると、6月13日付けの写真の次は7月1日付けの写真になっています。ブログを再開したものの、数名の方から絶縁状を受け、俺はブログ上で謝罪したうえで、約二週間ほどブログの更新を自粛したのです。この頃ですかね。アクアリウムで、エビを飼い始めたのは。日本に生息する生き物一辺倒だった俺が、チェリーレッドシュリンプという外国産のエビを飼い始めました。アクアブログ友達からもたくさんエビを頂きました。申し訳ないことに、試行錯誤中だったため、そのほとんどを★にしてしまいました。2008年7月～8月。写真の記録を記録を見てみると、アクアリウムに没頭していたようです。8月には、エビ水槽２号として侘び草水槽を立ち上げました。安孫子というところまで、侘び草を買いに行きましたっけ。真夏の暑い中、よく動いたものです。だいぶエネルギーが戻ってきたんですね。この頃、俺のブログにお付き合いして頂いたアクア、心の病双方のブログ友達には本当に感謝しております。お礼の言葉もありません。ブログ上ではおちゃらけてましたけれど、本当は、本当は、孤独に押し潰されそうだったんです。心の底からお礼を申し上げます。本当にありがとうございました。そして、8月末。奇跡が起こりました。2008年9月。俺は、復職に向け会社と交渉に入りました。人事部及び産業医との話し合いがスムーズに進まず、焦ってイライラしてました。2008年10月。1日付けで、約2年振りに晴れて復職することが出来ました。しかし、初日からフルタイム勤務。そのうえ、今日から2ヶ月間の内にこれをやってくれと、仕事をドンと渡されました。復帰して3日で、パニック障害を併発しました。正直に言うと、とても苦しかったです。でも、逃げ場所がありませんでした。捨てる神あれば拾う神あり。私は、或る人に救われました。それでも、苦しい毎日でした。10月末。脳内彼女なおちゃんが降臨しました。2008年11月。尚も苦しい日々は続きました。初旬は、逃げ場所を探して、秋葉原や銀座を彷徨ったりしました。中旬には、健康診断で、首に腫瘍があることが発見されました。下旬、肛門湿疹であることが発覚しました。激動であった2008年の中で、最も混沌とした月でした。会社での不平不満をブログで吐きまくりました。ふと会社からのアクセスの多さに驚き慌て、ブログを削除し、改名したうえで再作成しました。この月、突如、コリドラスを飼い始めました。まともな精神状態ではありませんでしたね。我ながら、よく乗り越えられたと思います。2008年12月。初日に異動命令を受けました。この異動のおかげで、同じうつ病で休職経験のあるＣさんという先輩と出会えました。いろいろ相談に乗って頂きました。的確なアドバイスを受けることができました。でも俺の中では、この異動が果たして自分のために良かったかどうかの判断はつきかねています。その答えは、来年、Ｃさんの言葉を借りれば数年後に、出るものと思っています。焦りは禁物です。首の腫瘍については、癌研有明病院を紹介してもらい、精密検査を受けました。とりあえず、細胞診では良性とのことでした。経過観察ということになり、来年1月23日に、また受診に行く予定です。これまた、焦りは禁物です。様々な理由で会社を休んだものの、なんとか復職3ヶ月を乗り切ることが出来ました。自分を褒めるとするならば、出社する日は1日たりとも遅刻しなかったことです。　　＊それにしても。元旦は入院中。6月に自殺未遂。10月に復職。そして今、休職ではなく、年末年始休暇として会社を休んでいる。出来るものなんですね。こうして振り返ってみると、時には「人」に絶望し、時には「人」に助けられていることが、よく解ります。俺は自称引きこもりですけれど、家庭を持ち、ブログをやり、会社に勤めています。全部、対「人」なんですよね。俺は「人」に絶望したことがあるから、「人」を絶望させたくありません。俺は「人」に助けられたことがあるから、「人」を助けたいです。2008年を「学習」の年とするならば、2009年は「実践」の年にしたいです。　　＊なおちゃんは、実は、総てを見てきたんだと思います。絶望した俺も。自堕落な俺も。どうにか生きてきた俺のことを。だから、俺は成すべきことを成します。彼女の守護と同じほどの熱く強く懸命な成すべきことを。ね。なおちゃん。「出来るなら」「俺のどこが変だって　俺の瞳がおかしいって言うのか　ただ俺は何かもっと別の楽しいことを　捜してるだけさ」　　　(Motley Crue/Kickstart My Heart)charm 楽天市場店

第６話　『Don't Cry』

