コンゴからの闖入者(ウガンダ、セムリキ国立公園)
ちょうどその時、私は部屋の前で夕食の準備をしていた。コッヘル(鍋)にマーガリンを放り込み、キャベツとトマトとオニオンを軽く炒め、それから水を加えてコンソメブイヨンとカレーパウダーで煮込んでいく。私の得意な、お手軽野菜スープだ。調理を始めた頃から大粒の雨がポツリ、ポツリと地面に落ちてきて、今では激しいスコールへと変わっている。「また今日も雨だな」と思いながらスープのアクをスプーンで掬い取っているところに、自転車を押してずぶ濡れになった大柄の男が現われた。 ここはコンゴ(旧ザイール)国境に近いウガンダのセムリキ国立公園で、私はスタッフの好意で、空いているスタッフ用の部屋を使わせてもらっている。部屋といっても物置のようなもので、4畳半位のコンクリート床の部屋に蚊帳が張ってあるだけのシンプルそのもの。まあ、屋根と壁があるスペースで寝れるのだから文句は言えない。 最初、その男がこちらに近づいてきた時、私は彼が国立公園のレンジャーだと思った。しかし、彼の押していた自転車を見ると荷台には荷物が山のように積まれているし、どうも外見が怪しい。なんか変な奴だなと思っていたら、彼は自転車をとめて、雨を避けるように私の部屋の並びの軒下に入ってきた。どうやら特に用事があるというのではなく、単に雨宿りをしに来たようだ。 私はちらりとその男の様子を窺いながら料理を続ける。彼は軒下にしゃがみこんで、ただボッーと降る雨を見ている。そのうちスープも出来上がったので夕食を食べることにする。ちょっと迷ったけれど、やっぱりその見知らぬ男にも声をかけ、スープとパンを分け合って食べることにする。彼は特に有難いという様子も見せずに黙って食べ、すぐにスープを平らげてしまった。まだ食べ足りない様子なので、明日の朝に温めなおして食べようと残しておいた分も彼に与えた。明日の朝食はバナナしかないけれど、明日でここも去ることになるのでまあいいだろう。 夕食を食べ終えても雨は降り止む気配がない。 日も落ちて辺りはすっかり暗くなり、肌寒くなってきた。 彼はずぶ濡れでいかにも寒そうだったので、私の部屋に招き入れホットココアを1杯ふるまった。そして彼に「どこから来たのか」と尋ねてみると、「コンゴだ」と言う。それにしてもコンゴのどの辺からこの自転車で来たのだろう?道などちゃんとあるのだろうか?そこらへんのことも質問してみたが、どうも英語は苦手な様子で会話が進まない。では、「どこへ行くのか」と聞いてみると、「フォートポータル」との答え。フォートポータルはここからアップダウンの多い悪路を50キロほど進まねばならない。 ローソクの弱々しい灯りのもとでは、一層彼が怪しく見える。そして彼の体全体から魚のようななんだか生臭い匂いが漂ってくる。私はどうも落ち着かなく、出来ればこの男が早く立ち去って欲しいと心の中で思っていた。運の悪いことに今夜はレンジャー達の帰りが遅い。きっと5キロほど離れた村で飲んでいるのかもしれない。 外の雨はまだ降り続いている。 そして見知らぬ男は私の部屋から出て行く様子もない。実際、外は真っ暗で、しかも雨が降っているわけだから、それも頷ける。そもそもここは国立公園で近くには民家もない。私は観念し、彼を今晩この部屋に泊めることで腹を決めた。 我々東洋人にとって、見慣れぬ肌の黒いアフリカの人々は表情が掴みにくく、彼らが何を考えているのかわかりずらい。そのため不安を感じるのだろう。だが、これまでの彼の物静かな行動から判断すると、彼が私に危害を加わることもなさそうに思える。いずれにしろ今さら彼を外に追い出すことも出来ないから、後はなるようにしかならい・・・。 そんなことを考えているうちに眠くなってきた。私は彼に銀マットを与えてローソクを吹き消し、シュラフにもぐり込み横になった。ローソクの灯りを消すと、暗闇にホタルのゆらゆらとした光がゆっくりと点滅を繰り返しながら線を描いていた。「今晩はなんとも奇妙な展開になったものだ・・・」と思っているうち、いつの間にか眠りに落ちてしまった。