「乱」
黒澤明監督の「乱」。もう、20年以上も前の映画です。 昨日の日記にも書きましたが、この映画は、野村萬斎さんが初めて出演した映画。まだ、本名の野村武司の頃で、実に18歳の萬斎さん。 シェイクスピアの『リア王』を毛利3兄弟の物語に大胆に翻案して描いた絢爛豪華な戦国絵巻。過酷な戦国時代を生き抜いてきた猛将、一文字秀虎(毛利元就との逸話がベース)。70歳を迎え、家督を3人の息子に譲る決心をする。長男太郎は家督と一の城を、次郎は二の城を、三郎は三の城をそれぞれ守り協力し合うように命じ、自分は三つの城の客人となって余生を過ごしたいと告げた。しかし、秀虎を待っていたのは息子たちの反逆と骨肉の争いだった。やがて、秀虎はショックのあまり発狂してしまう。 一文字秀虎を仲代達也が演じ、長男の太郎は、寺尾 聰、次郎は根津甚八、三郎は、隆 大介。側室・楓の方を原田美枝子、側室・末の方を宮崎美子。ピーターが、一文字秀虎のお抱え狂言師の狂阿弥。 そして、萬斎さんの役は、一文字秀虎に滅ぼされた武将の子・鶴丸。命を助ける代わりに両目をつぶされた上、囚われの身となり、荒野の朽ち果てた小屋に幽閉され、笛をただ一つの友として生きてきたのです。その庵に、一文字秀虎が、息子たちに裏切られ追い出され、何の因果か、一夜の宿を求めて訪れます。その一文字秀虎に、鶴丸は、“こんな貧しい生活ではなんのおもてなしもできない。せめて、笛でも”と笛を吹き始めます。その笛の音には、鬼気迫るものがあります。そんな、鶴丸を見て、自分の罪に恐れおののく一文字秀虎。 萬斎さんのお父様の万作さんがこの作品の狂言指導に携わられていた関係から、監督から「鶴丸役に能のシテ方の息子を使いたい」との相談があり、集められた写真の中にお母様がそっと『三番叟』を披いた時の萬斎さんの写真を忍ばせておかれたそう・・。それが監督の目に留まったそうで、始めは、10歳くらいの子方を予定していたのが、18歳の萬斎さんを起用したことで、後に役にせりふもついたのだとか。 この映画を見た時に不思議だったのは、かなり重要な場面でも、いっさい、役者の大写し、アップがないこと。すべて、一定の距離感がある。どうしてだろうと思っていたのですが、この映画に、黒澤監督は、能の様式美を取り入れた演出にしたそうです。そこで、気がついたのです。この映画は能舞台を見ている感覚、距離感なのだということに。 最初のシーンは、一文字秀虎の70歳のお祝いに、3人の息子が集まるところから始まります。ここでも、不思議な光景が。3人の息子が、裃を着ているのですが、それがとても派手なのです。それぞれに、原色の赤、青、黄色の一色で作られた裃。戦国時代にこんな派手なの着たのかなと思ったのですが、これにも意味がありました。この3人のカラーは、いつもそれぞれのオリジナルカラーとして、映画の中に随所に出てきます。そして、とうとう3人は、最終的に兄弟同士で戦を始めてしまいます。その戦では、それぞれの兵士がこのオリジナルカラーで作った旗を持ち戦います。見ているうちに、その色づかいで、どちらが優勢か?というとわかっってきます。この衣装の担当は、ワダエミ」さん。そこで、アカデミー賞衣装デザイン賞を受賞しています。 側室・末の方、実は、鶴丸の姉で、自分の父を殺した相手方に泣く泣く嫁いでおりました。そして、こっそりと鶴丸の世話をしてきたのですが、決心して、弟を連れて逃げることにするのです。そして、弟との待ち合わせ場所に向かう途中、無残にも殺されてしまいます。 そして、子どもに裏切られた一文字秀虎も死に、3人の子も戦いあって亡くなります。すべての、登場人物は死んでしまいます。 姉が死んだことを知らない鶴丸は、ただ一人、じっと姉を待ちます。その姿を美しい夕焼けが照らします。それが映画のラストシ-ン。 ただ一人生き残った鶴丸が燃えるような夕焼けを背に崖際に立つシルエット。この一人残された、盲目の少年はこれからどうやって生きていくのだろう…と、考えさせられ、戦いの世の無常(無情)と虚しさを感じさせるシーンです。 最終シーンのロケは、夏から冬へと延期になり、高3の萬斎(武司)さんは共通一次試験の直前で、大変だったとか。