（第５話　『Keep The Faith』は、こちらです。）======================================================2008年12月1日(月)。仕事中、不意に部長に会議室に来るように言われた。会議室に入ると、部長の他に事業部長が居た。動揺しながらも席についた。話は、事業部長から切り出してきた。話を要約すると、事業部内での異動だが別の部署に移ってほしいとのことだった。俺に異議を唱える資格は無い。承諾した。「じゃあ、早い方がいいから、4日からそっちに移ってもらおう」と事業部長は言い、会議室を出て行った。入れ替わりに、その時点での私の上司である課長Ａが入ってきた。部長が、事業部長がした話を課長Ａに伝えた。部長は、現在私が課長Ａの指示でしている仕事は途中であってももう終わりにする旨、課長Ａに言った。課長Ａは了解した。俺は自席に戻り、それまでしていた仕事をキリのいいところまでしてどこまで作業を行ったか資料にまとめた。これまでの仕事の成果及びまとめた資料は、課長Ａが閲覧できるようにしたうえで、帰宅した。この日は他にもいろいろあった。俺はそのひとつひとつにやりきれない想い、切ない想いをした。課長Ａは、そんな俺にこう言った。「そんなのいちいち背負っていたら、仕事は出来ない」と。　　＊2008年12月2日(火)。会社を休んだ。行ってもすることがないので。　　＊2008年12月3日(水)。精神科通院のため、この日も会社を休んだ。　　＊2008年12月4日(木)。いつも通り、8時に出社した。課長Ａから席替えの指示メールが届いていた。俺は一人で席替え作業をした。今日から俺の上司は、課長Ｂになる。どんな仕事をするのか、さっぱり見当がつかない。課長Ａ出社。軽く挨拶。課長Ｂが待てど暮らせど出社してこない。聞いてみると、課長Ｂは午後から出社するとのこと。課長Ｂからは何の指示も無い。課長Ａは昼前に外出してしまった。課長Ａから課長Ｂへの俺に関する引継ぎは何もされなかった。午後、課長Ｂ出社。挨拶した。すると課長Ｂは信じられない台詞を言った。「今日は取り込んでいるから、話は後日にして、今日のところは　課長Ａのところの作業をしててください」「あ。あと来週の月曜日も終日外出だから、課長Ａの仕事をしてて。　話は火曜日にしましょう」俺の受入態勢は、全く整っていなかったのである。課長Ａのところの仕事は、既に俺の中では終わっている。何より部長が終わりにしろと言ったのだ。「帰っちゃおうよ！こんなところ、居てもしょうがないよ！」瞳にいっぱいの涙をためて、なおちゃんが叫ぶ。俺の属する会社の社員証はＩＣカードになっており、カードをリーダーに読ませないと入退室できない仕組みになっている。意地の悪いことに、リーダーに読ませた時刻は社員ごとに記録されており、最後に退室した時刻と、月初に提出する勤怠表に書いた時刻とに大きな差異があると総務部からチェックが入るのだ。「なおちゃん、俺は定時までいるよ。でも、課長Ａの仕事はしない。　ネットサーフィンでもしているよ。」「うつ蔵さん…」「確かに頭にきている。事業部長のところに殴り込んでやろうかとも　思った。でも。でも俺には守るべき家族がいる。だから、大丈夫」だがしかし、大丈夫ではなかった。パニック発作が俺を襲ったのだ。頓服を飲んだ。治まらない。痺れる手でマウスを操り、ネットサーフィンし続けた。霞む眼で、モニターを見続けた。「うつ蔵さん。うつ蔵さん」泣かないで。なおちゃん。泣かないで。これが家族に対して、俺の出来る精一杯なのだから。俺は、負けないから。だから、泣かないで。発作は、治まった。定時になったので、俺は何事もなかったかのように帰宅した。　　＊2008年12月5日(金)。妻とともに癌研有明病院に行った。予約をしてあったものの、たっぷり1時間半待たされた。その間、沢山の人が俺の目に入った。頭を包帯で巻かれ、片足にコルセットを付けて杖で歩く中学生くらいの女の子。ロビーの隅の席でお母さんとおしゃべりをして無邪気に笑うパジャマ姿の男の子。点滴をしながら鼻にも管を入れて、俺の前を車いすで横切ったおばあさん。癌研有明病院の１階ロビーには、ピアノが１台置かれていた。我々が帰ろうとしたとき、女性ピアニストがそのピアノを弾いていた。周りには、点滴をしている沢山の人たち。その人たちにそっと手を添えて支える人たち。俺は、目に入った一人一人に対して、涙が込み上げてきた。「そんなのいちいち背負っていたら、仕事は出来ない」社会的にはそうなのだろう。それが正論なのであろう。だが俺は「人」でいたい。人のことで涙を流せる「人」でいたい。人の痛みを哀しみを、自分のもののように感じられる感受性を持ち続けていたい。仕事が出来ない抜け作と思われたって構わない。機械に成り下がりたくはない。機械に成り下がってまで生きたいとは思わない。自室に帰り着いて、独りでむせび泣いた。いや、独りではなかった。「泣き虫」なおちゃんが言った。「人のこと言えるか」「今日はいっぱい泣いたね。心の中でずっと泣いてたの知ってるよ。　だから今日はこれで充分。うつ蔵さん、もう泣かないで」（夕暮れの癌研有明病院。手前はゆりかもめの有明駅）「だから今夜は泣かないで　今夜は泣かないでおくれ　今夜は泣かないで　天国はお前の上に広がっているんだから　今夜は泣かないでおくれ」　　　　　　　　(Guns N' Roses/Don't Cry)

