『小烏丸』-歌丸哀悼-
人の好い伊勢屋の旦那、奥さんをなくしても後添いをもらわずにいました。そのうち、家の手伝いにはいったおカジという性悪女に手がついておカジは旦那の後添いに。ところがこのおカジ、旗本の三男坊くずれの按摩師とできた。皆の知る所となっても伊勢屋の旦那には誰も教えない。とうとう出入りのとび職辰五郎が川柳本を使ってそれとなく知らせるが、「私はトシだから、そんなことがあったら女をノシつけて間男にくれてやるよ」という覇気のなさ。台所で嘆いていると、声をかけてくれるのは懐かしい声。伊勢屋のお嬢さん、おてるさんだった。「おとっつぁんが可哀そう」とおてるは辰と一計を案じ、金と名刀小烏丸を持って按摩師に駆け落ちを持ち掛ける-。六代目桂文治という噺家(明治44年没)が十八番にしていた噺だそうです。このおてるさんが私大好きです。おカジによって台所近くの狭い部屋に押し込められ、それでも文句も言わず繕い物をしているおしとやかでけなげなおてるさん按摩師を誘惑する初々しくも艶っぽいおてるさん江戸から離れ、おとっつぁんが可哀そうだ、カネと刀はやるから「出て行ってくださいな」、と毅然として按摩師に言い放つおてるさん。しとやかで艶があって事あらば毅然とした態度で対処する大和撫子を桂歌丸ほど魅力たっぷりに話せる噺家を知りません。深窓の令嬢も、零落した武士の娘も、長屋のおかみさんも、商家のお内儀さんも、悪女も、花魁も。ぜんぶ歌丸が語る女は、男性の噺家がわずかに残す男の気配がなく、艶っぽい場面もどこか可愛く清廉で、奥底に情が灯っている女です。このブログのハンドルネームはこの落語からとりました。魅力的なおてるさんが書いているかのようなブログになってほしいとの願いからです。桂歌丸師匠、ありがとうございました。ご冥福をお祈りいたします。桂歌丸 / 朝日名人会ライヴシリーズ30: 桂歌丸6 小烏丸/辻八卦 [CD]