ほめて育てることは悪いことなのか
アドラーは「ほめて伸ばす」という教育方針に警鐘を鳴らしています。一般的に子どもは親や先生からほめられればそれが励みになって益々やる気になります。アドラーは積極的、建設的、自立的な子どもを育てる教育をなぜ否定するのでしょう。アドラー曰く。ほめることは、能力のある人間が、能力のない人間に下す評価であり、その目的は操作である。ワンマン経営の会社や独裁国家を観察するとその実態が見えてきます。ワンマン社長や独裁者の一存によって今後の方針や組織内だけに通用するルールが恣意的に作られます。ワンマン会社の社長や独裁者が支配者となって、その他大勢の人を支配しています。タテの人間関係が構築されているのです。普通に考えるとそのような非民主的な組織はすぐに崩壊するように見えますが、容易には崩壊しません。非民主的な組織がなぜ崩壊しないで存続しているのか。それは賞罰を利用した巧妙な組織運営を行っているからです。独裁者がほめることと叱責することを巧みに使い分けて部下をコントロールしているのです。独裁者に追随する人や独裁者が決めた方針やルールを厳守する人はほめられる。温かい言葉をかけてもらい待遇面で大きな褒賞を受け取ることになる。昇進を果たし生活はどんどん裕福になる。しかし独裁者の神経を逆なでするようなことを1回でもすれば即座に転落する。それまで築いた財産や地位や名誉を没収されることになりかねない。そういう組織の中にいると、独裁者の機嫌をうかがいながら慎重に生きていくしかない。独裁者にほめられることを目的とする人たちが集まると、その共同体には競争が生まれます。他者がほめられれば悔しい。自分がほめられれば誇らしい。いかにして周囲よりも先にほめられるか。いかにたくさん褒められるか。さらにリーダーの寵愛を独占するか。こうして共同体は、褒賞をめざした競争原理に支配されていく。他者と競うことに駆り立てられた組織にどんなことが起きるか。競争相手を助け合う仲間ではなく「敵」とみなすようになる。何か不都合なことを見つけると、すぐに密告するようになる。他人は自分を罠に陥れようとする危険な生き物とみなすようになる。つねにアンテナを張って防衛しないと罠にはめられる可能性が高まる。人間同士がいがみ合い、心の安定は得られなくなります。アドラーはほめる、叱責するという人間関係は「タテの人間関係」につながると警鐘を鳴らしています。中身は支配・被支配の人間関係です。主導権争いが絶えなくなります。アドラーは「ヨコの人間関係」作りを目指すべきであると提案しています。相手をリスペクトして、助け合い、思いやり、相手の居場所をつくり安心して暮らせる社会を作り上げることです。これは森田でいうと「物の性を尽くす」「他人の性を尽くす」に通じる考え方となります。