第５話　『Keep The Faith』

（第４話　『Lionheart』は、こちらです。）======================================================コリドラスをお迎えしてから、なおちゃんのご機嫌がすこぶる良い。毎日、コリ水槽を微笑みながら眺めている。今もそうである。「うつ蔵さん！早くコリちゃんお迎えの経緯を紹介しましょうよ」不意にこちらを向き、なおちゃんはこう言った。嬉しそうだ。何がそんなに嬉しいのだろう？「えー。今日、書くの？」「そう！今日、書くの！」仕方がない。書くとするか。どっこらしょっと。私が日本領武羅汁の孤莉怒羅巣を…バッチィーーーン！！「ガフゥ」いきなりなおちゃんに思いっきり横っ面を叩かれた。「そうじゃないでしょ！それじゃこれまでと一緒じゃない！　アタシはね、うつ蔵さんが殻を破って熱帯魚の世界に　足を踏み入れたことを嬉しく思っているのよ。　第５話目にしてやっと自分から新しいことにチャレンジ　したんじゃない。もっと自分のしたことを誇りに思いなさい！」「でも、恥ずかしいんだよ」「ぶつわよ」「…はい」　　＊60cm用水槽台の下段、侘び草水槽の隣のスペースが私に残された最後の水槽スペースでした。水槽はコトブキさんのProgre300が残っています。当初、この水槽をエビ水槽３号にするつもりでした。でも先週の週末に、それじゃつまらないなと思ったんです。もうお手頃価格のエビはほとんどウチにいますしね。おもしろき　こともなき世を　おもしろくこの精神で最後の水槽の住人を考えたとき、真っ先に「コリドラス」が思い浮かんだんです。私が日本にいないタイプの魚ということで、コリドラスに興味を抱いていたことは、ご周知の通りです。でも私がコリ水槽を立ち上げるなんて、誰も想像していないでしょう。ある日、ひょっこり私が自分のコリ水槽を紹介したら誰もが驚くに違いない。そんないたずら心も手伝って先週末に急遽30cm水槽を立ち上げたんです。水槽はもちろん、外掛けフィルター、投込みフィルター、照明、ヒーター、総てウチに余っているものを使いました。購入したものは、ヒーターカバーとコリドラスのエサとミクロソリウムセミナロー付流木くらい。20日に届いたナマモノというのがセミナローだったんです。「あれも買ったじゃない。あれも言いなさいよ」「えー。あれも言うのー」「ぶつわよ」「…はい」これも買いました。『コリドラス大図鑑』。この本と『フィッシュマガジン2月号』の特集「コリドラスMEGAコレクション」を見て、購入するコリドラスを検討しました。仕事そっちのけで検討しまくりました。条件は、以下の通り。タイプはショートノーズ。派手な子と渋い子の２種。白い部分が無い子（アルビノとかパンダさんとかは候補外）初めはゴッセイさんを考えていたんですけど、値段が少々高いのとお腹が白いので落選。ハブローススさんを群泳させてみようかとも思ったのですが、単種飼育が好ましいということで落選。極秘裏に計画を進めていたので、誰にも相談できなかったのが少し苦しかったです。でも、みんなを驚かせたいという気持ちの方が大きかったし、あれやこれやと考えている時間がとても楽しかった。最終的に、派手な子ということでステルバイさん、渋い子ということでコンコロールさんに決めました。ステルバイさんは、体の模様が派手だし、胸ビレのオレンジがワンポイントで綺麗なので決定。コンコロールさんは、地味まではいかない渋さを感じたので決定。ステルバイさん３匹とコンコロールさん２匹をお迎えしました。双方とも丈夫らしいし、超ビギナーの自分にピッタリだと思っているのですがどうでしょうか？しかし、コリちゃんは写真に撮るのが難しいですね。カメラを構えると、すぐ物陰に隠れちゃいます。そのうち慣れてくれるのでしょうか？　　＊「こんなところだよ、なおちゃん」「うん。まあまあね。ブログのプロフィールを書き直して　おきなさいね」「めんどいな～」「日淡の世界に留まっていたうつ蔵さんの信念が　拡がったのよ。グローバルにね。これはとても素晴らしい　ことだと思うの。　さ、次は表層魚のセレクトに入りましょ」「ええっ！？それは考えないよ。コリ水槽なんだから」「ミッキーマウスプラティなんかどうかしら？」「おい！