【犬】 事故現場の悲惨な状況
ウチの愛犬・飴は子供が苦手です。『嫌い』じゃなくて『怖い』のですが・・。夕暮れにちょっとした住宅街なんかを散歩しているとそんな恐怖の対象に囲まれる可能性が非常に高くなります。下手に犬好きの子供達は警戒心と言うものがありませんから飴が怖がって、耳を下げながら逃げ惑っていると言うのに執拗に追い詰め僕の足の間に隠れてる飴の背中を撫で回す。撫で回す。飼い主の僕としても、飴が恐怖のあまりに子供の手を噛んでしまわないかと戦々恐々・・。悪かったなぁ・・飴。そこまで怖いとは僕も思わなかったんだよ。次からはちゃんと断るからな・・と反省するまぐろです。こんばんは。子供達の洗礼に、飴が疲弊したそんな日の出来事。小悪魔達と別れを告げ僕らは夕闇迫る住宅街をトボトボと歩いていました。ふと見ると・・。前方の交差点向こうからでかい図体をしたバンタイプの自動車がこちらに向かって来ています。飴を散歩させるのに、わざわざ車の往来が少ない場所を選んでいるのですがたまには、こういうこともあるというもの。仕方なく僕は、傍らにいる飴を「車来たから、ちょっと待とうね。」・・と路肩に促します。再び車の動向を窺う為、顔を上げた瞬間。とんでもないものが目に飛び込んできました。それは・・自転車を凄いスピードで漕いでいる女の子。「私は風になるの。 ペダルに傾ける力は 周りの世界を流線に変えて 私をそれに、一歩近づけてくれる。 心の柵を 遥か後方に置き去りにした 私の魂は ただの速度に変わるの。 もう・・。 誰にも止めることは出来ないわ。」なんて思っているかどうかは定かではありませんが・・。一見した所、小学生くらいの女の子はピンク色の可愛い自転車を、鬼の様に駆りながら向かって右側の道路を一心不乱に、交差点へと突き進んでおりました。一方、交差点へ接近している自動車はというと十字路の角に立っている建物が死角になって少女の存在に気付いていない様子。優先道路を走っている安心感からか速度を落とすことなく交差点に差し掛かろうとしています。「このタイミングはまずい!! 一刻も早く、運転手に危険を知らせなければ!!」そう僕は判断して合図を運転手に送ろうとしましたが・・しかし・・。時、既に遅し・・。物凄い衝突音と供に、宙を待ったのは女の子を乗せたピンク色の自転車。「うわ・・。撥ねられた。」僕と飴の目の前。5メートルの出来事。あまりの衝突音に飴が一瞬、身を竦めたのが分かりました。幸いにも、交差点で進入したタイミングは女の子の方が一瞬早く。自転車の後輪部分が、バンにに接触した為衝突の衝撃を上手く外側に逃がしてくれたようです。女の子は、派手にぶっ飛んで泣いてましたが一見して酷い怪我を負っているわけでもないようで・・。後から悲鳴を上げてやってきた母親に一時停止を怠った言い訳をする元気もあるようでした。細かい症状は、医師ではないので分かりかねますが大惨事というには程遠い状況だったのでまずは一安心。しかし・・あとコンマ数秒。自転車の速度が遅かったら車の下敷きになってるか・・はたまた正面衝突の衝撃を、もろに受けてたんですよね。そう考えると、九死に一生を得た彼女の強運に祝福を与えたくなりました。暫くすると激しい衝突音を聞きつけた人が、沢山集まって参りました。あんまり物々しい雰囲気になると飴が怖がって動けなくなりそうです。一番近くで見ていたのは僕らでしたが「他にも目撃者は沢山いたので、帰ってしまっても問題はないだろう。」そう思った僕は飴のリードを引き「行こう」と彼を促してみましたが・・。これまた時既に遅し・・。飴は恐怖に駆られて、人ごみを見据えたまま固まってしまっています。仕方がありません。飴がこの状況になれるまで、暫く待つとしましょう。バンから降りてきたのは僕の母よりも少し若いといったおばさんでした。「あのタイミングじゃあ、回避するのは不可能だったね。」相手の怪我の有無に関わらず人身事故を起こしてしまったドライバーの末路は教習所で嫌と言うほど刷り込まれていた僕は不謹慎にも、心の中で同情してしまいました。しかし・・暫くするとなにやら携帯で離しながらその場から姿を消してしまいまう、運転手のおばさん。どうやら救急車を呼びに行ったようですが・・。そこに残されたものは・・おばさんが乗っていたでっかいバンです。細い路地のど真ん中で女の子を撥ねた状態のまま停車しているそれは完全に道を塞いでしまってます。「おいおい・・事故車は邪魔んなんないところに 移動しなきゃいけないだろうに・・。」車の往来が少ないとはいえ、住宅街のそこは迂回路の少ないある種、袋小路のような道。一方通行ではないので、やってきた車が一台。二台と。どんどん貯まって来る様になりました。夕暮れ時に集まった人達は主婦層か子供達ばかりなので誰も車を動かすようなことは出来ない様子。足止めをされ、イライラし始めた後続車の運転手がクラクションを鳴らし始めたのでこれもドライバーの務め・・と僕がバンを近くの空き地に動かすことにしました。しかし、問題が一つあります。僕の傍には未だ脅えている飴が状況を固唾を飲んで見守っているような状態だということ・・。「ごめんね。飴。ちょっと待ってて。」僕は飴のリードを傍で青ざめていた女の子の母親に任せることにしました。緊急事態にしょうがないとは言え家族以外にリードを持ってもらったことのない飴には結構、心細かったのではないかと思います。動揺している追い縋る飴を「直ぐ戻るから」などと宥めすかし振り払いながら僕は塞き止めている門番の主へ・・。飴と離れていたのは僅か数秒の事でした。しかし、車を移動させて再び飴の元に戻ってみると・・。先程まで、飴に恐怖の洗礼を与えていた子供達が事故現場にやってきて、飴を包囲しておりました。さすがに、この非常時に撫で回したりはしていませんでしたが「コーギー可愛い。コーギー可愛い。」と呪詛の様に口ずさみながら明らかに嬉々の表情で飴を見つめています。「あ・・ちょっとした、地獄絵図。」被害者になった女の子も加害者になったおばさんも悲惨なのですが・・。別の意味でなんとも悲惨な状況に置かれてしまった飴。物凄い表情で、僕の顔を見つめている彼の瞳が印象的でした。