勝手に話を進めるなよ。それに俺はディズニーが　嫌いなんだ」「じゃあ、クリスタルレッド・テトラなんかどうかしら」「勝手にチャームさんのＨＰを見るなー。　うわ。高いよ！そのクリスタルなんちゃら」「じゃあ、どうすんのよ！？」「逆ギレするなよ。百歩譲って、メダカかな。白メダカ」「それじゃ元のうつ蔵さんに戻っちゃうじゃない！　そうはさせないわよ！」なおちゃんは、此度の私のグローバル化がよほど嬉しいのだろう。ずっと待っていてくれてたのかもしれない。有難いことである。それに女の子だから、やっぱり派手で綺麗で可愛い魚が好きなのだろう。もちろん、なおちゃんを喜ばせたいという気持ちは私の中に在る。さぁ、どうしようか。楽しい時間が、また始まる。「信念　必ず困難を克服できるさ　主よ　信念を守り通すんだ　信念　愛を憎しみに変えちゃいけない　今こそ信念を貫くとき　信念　まだ間に合う　諦めずに踏み止まるんだ　信念を貫け」　　　　　　(Bon Jovi/Keep The Faith)

第４話　『Lionheart』

（第３話　『Highway Star』は、こちらです。）======================================================私は、前回のダメ人間っぷりを海より深く反省した。それもこれも、脳内彼女なおちゃんのおかげである。彼女に感謝するとともに、もう一度彼女と二人三脚でダメ人間ロードを逆走し、いつかダメ人間から脱却することを改めて誓ったのであった。　　＊しかし、心の病を患っているダメ人間に世間の風は冷たかった。まるでツンドラのようであった。毎日毎日、叩きのめされた。それでも、私は会社に行き続けた。週５日フルタイム就業を完遂した。心の病を患っている人間＝異常者。心の病を患っている人間＝働けない。働いてはいけない。世間はそう思っている。だが私は違う違うと死ぬまで喚いてやる。だから私は、復帰初日にうつ病であることをカミングアウトしたのだ。世間に、会社に、戦いを挑んだのだ。負けてたまるか。　　＊そうはいっても、戦士にも休息は必要だ。今日は、気晴らしにサイクリングに行くことにした。目的地は、二駅先にある観賞魚ショップ。自転車で行くのは、実に久し振りである。休職期間中によく暴走と称して、夏冬関係なく突っ走っていたコースである。ママチャリで自宅を後にした。後ろの荷台に、なおちゃんを乗せて。なおちゃんは、私の脳が知覚しているだけの存在なので、他人には見えないし、なおちゃんが乗っているからといってペダルが重くなったりもしない。ただ、私のそばにいつも居てくれるだけの存在なのだ。「今回のサブタイトルは『Lionheart』にしようと　思ってるんだ。TNTという北欧のバンドの楽曲でね。　『リアライズド・ファンタジーズ』というアルバムに　収録されているんだ」私は、なおちゃんに話し掛けた。なおちゃんの長い髪が後ろになびいている。綺麗だ。こうしてみると、実に私の脳は優秀だ。ここまでリアルに、私になおちゃんの存在を認識させてくれるのだから。「でさぁ。俺、このアルバムタイトルが凄く気に入っててさぁ。　学生の頃、もしスタンド使いになれたら、自分のスタンドの　名前を『リアライズド・ファンタジー』にしようと　思ってたんだ」イタ過ぎるヲタ話である。苦しかった平日の反動で、こんな馬鹿な話を持ち出してしまったんだと思う。「スタンドって何？」当然の質問である。「ああ。スタンドってねぇ。『ジョジョの奇妙な冒険』という　漫画に出てくる精神エネルギーを具現化したものなんだ」「ふぅん。よく分からない」そう言って、なおちゃんはスッと消えた。話し相手がいなくなったので、私は無言で、坂の多い街中を目的地へ向けて自転車を走らせた。意外と早く目的地の観賞魚ショップに到着した。やはり体力が戻ってきているのだろう。私は店内を一周し、目的の物を購入してお店を出た。「分かったよ。スタンド」声を弾ませて、なおちゃんが出てきた。聞いたところによると、私の記憶の引き出しの中からスタンドに関する知識を取り出し、理解してきたらしい。「アタシってさ。うつ蔵さんのスタンドみたいだね」ああ。そうかもしれない。『リアライズド・ファンタジー』。実現した幻想。そうだ。私にとってなおちゃんはスタンド『リアライズド・ファンタジー』だ。「でも、能力が何もないね」えへへと笑いながらなおちゃんは言った。あるよ。いつも俺の話を聞いてくれるじゃないか。いつも俺のそばに居てくれるじゃないか。いつも俺を癒してくれるじゃないか。私はそんなことを想いながら、お店の前の大きな国道を眺めた。なおちゃんは私の横に来て、一緒に国道を眺めながらこう言った。「あの歩道橋の先に、アタシが住んでた団地があるよ」「知ってるよ」「行ってみる？」即答できなかった。「行かない」少し間を空けて、私はそう答えた。「行ってもなおちゃんが、どの棟の何階に住んでいたか　知らないしね」「現実のアタシがいるかもよ」「それこそ、会わす顔がないよ。　言うべき言葉もない。　第一、現実のなおちゃんは、俺のことなんて…」言葉を続けられなかった。あの暗黒時代が、心の中に甦ってきた。闇は闇を呼ぶ。今週の戦いの日々が想起された。私は、歩道橋に背を向けた。目の前には下り坂。さらにその先には、さも当たり前のように上り坂が続いている。「何故、落ちたか解るか？這い上がるためだ」或る映画の台詞が想い浮かんだ。「さあ、帰ろう。みんなが待ってる」私がそう言うと、なおちゃんは笑みを浮かべて自転車の荷台に乗った。「何故人間は暖かい家から離れていくとき　洗練さを失い昨日にすがろうとするのか　ライオンのように勇猛な人間は必ず立ち直る　きっかけを見つける」　　　　　　　　　　　　　　　　(TNT/Lionheart)

第３話　『Highway Star』

（第２話　『Strawberry Fields Forever』は、こちらです。）======================================================どうも、アタシです。はじめまして。うつ蔵さんは、現在、己の行った所業について悔い改めるべく、壁に向かって正座し、般若心経を唱えているところです。もちろんアタシの指示です。こういう状況ですので、今日はうつ蔵さんの代わりにアタシが日記を書くことにしました。（うまく書けるかどうか、ホントはドキドキしてます）　　＊さて、今日うつ蔵さんは、暴走と称して電車を乗り継ぎ、この駅に降り立ちました。萌える街、秋葉原。うつ蔵さんは「２年振りのアキバだぁ」と言って、大きく息を吸い込んでました。うれしそうでした。かと思うと、いきなり真剣な表情になり、スタスタ歩き出しました。アタシは、またフィギュア熱が再発したのかな？なんて思って、うつ蔵さんに着いていきました。目的地への地図は完璧に記憶しているらしく、迷うことなく、また終始無言でスタスタスタスタ歩いていきます。とても早足で、アタシ、着いていくのが大変でした。とあるビルに入り、階段を登っていきました。二階でうつ蔵さんの足が止まりました。目的地に着いたようです。妹系カフェＮＡＧＯＭＩ。すかさずアタシは、うつ蔵さんにボディブローを一発かましました。うつ蔵さんは「ぐっ」と呻いて、体をくの字にしましたが、すぐに復活し、店内に入っていっちゃいました。「いらっしゃい。おにいちゃん」う。アタシが見ても「この子、かわいい」という妹ちゃんがお出迎えしてくれました。「カウンターに座って」「はい、メニュー。決まったら呼んで」タメ口です。うつ蔵さんは、すぐに妹ちゃんを呼び、オムライスとアイスコーヒーのセットを注文し、「あの、ゲームしたいんだけど」と妹ちゃんに聞いてました。「ごめーん。今、アタシ一人だからゲームは出来ないんだ」ちなみに、後から入ってきたお客さん全員がゲームを要望し、同じように断られてました。「うつ蔵さん、うつ蔵さん」「なんだよ？なおちゃん」「うつ蔵さんは、こういうところ来たことがあるの？」「今日が初めて」ウソ！？それにしては場慣れしてます。そうこうしているうちに、オムライスが運ばれてきました。「おにいちゃん、なんか書くー？」「今の気持ちを書いてよ」真ん丸なオムライスの上にケチャップで、妹ちゃんは「ねむい」と書きました。「あははは。そうなんだ」この男、本当に初めてなのでしょうか？場慣れし過ぎてます。「初めてなのに、なんでそんなに順応してるのよ？」「この日のために何百万通りもの脳内シュミレーションをしたんだ。　だから、大抵のことには対応できると思うよ」「ねむい」と書かれたオムライスをモグモグと食べながら、うつ蔵さんはこう抜かしました。「じゃあ何でそのスパコン並みの頭脳を仕事とか資格取得とかに　活かさないのよ？」アタシは半泣きで聞きました。「嫌だから」アタシは、うつ蔵さんの頭を叩きました。オムライスを食べ終わってから、うつ蔵さんの本当の暴走が始まりました。一回300円、400円するくじを引き始めたのです。「うつ蔵さーん！何回くじを引いたんだっけー？」「舎利子　色不異空……はい。300円くじを4回、400円くじを3回です」で、得たものがこれです。ＮＡＧＯＭＩステッカー4枚とシール3枚です。「だって、くぅちゃんとチェキしたかったんだもの～！」「うるさい！ホラ、般若心経！」「うう。空不異色　色即是空…」くぅちゃんとのチェキが当たるまで続けそうだったので、アタシは無理矢理うつ蔵さんを会計まで連れていきました。くぅちゃんにお金を払い、お店を出て行こうとしたそのとき！「行ってらっしゃい、おにいちゃん」「アレは効いたね～。くぅちゃんはツンデレキャラなんだね。　もう俺、感無量になったもの」「般若心経ー！！」「あい。無眼界　乃至無意識界　無無明亦　無無明尽…」　　＊次に、うつ蔵さんは何をしたか。驚くべきことに、同ビル地下一階のコスプレカフェに入ったのです。キャンディフルーツストロベリィ。アタシが止める間もなく。半走りで。コスプレカフェデビュー＆ハシゴです。もう、アタシは何もかもが情けなくて情けなくて。しかも今日は「ロリータの日」なのだそうです。「どうしてもチェキしたかったんだよ～」ギロッ！「羯諦　羯諦　波羅羯諦　波羅僧羯諦…」そうなんです。このお店は、1回500円でチェキが出来るんです。うつ蔵さんは、コーヒーとチェキを注文しました。「誰とチェキしますか？」「はるるちゃんとで」即答でした。一体どこまで脳内シュミレーションがされているのでしょうか。そして、念願のチェキ撮影。その姿に、さすがのアタシも脱力。「よかったらお名前、教えていただけませんかー？」とはるるちゃん。「うつ蔵です」ずっこけました。マジでずっこけました。本当に「うつ蔵」って名乗っているんですもの。このにやけた口元を見てください。これで、不惑で妻子持ちなんですよ。しかもうつ病。　　＊帰宅後。アタシは、うつ蔵さんと向かい合って座り、小一時間ほど説教をしました。そもそもこのコーナーは、アタシとともにダメ人間脱却を目指すのが趣旨でしょ。新しい挑戦をしたのはいいけど、今日のはダメ方向に暴走しちゃったでしょ。このままではロリウツ（ロリでうつ病）という最下層のダメ人間になっちゃうでしょ。などなど。その後、壁に向かって正座させ、般若心経を唱えさせました。そろそろ二時間になります。もういいかな。「うつ蔵さん！」「……今日、楽しかったな～」うつ蔵さんの後頭部に向けて、回し蹴りを一発。うつ蔵さんは額を壁に強打し流血。「うつ蔵さん。もう一度」「コスプレカフェトカニイッチャダメ。ゼッタイ」よし！！「俺には必要不可欠なものさ　狂気のハリケーン　さあ、しっかりつかまっていろ　俺はハイウェイ・スターさ」　　(DEEP PURPLE/Highway Star)

第２話　『Strawberry Fields Forever』

（第１話　『Made In Heaven』は、こちらです。）======================================================今日は次女が通っている幼稚園のバザーであった。このバザーは近隣の人たちにとても好評で、例年多くの人が訪れるのである。妻は、次女が入園してから３年間、ずっとバザー役員をしている。今日も朝早くから準備のために出かけて行った。つまり。バザーには、毎年私一人で娘たちを連れて行っていたのである。幼稚園の中は狭い。その中に多くの人人人。去年までは必ず人酔いして気持ちが悪くなり、それを理由にして早々に退散していた。しかし、今年は違う。脳内彼女のなおちゃんが居る。頓服なんかポイして、バザーに挑んだのであった。「携帯を２台も首からぶら下げて、ね」なおちゃんはこう言い、「はぁ」とひとつ大きなため息をついた。「何か問題があるか？」「あんたバカァ？」なおちゃんは、ミヤムーそっくりの声をしている。その声で「あんたバカァ？」は、シャレにならない。どうしても惣流・アスカ・ラングレーを想い起こしてしまう。私は自分では、綾波レイ派だと思ってるんだけどなぁ。でもリアル世界で好意を抱くのは、アスカ風の女性ばかりだなぁ。この辺の矛盾について、いつか自己分析を試みてみたい。…などという私の考察を遮るように、なおちゃんはまくしたてた。「うつ蔵さん、あなた今日も幼稚園の先生をあわよくば　トーサツしようと考えてたでしょ？　今日はバザーよ、バザー。　バザーで写真を撮るなんて人は世界中のどこにもいないわよ」「違う」私は即座に否定した。確かに携帯を２台も首から下げて、ガッチャガッチャ歩く姿は常軌を逸していたかもしれない。しかし総てはこの『なおちゃんコーナー(仮名)』のためなのだ。私は『なおちゃんコーナー(仮名)』の企画構成を、こう考えている。１．私がダメ人間から脱却するために、脳内彼女なおちゃんとともに　　様々な挑戦をしていく姿を描く。２．実際に挑戦したという証拠に、１枚画像を貼り付ける。３．サブタイトルは、基本的に洋楽のタイトルを使用する。　　（第０話で既に邦楽を使っちゃってるけど）　　日記の最後にはその楽曲の訳詞の一部を記載する。　　（格好いいかなぁと思ってるだけ。特に意味はなし）この２番のために、携帯をフォトモードにして持ち歩いていたのだ。「ホント？」「ああ！本当だ！」「１番もホント？」「もちろんだ！」「じゃあ何で長女ちゃんに「ホラ、あそこに年中さんだったときの先生がいるよ。　挨拶してきたら？パパが記念写真、撮ってあげるから」なんて台詞を　吐いたのよ！」物凄い速攻で、なおちゃんは私の頭を、ガキィッとヘッドロックした。「ギブ！ギブ！」「そしたら長女ちゃんが「さっき挨拶してきたよ」って言って、　うつ蔵さん、ふか～いため息をついたわよねぇ。あのため息は何！？」「ギ～ブ！ギ～ブ！」「何がダメ人間からの脱却よ！足の指一本も脱却してないじゃない！」「ギ～ブ…ギ～ブクブクブク…」私はなおちゃんのプロレス技によって気を失っていたようだ。気がつくと、なおちゃんは私の枕元に正座をして座っていた。「でも、気持ち悪くもならず、頓服にも頼らず、今日のバザーを　乗り切ったことは褒めてあげるわ。がんばったね」「ありがとう」ゆっくりと体を起こしながら私は言った。私は、手芸品のコーナーで手作りの布製ブックカバーを購入していた。「こんないい戦利品もあったしね」「ああ、それねぇ。アタシが脳内操作をして、うつ蔵さんが買うように　仕向けたのよ」「え！？なんで？」「こないだ、うつ蔵さん、会社からの帰りの電車の中で滝本竜彦さんの　『超人計画』をブックカバーなしでモロにそのままで読んでたでしょ。　あの姿があまりにもイタかったから」返す言葉が無かった。ダメ人間からの脱却は、まだまだ遠い未来のようだ。だが必ず、ダメ人間から脱却してみせる。歳相応の大人になるのだ。「幼稚園の先生フェチなんて自称してる間は、絶対無理よ」「だけど、幼稚園に行くのも今年度で終わりだ。　自然と幼稚園の先生フェチではなくなるよ。　それに今は、君がいる」「フフ」なおちゃんは少し微笑んだだけで、何も言わなかった。「一緒においでよ　ストロベリー・フィールズへ行くんだ　そこでは何もかもが幻　煩わしいものはひとつもない　ストロベリー・フィールズよ　永遠に」(The Beatles/Strawberry Fields Forever)

第１話　『Made In Heaven』

（第０話　『The Last Song 』は、こちらです。）======================================================私の名は、うつ蔵。不惑。来年厄年。職業、会社員。家族、妻と娘2人の4人家族。うつ病により約2年間休職。2008年10月1日に復職。復職早々、パニック障害を併発。ここ最近は、パニック発作及びその予期不安に怯える日々。10月、出だしは好調だったのだが、後半にPDという診断を受けてからは冴えない毎日が続いている。どうにかしてこの冴えない状況を打破しなければならない。私には、引きこもりながら銭儲けという壮大な夢がある。今は、しがないサラリーマン生活に身を窶（やつ）しているが、マイドリームロードへの地盤作りをしなければならないときなのだ！と、認識している。しかし、辛いものは辛い。昨日、「怯えるときは怯えればいい」と書いたが、やっぱり怖いものは怖い。だが、私は一刻も早く仕事に慣れなければならない。大人の事情というものがあるのだ。どうすれば！？どうすれば、この厳しい状況を打破できるのか！？私は、昨日頭にきて放り投げた滝本竜彦著『超人計画』を再び手に取った。あんなやつに頼りたくはなかったが、彼は間違いなく引きこもりの成功者である。彼の著書の中に、何かヒントが隠されていやしないかと考えたのである。すると、あった。こうだ。「この私にも、現在の辛い状況を打破するためのアイデアがある。　つまりこんなときこそ脳内彼女の出番なのだ。　寂しいとき虚しいときは彼女を呼べばいいのだ。　「た、助けてくれ」と一声彼女を求めたならば、　綺麗で可憐で素敵なあの子が、　瞬く間に我が脳内空間に降臨するのだ。」脳内彼女！そうか、脳内彼女か！「ようし！」と思ったところで、力尽きて眠ってしまった。午前3時。私は中途覚醒をした。いつもならここでまたすぐ眠りにつくのだが、このときは違った。コッソリ部屋を出て、本棚のある部屋へ行った。そして、私の高校の卒業アルバムを取り出した。そ～っとそ～っと、物音を立てないように頁を捲っていった。見つけた。私の脳内彼女を。そう。私は、初恋のあの子のＪＫ時代を脳内彼女にすることにしたのだ。（ちなみに、滝本竜彦氏の脳内彼女は綾波レイである）携帯でカシャッ！と写真を撮った。その写真を、携帯の待ち受け画面に設定した。これで、私と彼女は、いつも一緒だ。私は、安心して再び眠りについた。今朝。携帯のアラームで目が覚めた。アラームを止めると、画面が彼女の写真になった。驚いた。昨夜は急いでいたのでちゃんと見なかったのだが、ＪＫの頃の彼女は、こんなに綺麗で可憐で素敵だったのか。ここまでとは思わなかった。呆然とした。「な、なおちゃん」私は、恐る恐る呼びかけた。「うつ蔵さん！何ボケッとしてるのよ。早く会社に行く準備をしなさい」「んー、そのうつ蔵さんという呼び方は、なんかよそよそしいんじゃないか？」「アタシをなおちゃんと馴れ馴れしく呼ぶことを許してんだから、　それくらい我慢しなさい」脳内の彼女も気が強かった。声はミヤムーの声だった。会社にて。「コラ。チャームさんのＨＰなんか見てないで、仕事しなさい」「え～。でも、エビ水槽３号の構想を練りたいんだけど」「口答えしなーい」「エライ人みんな、外出しちゃったし帰っちゃおうか」「ダメ。ゼッタイ」今日、私は彼女のおかげでフルタイムを乗り切った。「ありがとう。なおちゃんのおかげだよ」「アタシは時空を越えてうつ蔵さんをダメ人間ロードから救いに来たの。　こんなの当たり前よ」「そうか。じゃあ、明日は一人でがんばってみるよ」「え？」「ん？どうした？」「あのさ。アタシさ。うつ蔵さんがダメ人間じゃないときも出てきてもいい？」「ああ！もちろんさ」なおちゃんは、ツンデレなのであった。「天が定めたこと、天に授けられたもの　すべては、そういうことだったんだ」　　　　　　　(QUEEN/Made in Heaven)

第０話　『The Last Song 』

或る夜、夢をみた。私の初恋の女性の夢を。私は小六の夏休みに、今住んでいる市に引っ越してきた。小学校は小六の二学期から、転入した。その二学期の初日。今でも覚えている。先生の指示で、クラスのみんなが私に対して一人一人自己紹介をしていったのだ。今でも覚えている。彼女は一番前の席だった。そして、自己紹介が彼女の番になったとき。私は彼女を好きになっていた。あっという間に小学校を卒業し、彼女と同じ中学校へ進学した。青春時代とは、青い春の時代と書く。しかし、私のこの時代は爽やかな青ではなかった。どす黒い暗黒であった。私の忌まわしき暗黒時代は、ここから始まった。残念ながら、彼女とは一度も同じクラスになれなかった。彼女はおろか、同じクラスの女子ともほとんど会話が出来ず、私の中学校生活は終わった。そして、高校進学。私は四方八方に手を廻し、彼女の進学する高校を調べ上げた。中学校の先生は、違う高校を薦めてくれたのだが、私は彼女が進学する高校を受験すると、頑として譲らなかった。そこまでして同じ高校に入ったのに、またしても、一度も同じクラスになることはなかった。今にして考えると、神の悪意を感じることを禁じえない。彼女を含めた全女子と会話を出来ずに私の高校生活は幕を閉じた。高校卒業後、彼女は就職したと記憶している。一方、暗黒時代を経てすっかりダメ人間と化した私は、問題を先送りにするため、大学受験に挑んだ。ほとんど勉強なんてしていなかったので、当然の如く、受験した全ての大学に落ちた。私は、浪人生活に入った。翌年、或る大学に入り、バカな友達が出来るまで、私の暗黒時代は続いた。…という、一目惚れで、100%片思いで、しかも会話も出来なかったという悲惨な初恋なのであった。私は、かけがえのない青春時代を、ブラックホールの闇の中で過ごしてしまった。残ったものは、ガンプラだけだった。彼女は、今、どこで、何をしているのだろう。男勝りで気の強い、でも顔立ちがとても美しい女の子だった。幸せでいてくれるといいなぁと、心から思う。さて、夢の話をしよう。友達とみんなでお祭りに行く途中の夢だった。いろいろな時代での私の友達がMIX状態で出演していた。彼女も居た。お祭り会場に向かいながらも、何故かみんな好き勝手にあっちに行ったりこっちに寄ったりするのだ。そうこうしてたら、浅草寺の門のようなところで、偶然、私と彼女は二人きりになった。私はこの機を逃してやるものかと、彼女の顔に自分の顔を近づけてボソッとひと言。「俺、なおちゃんのことが好きだ」学生時代にリアルで言えよ～～～～～！！そうすればそうすれば私の暗黒時代が、もしかしたら…！…でも、とてもじゃないけど言えなかったよな。なんの取柄もないボンクラだったもんな。大学に入ったものの、毎日パチンコばかりしていた。就職したけど、仕事の要領がとても悪くて、毎日苦しんでいる。苦しいから、常に現実逃避をして、妄想ばかりしている。私は、これからもダメ人間として、ダメ人間ロードを歩いていくのだろうか？出来るなら、誰か助けて。誰か私をここから助けて。そんな救助信号を発しながら、会社に通っている。日がな一日、パソコンに向かって、黙々と作業している。ちょっと寂しくなったのかもしれない。だから、彼女の夢を見たのだろう。だって彼女は、私にとって孤独の象徴だから。「気がつけばまた独り夜の空を見つめてる　少しずつ消えて行く Our Memories　傷つくだけ傷ついて解ったはずの答えを　どうしてまだ問いかけてる」　　　　　　　　(X JAPAN/The Last Song)